5月17日の夜。
一つの航空便が届いた。
すぐに誕生日プレゼントだとわかって、差出人を確認する。
『Athrun Zala』
僕らは幼馴染で親友。
今年はどんなマイクロユニットかと思いながら小さな包みを開けたら、入っていたのは長方形の薄い箱。
蓋を開けたら、ひとつのペンダントが入っていた。
シルバーのちいさな長方形のトップがついた、シンプルなデザイン。
アスランから貰った、マイクロユニット以外の初めてのプレゼント。
箱から出してライトにかざせば、トップの下のほうにさりげなく飾られた緑色の石。
エメラルド。僕の誕生石。
一目で安物ではないとわかるそれは、親友に贈るには高価すぎるものだった。
たしかにアスランはオーブ軍のなかでも偉いほうで、高給取りではあるけれど。
「これ、いいのかな・・・」
キラリと光るそのトップの裏に、何か刻まれているのに気づいた。
手のひらに乗せてみれば、小さく
『A.Z』の文字。
Athrun Zalaの頭文字。
それは独占の意味を持つ贈り物に思えた。
みどりいろの石は、キミの瞳の色。
僕らは幼馴染で親友。
その境界を越えたことはないのに。
超えるつもりはなかったのに。
期待する僕がいる。
僕の誕生日ということは、双子の姉のカガリの誕生日ということでもある。
オーブで盛大なパーティが開かれて、ラクスも呼ばれて行ってしまった。
本来なら警護役として僕も行くべきで、何よりカガリから呼ばれていたんだけど、僕はそれを断った。
僕とカガリが姉弟だってことは、公式には内緒になっている。
先の戦争の盟友として参列することは自然と言えば自然だけど、僕らが並べば顔立ちから「血縁」ということがバレかねない。
それはカガリの「首長」としての立場を脅かしかねないので、公式に僕らが接触することを、僕はよしとしない。
なにより。
見て、いられないのだ。
今このテレビに映っている、カガリをエスコートするアスラン という絵は。
「嫌味なほど女の扱いに慣れた男だな」
軍本部のカフェの一角。
背後から突然そんな冷めた声を投げかけられて、僕は持っていたカップを落としかけた。
「・・・イザーク」
「涼しい顔しやがって。見ろ、このすまし顔」
フン と笑って、イザークは四人掛けのテーブルの、僕の斜め横に座る。
「気配消して近づくの、やめようよ」
「気づかん貴様が悪い」
軍人が気配を消すのは普通だろう とイザークは持ってきた紅茶のカップに口をつけた。
僕の知ってる軍人。
ムゥさんは「気づかないなんて言わせない」って雰囲気で近づいてくるし、ディアッカもわざと遠くから声を掛けてくる。
ルナマリアは普通にしてるし、シンに至っては乱暴な足音がするからすぐにわかる。
アスランは。
アスランは、僕に近づくときだけ脅かさないように気配を見せる。
背中からアスランの気配を感じて、2秒もしないうちに肩に手が触れる。
こんな風に気配を消して人の背後を取るのは、イザークくらいだ。
「ラクス嬢の警護、断ったそうだな」
「ああ、うん」
「仕事を選ぶとは、偉くなったものだな」
ただの隊長職の僕より、MS隊全てを統括するイザークのほうが、実は偉い。
「だって、行ったら」
「あれを見たくないか」
バレるじゃん と言いかけた僕の言葉を遮って、イザークは視線を大型モニターに流した。
映し出されているのは、巷で「アスハ首長の恋人」と言われるアスランが、カガリをエスコートする姿。
僕が一番見たくないもの。
カガリの恋人な、アスラン。
カガリに手を差し伸べて、ヒールの高い慣れない靴を履いたカガリが躓かないように見守って。
やさしい笑顔を向けて。
「仕方なかろう。すっかり恋人扱いなんだ」
今日は僕らの20歳の誕生日。
それを前にいくつかの週刊誌で『アスハ首長、婚約秒読み』という記事を見た。
早くも婚約者扱いされてるのは、決まってアスラン。
