還暦過ぎの阿乱怒論

家庭菜園や工作好きの爺父が日々感じたことを綴る独り言

幻の能登島灯台(能登半島灯台巡りの旅 6日目)

2012-05-22 18:59:55 | 旅行
5月11日(金)
今日も朝から曇天で一時雨の予報も出ている。
いつもどおり6時頃起床、車内で朝食後、道の駅からJR七尾駅方面へ朝の散歩。
車での旅行はどうしても運動不足がちになりますが、灯台巡りをしていると結構歩きます。
また街の中にある「道の駅」では出来る限り探索がてら市内を歩くようにしていますので、今回の平均歩行数は一日12000歩ぐらいでした。



造り酒屋、和ろうそく、仏壇店等の昔ながらの店が並んでいる「一本杉通り」
例年4月29日から母の日までの間、各店に「花嫁のれん」が飾られて華やぐそうだが、時期的にちょうど終了したところで名残しか嗅ぐことが出来なかった。

今日の予定は七尾湾の入口を守る灯台二つだけなので、朝はゆっくりとし、0845に能登島の小泉崎にあるという能登島灯台に向けて出発。


=能登島灯台= (0930-1120)
能登島大橋を渡り、県道47号から県道258号線に別れ、小泉崎の手前の二穴集落を過ぎた辺りにちょうど灯台への道らしき山の方へ入って行く道があったので、そちらへハンドルを切る。
しかしほどなく又、元の道へ戻ってしまった、道の先に一軒屋がありどうやらそこへ行く為の道だったようだ。
仕方がないので少し引き返して農作業をしている婦人に道を尋ねたところ、「その先に灯台があることはあるが、道も何もないので行けないよ」とのこと。
それでも(一般の人は知らなくても海上保安庁のメンテナンス用の道があるはずなので)取りあえず近くまではどう行ったらいいか尋ねると、「一軒屋があるのでその先だ」
とのことだった。

一軒屋の手前に車を停めて周囲を歩いてみたが鬱蒼と草木が茂っていて山中へ入れるような道はない。
少し引き返して妻を車に残して、入山できそうなルートを探す。
それらしき道はないが、小さな沢のような所にロープが這わしてある。

ロープを伝って山中に入り込んだが、人が足を踏み入れた形跡が無く道らしき道が見当たらない。
小さな山なので、取りあえず茨や草木をかき分けて頂上めざして進んでいった。
しばらく進むと所々赤いテープが巻きつけてある木が目に入った。

「これはてっきり保安庁の人が目印につけたものに違いない」と安心してその方向に進んで行ったが、灯台は行けども行けども一向に姿を見せない。
その内に赤いテープも見当たらなくなってきた。
上を見ると電線が通っている、「これはきっと灯台へ電気を供給している電線に違いない」と電線に沿って進んでいったが、行き着く先はさっきの一軒屋のようだった。

そうこうしている内に完全に方向感覚を失ってしまった。
コンパスは持ってないし、太陽も出ていないので方角が全くわからない。
元来た方向へ戻ろうと歩くが、しばらくすると又さっきの場所のような雰囲気の所に来ている。
ちょっと焦ってきた。
不確かな記憶を頼りに山を下って行くとコンクリート打ちされた急な崖になっている、その下は海。

景色の見える山裾を歩いて行けば、道に迷わずに元の道路へ出られそうなのだが、先日の雨で滑りやすくなっているし、つかまる木もない。
足を踏み外したら海へ一直線だ。
仕方がないので又山中へ入り、繁った竹笹を踏み倒しながら歩いて行く。


途中の小さな沢で足を滑らせて数m下まで転げ落ちた。
ズボンもシャツもボロボロ、携帯もカメラも泥だらけになってしまった。
だんだん情けなくなってくるし、元の所へ戻れず、不安と焦りが増してくる。
ぜえぜえと息苦しくなってきた時に妻から電話。
見ると電池があと一目盛しかない、最悪の場合の連絡手段を残しておかねばと「迷うてんねん、電池ないから切るぜ」と早々に電話を切る。

四苦八苦したあげく、ようやく道路が見える所まで戻ってきた。
急な崖になっているが途中に数本の松の木がある。
松の木につかまりながら下り、2mほど下の最後の松の木の根元に足場を確保する。
その下は道路だが、まだ3~4mある。
さすがに年令を考えると、飛び降りる勇気はない。
しかし戻ろうとしても上の松の木まで2m位あって、上る事も下りる事もできない宙ぶらりん状態になってしまった。
泣きたくなってきたが、車にロープを積んである事を思い出し、妻にロープを持ってきてもらってようやく上へ上がれた。
そして下から妻に誘導してもらいながらようやく下山できた。山へ入ってからすでに一時間半以上が経っていた。

