二ヶ月ぶりの釣りなのだ。
我が社も売り上げが少ないので少し自粛していたのだが、我慢出来なくなって二ヶ月ぶりにロッドを持ち出すのだ。
前日、彼女に「貴重な釣行なので朝早ーくに出発して夜遅ーく帰ってくる」と告げてめざましを四時半にセットしたのだった。
で、溪についたのが七時。
今期の初めに、このシーズンは毎回違う溪に行く事にしよう、と思っていたのだが不況のおりにガソリン代も馬鹿にならないので新規開拓の遠出が出来ない。
なので、今年の初めに初めて竿を出した蘭川と「もう少し親しくなってみよう作戦」に路線変更なのだ。
で、この前同様長者畑川との出会いの堰堤横に車を止めたのだった。
先行者の車がいた。尾張小牧のナンバープレートだ。
こんな早くに名古屋からよく来るなあ、と自分の事を棚に上げて呆れながら準備をする。
どうか長者畑川に行っていて下さいますように、と願いながらロッドをつなぐ。
ここまでの道は蘭川の右岸川に沿った道で、この長者畑川との出会いから蘭川は右に別れる。
道路は左側の長者畑川の右岸に沿って上がって行く。
蘭川はその先で別の林道に左岸で接近するのだが、そこに出ちゃうと一度国道付近まで下がってそれからここまで戻らなければならないのでかなりの遠回りなのだ。
釣り始めたが何だか魚の気配がない。足元を逃げる影も見かけない。
さっきの車の人かなあ、と頭をよぎったが、新しい足跡もなさそうだし蜘蛛の巣もあちこちにまだ張り巡らされている。
時折可愛いのが毛鉤を突きに来るのだが、針掛かりしそうな サイズに出逢うこと無く小さな堰堤まで来てしまった。ここを乗り越えると、その先すぐに大きな堰堤があってそこで折り返しになる。
その小さな堰堤の上で少しお茶を飲んだ。心はうらぶれている。
ウエイダーと短パンとパンツを一気に下げて我慢していたおしっこをした。
改めて毛鉤を流すとすぐに小振りながらもアマゴが釣れた。20センチ足らずくらい。朱点が無い。
ヤマメってことは無いよなあ、朱点の無いアマゴかなあ。
さっき、ちんこ丸出しにしたので山の神様が喜んでくれたのかなあ、と気を良くして釣り上がるとまたすぐに毛鉤が飲み込まれた。
右側の岩沿いを流れた毛鉤に左から大きな影が飛び出してきた。竿を立てたらゴンゴンと強い手応えがした。岩の影に潜り込もうとしているらしい。
山の神様ありがとう。
しかし、3秒程その強い手応えを感じたあと毛鉤がはずれた。残念だ。あの手応えなら尺は間違いない、いや、尺五寸かも。もしやヌシかも。
釣り上げられなかったヌシの思い出を私はたくさん持っているのだ。
しかしまあ、私のちんこの威力は可愛いアマゴと3秒間のゴンゴンゴンしか無いってことなのだ。
※ ※
釣り上がった溪をそのまま引き返して車でおにぎりを食べてたら携帯電話が鳴った。
ベストのポケットから携帯電話を取り出して出ると見積り依頼の電話だった。
仕事が欲しけりゃ釣りに行け、のジンクス健在なのだ。
「今ちょっと外出中ですのでファックスは夜見ておきまーーす」と電話を切った。
釣りの最中とはさすがに言えない。
※ ※
車で一度国道付近まで戻り、それから蘭川の左岸側の道に入り滝見温泉の横を抜けしばらく進むと、林道への分かれ道がある。
その林道を少し進んだところで車を止めた。
その先にゲートがありそれを越えてしばらく歩くとさっき折り返した堰堤を越えた辺りに出ることができる。
そこまでは、グーグルマップで調べておいたのだ。
何せここから先は初めてなのだ。
グーグルマップで見る限りでは堰堤の上にすぐ降りられそうだったのだが実際は高低差がきつくとても無理だ。
あきらめてしばらく進むと溪への践み跡があったのでそこから降りる。
ジュースの空き缶が2つ落ちている。
釣り上がったあとまたここまで戻って脱渓しなければいけないかも、と目印にハンカチを木の枝に結ぶ。
お祈りかねてもう一度おしっこをする。
釣り初めてすぐにイワナが釣れた。朱点のあるイワナ。
これもそんなに大きくはなかったが、それでも嬉しい。
写真を撮ろうとして、ベストのポケットの携帯電話を探したが入っていない。
「あれっ」と思いあちこちのポケットを探ったが無い。
さっき車で電話に出た時にそのまま座席の上に置き忘れたのだ。
まあいいか、とそのまま釣り上がったら今度は奇麗なアマゴが釣れた。
これはそこそこのサイズで、しかも何よりも絵に描いたように奇麗なアマゴだった。
これは写真に残せないのは残念だなと、しばらくネットの中で遊ばせたのち流れの中に帰って行ってもらった。
その後、針掛かりしなかったり見切られたリが続きしばらくして小さなアマゴが釣れた。
どこで引き返そうかと迷いながら進んでいると堰堤が見えてきた。
グーグルマップでは気がつかなかったので意外だった。
ここでUターンだなと堰堤まで詰め上がるとすぐ横に林道が見えた。
その堰堤の付近だけ草も木も生い茂っていないので簡単に林道に出ることができる。
この堰堤は数年前に作られたのかもしれない。
グーグルマップに写り込んでいなかったのも恐らくその所為だろう。
折角だからと思い、林道を少し上がってみる事にした。
しかしすぐ先の沢筋が流れ込む辺りで少し開けた空き地となり、林道は行き止まりになっていた。
そこから先は沢筋沿いに分け入る道が続いていたが一人では心細いので引き返す事にした。
溪に降りたところまで戻り、ハンカチを回収して車に戻ると四時になっていた。
※ ※
本当はこれから蘭川の開けた下流域でゆったりロッドを降ろうかなと考えていたのだが、ほとんど休憩も無くひたすら歩いていたのでさすがに疲れ果てた。
足も痛いし肩も痛い。
最後には足を引きずって林道を降りてきた有様なので、毛鉤をほどく事にした。
※ ※
車の中の携帯を見たら着信が4件入っていた。
※ ※
ソーセージと温くなったお茶を飲み、電話をかけ直した。