先の大戦の英雄で、元ザフトのエースで、今ではカガリの専属警護役で、オーブ軍の偉い人で、出生はやんごとなきお家柄で。
カガリにはぴったりな相手なのだ。
「貴様もラクス嬢の『恋人』だろう」
イザークの言うとおり、僕も巷では「ラクス・クラインの恋人」と言われている。
オーブ軍を抜けてザフトに入ったのは、たしかにラクスを守るため。
だけどそれは、「アスランがカガリを守るなら」ということでした選択だった。
誰かが守らなきゃいけない。
そう、思ったからで、その噂は真実じゃない。
「昨日さぁ、アスランからプレゼントが届いたんだ」
ぽつりと零すと、イザークが眉間に皺を寄せた。
「あの球体でも届いたか」
ううん と言って、僕は詰襟を崩して、首から提げていたペンダントを見せた。
「どう思う?」
まじまじとそれを見たイザークの眉間に、さらに皺が寄る。
「エメラルド、か」
「うん。たぶん」
「上物だな」
「そうなの?」
いい家柄のイザークが言うのだから、そうなのだろう。
「誕生石。親友の20歳の特別な祝い。少し気取りすぎだがな」
「じゃあ、これは?」
くるりとトップをひっくり返すと、イザークは無反応だった。
「盛大な告白だな」
「なにそれ」
「独占宣言だろう、それは」
キザなあいつのやりそうなことだ とイザークは鼻で笑う。
「めでたいじゃないか。ヤツの誕生日にしっかり答えてやれ」
「5ヶ月ももやもやした気持ちでいろって?」
ペンダントをしまって詰襟を正してちらりとモニターを見て、僕は呼吸を止めた。
「違うよ、イザーク」
「何がだ」
無言でモニターを指差すと、イザークも視線をやる。
そこに映し出されたもの。
屋外にいるせいで、風に乱れた髪を直してやる、アスラン。
その指が、いとおしむように触れたカガリの耳に。
シンプルなエメラルドのピアス。
大げさなドレスに合わせるには、少しおとなしい。
それに、カガリはピアスホールなんか開けてなかった。
きっと、あれを開けたのはアスランだ。
直感でわかった。
「あっちの方が独占宣言だよ」
「誕生石をプレゼント。いい演出じゃないか」
「だって、カガリ、ピアスなんか開けてなかった」
ぴく とイザークの指が反応を示した。
「自分で開けられる性格じゃないよ、カガリは」
「あれをヤツが開けたって言うのか」
「きっとそうだよ」
それはそれは とイザークは冷めてしまった紅茶を飲む。
「どっちが本命だろうな?」
「裏を読みすぎだよ、イザーク」
これは素直に受け取るべき。
このペンダントは、親友の証。
あのピアスは、独占の証。
「僕、仕事に戻るね」
無表情で席を立つ僕を、イザークは引き止めなかった。
仕事に戻った僕に、部下のシンとルナマリアがそれぞれお祝いをくれた。
新作ゲームと、最近できた噂のカフェのケーキの詰め合わせ。
ありがとう と笑顔で受け取った。
笑えたはず。
仕事中にケーキを食べるわけにもいかず、とりあえず備え付けの冷蔵庫に入れて、仕事に戻る。
新しいMSの、OS開発。
本来は隊長の仕事ではないけど、上(イザーク)からの命令で断れなかった。
何かに熱中するとほかのことが考えられなくなるこの性格は、都合よかった。
気がつくととっぷり日が暮れて、就業時間が過ぎていて。
「たいちょーお。帰りましょーよー」
シンの駄々を捏ねるみたいな言葉で我に返った。
「あれ?」
「あれじゃないですよ。ルナ、帰っちゃいましたよ」
「シンは?」
「俺はアンタを自宅に送るまでが仕事なんで」
ぶー っとふくれっ面で、シンが言う。
「なんか食って帰ります?」
お祝いに奢りますよ とシンが言ったところで、僕の携帯が鳴った。
「っと、ごめん」
断って、携帯をポケットから取り出して、息が止まる。
『Athrun』
とっくにパーティは終わってて、身内だけの晩餐会が行われている時間だ。
鳴り続ける携帯を、僕は震えそうな手で強く掴んで。
