と、弟から言われ続けてきた。
きょうだい二人っきりで、母は認知症。
しかも私達きょうだいは付き合いが薄い。
弟夫婦が車で母の施設へ行くとき、たまに私をピックアップ
してくれるが、会うのはその時だけ。
つまり私達は、お互いのプライバシーをほとんど知らない。
7つ違いだから、どっちが先かわからないし、
弟が結婚するまで、正直言って私も、彼に遺言状を
書いておいてほしいと思ったものだ。
弟に万が一のことがあったら、誰に連絡したらいいのかも
わからないのだから。(結局、言えなかったが)
で、弟は自分が妻帯者になると「俺のことは奥さんがわかってるから」
と言って、住まいの住所すら教えるのを面倒くさがった。
「いいだろ? 電話番号知ってるんだから」
そういうもんじゃないでしょ。
ふたりっきりのきょうだいで、姉が弟の住所を知らないって
おかしいでしょ、と説き伏せて、教えて貰った。
言っておくが、弟は怪しい生き方をしているわけではない。
サラリーマンで、私よりはるかに常識人で社交的だ。
人に親切でもある。
私達の付き合いがあまりに薄いというだけなのだが、
そうなったについては、褒められた生き方ではなかった私の方に
原因があるのだろう。
で、まあ、いまは私だけが独り者。
終わりが来た時、問題になるほどの財産持ちではないし、
もし、幾らかでもそれらしきものがあれば、行く先は決まっている。
弟もそれはよくわかっている。
だから、なにか残ってたら自分が貰おうと思って
遺言書を要求しているわけではない。
第一、彼の方が金持ちだ。
それでも、ほとんど1人っきりの身内なのだから、
私に何かあれば、弟は知らんぷりもできないだろう。
なにかしら、やっかいをかけることになる。
私もそれはわかっているので、先日、書いて渡した。
葬式も墓もいらない。お別れ会もいらない。
買い集めた横浜関連の本だけは誰か
欲しいという人があればあげて欲しいけど、
あとの本は(自著も含めて)すべてブックオフに出していい。
家の中にあるその他の物…衣類も家具もアクセサリーも
売れるほど高価なものはひとつもないから、全部、
廃品として捨てて欲しい。
「いや、それだけじゃなくてさ、終末医療の問題もあるからね。
延命治療をしてほしくないってことも、それが望みなら
ちゃんと文書にしといてくれよ」
「してあるわよ。かかりつけの先生に渡してあるから」
「でもさ、医者が、いや、ここまでやらなきゃ、自分が
殺人罪になってしまうから、と言ったら、姉さんの希望が
どうであれ、通らないかもしれないよ。
そこんとこ、承知しといてもらわないと」
わかってるわよ、そんなこと!
ああ、細かい、うるさい!
「俺がもらうわけじゃないけど、いま住んでるマンションも
売ったらいくらになるか業者に査定して貰って、遺言に
書いといてくれよ」
「いま、査定したって意味ないでしょ。私はここで
あと10年、生きるかもしれないのよ。いまの価格
なんか出してどうするのよ」
だんだん腹がたってきた。
長生き願望はまったくないが、もうすぐ死ぬかのように
あれこれ指示されると、やはりいやな気分になる。
けどまあ、弟を責めてはいけない。
死後のことを相手と話し合うのはやっかいなものだ。
夫が末期ガンで余命数ヶ月というとき、葬式のことを
彼にどう切り出したらいいものか、ものすごく悩んだ。
夫は財産など一円もなかったし、生命保険もかけて
いなかったから、それで彼の身内と揉めることはない。
問題は葬式をどうするかだけだった。
葬式とか墓とか仏壇とか、そうした宗教儀礼を
彼は極端に嫌っていた。
「俺は無宗教だから、お経なんか唱えて貰っても
ちっともありがたくない」
と、元気な頃によく言っていた。
せめて、彼がいやがるような葬儀はしないでおこうと
思ったのだが、ではどうしたら意に叶うのか。
癌だということは告げていなかったので、「死」
という言葉を持ち出すことすらはばかられる。
そこで、彼がわりあい具合がよさそうな時を
みはからい、先日、出席してきた知人の葬式を話題に出した。
「なんだかねえ、葬儀社の人が全部仕切って、
型どおりだったけど、もうちょっと故人の個性が
出た方がいいと思ったわね。私だったら、葬式はいらなくて、
散骨にして欲しいな。巌さん(夫の名)はどう?」
ほんとうに気軽な世間話、という口調でそう訊いたのだが
内心はどきどきしていた。
が、夫は案外、あっさりと答えてくれた。
「俺も葬式はいらないよ。海に散骨がいいな」
勇気を出して聞き出したおかげで、
希望通り、海に散骨した。
葬式は行わず、会費無しのお別れ会を催した。
そんなわけで、一応、遺言書らしきものも書いたし、
近頃はこれまでやってきたことをひとつずつたたみ
身辺をできる限りシンプルにしておくことを心がけている。
だけどねえ、元々が出不精で、私ははたから見えるより
はるかに閉じこもっている。
しかも生産的なことはあまりせず、ぼうっとしている。
家にいるのが好きだし、お笑い番組なんか観ながら
自分でこさえた御飯を食べるのが1番、しあわせだし……。
だけどこういう日常だと、認知症への道をまっしぐらに
歩んでいるような気もする。
そうなった場合のことも、弟に迷惑掛けないよう、
書いとかないといけないな……と思いつつ、
次の瞬間には、もうそのことを忘れてるのよねえ。
寿老人(これも桃グッズのひとつ)
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