パクリ風なタイトルで申し訳ありません。先頃テレビを見ていたら(テレビ東京系、WBSの仲間みたいな番組)、電子マネーやカード決済先進国のお話がありました。なんと意外にもアイスランド(だったと思うよ、アイルランドではなかったはず・・・労働生産性向上が著しいけど・・・)でした。ちっぽけな屋台でさえカードが使える。全支払いの約7割くらいが電子決済だそうです。カード普及率も非常に高く、子供も当然持っていて(家族カードみたいなの)使っています。驚きました。ここまできたんだな、と。多くの人は、リアルなお金を持っていなくて、それでも困らないんだそうです。うむむむ・・・。日本のe-japan、u-japan計画はどうなんでしょうか。順調に進んでいるのかな?かなり前に米国に沸き起こった、「スーパー情報ハイウェイ計画」みたいなもんなんでしょうかね。
ネットワーク社会の未来像の一端が見えるような気がします。日本でもsuicaとかEdyとかの電子マネーが増えてきており、カードも利用できるし、デビット(「デビッド」だったか?)も利用できるとか、色々進化してきています。いずれは、クレジットカード決済と電子マネー(これもいずれ規格統一が行われるんじゃないだろうか)に整理されていくだろうと思われますね。今私が住んでいる所は、電子マネーもお財布携帯もsuicaも何も関係ないので必要性を感じませんが(使える場所も施設もないでーす)、将来の見通しとしてはそういう時代になっていくでしょう。商品には全てICタグになり、万引きは絶対不可能にできるだろうし、商品管理も自動でできるし、レジに金がなくなるので強盗は意味がなくなるだろう。ということは、高度なネットワーク社会は、リアルマネーが消えて、強盗とか万引きが大幅に減少させられるんじゃなかろうか。凄いぞ、電子マネー。だが、ハイテク犯罪とかネットワーク犯罪などが増えるかもしれないな。となると、セキュリティ技術とか生体認証技術などの高度化で対抗ということになるでしょうね。むむう・・・よくわからんけど。強盗殺人がなくなるなら、その方がいいよね。でもお財布携帯を落とすと、勝手にバシバシ遣われちゃうと困るから、そういう携帯とか電子マネーカードみたいなものにも、生体認証技術が必要だね、きっと。こういう時代になっていくんですから、「個人情報がどうの」「納税者番号は無理」「住基ネットは危険」とか、毛嫌いで済まないと思うよ。他のサービスの基準と考えあわせれば、どうしたってそういうネットワーク社会にならざるを得ないと思うけどね。そういうサービスを一切使わず、自分だけ情報をがっちりガードして、尚且つネットワークに全く参画しないで一生涯過せる人なんていやしないよ。だからね、前から言うように社会保障番号を導入した方がいいよ。本当に。払ってない人を確実に追跡できるよ。そういうネットワーク社会が目前に来ているんだってば。
粗暴犯罪としては、強盗がなくなって恐喝・ユスリが増えるのかな?「おい、にいちゃん、ちょいと待ちな。お財布携帯の金を吐き出せ!」とか言われちゃって、「俺の携帯に(たまごっちの通信機能みたいなので)残高データよこせ」とか「おれのエディちゃんに入金しろ、早く」とか、路地裏に連れ込まれて、金を巻き上げられることになってしまったり・・・ああ、これはひょっとして強盗なのかな?何だか、間抜けというか、迫力がないかもしれんがのう。映画のような、難攻不落の巨大金庫に眠る大金をどうやって持ち出して逃げられるか、みたいなのもなくなるってことだよね。銀行ネットワークの厳しいセキュリティを破って、残高データを書き換えたり、架空口座への入金指示などで数字だけを盗むようになるのかな。これなら、1人で実行可能だし、特別な計画とか何も要らないしね。銀行さんは、頑丈金庫への設備投資は避けるべきってことかな。
現在の日銀の銀行券発行とかの処理はどうするんだろうか?リアル紙幣がなくても、数字上の「発行額」というのは作らなければならないのかな?会計上の数字だけ変えるんだったら、楽そうだし、幾らでも変更したりできそうだけどね。それとも電子マネーが主流になったら、銀行券の発行残高が大きく減少して、保有資産の減少(国債保有高など)とかになるのだろうか?よくわかりませんね。
世界的な流れで考えると、ドル紙幣もいずれはなくなっていくのでしょうか。資産の9割分くらいが銀行券のアメリカでは、大幅に電子マネーに切り替えたりはしないのかな。全世界に散らばっているし、ニセ札も混ざって流通しているだろうし。どうするんだろう?ところで、FRBのグリーンスパンさんはかねてからの噂通り、勇退ということになったようです。市場の信任の厚かった彼に代わって次の議長になる人は大変だろうね。今日の読売新聞には、グリーンスパンとクルーグマンを並べて、スタグフレーションの見解と共に、楽観派代表と悲観派代表という扱いで、主張を書いていた。グリーンスパンは長く在任したし高齢なので、もう仕事しなくとも十分だと思うのだが、シャレで「職探し」と言ったらしい。なかなかいいじゃないか。気の利いたコメントって、出来そうで難しいよね。
Yahoo!ニュース - 読売新聞 - FRB議長が退任表明、06年1月末の任期限り
追記:
お金が全て電子マネー化したら、高いとか安いという感覚は、数字列を見て感じるので、何と言うか、金額の数字列は「図柄化」「絵・模様化」するんじゃないだろうか。「この絵の時には、高い」って感覚と一緒だよね、多分。「1万円」という数字列と「ハートのエース」というのには、本質的な違いがなさそうな気がするんですね・・・「ハートのエース」を「1万円と等価」と決めたら、そういうことになるでしょ?(違うかな?)そんなことを思うと、電子マネーの感じ方は、リアルなお金を使ったことがある世代と、全然使ったことがない世代で、違うような気がする。リアル紙幣とかを使った時の感覚が数字列に置換されるのと、数字列しか見たことない人の感覚の違いは、想像つかないな。多分、今の私が1億円の小切手をもらう時の「実感のなさ」と似ているのかな?よく分らんな・・・でも、模様化した金銭感覚は、非常にヤバイですね。単なる数字列が価値判断に置き換わることになるなんて、どこか不自然ですね・・・
ネットワーク社会の未来像の一端が見えるような気がします。日本でもsuicaとかEdyとかの電子マネーが増えてきており、カードも利用できるし、デビット(「デビッド」だったか?)も利用できるとか、色々進化してきています。いずれは、クレジットカード決済と電子マネー(これもいずれ規格統一が行われるんじゃないだろうか)に整理されていくだろうと思われますね。今私が住んでいる所は、電子マネーもお財布携帯もsuicaも何も関係ないので必要性を感じませんが(使える場所も施設もないでーす)、将来の見通しとしてはそういう時代になっていくでしょう。商品には全てICタグになり、万引きは絶対不可能にできるだろうし、商品管理も自動でできるし、レジに金がなくなるので強盗は意味がなくなるだろう。ということは、高度なネットワーク社会は、リアルマネーが消えて、強盗とか万引きが大幅に減少させられるんじゃなかろうか。凄いぞ、電子マネー。だが、ハイテク犯罪とかネットワーク犯罪などが増えるかもしれないな。となると、セキュリティ技術とか生体認証技術などの高度化で対抗ということになるでしょうね。むむう・・・よくわからんけど。強盗殺人がなくなるなら、その方がいいよね。でもお財布携帯を落とすと、勝手にバシバシ遣われちゃうと困るから、そういう携帯とか電子マネーカードみたいなものにも、生体認証技術が必要だね、きっと。こういう時代になっていくんですから、「個人情報がどうの」「納税者番号は無理」「住基ネットは危険」とか、毛嫌いで済まないと思うよ。他のサービスの基準と考えあわせれば、どうしたってそういうネットワーク社会にならざるを得ないと思うけどね。そういうサービスを一切使わず、自分だけ情報をがっちりガードして、尚且つネットワークに全く参画しないで一生涯過せる人なんていやしないよ。だからね、前から言うように社会保障番号を導入した方がいいよ。本当に。払ってない人を確実に追跡できるよ。そういうネットワーク社会が目前に来ているんだってば。
