世相を斬る あいば達也

民主主義や資本主義及びグローバル経済や金融資本主義の異様さについて
定常で質実な国家像を考える

米国が望まぬ要求を潜り込ませた外務の保護法 それに悪乗りするエリート集団

2013年11月20日 | 日記
オバマも救えないアメリカ (新潮新書)
クリエーター情報なし
新潮社


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●米国が望まぬ要求を潜り込ませた外務の保護法 それに悪乗りするエリート集団

 どうも今回の特定秘密保護法案を作ったのは、外務省主導のようである。外務の復権と法務検察警察の悪乗り法案だと見るのが妥当だろう。みんなの党の 渡辺喜美は何を考えているのか、“首相が大三者機関として関与し???”、首相こそが、行政の長だぜ!寝惚けたことを修正申し入れた。これでは、法案の中身が一層悪くなるような修正案を飲んで貰ったとか訳の判らないことになっている。行政改革が一丁目一番地の党是をかなぐり捨て、官僚機構に頭を垂れる態度は、異様にしか見えない。みんなの党・渡辺喜美は政治家として失格だし、みんなの党は完璧に終わった政党になるだろう。維新は多少マシなことを言っているが、渡辺の抜け駆けを許すまじという勢いで、早晩飲むのではなかろうか。穿った見方をすると、来春にも自民党との連立に雪崩込もうとしているようにさえ見えてしまう。

 キャロライン・ケネディ新駐日大使が、天皇陛下にオバマ大統領からの信任状を届ける「信任状奉呈式」に臨んだ。これで名実ともにキャロライン・ケネディ米国は駐日大使としての日々がスタートした。アメリカのロイヤルファミリー扱いのケネディ家の象徴である彼女の大使派遣に対する日本の受け取り方は様々で、歓迎と懐疑があい半ばしている。筆者の受けとめ方は、歴史上に登場するアメリカの人物が来日したのだな、程度で、それ以上のことはない。オバマがキャロライン・ケネディ駐日大使に何を期待しているのか、まだ筆者には判らない。

 ところで本題だが、IWJのサイトで緊急対話シリーズ2として、11月18日に東大教授・安富歩と阪大教授・福井康太の『特定秘密保護法案を問う』と云う対談が行われた。1時間20分程度のものだが、非常に面白い。多くは安富教授がべらべらと語るのだが、時々訥々と福井教授が話す、対象的対談風景だけでも面白い。無論、中身も満載だ。福井教授が法社会学が専門のようなので、話は永遠に拡がりをみせる。安富教授がドンドン視点を拡大するので、時折福井教授が特定秘密保護法の話に戻そうと努力している辺りも、中々に面白い。

 肝心の中身の話だが、多岐にわたるので、視聴なさるのがベストである。筆者の場合、書き起こし等と云うことの出来ない人なので、勝手に自分なりの解釈で納得記憶してしまうので、このような場合不正確な情報を書いてしまうことが多い(笑)。IWJ対談のURLは、
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/112351

 結論から行けば、要するに特定秘密保護法案は法律としての建て付けがなく、法の態をなしていないと云うことだ。安富教授が多用する「立場主義」については、以下の文を引用する。

≪……

 原発事故でメディアに登場してきた御用学者たちは、口癖のように「我が国は」と言います。「我が国」という言葉を使うことで、事故を起こしたのは 「我」ではなく「我が国」だから我関せず、まるで傍観者のようにヌケヌケと「原発は安全(なはず)だ」と言い続けることができるのです。

 日本の企業では、横領などの個人的な犯罪は厳しく処罰されますが、見込み違いの過剰投資や明らかにムダな新規事業など企業ぐるみで行った失策は、 まず間違いなく責任の所在があやふやにされます。"みんなでやった失敗"ということにして、悪事を微分化することで、責任と罪悪感を分散するのです。

 こうした悪事の微分化に手を染めている企業人が使いたがる「東大話法」が「弊社といたしましては」「我が社においては」です。当事者意識など微塵も感じさせずに、ひたすら傍観者ぶります。

