JRA G1未勝利騎手の「匂わせ」発言がプチ炎上!? 「もはやトップとかG1への憧れはそんなにない」ファンから批判に晒された騎乗スタンスの真意とは 文=高城陽
=引用失礼=
11日、福島競馬場では古馬の中距離ハンデキャップ重賞の七夕賞(G3)が開催される。7月7日の七夕にちなんだ夏の名物レースだが、その7日にある騎手のSNSでの発言が競馬ファンの間でちょっとした炎上騒ぎとなった。
ある騎手とは関東の宮崎北斗騎手のことである。同騎手は今年、5勝を挙げて全国騎手リーディング86位。2010年にセラフィックロンプで愛知杯(G3)制して以来、重賞勝利から遠ざかっている。
物議を醸すことになった事の発端は、宮崎騎手のTwitterでの発言内容だ。
この中で、宮崎騎手は「強がってるのではない」と前置きしつつ、「もはやトップジョッキーとかG1への憧れはそんなにない」とツイートしていたからである。
*言いたくもなるわな。しかし言っても仕方の無い事ではあるな。思い通りにならんのはどの社会も同じだからなー、むしろ一般社会の方が汚いぞ?
宮崎騎手がG1未勝利ということもあり、これだけだと向上心がなくなってしまったのかと心配したくなるが、その理由として「良くも悪くも業界の本質が見えてきてしまったから」と、意味深にも受け取れる“匂わせ”発言を続けた。
「だけど、こんなにうまくなりたがってるヤツも他にいないと思う(笑) あとは、家族に不自由させたくない。それだけ」とも述べているように、決して競馬に対する意識が低下した訳ではなさそうだ。
しかし、人によっては受け取り方が多種多様のため、これらの発言を受けて否定派と肯定派で見解の相違が生じたことは、仕方がなかったかもしれない。
否定派の主な主張は、騎手として「上手くなる」とともに関係者からの信頼が厚くなり騎乗数も増え、それに比例して騎乗馬の質が上がってG1での騎乗機会も増えるだろうといった一般的な考えをベースとしたものだ。これだと、「トップジョッキーやG1への憧れはそんなにない」といった発言に違和感を覚えるファンが出たのも当然といえるだろう。
中には「G1を勝ってから言え」「他の騎手への僻みじゃないか」「プロならトップを目指せ」といった厳しい意見もあった。
これに対し、肯定派の主張は「腕は確かなのにチャンスがもらえないのは同情する」「家族がいるのだから、まずは食べていくのが優先」「言いたいことは何となくわかる」といった宮崎騎手の心情を推し量る意見が多かった。
また、それ以前に一部では「心の中で思っても口に出しちゃいけない」「ダサい、恥ずかしい」「現実逃避」など、発言したこと自体を快く思わない意見も出ていた。
勿論、宮崎騎手なりに思うところがあっての発言であり、この短い文言ですべてを察した気になるのは早計。発言の一部のみを切り取ったのでは真意がわからないだろう。
ただ、ひとつ気になるとすれば、「業界の本質が見えてきてしまった」という部分だ。
一部のトップクラスのジョッキーに有力馬が集中し、仮に騎乗技術では見劣らない騎手がいたとしても、勝ち負け可能な騎乗馬を確保出来なければ、結果を残すことが難しいのは事実である。
一昔前なら、調教師が厩舎所属の騎手にチャンスを与えて育てるという慣例もあったが、近年では生産者側の発言力も強くなり、かつてに比べると若手騎手がなかなか育たない側面も懸念されている。
また、短期免許で来日する外国人騎手、JRAに所属となったC.ルメール騎手やM.デムーロ騎手など国内外のライバルとも競う必要もあり、熾烈な競争を勝ち抜くには一筋縄ではいかない事情も増えた。運よくチャンスを掴もうにも、乗り替わりに怯えながらでは、モチベーション低下にも繋がりかねない。
今回の発言の真意は分かりかねるが、騎手としての手腕より、政治力やコネのような後ろ盾がなければ、やる気があっても空回りしてしまうことへのアンチテーゼのようなニュアンスもあるのかもしれない。
ちなみに2007年にデビューした宮崎騎手は同期の騎手に浜中俊、藤岡康太、丸田恭介、草野太郎らがいる競馬学校第23期生の世代で、現在32歳とまだ若い。
年齢的には3歳上の川田将雅騎手や、ひとつ下の松山弘平騎手がトップジョッキーとしてリーディング上位を賑わせているように、年齢的にも肉体的にもチャンスはまだまだあるはずだ。
無いなw
これ表に出した段階で、北斗の浮上の芽は無くなった。
究極は「社台G」にひれ伏すしかないのが今の日本競馬界の実情って事だし、いち騎手の思いが簡単に通る事は無いのが「社会」だからな
極端な事を言えば・・・・今上位にいる調教師、仮に全盛期の藤沢師が社台を批判でもしてたら、即成績がた落ち、底辺厩舎の仲間入りになってただろう。これが現実であり「業界の本質」だって事だな