とうとう今日が最後の釣旅となった。宿を出て近くの戸蔦川という川へ入った。山の中なのに河原が広々として非常に美しい川だ。ただ鹿の骨が落ちていたりしていかにもヒ熊が出そうな雰囲気がする。三人それぞれ上下に分かれて思い々のポイントへ向かった。背後に熊の恐怖を感じながら釣針に餌をつけ一投目を振り込む…すぐに当たりがきた。竿先を軽く引き糸を張った瞬間…ぐぐっと川底へ引き込む強い引きがきた!でかい、かなりの大物だ。竿が弧を描く。格闘開始だ。姿が見えない。底へ底へ引く。まるで僕を川底へ引きずり込むかのように。竿がのされないように腰を落として両手でしっかり竿をにぎりぐっとかまえる。ギラリと魚体が光った。必死に逃れようと魚が走る。糸は切れない事が確信できた。逃げる。そうはさせない。魚体が見えた!50センチは優にある。その瞬間奴が高々とジャンプをして体をくねらせた。一瞬だった。ぎりぎりまで張りつめていた糸と折れそうなまでに弧を描いていた竿の緊張がとけた。糸の先が頼りなくゆらめく。針は付いている。糸は切れていない。負けた。一瞬に負けた。奴が最後の一瞬に賭けたのだ。それに負けたのだ。戦いは終った。溜め息が出る。視界の焦点が合わない。
気を取り直してポイントを変える。餌を投げ込む。すぐ当たりが来る。いい引きだ。さっき程ではない。でもいい引きだ。慎重に取り込んだ。40センチ位ある。ポイントを変える。又釣れる。これも40センチ位だ。みんなヒレピンの赤い側線が入って淡いグリーンかかった美しい魚体をしている。それにしてもこの川はすごい。ほんの2時間程の釣だったが十分満足できた。戸蔦川恐るべしだ。