意を決して、通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『キラ?』
少し乱れた声。
『今どこ?』
「え、まだ、本部」
『まっすぐ帰っておいで』
「え?」
『寄り道するなよ』
乱暴に通話が切れる。
無音になった携帯を見つめて、
「ごめん、帰る」
「りょうかいでありまーす」
何かを察したらしいシンの含み笑いを見ながら、僕は執務室を出た。
駐車場まで足早に行って、シンの車に乗り込んで。
「ごめん、飛ばして」
「法定速度内でなら」
そう言うシンは、あっさり法定速度を無視してくれた。
プラントに来てすぐは、軍の官舎にいた。
だけどほかの隊長さんとかにあれこれ好奇の眼差しを受けるのが嫌になって、三ヶ月で僕は一般の賃貸マンションに引っ越した。
新築。1LDK。
眠りに帰るだけだから、その広さで十分だった。
マンションの玄関前に車を停めてもらって様子を伺うと、入口の壁に誰かがもたれ掛かっていた。
見間違えるはずのない姿。
「え? だって、あの人昼間オーブにいましたよね?」
運転席から見たシンも、信じられないという顔をする。
「ていうか、パーティやってる時間じゃないですか?」
「ありがと、シン!」
呆然とするシンを放って、僕は車から飛び降りる。
「明日は休みなんで、ゆっくりどうぞー」
シンの言葉を背に受けながら、僕はたいして遠くもない彼のもとに走る。
「おかえり」
一部始終見ていたアスランが、なんでもない顔で迎えてくれた。
「なんで、パーティ・・・っていうか、さっきまでオーブにいたじゃん・・・」
「時差、わかってるか?」
「え?」
「オーブの時間じゃ、もう19日だな。テレビでも見た?」
「うん・・・」
「録画したのを、しつこく流しまくってたんだろ」
ふっとアスランの表情が緩んで。
「プラント時間で、まだ18日だよな?」
僕は腕時計で確認する。
午後9時。
「あと、三時間」
「ギリギリだな」
言って、アスランはマンションに入る。
僕は慌ててセキュリティを解除して、エレベーターに乗り込む。
「最上階。贅沢だなぁ」
「物件用意したのはイザークだよ」
引っ越したいと言った僕に、イザークが用意してくれたのはどれも豪華で広いマンションばかりで。
ここが一番狭かった。
広い部屋には住みたくない。
一人だということを思い知らされるから。
エレベーターが止まって、部屋の前まで来て
「・・・泊まってく?」
なんとなく訊くと
「宿無しで強行軍なんだ」
アスランは笑う。
部屋のセキュリティを解除しながら「ベッド一つなんだけど」と言うと、アスランは
「一緒に風呂まで入った仲だろ」
と切り返す。
子供の頃の話じゃん。
あ、アークエンジェルで何度か一緒に天使湯に入ったっけ。
「狭いけどどーぞ」
中に入って、リビングの明かりを点ける。
テレビとゲームと、パソコンが目立つ部屋。
「キラ、夕飯は?」
「まだ。アスランも?」
「ピザかなにか頼もうか。酒買ってきたんだ」
バッグから出された瓶は、赤ワイン。
「免税ものだけど」
安物だった。
「税関通ってると、キラをほかに取られそうだったからな」
勝手に棚に置いてあるケータリングのチラシを眺めて、勝手に注文して。
初めて来る部屋なのに、アスランは勝手に寛ぐ。
僕は自分の部屋なのに、やたら窮屈に感じた。
「なに?」
「あ、着替えてくる」
突っ立ってる僕にアスランの瞳が向いて、僕は逃げるみたいに寝室に飛び込んだ。
まただ。
期待する僕がいる。
『幼馴染で親友』の枠を超えたがってる僕がいる。
のろのろと着替えてリビングに戻ると、続きになってるキッチンでアスランは夕食の支度をしていた。
すでにリビングのテーブルに、グラスが置かれ、ワインは冷やされている。
「少しは食材買い置けよ」
「ほとんど外で食べるから・・・」
「それにしたって、これはないだろ」
冷蔵庫を覗いて、アスランはため息を吐く。
水と栄養ドリンクしか入ってない冷蔵庫。
「ほんと、昔から無精者だな、キラは」
なんでもお見通しって顔で笑う。
その瞳で僕の心まで見透かされそうで、心臓が跳ねる。
首に提げたままのペンダントを握ると、ぴんぽーんとインターホンが鳴った。
動けない僕の変わりにアスランが対応する。
心臓を沈めるのに必死になっている間に、アスランはさっさとピザを受け取って
「座ったら?」
カーペットを敷いた床に直接座って、僕を見上げる。
言われるままにアスランの向かいに座ると、慣れた手つきでワインを開けて
「あまり冷えてないけど」
真っ赤なワインを、グラスに注ぐ。
「甘いやつだから、キラでも飲めるよ」
そう言って、片方のグラスを僕に差し出した。
ワインなんて飲みなれてないけど。
カチン とグラスの端を鳴らし合わせて口をつけると、本当に甘かった。
「誕生日、おめでとう」
自分も一口ワインを飲んで、アスランが言う。
「いいの?」
「なにが?」
「カガリ・・・」
ああ とアスランはピザを一切れ摘んで
「昼間祝ったから。夜はキラ」
なんでもないみたいに、当然みたいに言う。
「昼間なんて、あれ、仕事みたいなもんじゃん」
「そうだけど」
「プライベートでお祝いしなくていいの?」
「昨日したよ」
ピザにぱくつくアスランに首を傾げると
「明日の夜はキラのところに行くから、時間ないって言ったら、じゃあ今日って」
「恋人より、親友の誕生日優先?」
ぴたり とアスランの動きが止まる。
「誰と誰が恋人だって?」
「キミとカガリ」
ぷっ と、アスランが噴き出す。
「あの噂、おまえまで信じてるのか」
「違うの?」
「放っておいてるのは、カガリに余計なムシがつかないように。首長だからな、あれこれ見合い話が多いんだ」
「だから、ほんとなんでしょ?」
「仕事のうちだよ。カガリに余計な負担かけないように。見合いひとつで一日仕事だからな」
ピザを一切れ食べきって、ワインを一口飲んで。
「ただの噂。真実じゃないよ」
真っ直ぐに僕を見る。
「じゃあ、あのピアスは?」
訊くと、アスランはまだ疑うか ってため息を吐いて
「20歳になったら開けたいって前に言ってたから」
「でも、開けたのキミでしょ?」
「よくわかったな」
わかるよ。
カガリは男勝りなくせに臆病なところがあるから、自分で開けられるわけない。
首長の耳に穴を開けられる人なんて、そうゴロゴロいるわけない。
カガリの耳を確かめるみたいに見ていたあの瞳で、すぐにわかった。
「カガリはナチュラルだから、アレルギーとか心配だったんだけど。化膿もしてないし、大丈夫だろ」
二切れ目のピザに手を伸ばして、アスランはふと視線を上げる。
「まだ疑う?」
「・・・疑うっていうか・・・」
「それ」
ピザを齧りながら、空いたほうの指で、ぴっと僕の胸元を指した。
「意味わかった?」
仕草は自然なんだけど、視線が変わる。
射抜くような目。
「・・・20歳の、お祝い」
「で?」
「親友への、奮発したプレゼント・・・」
小声で答えると、アスランは「はー」と深くため息を吐いた。
「それ、よく見た?」
ピザを箱に戻して、油で汚れた手を拭きながら、心底呆れたようにアスランが問う。
「・・・見た」
「刻んである文字、見た?」
「みた」
立ち上がって、僕の隣にどかっと座って。
いつも動きが繊細なアスランからは想像できない苛立ち方だった。
「どう思った?」
「・・・親友の証、とか・・・」
「ああもう!」
我慢限界って声を上げて
「んっ」
僕の後頭部を引き寄せて、無理やり口付けた。
逃げようとする僕の肩を引き寄せて、角度を変えて、さらに口付けて。
「はっ・・・」
「まだわからないか?」
唇が離れて息を吐く僕の鼻先で、アスランは低い声で言った。
「意味、わかんな・・・」
「ほんとうに?」
エメラルドの瞳が、至近距離で煌く。
中途半端ですけど、文字数制限の問題で、前後編になりました。
このあとは18禁ですにょろよー。(あわわ)
一つの航空便が届いた。
すぐに誕生日プレゼントだとわかって、差出人を確認する。
『Athrun Zala』
僕らは幼馴染で親友。
今年はどんなマイクロユニットかと思いながら小さな包みを開けたら、入っていたのは長方形の薄い箱。
蓋を開けたら、ひとつのペンダントが入っていた。
シルバーのちいさな長方形のトップがついた、シンプルなデザイン。
アスランから貰った、マイクロユニット以外の初めてのプレゼント。
箱から出してライトにかざせば、トップの下のほうにさりげなく飾られた緑色の石。
エメラルド。僕の誕生石。
一目で安物ではないとわかるそれは、親友に贈るには高価すぎるものだった。
たしかにアスランはオーブ軍のなかでも偉いほうで、高給取りではあるけれど。
「これ、いいのかな・・・」
キラリと光るそのトップの裏に、何か刻まれているのに気づいた。
手のひらに乗せてみれば、小さく
『A.Z』の文字。
Athrun Zalaの頭文字。
それは独占の意味を持つ贈り物に思えた。
みどりいろの石は、キミの瞳の色。
僕らは幼馴染で親友。
その境界を越えたことはないのに。
超えるつもりはなかったのに。
期待する僕がいる。
僕の誕生日ということは、双子の姉のカガリの誕生日ということでもある。
オーブで盛大なパーティが開かれて、ラクスも呼ばれて行ってしまった。
本来なら警護役として僕も行くべきで、何よりカガリから呼ばれていたんだけど、僕はそれを断った。
僕とカガリが姉弟だってことは、公式には内緒になっている。
先の戦争の盟友として参列することは自然と言えば自然だけど、僕らが並べば顔立ちから「血縁」ということがバレかねない。
それはカガリの「首長」としての立場を脅かしかねないので、公式に僕らが接触することを、僕はよしとしない。
なにより。
見て、いられないのだ。
今このテレビに映っている、カガリをエスコートするアスラン という絵は。
「嫌味なほど女の扱いに慣れた男だな」
軍本部のカフェの一角。
背後から突然そんな冷めた声を投げかけられて、僕は持っていたカップを落としかけた。
「・・・イザーク」
「涼しい顔しやがって。見ろ、このすまし顔」
フン と笑って、イザークは四人掛けのテーブルの、僕の斜め横に座る。
「気配消して近づくの、やめようよ」
「気づかん貴様が悪い」
軍人が気配を消すのは普通だろう とイザークは持ってきた紅茶のカップに口をつけた。
僕の知ってる軍人。
ムゥさんは「気づかないなんて言わせない」って雰囲気で近づいてくるし、ディアッカもわざと遠くから声を掛けてくる。
ルナマリアは普通にしてるし、シンに至っては乱暴な足音がするからすぐにわかる。
アスランは。
アスランは、僕に近づくときだけ脅かさないように気配を見せる。
背中からアスランの気配を感じて、2秒もしないうちに肩に手が触れる。
こんな風に気配を消して人の背後を取るのは、イザークくらいだ。
「ラクス嬢の警護、断ったそうだな」
「ああ、うん」
「仕事を選ぶとは、偉くなったものだな」
ただの隊長職の僕より、MS隊全てを統括するイザークのほうが、実は偉い。
「だって、行ったら」
「あれを見たくないか」
バレるじゃん と言いかけた僕の言葉を遮って、イザークは視線を大型モニターに流した。
映し出されているのは、巷で「アスハ首長の恋人」と言われるアスランが、カガリをエスコートする姿。
僕が一番見たくないもの。
カガリの恋人な、アスラン。
カガリに手を差し伸べて、ヒールの高い慣れない靴を履いたカガリが躓かないように見守って。
やさしい笑顔を向けて。
「仕方なかろう。すっかり恋人扱いなんだ」
今日は僕らの20歳の誕生日。
それを前にいくつかの週刊誌で『アスハ首長、婚約秒読み』という記事を見た。
早くも婚約者扱いされてるのは、決まってアスラン。
