<読売新聞2002年10月14日>
「現金合併」など来春解禁へ、総合デフレ対策で
政府が月内にまとめる総合デフレ対策の柱の一つとなる経済産業省
の「産業再編策」が13日、明らかになった。「現金合併」と「三角合併」
を来年4月に解禁することが目玉となる。
欧米で採用されている多様な合併手法を認めることで内外企業の統
合戦略の加速を促す狙いがある。同省は、産業再生法を拡充させた
「産業構造改革法案」(仮称)を来年1月の通常国会に提出し、商法の
特例措置として両手法を可能にする。
現行商法などでは、企業が合併すると、吸収される側の消滅会社の
株主に存続会社の株式を分配するため、存続会社の株主の株式保
有比率は下がってしまう。特に、企業グループを率いる持ち株会社が
傘下の子会社を他社と合併させる場合には、子会社への支配力が弱
まり、グループ経営戦略に狂いが生じかねない難点があった。
現金合併(キャッシュアウト・マージャー)は、消滅会社の株主に、株式
に代わって現金を配るもので存続会社との関係は切れる。このため、
存続会社の株主は経営への影響力を維持することができる。
一方、三角合併は、消滅会社の株主に対し、存続会社自身でなく、そ
の親会社の株式を割り当てる制度。外資系企業による国内上場企業
の吸収合併をしやすくする効果がある。これまで非上場企業による上
場企業の吸収合併は、上場企業の株主から株式売買の機会を奪うこ
とになるとして、実現が難しかった。しかし、三角合併方式なら、外資
系企業の日本法人のような非上場企業でも、親会社が本国で上場し
ている株式を割り当てればいいため、国境を越えた合併がしやすくな
る。
<分析>
商法は受験生泣かせの科目で、ここ10年、毎年のように改正が行わ
れている。一連の改正の目的としては、経営の合理化、コーポレート・
ガバナンスの徹底、さらには企業再編の促進などが挙げられよう。
それにしても、これだけ会社法の面で改革が進んでいるというのに、
日本経済はどうしてこうも地盤沈下が続くのだろうか…。
まず、合併とは、2個以上の会社が契約により1個の会社に合同する
ことをいう。合併には、全当事会社が解散し、それと同時に新会社を
設立してその中に入り込む新設合併(410条)と、当事会社の1つが
存続して他の解散する会社を吸収する吸収合併(409条)とがある。
吸収合併において、存続会社が消滅会社を吸収する手段としては、
新株の発行によるものと代用自己株式の使用によるものとがある。い
ずれも、消滅会社の株主は存続会社の株主として収容されることにな
る。
合併を行うには、合併契約書を作り、株主総会の特別決議により承認
を受けなければならない(408条)。
新株の発行による吸収合併の場合、取締役会に委ねられた授権株式
数(280条の2)以上の新株発行が必要になることが考えられる。
そこで、合併契約書においては、存続会社が合併によりその発行する
株式の総数を増加する場合には、これを合併契約書の必要的記載事
項としている(409条2号)。会社の発行する株式数は定款記載事項
であるから(166条1項3号)、この場合は定款変更も伴うことになる。
記事にある、「現行商法などでは、企業が合併すると、吸収される側
の消滅会社の株主に存続会社の株式を分配するため、存続会社の
株主の株式保有比率は下がってしまう」という文章は、新株発行によ
る吸収合併を指すものと考えられる。
株式は割合的持分であるから、新株発行によって一人当たりの持ち
株比率が減ることになるのは当然である。
しかし、代用自己株式の使用による吸収合併なら、このような弊害は
生じない。すなわち、存続会社が自己株式を取得してこれを消滅会社
の株主に分配すれば、発行する株式数を増やすことなく合併を行うこ
とができるのである。
自己株式は、定時総会の決議があれば理由を問わず、配当可能利
益の範囲内で取得ができ(210条)、これを消滅会社の株主に分配す
ることも明文で認められている(409条の2)。
したがって、吸収合併の場合、現金合併を採用しなくても既存株主の
保護は図ることができると考えられる。
現金合併を採用することによりメリットがあるのは、持ち株会社を典型
例とする完全親子会社においてであろう。完全親子会社とは、親会社
が子会社の総株主の議決権すべてを有している関係にある親子会社
である。
完全親子関係は、株式交換や株式移転によって創設される。株式交
換とは、すでに存在している会社同士が、完全親子関係を創設する制
度である(352条)。これに対して、株式移転は、完全親会社となるべ
き会社を新たに創設する制度である(364条)。
株式交換は、合併と類似した制度である。合併と異なり、消滅する会
社はないが、完全親子関係となることで実質的に子会社は親会社と
一体化する。そこで、両会社の株主に重大な影響を与えることから、
株式交換契約書は、双方の株主総会の特別決議による承認を要する
(353条5項・343条)。
また、株式移転においても、完全子会社となる会社の株主は、完全親
会社となる会社の株主となるという株主たる地位の決定的な変動がも
たらされるため、株主総会の特別決議による承認が必要になる(365
条3項・353条5項・343条)。
さて、完全子会社が他の会社を吸収合併する際、現行制度ではどの
ような不都合がもたらされるか。
まず、新株発行による吸収合併の場合、消滅会社の株主に完全子会
社の株式を割り当てなければならないが、完全子会社の株式は完全
親会社がすべて保有する関係にあるから、吸収合併によってこの完
全親子関係が崩れることになる。
代用自己株式によるとしても、親会社以外に子会社の株主が発生す
ることになるので同様である。
したがって、現金合併を認め、完全子会社の株式を外部に流出させな
いようにすることは、完全親子関係を維持するうえで重要性を持つこと
になるだろう。
現金合併のみならず、三角合併も、完全親子関係を維持する上では
有効であろう。すなわち、完全子会社が他社と合併する際に、子会社
株式でなく親会社の株式を消滅会社の株主に割り当てることができれ
ば、完全親子関係を崩すことなく円滑に子会社の再編を行うことがで
きるわけである。