車に戻り、すり傷だらけになった手足を洗い、服を着替えてからPCで地図を拡大して見ると、どうやら灯台はもう一つ先の岬にあるようだった。

下でやきもきしながら待っていた妻の「60を過ぎたジイサンのすることじゃない」という小言よりも、一生懸命見当違いの苦労をしたことの方が悔しくてこたえた。


帰る途中の道路から灯台が見えたので望遠で撮影した。
灯台は見えたが、さすがにもう一度挑戦しようという気力は完全に失せていた。

どうやら灯台近くには小さな桟橋があり、海上保安庁は船でメンテナンスに来ているようだった。
道を尋ねた人の言を素直に信用しておくんだった。
四国旅行の時の教訓「人の話を聞いて勝手に自分の頭でイメージを作るな、もう一言聞いておけ」が全く生きていない。



=能登観音崎灯台= (1210-1240)

能登島灯台と対で七尾湾の入口の目印となっている灯台。
大正3年に初点灯(当時は七尾湾口灯台と称した)した比較的歴史のある灯台です。
その昔は宿舎や事務所もあったというだけあって敷地が広くて、よく整備されている。

七尾方面から県道246号線を通って迷わずに到達できる。
観音崎会館(宗教施設)の所にトイレと駐車場があり、そこから「灯台まで160m」という道しるべに沿って農道を入っていくとすぐに灯台に着く。
能登島灯台で時間を取られ過ぎて、小雨の中での訪問となった。



これで今回の灯台巡りの旅の目的はほぼ完了。
天気が良ければ遠く立山を望みながら走る「能登・立山シーサイドライン」を走り、富山経由で帰るつもりだったが、あいにく天気が悪いので途中の「道の駅いおり」で遅めの昼食を摂ってから、一路福井県の「道の駅みくに」まで帰ることにした。


=道の駅みくに= 1800着
約160㎞をただひたすら走って、約4時間で到着。
偶然旅の始めと終わりの宿泊地が同じ所になりました。
週末のせいか車中泊車多数(釧路、三重、名古屋、堺、神戸ナンバー他)


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3 コメント

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Unknown (鬼井江)
2012-05-24 23:02:23
 それにしても、すごい旅をしていたんですね。道なき道を・・・。男ばかりの旅ならまだしも、奥様と二人での「灯台・岬めぐり」ですから、驚きです。奥様に心配をかけないように、安全第一に(今後は)旅行してくださいよ。もう若くはないのですよ、我々は。
 とっさの反応・判断では遅れるものです。私は自転車でケガをしてから後は、慎重になりました。「もう瞬間の反応は若くはないのだ!」と自覚しました。車も来年には処分しようと考えています。(経済的理由もあります。)「できるだけ歩く生活」をしていこうと思っています。現在実践中。
 ところで、旅行地の一つであった「恋路海岸」と「穴水」とのほぼ中間地に、「鵜川」という町(村)があります。たぶん車で通過したことでしょう。そこが私の生まれたところです。小さな漁村です。叔父は漁師ですが、(もう歳なので)船から下りて、網の修理などの仕事をして暮らしています。もう8年ぐらいお会いしていませんが…。
 (話を元に戻して)
 灯台めぐりの徹底ぶりには、ほんとうに感心します。とうてい真似はできません。絶壁に立つ灯台に感動する私ですが、波打ち際に立つ灯台を見ても感動しない私です。
 それに比べて、阿乱怒論さんの「灯台めぐり」はすごい!!
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鬼井江さん (阿乱怒論)
2012-05-25 23:22:04
いやいや、今回は特別、(原発じゃないけど)想定外でした。いつもはこんな旅ではないのですよ。2年前に自転車にはねられて年令は自覚したつもりなんですが・・。
一方、「年だと思った時から老化が始まる」という気持ちもあって、中々気持ちと身体の折り合いがつけにくいです。
鬼井江さんの生まれ故郷・能登は本当にいい所でした。「能登は優しや土までも」という言葉があるらしいですが、まさに今回は能登の人の優しさを感じ続けた旅でした。

私は「俺が俺が」というような目立つ灯台よりも、ひっそりと控え目で、しかししっかりと船の役にたっているような灯台(人間もそんな人のほうが好き)が好きです。
今回は赤崎灯台と雄島灯台が気に入りました。
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めぐりあるある。 (灯台めぐり初心者の英)
2019-10-04 14:39:52
本当に凄いですね。改めていろいろ拝見しました。くれぐれもお気をつけて。お互いにですね。
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