先の大戦の英雄で、元ザフトのエースで、今ではカガリの専属警護役で、オーブ軍の偉い人で、出生はやんごとなきお家柄で。
カガリにはぴったりな相手なのだ。
「貴様もラクス嬢の『恋人』だろう」
イザークの言うとおり、僕も巷では「ラクス・クラインの恋人」と言われている。
オーブ軍を抜けてザフトに入ったのは、たしかにラクスを守るため。
だけどそれは、「アスランがカガリを守るなら」ということでした選択だった。
誰かが守らなきゃいけない。
そう、思ったからで、その噂は真実じゃない。
「昨日さぁ、アスランからプレゼントが届いたんだ」
ぽつりと零すと、イザークが眉間に皺を寄せた。
「あの球体でも届いたか」
ううん と言って、僕は詰襟を崩して、首から提げていたペンダントを見せた。
「どう思う?」
まじまじとそれを見たイザークの眉間に、さらに皺が寄る。
「エメラルド、か」
「うん。たぶん」
「上物だな」
「そうなの?」
いい家柄のイザークが言うのだから、そうなのだろう。
「誕生石。親友の20歳の特別な祝い。少し気取りすぎだがな」
「じゃあ、これは?」
くるりとトップをひっくり返すと、イザークは無反応だった。
「盛大な告白だな」
「なにそれ」
「独占宣言だろう、それは」
キザなあいつのやりそうなことだ とイザークは鼻で笑う。
「めでたいじゃないか。ヤツの誕生日にしっかり答えてやれ」
「5ヶ月ももやもやした気持ちでいろって?」
ペンダントをしまって詰襟を正してちらりとモニターを見て、僕は呼吸を止めた。
「違うよ、イザーク」
「何がだ」
無言でモニターを指差すと、イザークも視線をやる。
そこに映し出されたもの。
屋外にいるせいで、風に乱れた髪を直してやる、アスラン。
その指が、いとおしむように触れたカガリの耳に。
シンプルなエメラルドのピアス。
大げさなドレスに合わせるには、少しおとなしい。
それに、カガリはピアスホールなんか開けてなかった。
きっと、あれを開けたのはアスランだ。
直感でわかった。
「あっちの方が独占宣言だよ」
「誕生石をプレゼント。いい演出じゃないか」
「だって、カガリ、ピアスなんか開けてなかった」
ぴく とイザークの指が反応を示した。
「自分で開けられる性格じゃないよ、カガリは」
「あれをヤツが開けたって言うのか」
「きっとそうだよ」
それはそれは とイザークは冷めてしまった紅茶を飲む。
「どっちが本命だろうな?」
「裏を読みすぎだよ、イザーク」
これは素直に受け取るべき。
このペンダントは、親友の証。
あのピアスは、独占の証。
「僕、仕事に戻るね」
無表情で席を立つ僕を、イザークは引き止めなかった。
仕事に戻った僕に、部下のシンとルナマリアがそれぞれお祝いをくれた。
新作ゲームと、最近できた噂のカフェのケーキの詰め合わせ。
ありがとう と笑顔で受け取った。
笑えたはず。
仕事中にケーキを食べるわけにもいかず、とりあえず備え付けの冷蔵庫に入れて、仕事に戻る。
新しいMSの、OS開発。
本来は隊長の仕事ではないけど、上(イザーク)からの命令で断れなかった。
何かに熱中するとほかのことが考えられなくなるこの性格は、都合よかった。
気がつくととっぷり日が暮れて、就業時間が過ぎていて。
「たいちょーお。帰りましょーよー」
シンの駄々を捏ねるみたいな言葉で我に返った。
「あれ?」
「あれじゃないですよ。ルナ、帰っちゃいましたよ」
「シンは?」
「俺はアンタを自宅に送るまでが仕事なんで」
ぶー っとふくれっ面で、シンが言う。
「なんか食って帰ります?」
お祝いに奢りますよ とシンが言ったところで、僕の携帯が鳴った。
「っと、ごめん」
断って、携帯をポケットから取り出して、息が止まる。
『Athrun』
とっくにパーティは終わってて、身内だけの晩餐会が行われている時間だ。
鳴り続ける携帯を、僕は震えそうな手で強く掴んで。
意を決して、通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『キラ?』
