YS_KOZY_BLOG

History, Strategy, Ideology, and Nations

忍者研究の事始め

2010年04月14日 | INTELLIGENCE
 ワシントンDCに滞在していた頃、ちょうど地下鉄チャイナタウン駅の近くに、
 「国際スパイ博物館」と呼ばれる施設があった。
 多くの博物館や美術館が無料で入館できるワシントンDCにあって、
 この博物館は、約20ドルも入館料を取るため、随分割高な印象を覚えたが、
 そこには、世界各国のスパイ活動が紹介されており、
 日本からは「忍者」がエントリーされていて、忍びの服を着た人形と対面することができた。

 日本史研究の現状について、詳細を把握するものではないが、
 おそらく史料的制約が厳しいこともあって、
 忍者研究というものは、ほとんど進んでいないように思われる。
 エンターテイメントの題材として、忍者は小説や映画などによく登場するけれども、
 実際のところ、それがどのような存在であったのかはよく分かっていない。
 まして忍者個人に焦点を当てたものとなると、
 「真面目」な文献は皆無に等しくなるのではないだろうか。

 そこで、エンターテイメントとしてではなく、
 史料的根拠なども示した上で、忍者の存在に歴史的な検討を加えたものとして、
 次のような文献を紹介したい。

 川口素生
 『スーパー忍者列伝』
 PHP文庫、2008年

 タイトルが若干、売れ線を狙っているだけに、
 内容もエンターテイメントに走っていると思われそうだが、決してそんなことはない。
 むしろ、戦国時代から江戸時代を通じて、
 忍者という存在から、日本の情報活動史をきわめて簡便に知ることができるという点で、
 有益な入門書といっても過言ではないだろう。
 
 著者は、戦国・江戸時代を専攻する歴史家だが、
 所属先が明記されていないので、在野で活躍している研究者なのであろう。
 日本史研究者には、こうした人が多く存在しており、
 所属先がないからといって、研究者として評価が低いということには決してならない。
 むしろ、肩書だけで内容に偏見を抱くような愚かなことは、
 歴史研究の世界では、断固として、あってはならないことである。
 
 本書は非常に読みやすい構成となっていて、
 序章で、戦国大名と忍者の関係を取り上げた後、
 忍者とその指揮官を務めた戦国武将について、第一章で検討を加えている。
 さらに、忍者個人にも焦点を当てており、
 その人物を概説的に紹介しながら、有能・無能の評価を下している(第二~五章)。
 また、第六章では、「真田十勇士」や「赤影」など、架空の忍者も扱われていて、
 著者の忍者マニアぶりが窺える内容となっている。

 本書の特徴は、きちんと史料的根拠を明示して叙述している点にあり、
 各章末にあるコラムも、興味深く読むことができる。
 特にコラム①「忍者の虎の巻」とコラム⑤「江戸幕府の忍者・隠密・御庭番」が面白かった。

 歴史的な実証研究というには程遠いものではあるけれども、
 こうしたところからまずは入っていかなければ、
 日本の情報活動史に関する研究を進めていくことは難しいだろう。
 本書の価値は、その点で、忍者研究の事始めとして用いることにある。
 巻末にも引用資料が掲載されていて、関心のある人はそれを辿って調べることもできる。
 低価格ではあるが、使い勝手の良い内容となっている。