山崎元の「会社と社会の歩き方」

獨協大学経済学部特任教授の山崎元です。このブログは私が担当する「会社と社会の歩き方」の資料と補足を提供します。

【7月1日】早婚・共稼ぎ・低い損益分岐点の生活・自己投資

2010-07-01 00:50:47 | 講義資料
 一般的な若い勤労者の生活指針として面白い新刊書を見つけたので、ご紹介します。以下は、現在発売されている号の「週刊ダイヤモンド」の連載コラムに私(山崎元)が書いた原稿です。

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● 節約と生活における規模の経済

 「夫婦で年収600万円をめざす!」というサブタイトルに興味を持って、花輪陽子「二人で時代を生き抜くお金管理術」(ディスカバー)という本を読んでみた。
 勤労者世帯の平均的な収入は4百万円台前半の金額だから、夫婦共稼ぎで6百万円という設定は、現実的で想定読者が多いだろう。しかし、この本の著者もいう通り、年収6百万円は多くもあり少なくもある金額だ。お金の使い方、つまりは生活の仕方で、満足にも不足にもなるレベルの収入だろう。
 著者は「昭和の時代遅れのライフスタイルでは破産する可能性もあります」と警告する。そして、時代遅れのライフスタイルとは、家と車を買い、生命保険にたくさん入り、夫だけが外で働き、老後は年金と退職金で国と会社を頼るような暮らしだという。
 本誌の読者は、収入・年齢共に勤労者の平均よりもやや上の人が多いだろうから、6百万円に優越感を持つ一方で、生活を「時代遅れ」と言われて、愕然とする方もいるのではないだろうか。
 詳しくは先の本を読んで頂きたいが、花輪氏は、早目に結婚して、共稼ぎで、賃貸の家に住み、自動車代(経費が大きい!)と生命保険を節約し、早めの貯蓄と自己投資に励む生活を推奨する。
 稼ぎ手が二人いると、お互いのリスクヘッジにもなるし、生命保険に加入せずに済む点がいい。それに、若者は自動車を「格好の良い」消費財だと思わなくなった。
 この著者の偉いところは、将来の収入につながるスキルアップや社交のための費用をしっかり確保することの重要性を説いている点だ。「夫のおこづかいが月3万円では出世しない」という項目をわざわざ立てて、「収入アップをめざすうえで、交際費は非常に大切です。とくに、男性はケチだと思われると、致命的に仕事に響きます」と書いている。この本を家に持って帰って、妻が見ることになっても不都合がないことを、男性読者にはお知らせしておこう。
 生活に対する考え方は人それぞれだが、いざという時に、どうやれば、どの程度まで生活費を縮小できるのかについては、目処を掴んでおく必要がある。いわば「最小生活費」だが、これを十分低く抑えることができるなら、会社でいうと損益分岐点が低いのと同じだから、仕事でリスクを取ったり、自由な時間を使ったりすることができる。
 それにしても、過去何十年にもわたって進行してきた核家族化と晩婚化が、生活の費用面での効率性を下げてきたことを感じる。
 要は、生活にも規模の経済が働くということだが、これは、結婚してみるとよく分かる。二人になっても、生活費は一人暮らしの頃と較べてほとんど増えない。
 もちろん相手次第の面もあるが、経済力に自信がないから結婚を先延ばしにするというのは、問題の解決を遅らせる道である可能性が大きい。経済力に自信がないからこそ早く助け合うのが正解だ。
 また、特に働く女性にとっては出産の時期をいつにするかが問題だが、産休期間中に諦める仕事や収入を機会コストとして捉えると、相対的に収入の低い若い頃に子供を生むことが経済合理的な場合が多いかも知れない。
 個人のプライバシーをどう確保するか等、工夫すべき点はあるだろうが、家族の場合は大家族、家族以外の場合もルームシェアのような生活形態を考えると、生活コストは大きく節約できそうだ。
 単純に大家族に戻ることは難しそうだが、生活における規模の経済は、考えてみる価値がある。
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【7月1日】新しい職場への適応について