 こういう「我が国」「我が社」男は、聞いてもないのに「女房がさ~」「カミさんがねえ~」と言いたがります。これはけっして愛妻家の証などではなく、「東大話法」のファミリーバージョン。自分はこう思うという主体性が欠落した、「夫」という立場を守るためだけに発言している「立場主義者」というわけです。

---本書では、「立場三原則」という日本社会の隠れた規則を紹介されています。

1.役を果たすためには、なんでもやらなくてはならない。
2.立場を守るためには何をしてもいい。
3.人の立場を侵害してはいけない。

 以上の3つです。「東大話法」の使い手たちは、間違いなくこの3原則に縛られています。
 こうした呪縛は昼間の顔だけではなく、彼ら「立場主義者」の人格そのものを蝕みますので、家に帰っても「夫」という役を果たして立場を守るのです。このような男性に惹かれて結婚する女性は、どういう価値観をもっているのでしょうか?  「立場」が好きな夫と添い遂げるには、自らも「妻」という立場で夫を搾取するという思考の女性でなければならないでしょう。

---夢も希望もありませんね。

 そうです。そんな現実に気づいて絶望し、上司に相談したとしましょう。「立場主義者」の上司なら、こんな「東大話法」で慰めてくれるはずです。 「夫婦なんて、どこだって、そんなものだよ」

---なんだかよくわかりませんが、納得してしまいそうですね。

「どこだって」と、まるで自分が社会のスタンダードを知り尽くしたかのように装って、ケムに巻くのです。ふつうに考えれば、その相談した男性と同じような夫婦関係がいったいどこにあるのか、まったくもって根拠がないはずなのですが、自信満々に断言されると、「そんなものかな」と洗脳されてしまいますから要注意です。

---しかしそんな風に「東大話法」で事の本質をごまかすエリートは日本社会にいっぱいいます。そんな人たちからどうやって身を守ればいいのでしょうか?

 簡単です。「東大話法」はあくまでテクニックで話しているので、内容がありません。なので、上司に対して「なんかもっともらしく適当なこと言ってるなあ」と感じたなら、その適当に言っていることを真に受けて質問することです。

 そうすると「やればいいんだよ、やれば」とか言います。そしたら「承知しました」と言って、それをトコトンやってしまいましょう。すると、そもそも適当なことを言ったくせに責任を取りたくない上司は、必ずこんな「東大話法」で"休戦"を申し入れてきます。 「そこまでやるとは思ってなかったなあ」

 これを言わせたらしめたもの。もはやあなたに「東大話法」の受難が降りかかることはなくなるでしょう。「立場主義者」たちからは「あいつはシャレが通じない」なんてジャブがこそこそ飛んでくるかもしれませんが、要は負け惜しみ。けっして挑発に乗って「立場主義者」の土俵に戻るような愚かなことをしてはいけません。
 ≫(現代ビジネス:この著者に聞けより抜粋・もう「東大話法」にはだまされない)

 安富教授は、今回の対談の中でも、日本の家族制度の次に現れた「立場主義」が限界点に達し、彼らが悪あがきをしていると分析する。悪あがきなのだから、ほっておいてもいずれ治まると云う事なら、それまで待てばいいのだが、この「立場主義」が日本の統治システム全体を覆っているので、可愛い立場主義の悪あがきではおさまらない。このような国家の末期的症状に合わせるように、現れたのが現在の政権であり、戻ってはいけないところに戻ろうとする症状は、非常に危険だ。今さら、“三丁目の夕日”を再び見ようとすることは、幻想だと気づかなければならない。

 つまり、経済成長期において順調に回っていた「立場主義」は、経済の成長が見込めない社会と少子高齢化と云う根本問題を抱えて、まったく機能しなくなってしまった。この末期的症状に対する抵抗こそが「幻想」と云う目標である。そして、この「幻想」に向かって、極めて日本人らしく振舞い、努力することは、実は「暴走」に繋がる。集団が暴走すると、それを止めることは、多くの場合不可能になる。人々は、見たくない、聞きたくない、考えたくなくなる。要するに思考停止に陥ることになる。

