四代目桶屋金之助の世界

おろかなるひとり言
胸を張れるような自慢話などはありません。
照れくさい話や恥ずかしい話ばかりです。

八事裏山フォーク・オーケストラ「東京から船にのって」

2020-05-31 10:45:34 | あの頃の名古屋フォーク界
中学の時だったかと思う。
愛知県体育館で行われた「全国フォーク音楽祭中部地区大会」
たまたま入場券を2枚手に入れたから友人と観にいった。
これはラジオ番組「バイタリス・フォークビレッジ」の主催。
当時のDJをしていた吉田拓郎を観に行きたかったのが第一の目的でもあった。

いろんなグーループが予選を勝ち抜いて出場された。
そこで一番、印象に残っているのが、
名城大学軽音楽部の八事裏山フォークオーケストラ。
この「東京から船に乗って」をおもしろおかしく歌っていたのである。

そして入賞して全国大会へ。
最優秀賞は取れなかったけどレコード化はされた。
後に知ったのだが、この時会場にいた吉田拓郎は絶賛していたという。

名古屋では深夜放送でもよくこの歌が流れていたし、
イベントなども出演していたみたいだった。
僕も何度か観に行った覚えがある。

しかし、学生バンド。
メンバーは卒業したり、学業に専念したりして
新曲のレコードをだすたびにメンバーチェンジを繰り返していたという。

名古屋では圧倒的に人気のあったバンド。
ライバルは、つボイノリオが在籍していた欲求不満バンド。
二つのグループは、名古屋のフォーク界を盛り上げていた。

名古屋地区も当時はおもしろかった時代だった。

八事裏山フォーク・オーケストラ「東京から船にのって」


コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中川五郎 『俺とボギーマギー』

2020-05-28 11:41:55 | 音楽
最近、フォーク好きの友人とラインで
フォーク談義などをやっている。
紹介したい歌、あの頃よく聴いた歌、今でも心に残る歌。
そんなフォークソングを往復書簡のような感じでやっている。
これが結構、僕としてはおもしろい。

彼が紹介した中川五郎の『俺とボギーマギー』
♪見知らぬ町で 一文無しになって
 ジーンのように すりきれた気持ち
 ボビーは 汽車に ヒッチハイク
 雨が 降ってきそうだから
 俺は 汚れたハンカチから
 ハーモニカを取り出し
 ボビーの唄う ブルースにあわせる
 運ちゃんの 知ってる歌を
 みんな 歌った
 ワイパーの拍子に あわせて

 うらぶられた炭鉱から 南の町へ
 魂の秘密まで わけあって
 いつまでもいっしょ 夜は寒くても
 あいつは俺を あっためてくれた
 でも小さな町で
 家がほしくなった
 あいつを俺は
 いかせてやったのさ
 ボビーがいつもそばにいた
 昨日のためなら 俺の明日を
 みんなあげてもいい

 自由っていうのは 失うものが
 なにもないことさ
 いい気持になるのは
 簡単なこと
 ボビーが ブルース歌えば
 それだけで 俺たちゃ ごきげん
 ラララ・・・
 ラララ俺と ボギーマギー・・・

作詞:クリス・クリストファーソン
作曲:F・フォスター
訳詩:中川五郎

この歌を最初に聴いたのは、昨日の山平和彦と同様に
1971年の第3回全日本フォークジャンボリー(通称:中津川フォークジャンボリー)
中川五郎といえば、ボブ・ディランの訳詩が一番だといわれている。
アメリカンフォークの和訳について右に出る人はいないかもしれない。
英語が苦手だった僕はよくわからないけど、
きっと英語の歌詞の意味をしっかりと理解して
自分の気持ちをあらわしていたのだろうか。

♪自由っていうのは 失うものが
 なにもないことさ

このフレーズが若いころ聴いたときからめちゃ好き。
還暦を過ぎてもこの言葉だけはいつまでも心に残しておきたいと思っている。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山平和彦 『秋田竹刀打ち唄』

2020-05-28 10:32:06 | 音楽
秋田県民謡『秋田竹刀打ち唄』

♪ハアー
 そろた そろたよ
 竹刀打ちそろたよ
 イネのでほより
 よくそろたよ

 ハアー 
 力だぜ だせ
 若いときにゃ二度ない
 あせと力の
 あるかぎりよ

 ハアー
 めでた うれしや
 おもうことかなたよ
 行けにツルカメ
 御用の松よ
 
 ハアー
 そろた そろたよ

山平和彦さん、秋田県出身のフォークシンガー。
もちろんオリジナル曲も歌っているが、
地元秋田県の民謡も歌っている。

この『秋田竹刀打ち唄』を知ったのは
1971年全日本フォークジャンボリー(通称、中津川フォークジャンボリー)の
実況盤「自然と文化の72時間」のレコードを聴いて知った。
もちろん山平和彦の名前を知ったのもこの頃だと思う。

