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金色姫2

2017-02-19 17:47:32 | サイクリング

前日(2/11)の蚕霊神社に続いて12日はつくばの蚕影神社へと向かった。

茨城では万葉の頃から養蚕が盛んだったらしく、神栖の蚕霊神社、つくばの蚕影神社、日立の蚕養神社で常陸の三蚕神社というらしい。

いずれも近隣に豊浦という地名を持ち、金色姫の伝説が伝わるという。

そんな中でもこの蚕影神社は、同名の神社を各地に持つが皆この神社の御分霊であり、この神社こそが「日本一社」であり、日本養蚕の始めであり全国の蚕業家尊崇の名社なのだという。

「筑波嶺の新桑繭の衣はあれど 君がみけしにあやにきほしも」(万葉集・巻14・3350)

絹(鬼怒)川、蚕飼(小貝)川とか常陸紬、結城紬があるのは、それほどまでに養蚕が盛んな地であったということなのだろう。

養蚕から富国強兵への開祖神としての流れは、一般財団法人総合科学研究機構の機関誌CROSS T&T45号の茨城民俗学会の近江理事の記事が参考になる。

だがしかし、日本一社として全国の養蚕家の信仰を集めた神社が今は人影もまばらで敷地が崩落してしまっているのは哀しい。

さて、三蚕神社の2つに詣でたからには残りの蚕養神社にも行かなきゃならんのかなぁ。

蚕養神社は、明治34年に於岐都説神社から改称したらしいから、金色姫シリーズとしては興味がそがれるのだが。

小貝が浜のところの神社だよねぇ。ケンポクゲージツ祭で、うつろ舟ミュージアムがあった近辺。

うつろ舟も小貝が浜じゃなくて波崎の方の舎利が浜らしいし悩みどころ。

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金色姫

2017-02-12 22:29:27 | サイクリング

kincyanさんの記事をみて蚕霊神社とやらに行ってみた。

まずは息栖神社なんだけど、忍潮井のところにある「息栖の津・渡船場跡」の神栖市教育委員会による解説がなかなか興味深い。

応安7年(1374年)記の香取神宮文書「海夫注文」によると、当時この流域の支配権は香取神宮にあったらしい。下総国の24、常陸国の50もの津を支配していたんだとか。

江戸時代の東国三社巡拝についても書かれているが、香取神宮から鹿島神宮へ向かう途上、息栖神社へ立ち寄る慣例であった、とのことだ。

そうなると当時は木下、香取、息栖、鹿島という順序だったのかな。

そんな息栖神社は応神天皇の頃に日川に祠が祀られて、大同2年にこの地に遷座したらしい。

まあ神社仏閣の「大同2年」ほどあてにならない年号はないわけだが、延暦18年の津波で被害を受けたための遷座とすれば辻褄はあうようだ。

さて、息栖神社についての神栖市教育委員会による解説だと、 鎌倉時代の鹿島宮社例伝記、室町時代の鹿島宮年中行事には祭礼等で鹿島神宮と密接な関係にあったと記されているとのことだ。

 

 日川の蚕霊神社。

豊浦浜の漁夫権太夫が沖に漂う丸木舟を引き上げると、天竺の金色姫が倒れていたのだが・・・という金色姫と養蚕の伝説があるのだが、蚕業の創始先駆者の象徴として造営されたらしい。

金色姫の丸木舟といい江戸時代のうつろ舟といい常陸国は異人が流れ着くところなのか。

権太夫が助けた金色姫は養蚕をもたらしたけれども、うつろ舟の異人は何をもたらそうとしたのだろう。

うつろ舟は事なかれ的に再び沖に返されてしまったのだけど。

 日川一番のバス停近くに権現塚古墳がある。標高5.6m長さ20mばかりの前方後円墳だ。

古墳の北側に古墳時代から奈良・平安期にかけて営まれた集落跡の石塚遺跡が存在する。

で、息栖神社のもとの祠はこのあたりにあったんじゃないか的な案内板もある。

そして近くにお稲荷さんもある。

いきす-沖洲から海上交通に結び付ける向きもあろうし、製鉄に結び付ける向きもあろう。

鹿島灘に出てみたが、丸木舟もうつろ舟も浮かんでいなかった。

仮に浮かんでいたとしても冬の荒波だ。見て見ぬふりをしたに違いない。

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久々に宝篋山

2017-02-05 18:05:13 | お散歩

ここのところ腹回りが成長期に入ったようでどうにもいけない。

自転車漕いだくらいじゃ歯が立たないくらいの成長っぷりだ。

より強度を上げればいいのだろうが、膝が痛かったり腰が痛かったりで、年寄りの冷や水はよくない。

さほど負担をかけずに運動するということであれば散歩だろう。

しかし平地を散歩しても強度は高くないから山道を散歩することにした。

麓までは自転車を使う。

宝篋山なんぞ、数年前は、青木葉、不動と無理くり自転車で峠越えしてから登ったものだが、今の体力じゃそうもいかない。

標識をたよりに尖浅間。ここで弁当を食べて宝篋山へ。

ここから見る筑波山は美しい。

霞ヶ浦も雄大だ。

登りも下りも体重の重さと体力の低下を感じた。

低山は山の中は冬でも暖かいから、しばらく山散歩にふけるのもいいかもしれない。

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吉見百穴

2017-01-29 21:51:12 | サイクリング

土曜日はいい天気だったから吉見百穴に行ってきた。

安物サイクリングナビはある程度の距離になると国道優先でつまらない道しか案内してくれない。

当然そんなのは無視して裏道に突っ込むのだが、ナビが最初に案内してくれた距離よりの2割増しを走る羽目になった。

百穴といっても穴の数は百ではない。この場合の百はたくさんという意味で用いられることが多く実際には百もないのが通常なんだろうが、なんと219もあるそうな。吉見219穴・・・穴多すぎ。

ヒカリゴケの穴以外の多くには入ることができるが、野蛮人の文字を観察することができる。

 

古代人の墓に名前を刻むほどの野蛮人だ。知能は低いと思われるが繁殖力に勝るのかまるで絶滅しない。

WWW2末期の地下軍需工場跡でもあるらしい。

 

百穴の近くの岩室観音も面白かった。

 

ハート形の胎内くぐりだそうな。

川越を回って帰ったのだが、川越は何のお祭りですか?ってなくらいの人出だったから、とっとと退散。

残照のうちには帰宅することができなかった。昼間暖かくとも日が落ちると寒いね。

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青木葉・湯袋

2017-01-22 17:08:31 | サイクリング

ずいぶんとお山に行ってない気がするけど、不動峠は相変わらず通行止めみたい。

仕方ないから土曜日は国6を土浦まで行って、青木葉峠を上った。

昔はインナーローで回せないような峠ではなかったはずだが、年々きつくなってきて、ほとんど歩くような速度で這い上がる。

不動の代わりに人気になってるようなことはないようで、自転車乗りは見かけなかったけど時間帯によるのかな。

宝筐山頂からほどではないけど、ここから拝む筑波山もなかなかきれいだ。

辻へと下るが、やはり不動峠は通行止めの様子。

諦めて湯袋峠へ回る。

気温が上がって日向の路面は良好になりつつあったけど、山間には残雪だの凍結だの見られたから、あまり高度を上げないほうがよさそうだ。

というか、久々のお山で、のろのろペースの青木葉、湯袋で足売り切れのていたらく。稜線林道への入り口が凍ってるのを見て、上らなくて済むとホッとしてしまう始末だ。

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浜名湖に行ってきた

2017-01-08 10:54:16 | サイクリング

1月7日は早起きして始発輪行。

東京駅発の沼津行は横浜、藤沢と進むにつれそこそこの乗車率となってくる。

いつもの常磐線輪行だと進むにつれて人が減ってきて旅の気分が盛り上がるのだけど東海道線ではそうもいかない。

車窓に大きく富士の姿が映る沼津から静岡あたりまでは立つ羽目になった。

浜松でさらに乗り継いで弁天島で輪行袋を開いた。

駅前の観光案内所の方から地図をいただいて、いざ浜名湖へ、ということはせずに、まずは海浜公園へ向かう。

弁天島海浜公園は、過去何度かお伊勢参りをしたときの休憩箇所だけど、日付が変わるころだったりで真っ暗な印象しかなかった。

陽光の下でみるときれいな場所だったが、改装しているらしく公園入口のコンビニが閉店していたのは補給という面からは減点だ。

左手に浜名湖を意識して走れば自然と反時計回りに湖を周回することになるはずだから、観光案内所でいただいた地図は開くことなくバックパックに押し込んでおくこととなる。

自転車道のところどころには地図も掲示してあり現在地が把握できる。

自転車道といえば、久々にチャリヘキサ(県道自転車道標示板)をゲット。

舘山寺あたりで自転車道を外れうろうろしてみるが、特にピンとくるものもなく先へ進む。

腹が減ってきたので浜名湖SAに寄る。

鰻は大層なお値段だから餃子をつまむ。SAだからなのか6個で500円という強気の価格だ。

これが宇都宮なら半値で済むだろう。

やっぱり鰻も食べなきゃとぺらぺらの鰻のカケラがついたおにぎり250円なり。

これに250円出すなら、そこそこの代金を支払ってちゃんとした鰻を食べたほうがいいように思った。

東名の浜名湖SAへの入り口にはバイクラックが置かれていた。

このあたりから逆風になってきたのに加えて小腹も満たされたからなのか自転車こぐのに飽きてきた。

猪鼻湖はすっとぼけて、先へ進む。

てきとうに走って浜名湖ボートの前から東海道線を越えたところで、そういえば新井関くらいは寄っておこうと引き返す。

 

寄ってはみたものの中には入らず新居町から輪行することとした。

新居町駅では隣接したコンビニでビールが調達できるけど弁天島のコンビニは改装閉店してたからね。

浜松からは熱海行き、熱海からは上野東京ライン経由前橋行きと乗り継ぎに恵まれて9時前に帰宅。

電車の中では「芭蕉魔星陣(井沢元彦)」「ゴルゴタの迷路(ジョン・ガードナー)」の2冊を読んだ。

 

例えば浜名湖周遊するためだけに新幹線使って行きたいかというとそういうことにはならないと思う。今回のように18きっぷ余ってるけど山に行くのもしんどいし浜名湖でも行ってみるか、というのが妥当なところだろう。

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ハマイチ(予)

2017-01-04 21:55:30 | 未定な予定

柏0447-0516上野0529-0536東京0546-0805沼津0808-1016浜松1020-1032弁天島

浜名湖1周(参考http://hamanakotourism.com/modules/road/content0011.html

90kmの迷走込みで6時間かけたとしても余裕で日帰りできそうな。

弁天島1803-1815浜松1826-1938静岡2002-2122熱海2127-2307東京2311-2318上野2327-2355柏

(終電は弁天島1932で柏0103)

18きっぷの使いきりで1/7かなぁ。

 

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2017年がはじまってしまった

2017-01-03 07:48:57 | サイクリング

今年は正月休みが4日しかないのだけど、何と来年も似たようなカレンダーでがっくりで、とても、おめでとう、なんて言ってられない。

たった4日で新年の準備をして正月恒例行事をこなして自転車にも乗ってなおかつ18きっぷをある程度消化するなんて不可能だ。

いやしかし、年の初めは来てしまった。2017年のキックオフをせねば、と1月2日に向かったのは竜田駅。

線量計は0.174を示しているが、どういう値なのかは知らん。ちなみにその日に見かけた線量計で0.3以上のところはなかったかと思う。

18きっぱーらしき人々は、わずかな時間駅外に出て、駅前の商店とか駅舎の写真を撮って、折り返していくのだけど、駅の隣の立派な公衆便所に注目する人は少ない。

立派な便所だが、使う人はあまりに少ない。

線路わきの神社はお正月らしく小奇麗になっていた。

 

竜田駅から先の線路は赤く錆びついている。

国道6号を北上してみる。

富岡にはいると巡回しているのだろう、パトカーが目についた。正月からごくろうさまです。

やがて、軽車両も歩行者も通行できないという注意書きがあらわれたので、おとなしく県道をたどる。

あれから5年以上というのに屋根が崩れ、窓がやぶれたままの家が目立つ。瓦礫の撤去を優先させたにしても年月が経っているのだが・・・

そうか。住めない家を修復しても仕方ないからか。

開店しているコンビニやホームセンターもあるから少しずつ復旧は進むのだろうけど荒れた家屋が続いているのを見るのは悲しい。

まだまだ物見遊山で来るところではなさそうだから、ここらで退散しましょう。

山あいの日陰には雪が残っていた。

川の流れはとてもきれいだ。

川前から夏井川渓谷を下る。

秋は紅葉がきれいだろうけど、冬は寒い。

いわき駅から輪行はいいんだけど、40分待ちはさすがにつらかった。

 

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千葉の端っこ

2016-12-25 19:57:14 | サイクリング

23日は18きっぷで館山に向かった。

向かったのだけど強風のため那古船形からは代行バスらしい。

輪行袋抱えてバスってのも気が引けるし別に館山に用事があるわけでもないから、ここから漕ぎましょう。

道の駅三芳村鄙の里の看板に誘われてビンゴバーガー。

 

千倉に抜けて野島埼へ。

強風だけあって波しぶきが飛んでくる。

房総半島の南の端っこ

 