少し乱れた声。
『今どこ?』
「え、まだ、本部」
『まっすぐ帰っておいで』
「え?」
『寄り道するなよ』
乱暴に通話が切れる。
無音になった携帯を見つめて、
「ごめん、帰る」
「りょうかいでありまーす」
何かを察したらしいシンの含み笑いを見ながら、僕は執務室を出た。
駐車場まで足早に行って、シンの車に乗り込んで。
「ごめん、飛ばして」
「法定速度内でなら」
そう言うシンは、あっさり法定速度を無視してくれた。
プラントに来てすぐは、軍の官舎にいた。
だけどほかの隊長さんとかにあれこれ好奇の眼差しを受けるのが嫌になって、三ヶ月で僕は一般の賃貸マンションに引っ越した。
新築。1LDK。
眠りに帰るだけだから、その広さで十分だった。
マンションの玄関前に車を停めてもらって様子を伺うと、入口の壁に誰かがもたれ掛かっていた。
見間違えるはずのない姿。
「え? だって、あの人昼間オーブにいましたよね?」
運転席から見たシンも、信じられないという顔をする。
「ていうか、パーティやってる時間じゃないですか?」
「ありがと、シン!」
呆然とするシンを放って、僕は車から飛び降りる。
「明日は休みなんで、ゆっくりどうぞー」
シンの言葉を背に受けながら、僕はたいして遠くもない彼のもとに走る。
「おかえり」
一部始終見ていたアスランが、なんでもない顔で迎えてくれた。
「なんで、パーティ・・・っていうか、さっきまでオーブにいたじゃん・・・」
「時差、わかってるか?」
「え?」
「オーブの時間じゃ、もう19日だな。テレビでも見た?」
「うん・・・」
「録画したのを、しつこく流しまくってたんだろ」
ふっとアスランの表情が緩んで。
「プラント時間で、まだ18日だよな?」
僕は腕時計で確認する。
午後9時。
「あと、三時間」
「ギリギリだな」
言って、アスランはマンションに入る。
僕は慌ててセキュリティを解除して、エレベーターに乗り込む。
「最上階。贅沢だなぁ」
「物件用意したのはイザークだよ」
引っ越したいと言った僕に、イザークが用意してくれたのはどれも豪華で広いマンションばかりで。
ここが一番狭かった。
広い部屋には住みたくない。
一人だということを思い知らされるから。
エレベーターが止まって、部屋の前まで来て
「・・・泊まってく?」
なんとなく訊くと
「宿無しで強行軍なんだ」
アスランは笑う。
部屋のセキュリティを解除しながら「ベッド一つなんだけど」と言うと、アスランは
「一緒に風呂まで入った仲だろ」
と切り返す。
子供の頃の話じゃん。
あ、アークエンジェルで何度か一緒に天使湯に入ったっけ。
「狭いけどどーぞ」
中に入って、リビングの明かりを点ける。
テレビとゲームと、パソコンが目立つ部屋。
「キラ、夕飯は?」
「まだ。アスランも?」
「ピザかなにか頼もうか。酒買ってきたんだ」
バッグから出された瓶は、赤ワイン。
「免税ものだけど」
安物だった。
「税関通ってると、キラをほかに取られそうだったからな」
勝手に棚に置いてあるケータリングのチラシを眺めて、勝手に注文して。
初めて来る部屋なのに、アスランは勝手に寛ぐ。
僕は自分の部屋なのに、やたら窮屈に感じた。
「なに?」
「あ、着替えてくる」
突っ立ってる僕にアスランの瞳が向いて、僕は逃げるみたいに寝室に飛び込んだ。
まただ。
期待する僕がいる。
『幼馴染で親友』の枠を超えたがってる僕がいる。
のろのろと着替えてリビングに戻ると、続きになってるキッチンでアスランは夕食の支度をしていた。
すでにリビングのテーブルに、グラスが置かれ、ワインは冷やされている。
「少しは食材買い置けよ」
「ほとんど外で食べるから・・・」
「それにしたって、これはないだろ」
冷蔵庫を覗いて、アスランはため息を吐く。
水と栄養ドリンクしか入ってない冷蔵庫。