久々にこのアルバムの復刻盤のCDを聴いたが、味があってなかなかいい。
彼なりに故郷を想う気持ちがあったのだろうか。

その後、東海ラジオ『ミッドナイト東海』のDJもするようになる。
中学生の僕は眠たい目をこすりながらよく聴いていた。
この頃が山平和彦の全盛期だろう。
生まれ故郷、秋田県よりも名古屋の方が人気があったのでは。

フォークと民謡。
当時、アメリカン民謡を和訳して歌っていたフォークシンガーも随分いた。
そして、その影響か日本の埋もれた民謡やその土地に伝わる歌など
採取して歌っていたシンガーもいる。
フォークジャンボリーを企画・実行した笠木徹さんもその一人でもある。

「ミッドナイト東海」絶頂期のころは東海地区でコンサートなど
多く開催されていた。
1973年12月22日に名古屋市公会堂で行われたライブ盤
「ライブ!山平和彦」
ここでもここでも秋田県の民謡を披露している。
「秋田草刈唄」、「仙北荷方節」、そして「秋田竹刀打ち唄」
久々にこの復刻版CDを聴きたくなったな。
発禁になった「放送禁止歌」も今、聴くとなかなかいい。
これも聴こうかな。

しかし山平和彦も不運だったのかもしれない。
バックバンドでもあったマイペースが「東京」をヒット。
「ミッドナイト東海」も分けあって途中降板。
それにともなって人気も下降していった。
そして交通事故死。

出身地秋田県よりも名古屋で活躍した山平和彦。
秋田県の民謡を全国に紹介した山平和彦。
ここ最近、山平和彦の歌が気になるのです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アベノマスク2「安倍皮饅頭」

2020-05-27 09:37:21 | 新聞記事から
今朝の中日新聞 社会面
「アベノマスク もはや不要不急!?」の見出し
寄付殺到、困っている人へ

まだ我が家にはアベノマスクは届いていない。
4月1日に安倍総理が全世帯に2枚ずつ表明してから
もうじき2か月が経つ。
新聞によると現在の配布率は約2割だという。
政府は今月中に全世帯に配布する予定だが
まず無理だろう。
これが政府のスピード感か?

アベノマスクにかかる費用が466億円
そしてマスク検品料が8億円追加。
このお金は国民の税金。
税金の無駄遣い。

コロナも落ち着いてきた。
マスクも値が下がり入手しやすくなってきている。
だからアベノマスクも不要と思っている人たちも多い。
僕もその中の一人でもある。

今各地でマスクの寄付を受け付ける団体が立ち上がっている。
そこには多くのアベノマスクも寄付されている。

刈谷市も社会福祉協議会と連携して「マスクバンク」を設立。
市役所2階の福祉総務課にて寄付を受け付けているそうです。
自分も届いたら持っていくつもり。

このマスクには政府の不透明さもある。
究極の政府の愚策。

こんなマスクを配るなら全世帯に
「安倍皮饅頭」を配ってくれた方がうれしいね。


コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

吉田拓郎 『ファミリー』

2020-05-24 18:22:30 | 音楽
吉田拓郎 『ファミリー』
♪怒れる時あらば その怒りを
 いずこへ 向けるだろう
 悩める時あらば その悩みを
 いずこへ 向けるだろう
 喜ぶ時あらば その喜び
 いずこへ 向けるだろう
 悲しむ時あらば その悲しみ
 いずこへ 向けるだろう
 My family my family
   ひとつになれない お互いの
 My family my family
 愛を残して 旅に出ろ

 恋人できたらば その微笑
 いずこへ 向けるだろう
 病に倒れたら その痛みを
 いずこへ 向けるだろう
 勝利をつかんだら その激しさ
 いずこへ 向けるだろう
 My family my family
   ひとつになれない お互いの
 My family my family
 愛を残して 旅に出ろ

 My family my family
 誰にも話せない 語れない
 My family my family
 一人であることに 変わりなし
 My family my family
 笑顔の中にも 悲しみが
 My family my family
 愛を残して 旅に出ろ

コロナ禍も以前に比べれば落ち着いてきた。
この3か月間、いまだかってない日々が続いた。
いや、このあとも予想もつかないことがおきるかもしれない。

感染防止対策。
国民の生活不安。
経済の低下。

このコロナ禍はいろんなことを考えさせられた。
まだ終息はしていない。
この3か月間を教訓にお互い助け合いながら
生きていかなければならないだろう。

個人の世界ではなく国民みなファミリー。
そういう意識をもたなければならないのかもしれない。

そんなことを思っていたら
吉田拓郎の『ファミリー』が浮かんだのです。
歌を聴き、歌詞をじっくりと読んでいると
今のコロナ禍に対してのメッセージのような
歌に聴こえてきたのです。



 
  
 
コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする