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辻原登『村の名前』を読んで

2017-07-23 23:03:39 | 読んだ本
         辻原登『村の名前』              松山愼介
 橘は商社員である。広尾の畳卸商の加藤の要請で、中国「湖南省の湘江や沅江沿いの水田地帯に茂る藺草で畳表を織らせ、買い付けるのが今回の旅の目的」である。中国は毛沢東の死後、一九七八年に鄧小平が復活し、実権を握り「改革開放政策」を実施するようになった。社会主義的的市場経済である。橘、加藤はこの流れにのって中国での畳表の制作を考えたのである。ところが、この物語は藺草を買い付ける村に到着するところから、おかしな展開を見せ始める。
成田から香港経由で杭州までは予定通りだったが、長沙行きの飛行機が飛ばず、武昌行きの列車で長沙に向う。そこには貿易公団の二人の李さん、人民保険公団の朱さんが待っていて車で目的地に向う。目的地の村の名前は桃源県桃花源村である。穴ぼこだらけの道を十時間かかって、「深くて狭い、岩肌が剥きだしの切り通し」を抜けたとたん三百戸はどの集落が見えた。村の入り口には「熱烈歓迎、桃花源」という横断幕がかかっている。この「切り通し」を抜けた時に、橘たちは異世界に入ったのである。映画『千と千尋の神隠し』も車で門をくぐると異世界に着くことになる。
 この村に着くまでにも、奇妙な西瓜売りが登場する。列車が駅に着くごとに、上半身裸の痩せこけた男が西瓜を売っている。おまけに西瓜の形は、ラグビーボール状から丸いものへと形が変わっていくにもかかわらず、西瓜を売っているのは同じ男である。橘は、この西瓜売りを村への途上の道ばたで眠っている姿を見かける。時間的に歩いて先回りすることなど不可能な状況だ。長沙から車に揺られて走っている間に時空が変容しているのである。
 インパール帰りの加藤さんに十年以上出ていなかったデング熱がでる。村には藺草田がなく藺草と同じ発音のリンツァオという少年が登場する。橘はしらふの中年男にリンツァオについて聞くが、子供のリンツァオなんかいない、いるのは八十三歳の老人だと返答される。そうだとすればリンツァオは仙人で千年以上も生きているのかも知れない。オニヤンマを竹棹の微妙な動きで、素手で捕まえる老人も奇妙な存在である。物売りのなかに、西瓜売りの男と、老婆が三つの糸巻きを正三角形に並べている。橘はこの老婆をミイラではないかと考える。そのように考える橘は「この村が、錯覚かもしれないが、何か橘に言い寄ろうとしている気配を感じる」。「気配がめまいに変った。たしかに、この村には何か得体の知れないものが隠れている」。
 橘はこの村には「何か暗い特別な力が潜んでいる。そいつが橘を引きずりこもうとしている」と感じるが、その正体は不明である。この村は千年も平和が続いているのに少女たちは橘たちのことをあっけらかんと「日本(リーベン)鬼子(グイズ)!」と呼ぶ。少女たちはかつて中国を侵略した日本人として橘たちを見ているのではなく、単なる鬼ごっこの「鬼」と見ているだけかもしれない。
 橘は西瓜売りの男を夫に持つ張倩(ジヤンチエン)と関係を持ち、香港へ逃げる資金、三千元(約十二万円)を用立ててやる。結局、橘は自分が千年前の古層の村にいると感じる。この女とともに千年前の中国の古層の村に、橘が沈み込もうとした時、二人の公安が橘の腕をとり現実に引き戻す。現実に引き戻した印に「中日合弁ホテルの協議書」にサインをさせられることになる。その結果、橘と加藤は『千と千尋の神隠し』の千のように現実社会を戻ってくる。
 このような小説は古井由吉の『杳子』(一九七〇年)が最初だと思うのだが、『村の名前』は不可思議な世界をえがくのに徹底するでもなく、リアルな世界を書くでもなく中途半端な作品に終わったのではないだろうか。
                           2017年7月8日
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