「ほんと、昔から無精者だな、キラは」
なんでもお見通しって顔で笑う。
その瞳で僕の心まで見透かされそうで、心臓が跳ねる。
首に提げたままのペンダントを握ると、ぴんぽーんとインターホンが鳴った。
動けない僕の変わりにアスランが対応する。
心臓を沈めるのに必死になっている間に、アスランはさっさとピザを受け取って
「座ったら?」
カーペットを敷いた床に直接座って、僕を見上げる。
言われるままにアスランの向かいに座ると、慣れた手つきでワインを開けて
「あまり冷えてないけど」
真っ赤なワインを、グラスに注ぐ。
「甘いやつだから、キラでも飲めるよ」
そう言って、片方のグラスを僕に差し出した。
ワインなんて飲みなれてないけど。
カチン とグラスの端を鳴らし合わせて口をつけると、本当に甘かった。
「誕生日、おめでとう」
自分も一口ワインを飲んで、アスランが言う。
「いいの?」
「なにが?」
「カガリ・・・」
ああ とアスランはピザを一切れ摘んで
「昼間祝ったから。夜はキラ」
なんでもないみたいに、当然みたいに言う。
「昼間なんて、あれ、仕事みたいなもんじゃん」
「そうだけど」
「プライベートでお祝いしなくていいの?」
「昨日したよ」
ピザにぱくつくアスランに首を傾げると
「明日の夜はキラのところに行くから、時間ないって言ったら、じゃあ今日って」
「恋人より、親友の誕生日優先?」
ぴたり とアスランの動きが止まる。
「誰と誰が恋人だって?」
「キミとカガリ」
ぷっ と、アスランが噴き出す。
「あの噂、おまえまで信じてるのか」
「違うの?」
「放っておいてるのは、カガリに余計なムシがつかないように。首長だからな、あれこれ見合い話が多いんだ」
「だから、ほんとなんでしょ?」
「仕事のうちだよ。カガリに余計な負担かけないように。見合いひとつで一日仕事だからな」
ピザを一切れ食べきって、ワインを一口飲んで。
「ただの噂。真実じゃないよ」
真っ直ぐに僕を見る。
「じゃあ、あのピアスは?」
訊くと、アスランはまだ疑うか ってため息を吐いて
「20歳になったら開けたいって前に言ってたから」
「でも、開けたのキミでしょ?」
「よくわかったな」
わかるよ。
カガリは男勝りなくせに臆病なところがあるから、自分で開けられるわけない。
首長の耳に穴を開けられる人なんて、そうゴロゴロいるわけない。
カガリの耳を確かめるみたいに見ていたあの瞳で、すぐにわかった。
「カガリはナチュラルだから、アレルギーとか心配だったんだけど。化膿もしてないし、大丈夫だろ」
二切れ目のピザに手を伸ばして、アスランはふと視線を上げる。
「まだ疑う?」
「・・・疑うっていうか・・・」
「それ」
ピザを齧りながら、空いたほうの指で、ぴっと僕の胸元を指した。
「意味わかった?」
仕草は自然なんだけど、視線が変わる。
射抜くような目。
「・・・20歳の、お祝い」
「で?」
「親友への、奮発したプレゼント・・・」
小声で答えると、アスランは「はー」と深くため息を吐いた。
「それ、よく見た?」
ピザを箱に戻して、油で汚れた手を拭きながら、心底呆れたようにアスランが問う。
「・・・見た」
「刻んである文字、見た?」
「みた」
立ち上がって、僕の隣にどかっと座って。
いつも動きが繊細なアスランからは想像できない苛立ち方だった。
「どう思った?」
「・・・親友の証、とか・・・」
「ああもう!」
我慢限界って声を上げて
「んっ」
僕の後頭部を引き寄せて、無理やり口付けた。
逃げようとする僕の肩を引き寄せて、角度を変えて、さらに口付けて。
「はっ・・・」
「まだわからないか?」
唇が離れて息を吐く僕の鼻先で、アスランは低い声で言った。
「意味、わかんな・・・」
「ほんとうに?」
エメラルドの瞳が、至近距離で煌く。
中途半端ですけど、文字数制限の問題で、前後編になりました。
このあとは18禁ですにょろよー。(あわわ)