2010-07-01 00:47:54 | 講義資料
 以下の文章は、転職の際の新しい職場への適応法について書いたものだ。
(リクルートエージェント社のサイトの「転職原論」第11回目。
 http://www.r-agent.co.jp/guide/genron/genron_11.html)
 (1)~(3)は、新入社員の職場適応にも当てはまる話なので、参考にして欲しい。

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● 新職場への適応について

(1)新職場のストレスを甘く見ない

 転職活動が実って、新しい会社への入社が決まった時点では、転職が成功だったのか失敗だったのかまだ不明だ。次の職場で順調に仕事をし始めたという実感を持つまでが、転職活動の範囲だと考えよう。

 また、新しい職場に慣れるまでの間は、精神的にそれなりのストレスがある。最初の数ヶ月は、本人が感じている以上に疲れていることが少なくないので、自分のコンディションを丁寧にウォッチしておくことが大事だ。

 新職場でのストレスの源は、転職者として注目されること、新しい人間関係を作らなければならないこと、新しい仕事に十分馴染むことが出来るか心配であること、などだ。

 中途採用は「現在の職場に足りないものを持っている人材を補う」という名目でなされることが多い。転職者を受け入れる職場の人々からすると、転職者は「優れた点を持っていて当たり前」でもあるし「自分(たち)よりも優れているかも知れない油断の出来ない競争相手)でもあるので、注目度は高い。多数く注目を同時に浴びるのは疲れることだ。

 加えて、当然のことながら、職場の誰がどんな人であり、それぞれの人に自分がどう接していくことがふさわしいのかが、よく分からないことが多い。新しい人間関係を構築して自分がそれに慣れるまで、精神的には緊張を強いられる。

 もちろん、新しい仕事そのものの勉強も必要だし、新しい会社のやり方に慣れる必要もある。しかし、中途採用の場合、全くの新人社員のように周囲の社員に何でも聞くことが出来る立場ではないことが多い。必要な勉強をしながら、これと並行して実際の仕事をこなしていかなければならない。

 ただ、最後の点に関しては、筆者も若い頃の転職ではそれなりに大変だった覚えがあるが、転職後の半年から一年間くらい緊張感を持って勉強をするおかげで、仕事に関連する学習が随分捗って、「転職の元が取れた」と思ったことが何度かある。転職初期の苦労は、しがいのある苦労だということを申し上げておく。

(2)初日は座席表を入手せよ

 身近で具体的なところから始めよう。先ず、転職初日にするべきことは何だろうか。

 職場で関係する人に挨拶するのは当然で、これは、たぶん直属の上司が必要な人に紹介してくれるだろう。それでは、挨拶が終わったらどうするか。

 転職初日に是非やっておきたいことは、周囲の座席表を手に入れることだ。周囲の人の顔と名前を覚えると、ぐっとストレスが減る。逆に、こちら側からは名前を知らない人が自分の名前は知っていて、いつ声を掛けてくるか分からないという状態はストレスを招く。
また、座席表を見ながら、職場で話を聞ける相手に、個々の人がどんな人であるかをヒアリングしよう。仕事の分担、大まかな経歴、性格、職場でのエピソードなどを、いかにも根掘り葉掘りではなく、自然に聞ける分だけ聞いていこう。

 周囲の人の名前を覚えることの他に、電話機の扱い方(特に電話の転送方法をしっかり覚えること)、PCの主な操作とネットワークの設定、コピー・FAXなどの事務機の使い方(紙詰まりの修理が出来るようになると合格)、といったこともなるべく早く集中的に覚えてしまおう。他人に物事を頼んだり、あたりまえのことについて質問したりするのは、精神的な負い目になりやすい。他人に何でも質問できる精神的な強さを持つことが望ましいは当然なのだが、無駄な質問を少なくするための工夫と努力は必要だ。
自分を知らせることよりも先に相手を知ること