 日本が世界に自慢の磨き抜かれた「立場主義」が一切通用しない世の中になったのだ。そこでギブアップすれば良いのだが、自分達の「立場主義」に時代への対応能力がなくなったことを、認めたくもないものだから、当然のように抗うことになる。この対応、努力している風な雰囲気を破壊する「内部告発」時には「抵抗運動」などは、絶対に許すわけにはいかない、と云う結論に達する。この法案が、日米による共同軍事行動に対応した法律だけではない理由はここにある。

 頑張れば、元の地点に戻れるのではないかと云う「幻想」が努力を伴って「暴走」する。幻想から暴走なら、一時の情動とも言えるが、努力が介在する為に、動かし難い力を生み出してしまう。このような状態に陥ると、後ろに虎がいるのに、目の前に入る猫を威嚇と勘違いし、“こいつが悪い”と追いかけまわす。そして無防備になった背後から、虎にガブリと食われてしまうような事態が起きてしまう。それもこれも、米国一国支配の世界が壊れて来たことが原因なのだが、日本は、もう一度米国を強くして、近隣諸国に睨みを効かせて欲しいと「立場主義」に拘泥する。

 しかし、アメリカは早晩“モンロー主義”に回帰せざるを得ない大国であり、正直、日本の「立場主義」を死んでも離さない、統治システムと心中する気はさらさらない。にも拘らず、日本は米国にしがみつく体制の維持に汲々としているのだ。冷静に歴史を見れば判ることだが、「立場主義」に変わるべきシステムを痛みを伴っても模索しない限り、幻想と努力が暴走を惹き起すことは、かなりの確率で起きそうな事態になっているようだ。あいかわらず、中国を刺激するような行動に出ているが、安倍政権は収集能力を有しているのだろうか。対談の内容はまだまだ続くが、拙コラムではここまでにする。

≪ 自衛隊が沖縄の無人島で大規模な離島奪還訓練――「中国への刺激」を懸念
 九州、沖縄を中心に自衛隊三万四〇〇〇人を動員した大規模な実働演習が一一月一日から一八日までの日程で始まった。沖縄の無人島で上陸 訓練も実施される。
 事実上の離島奪還訓練で、尖閣をめぐる領有権で関係が悪化する中国を刺激するのでは、と懸念されている。上陸訓練は那覇市の南東約四〇 〇キロにある沖大東島。米軍の射爆撃場となっている。陸自普通科連隊(歩兵)が、海自の輸送艦で島に近づいたり、空自戦闘機が射撃訓練したりする予定だ。
 自衛隊による訓練は時代ごとに変遷する。冷戦中ならソ連軍の侵攻に対処することだったし、その後は対テロ対策などが注目された。そして現在の南西諸島の島嶼防衛は中国を意識しているはずだ。
 侵攻対処、テロ対策と離島奪還の違いは何か。侵攻対処は対ソ全面戦争を想定したし、テロ対策も北朝鮮のコマンドー部隊に都市部や原発などを襲われたら、という映画のようなシーンを想像させた。いずれもリアリティに欠けた。
 しかし沖縄で離島奪還訓練となると話は違う。尖閣諸島の領有権をめぐる中国との緊張があり、一部メディアも今回の訓練が中国を刺激しかねない、と書いている。かりに中国側も対抗して大規模な演習を実施すると、沖縄周辺の海はさらに荒れ狂う。住民にとっては実に迷惑なことだ。
 そもそも「奪われた離島を地上部隊が上陸作戦で奪還する」という限定的な軍事作戦は、果たして合理的なのか。制空権、制海権を確保していれば、島は護られるというのが常識とされる。さらに日本が国土防衛の頼みとする米側も本音のところ「尖閣をめぐり日中が撃ち合うとは、ばかげた、滑稽な発想」 (ジェフリー・ベーダー元米国家安全保障会議アジア担当上級部長)と見なす。米国では、上陸作戦をお家芸とする海兵隊の不要論が絶えない。自衛隊が海兵隊 の真似をするのが、時代の要請なのか。 
≫(週刊金曜日ニュース:屋良朝博・ジャーナリスト、11月8日号)

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