館山に戻ったところで相変わらず運休してるかもしれないから鴨川へ。

日が暮れそうだから安房天津から輪行。

 

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24日はxiaoxiongさんの銚子集合に参加した。15時に犬吠に行けばいいらしい。

8時ころに手賀沼を出発した。

手賀沼CR、利根川CRと進んで長門川公園あたりから一般道を走る。

房総風土記の丘の古墳群を突っ切る道は気持ちがいい。けど古墳群ってことは墓場走ってるようなものか。

成田西陵高校の近くに菜の花が咲いてた。

いくらなんでも早すぎると思うのだけど、そういやこの高校は農業高校だかなんだかだったんだっけ。

さくらの山から空港をくぐって多古へ。

今回はナビなし地図読みなしで適当に走っている。太陽に向かってちょい左あたりが銚子ということにしてみた。

コンビニで小腹を満たしてるところでemoさんに捕捉された。彼は車で銚子まではわからないけど、干潟へ行って食事するらしい。

そういや昼飯何食うかなぁ。と考えながら飯高寺。

 

飯高寺から小道をうろついていると、emoさんと断腸亭さんに捕捉された。いろんな道があるのになんでこんなところで出くわすか、というような場所だ。

どうやら多くの人は、昼はうずめに行くようだけど、そういや嘉儀屋って手もあるよなぁ。まあ走ってるうちに気が向いたところで食べればいいや。

で、豚でも鴨でもなく蕎麦。白くて太くてうどんのような蕎麦が昼飯となった。

猿田の萬屋の蕎麦は蕎麦っぽくないので有名だ。

銚子に近づくと風力発電機が目につく。それだけ風が強い地域なのだろうか。

ドーバーラインから外れて銚子マリーナから屛風ヶ浦を眺める。

犬岩と千騎ヶ岩。犬岩ではまたまたemoさんに捕捉された。

 

まだ蕎麦がこなれてないから犬若食堂には寄らなかった。

外川駅まで登るとちょうど電車がやってきた。ここでノリピーさんに捕捉された。

集合場所が近づくと出会う確率も高くなるのだろう。

 

犬吠駅から、千葉県の東の端っこ犬吠埼へ。

最東端かというと微妙なところだが、まあ東の端っこには違いなかろう。

 

断腸亭さんの案内で裏道くねくねで吉原食堂へ。

 

まあしかしZULLOが3台も集まった。僕のは中古だけど。

 

すっかり暗くなってから輪行帰宅。

記憶を頼りに24日に走ったルートを地図に落とすとこんな感じ。多少は間違いもあるかもしれないけど。

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冬の18雪列車

2016-12-17 22:49:53 | Weblog

冬の18きっぷを使って始発に飛び乗って水上へ。

雪が少し舞っていた。

水上温泉も他の温泉地同様に廃墟ホテルがあるのだけど、

廃墟ホテルは猿のテリトリーになっているようにみえた。

水上で日本酒とつまみを調達しておいてまた列車に乗る。

国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた。

川端康成と同じ気持ちを、トンネルを抜けた信号所、今や土樽駅だが、で味わう。

 

しかし湯沢で降りたところで、駒子とやらが待っているわけではないから先へ進んだ。

小出駅も雪。列車を2時間待つことになるから付近を歩いてみる。

 

歩道も水を撒いて融雪してるのだけど、ゴム長ではないから水が浸透して靴下まで濡れてしまう。

メリノウールの靴下を履いていたからいいようなものの、木綿の靴下だと冷たくて仕方がなかったに違いない。

ぶらっと歩いて結局駅前の食堂で飯をくった。

さて列車が来たようだ。

 

山間を走るのだが、景色が白い。

 

旅のお供は小出で買った緑川。口当たりがいい酒だから300mlだとあっという間になくなってしまう。

 

只見に着いた。

 

今度は代行バスに乗り換える。

バスからの景色も雪国。

 

会津川口から再び列車に乗り換える。

 

只見川に沿って列車は走る。

 

すっかり暗くなってから会津若松に到着。またまた日本酒を買い込んで郡山へ抜けて東北本線、上野回りで日付が変わってから柏に帰着。

只見線乗りつぶしを行えば18きっぷの元はとったようなものだ。外歩いても寒いからほとんど列車乗りっぱなしでも苦にならない。持って行った本は「スナップ・ショット」(A.J.クイネル)と「マイク・ハマーへ伝言」(矢作俊彦)の2冊。1日乗りっぱなしだと2冊では足りなかった。

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