和貴の『 以 和 為 貴 』

論語:雍也第六 〔24〕 斉 一変すれば


論語を現代語訳してみました。



雍也 第六

《原文》
子曰、齊一變、至於魯。魯一變、至於道。

《翻訳》
子 曰
〔のたま〕わく、斉〔せい〕 一変〔いっぺん〕すれば、魯〔ろ〕に至〔いた〕らん。魯 一変すれば、道〔みち〕に至らん。




《現代語訳》


孔先生は、〈ふと、ため息まじりで〉次のようにつぶやきになられました。


覇道第一としている斉の国が改善されれば、魯の国にような王道第一の国へと変わることもできよう。

それにしてもじゃ、王道第一とする魯の国であっても、さらに改善されれば、真の人道国家へと変わることもできよう、と。


〈つづく〉



《雑感コーナー》 以上、ご覧いただき有難う御座います。

当時、礼を重んじる国として定評があった魯国では、賢人や聖人を大切にするという風潮が根付いていました。しかし、そんな魯国であっても人心は乱れ、賢人や聖人と呼ばれる人でさえも、結局は政治利用されるだけの存在でしかありませんでした。

孔子はおそらく、こうした状況を憂いながら、『魯一變、至於道。』と呟いたんではないかと思われ、ここでは、こうした孔子の心情をあらわした語訳にしてみました。

なにより『覇道』とは、武力のみに非ず、私はあらゆる "力" (強きが弱きを制する)をもって国家運営とすること全てを『覇道』だと認識しておりますから、このことからも、民を蔑ろにする権力(=既得権益)とやらは、専制独裁国家であろうと、自由民主国家であろうと、また、左翼・保守(右翼)であろうと、そんなものは関係なく派生するものなので、こうした政治的イデオロギーについては、こだわらないように心がけているつもりですし、また、そうでなければ、真に論語(を含めたあらゆる古典)を語訳したことにはならないとも思います。


※ 孔先生とは、孔子のことで、名は孔丘〔こうきゅう〕といい、子は、先生という意味
※ 原文・翻訳の出典は、加地伸行大阪大学名誉教授の『論語 増補版 全訳註』より
※ 現代語訳は、同出典本と伊與田學先生の『論語 一日一言』を主として参考


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コメント一覧

yusuke1012
kiyasumeさん、こんばんは!コメント、有難う御座います。
kiyasumeさんの記事を拝読させていただき、いつも学ばせて頂いていますが、お身体、あまり無理をなさらぬ様に…。

ちなみに私どもの実娘(現19才)も、kiyasumeさんと同じような病いを患っております。(訳あって離れて暮らしていますが)

ゆえに、まったくの他人ごととは思っておりませんので、これからも、色々と参考にさせて頂きたいとも思っています。

今後とも、宜しくお願いいたします。
kiyasume
非常にためになりました、、、
また寄らせてもらいます、、

私は今体の状態が悪いですが、
そんな中に記事を見に来てくれて
有難う御座いました。。。
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