きのうは久々に
Eagle Tribeのワークショップへ。
ネイティブアメリカンのシャーマニズムに伝わる一種の瞑想方法みたいなもの。横たわり、シンプルなドラムのビートをからだ全部で感じながらjourneyと呼ばれる旅をする。
去年の秋ごろからちょこちょこ顔を出していたのだけれど、夏頃から時間ができず、数カ月ぶりに参加した。今年最後のjourneyだと知ってなんとか時間をつくって出かけていったのだ。
いつからか、いろんな縁でアニミズムやシャーマニズムに興味を持つようになっていた。
原始的なちからに敬意を感じるようになった。
自分がちっぽけな存在で、それでも世界をかたどるひとつなのだということ。
きのうはまず一回目のjourneyで「遠くにいる人を援助する」というテーマを選んだ。
気にかかる友達に今できることはこれかなと予感したから。
まずは蝋燭だけが灯る部屋に横たわって、ドラムの音をからだ全体で感じる。
そして友達が横たわっている状態をイメージする。
彼女はなぜか水たまりのようなところに横になっていた。
なんだか浮かんでいる感じ。
今の彼女の状態を知っているだけに、水がきれいか濁っているかどうかは怖くて目をそらした。
次に、下の世界(lower world)に降りて行く。
わたしは石垣島の海岸の崖っぷちをいつもイメージする。
ばしゃんと飛び込んで水中にもぐるとトンネルの入り口がある。
その闇を通り抜けると光が差してくる。
光に向かって、すぽんとからだを下の世界へとまかせるのだ。
下の世界は、今の世界とは違う次元らしく、人を守ってくれるパワーアニマルという動物たちに会える場所なのだ。
下の世界につくと、時空を越えて到達したので、しばらく自分がどんなところにいるのかわからなくなる。
きのうは森の香りがした。湿り気のある香り。
そして、自分は小人か虫にでもなったみたいに、小さな葉っぱが頭上にあった。
横たわっている友達に持って帰ってあげたいものは、直感で葉っぱに宿る雫だと分かった。雫を持っていくのはむつかしいので、葉っぱを拝借して、その上に集める。
そして横たわる彼女の上に葉っぱをのせる。
後は自分自身を下の世界と葉っぱをつなぐパイプのようなものだとイメージする。
そうするといつのまにか雫をしたためたたくさんの葉っぱが彼女を囲み。重力を失ったように浮かんだり、移動しはじめた。
なんだか祝福されていて自由な感じがしたからほっとした。
きっとうまくいったんだな。
2回目のjourneyは「2004年を振り替える。2004年の意味」という共通のテーマで。
ドラムの音に身を任せ、下の世界へと降りて行った。
まず到着した世界は、私には珍しく無機質な世界だった。
ガラスか雪の壁や地面を感じた。
不思議と冷たかったり淋しい印象はしなかった。
ただただ純白というか透明というか、うつくしい世界。
いつのまにか、そのガラスか雪の壁や天井がわたしのからだに押し迫ってきた。
「ああ、今年の始めはこんな感じだったかなあ」と客観的にみつめた。
そうするとあっという間にその箱のようなものは急速に広がって、もう見えないくらい大きな世界になった。
今度は思いきり駆け出したくなった。
目的もなく。
子どもみたいに。
走っては止まり、走っては止まり。
すぐにそれにも飽きてただその時空に身を任せていると、自分のからだが卵みたいに包まれた。
閉鎖的な殻ではなく、守ってくれるシェルターのようなもの。
他の存在も同じように包まれていて、お互いの一部が重なり合ったりもする。
触れあう、理解しあうってこういうイメージなのかなと実感。
そう感じるといつのまにか、たくさんの卵がぷかぷか浮かんでいた。
はっきりは見えないけど、人だけじゃなくて動物やいろんな存在がいる。
なんだかとても安心できる空間だった。
はっと我に帰って、テーマが今年を振りかえることだと思い出し、もうちょっと具体的にイメージしてみようと思った。
すると、自分を取り巻くエネルギーが渦を巻いて、すっと細い形をつかさどった。
そして、あっという間に縮んだり、伸びたり、不思議な運動を繰り返した。
時間と空間の不可思議さを感じた。
なんだか全体的に明るいjourneyだった。
不安な感じはこれっぽっちもなかったからだ。
そして、からだの隅々までエネルギーが満ちあふれるのが感じられた。
ちょうどいいからだの重力感で存在してる確信がした。
今年最後のjourney。
みんなでそれぞれのjourneyをシェアしあった。
他の人のjourneyの体験を聞くことで、なんだかエネルギーをもらえる。
ちょうどきのうはスタッフのaakoさんの誕生日。
先生がケーキを買ってきてくれたので、みんなでいただく。
おめでとう!