Con Gas, Sin Hielo

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「アメリカンスナイパー」

2015年03月14日 01時53分37秒 | 映画(2015)
それは邪心なき使命感から生まれた。


C.イーストウッド監督作品としては異例の大ヒット中。戦争を賛美しているとする声もあるが、観たかぎりそこまで決めつけられるものではないと思った。

主人公のクリス・カイルは愛国心を前面に掲げる、単純にレッテル貼りをするならば右寄りの男性だ。

それは、テキサスという地にありながらも、父親の教育の影響や、弟を守らなければという使命感などから育まれたものであった。

自由なカウボーイ生活を送っていた彼は、テレビに映るアメリカを取り巻く事情を見て、居ても立ってもいられなくなり兵役を志願する。

類まれなる狙撃手としての能力と、過酷な訓練に耐え抜く強靭な精神力が備わっていたために、中東の戦地に派遣されるや「伝説」のスナイパーとして名を馳せるようになる。

しかし戦果を重ねるごとに彼の常人としての意識が薄らいでいく。味方の多大な犠牲を防ぐためとはいえ、現場では女性や子供にまで銃口を向けなければならなかった。

同じく志願兵だった弟のジェフは、兄に「もう続けられない」と言い残して去って行く。かくも戦争は誰にとっても過酷だ。

かつて父親が子供たちに向かって、人間は3種類に分けられると語った。それは、狼と羊と番犬。

一般的に米国民は「強いアメリカ」が好きとされている。唯一の超大国、世界の警察。異論は多くあるだろうが、米国が番犬であったから世界の秩序がある程度保たれてきたと思っている節がある。

しかし、強かった米国は現在確実に揺らいでいる。イラクのフセイン政権やアル・カイダのビン・ラディンを力ずくで倒しても、次から次へと世界中でテロの種子が萌芽する。

オバマ大統領は、世界の警察という重い役割を軽減しようと試みたが事態は更なる混沌へと向かいつつある。

狼がいるかぎり番犬はいなくてはならない。それは分かる気がする。

しかしそれを遂行しようとしたときに生じた160人の殺害と人間性の崩壊という結果は、理解を遥かに超えるいびつなものであった。

何が正しいか正しくないのかは決して語らない。というよりも、おそらく答えがない。

クリスは自らが正しいと思った道に進んだに過ぎない。加えて適性も備わっていた。これは「番犬」の宿命を綴った物語なのである。

クリスを演じたB.クーパー。本人に近づけるため相当な増量をしたようだ。男前の要素が見事に消え去っていて驚いた。彼がかっこよく見えていたのは単なる素材の良さではなかったことに初めて気付いた。

妻役のS.ミラー。最近よく観る気がするが、出会いのバーでの場面にしても、妊婦や母親の姿にしても、こんなにキレイだったんだと再認識。愛しい家族が頭に浮かべば、そうそう自分の身を危険にさらすことなどできやしません。

(80点)
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