Activated Sludge ブログ ~日々読学~

資料保存用書庫の状況やその他の情報を提供します。

●『我、拗ね者として生涯を閉ず (上・下)』読了(1/4)

2008年05月20日 07時56分04秒 | Weblog

本田靖春。講談社文庫。200711月刊。本田さんの自伝で、絶筆、日本への遺言。

日本の未来への危機感、絶望感。「棄権率の高さ・・・大衆を甘やかすのはいい加減にしてもらいたい。投票に行かない連中は惰眠である・・・」(p.126)。「平和国家の旗を下し・・・同胞よ、本当にそれでかまわないのか」(p.131)。「私も、若者や娘たちの胸に灯をともしたい、・・・「夜明け」が来ると信じていた。・・・政治には、国家としての理想像がない。つまりは、この日本国には夢がない、・・・そういう基本をないがしろにした指導者の下で、努力はしない、辛抱はできない、そのくせおいしい生活は人並みにしたいという、身勝手で自己中心的な国民が、大量にはびこっている。社会性を欠いた彼らには、・・・日本の腐った政治を変える能力は無い。悲しい予測だが、この国は間違いなく滅ぶであろう」(p.347)
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●『我、拗ね者として生涯を閉ず (上・下)』読了(2/4)

2008年05月20日 07時55分00秒 | Weblog

第一級の新聞記者。黄色い血キャンペーン (.225、下105)。売血が認められていた当時、ある日本人の学者はオランダや南アフリカの学者から言われたそうである。「自分の血液をカネにかえてしまう日本では、目の銀行が普及すれば、目を売る人々が続出するだろうし、・・・やがて自分の魂すらカネにかえてしまうのではないか」、「いまに腎臓移植が普及すれば、腎臓の売買も許すのか」 (p.109)。本田さんの渾身の「黄色い血」キャンペーンで、一気に売血の割合が急落し、終焉。ただし、潜入取材の際に本田さん自身が肝炎に感染し、後年、肝がんを発症したようである。さらに、どんでん返し。売血から撤退した、「人体実験で悪名の高い旧七三一部隊の残党」(p.123) によるミドリ十字が血漿分画製剤という抜け道を作りだし、ルートを替えて、買 () 血は生き残っていた (p.175)。つまり、輸入血液製剤を投与された血友病患者がエイズに感染した問題へとつながっていた・・・。
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●『我、拗ね者として生涯を閉ず (上・下)』読了(3/4)

2008年05月20日 07時53分58秒 | Weblog

第一級のノンフィクション作家でもある。立松和博を主人公にした『不当逮捕』(p.262、上383、下344)

入社試験時の主導は鈴木東民 (p.74) さんだったらしい。

1011部は、読売一面を飾る正力モノへの批判。鋭いナベツネ批判も。正力は「自分の主張を編集の各部門に押しつけることはしなかった」が、ナベツネは「確信犯的に自論を論説委員会に強要し、読売新聞の体制化を推進した。実に始末のわるい御仁である」(p.386)
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●『我、拗ね者として生涯を閉ず (上・下)』読了(4/4)

2008年05月20日 07時52分53秒 | Weblog

本田さんが、なんで、ニューライトと誤解されていたのか? なぜ読売??  何で文春系??? しかも、「諸君」。さらに、当時の編集長はあの人だもんな・・・。「我が国が中国を侵略した重い歴史的事実が、胸にわだかまって」(p.431)、ようやく、「越えられない一線」から、文春系からは距離をおくようになる。一部本田さんの誤解 (p.437) があると思うが、鈴木明や山本七平の酷いデマがきっかけになっている。

右目失明、癌、壊疽、両足切断、それでも、書き続けた本田さん。死後、通夜・葬儀は一切無し。戒名も位牌もなし。個有の墓もなく、「文學者の墓」に納められ、文学者の名が連なる墓碑の一隅に「本田靖春 不当逮捕」と刻まれているだけである (p.461)
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