Con Gas, Sin Hielo

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「華麗なるギャツビー」

2013年07月04日 00時45分39秒 | 映画(2013)
孤高の愛。


原作は米国文学の名作ということだけど、当然知ってるはずもなく予備知識なしで観た。

この映画の評価として適切なのかどうか疑問はあるけれど、原作の物語への感想を含めて書いてみようと思う。

まずは題名。"The Great"を「華麗なる」と訳したのは、小さいかもしれないけど良い仕事だったと思う。

「偉大なるギャツビー」だったら、それはある意味ネタバレになってしまうところだった。

はじめのギャツビーは、あくまで夜な夜な絢爛豪華なパーティーを開く謎の大富豪であり大物には違いないが、「人間」としての評価は未知数である。

やがて少しずつギャツビーの信念がはっきりしてくるに従って、彼の大きさが見えてくる仕掛けなのである。

そして、彼の目指すものの大きさや真っ直ぐさに、周りの誰もが実は釣り合っていなかったという悲劇的な結末。これはまさに文学の王道という印象を持った。

ギャツビーの愛が大き過ぎて受け止められなかったデイジー。醒めた目で見れば、彼女の反応と選択に落ち度はないように思えるが、彼女の先に決して幸せが見えてこないところも悲劇だ。

この悲劇を今回映画化したのはB.ラーマン監督。「ムーランルージュ」の印象よろしく、映像と音楽にかなりの力を注ぎ、本作に独特の世界観を吹き込んでいる。

簡単に言えば、1920年代に現代のテイストを巻き付けている感じ。現代の名だたるブランドが20年代「風」の外見を作り上げているのだけど、それは古めかしいどころか最先端の装いになっている。

それは音楽も同じで、豪華なパーティー会場で流れるのはJay-ZであったりLana del Reyであったりする。

このぜいたくに作り上げられた感は、好況の熱に浮かれていた時代や、現実世界と一線を隔したギャツビーの野望と見事に相関している。

そして同じくらい強力だったのが配役だろう。ただのセレブではない大富豪にL.ディカプリオはそのまんまだし、ちょっとバターっぽい(?)C.マリガンも揺れ動くデイジーにハマっていた。ほかのキャストも然りである。

充実した物語に浸り、ぜいたくな映像と音楽に酔う。ひさしぶりに大河ドラマを観た、という満足感を味わうことができた。

(90点)
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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
TB間違えました (風子)
2013-07-04 11:18:00
間違えて、アフター・アースの記事をTBしてしまいました。
お手数ですが、削除していただけだらと思います。
よろしくお願いいたします。m(_ _)m
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了解しました (クラム)
2013-07-06 21:48:01
風子さん、はじめまして。

「アフターアース」のトラックバック削除いたしました。
機会がありましたら、またコメントとトラックバックをよろしくお願いします。
返信する
ご覧になったのですね。 (なな)
2013-07-08 22:34:26
クラムさんも高評価ですね~~
私もストーリー,役者,雰囲気すべて満足しました。
ギャツビーの真の偉大さがラストに明らかにされていく仕掛け,なかなかよかったですね。彼の愛が大きすぎてデイジーが受け止められなかったというのはなるほどと思いました。たしかに「守りに入る」性である女性はなかなか彼のような大きすぎる(一途でもあるけど強引でもある)愛は受け止めきれないかもしれません。あれほど生涯をかけて愛されたら女冥利につきるとは思いますけどね。
返信する
大きな愛 (クラム)
2013-07-13 02:45:39
ななさん、こんばんは。

偉大というのは、他とは異なるということでもあるわけで、
どうしても孤独になってしまうものだと思います。
デイジーにとっては、まさに女冥利につきる経験だったわけですが、
自分がとった選択に対し、
生きている間ずっと後悔の念を抱き続けるのではないかと思いました。
かといって、あのときギャツビーを受け入れていたらどうなったのか。
難しいですね。
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