粗暴犯罪としては、強盗がなくなって恐喝・ユスリが増えるのかな?「おい、にいちゃん、ちょいと待ちな。お財布携帯の金を吐き出せ!」とか言われちゃって、「俺の携帯に(たまごっちの通信機能みたいなので)残高データよこせ」とか「おれのエディちゃんに入金しろ、早く」とか、路地裏に連れ込まれて、金を巻き上げられることになってしまったり・・・ああ、これはひょっとして強盗なのかな?何だか、間抜けというか、迫力がないかもしれんがのう。映画のような、難攻不落の巨大金庫に眠る大金をどうやって持ち出して逃げられるか、みたいなのもなくなるってことだよね。銀行ネットワークの厳しいセキュリティを破って、残高データを書き換えたり、架空口座への入金指示などで数字だけを盗むようになるのかな。これなら、1人で実行可能だし、特別な計画とか何も要らないしね。銀行さんは、頑丈金庫への設備投資は避けるべきってことかな。
現在の日銀の銀行券発行とかの処理はどうするんだろうか?リアル紙幣がなくても、数字上の「発行額」というのは作らなければならないのかな?会計上の数字だけ変えるんだったら、楽そうだし、幾らでも変更したりできそうだけどね。それとも電子マネーが主流になったら、銀行券の発行残高が大きく減少して、保有資産の減少(国債保有高など)とかになるのだろうか?よくわかりませんね。
世界的な流れで考えると、ドル紙幣もいずれはなくなっていくのでしょうか。資産の9割分くらいが銀行券のアメリカでは、大幅に電子マネーに切り替えたりはしないのかな。全世界に散らばっているし、ニセ札も混ざって流通しているだろうし。どうするんだろう?ところで、FRBのグリーンスパンさんはかねてからの噂通り、勇退ということになったようです。市場の信任の厚かった彼に代わって次の議長になる人は大変だろうね。今日の読売新聞には、グリーンスパンとクルーグマンを並べて、スタグフレーションの見解と共に、楽観派代表と悲観派代表という扱いで、主張を書いていた。グリーンスパンは長く在任したし高齢なので、もう仕事しなくとも十分だと思うのだが、シャレで「職探し」と言ったらしい。なかなかいいじゃないか。気の利いたコメントって、出来そうで難しいよね。
Yahoo!ニュース - 読売新聞 - FRB議長が退任表明、06年1月末の任期限り
追記:
お金が全て電子マネー化したら、高いとか安いという感覚は、数字列を見て感じるので、何と言うか、金額の数字列は「図柄化」「絵・模様化」するんじゃないだろうか。「この絵の時には、高い」って感覚と一緒だよね、多分。「1万円」という数字列と「ハートのエース」というのには、本質的な違いがなさそうな気がするんですね・・・「ハートのエース」を「1万円と等価」と決めたら、そういうことになるでしょ?(違うかな?)そんなことを思うと、電子マネーの感じ方は、リアルなお金を使ったことがある世代と、全然使ったことがない世代で、違うような気がする。リアル紙幣とかを使った時の感覚が数字列に置換されるのと、数字列しか見たことない人の感覚の違いは、想像つかないな。多分、今の私が1億円の小切手をもらう時の「実感のなさ」と似ているのかな?よく分らんな・・・でも、模様化した金銭感覚は、非常にヤバイですね。単なる数字列が価値判断に置き換わることになるなんて、どこか不自然ですね・・・
http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/0b147f98710794f66ea2c6a473e07cfe
携帯で払える自販機は日本にも数年前からありますね。
通信インフラや電子マネーがどれだけ整備されても、人間自体が悪い方向に行っているのでは、と思う今日この頃です。