(3)自分を知らせることよりも先に相手を知ること

 転職後の人間関係で重要なことは、相手に自分を知って貰うことよりも、自分が相手を知ることを優先するということだ。

 転職者は、自分の性格や仕事に於ける主義・主張などを早く知って欲しいと思うし、早く自分をアピールしたいという気持ちを持ちがちだ。しかし、相手がどんな人柄で、こちらからのメッセージをどのように受け止める人なのか分からない人達に囲まれた中で、いきなり自己主張に走るのは危険だ。

 何を隠そう、筆者も、入社して日が浅い段階で、仕事上の主張や、世間話に対する自分の意見を強く言い過ぎて、周囲に警戒された苦い思い出が一度ならずある。

 先ず、職場の人々の一人一人がどんな人なのかを見極めた上で、徐々に自分について説明していくといいだろう。

 自己主張をするなとか、自説を述べるなと言う積もりは決してない。この点は誤解して欲しくない。しかし、同じ事を伝えるのでも、相手によって適切な伝え方は異なるから、先ず、相手を知る努力を優先したい。転職者は自分から働きかけなくても注目されていることが多いので、特別な努力をしなくても、自分に関する情報は職場の中に伝わっていることが多い。

 先に相手を知ることが大切な理由の一つでもあるのだが、職場の中に「派閥」とでも呼ぶべき、仕事上の組織とは無関係な暗黙のグループが出来上がっていることがある。こうした場合に、職場の前後左右が分からないうちに特定のグループに近づきすぎると、せっかく転職した新職場で働きにくくなることがある。周囲の人々について、ある程度満遍なく分かるまで、特定の人に気を許さない方がいい。

(4)前の職場にこだわらない

 転職者のよくやる失敗で典型的なものは、前の職場を話題にすることだ。「この点については、前の会社では、こうやっていた」という類の話題だ。銀行から別の会社に出向或いは転籍した人は、銀行員時代の事を話して次の職場で「浮く」ことが多いのだが、これと同じパターンだ。基本的には、質問されない限り、自分からは前の職場の話をしないと決めておこう。

 転職者は、単に情報提供の積もりで、純粋な親切心から話していても、受け取る側は、会社同士の優劣を比較されて批判されたような被害者意識を持つことがある。前の会社の話は、転職後一年くらいは、自分からは決してしないと決めておく位でちょうどいい。

 せっかく転職したのだから、前の職場に対するこだわりを捨てて、新しい環境で気持ち良く働こう。
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【7月1日】 会社の辞め方

2010-07-01 00:38:55 | 講義資料
 転職について、もう少し説明しておこう。
 先ず、会社を辞めるときに考えなければならないことを整理する。
 以下の文章は、私がリクルートエージェント社のサイトに「転職原論」と題したシリーズコラムの第10回目に書いたものだ。
(http://www.r-agent.co.jp/guide/genron/genron_10.html)

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●会社を辞めるときの「作法」など

(1)大切なのは「次の会社」だ

 転職を決めて、現在の勤務先を辞める手続きは、従来よりも簡単になっている。転職自体が増えて一般的になり、多くの会社が転職者の扱いに慣れた。

 しかし、退職の意思表明から仕事の引き継ぎなどを経て実際に退職するまでの手順は、経験がない場合、とまどうことがあるだろう。

 退職にあたって重要な事は、予定通りに後に問題を残さずに辞めることと、次の会社に良いコンディションで移れるようにすることだ。転職に興奮して、辞める会社の側に過度なエネルギーを注ぎ込む場合が時々あるようなので、注意したい。退職の日までの、意識の置き方としては、「次の会社に三分の二、今の会社には三分の一」というくらいで丁度いい。

(2)嘘を付かずに堂々と辞めよ

 会社に退職の意思を告げて、これに合意を得て、退職日を確定するまでの間で、先ず問題になるのは、転職先の会社名を言うかどうかだ。原則として、行き先の会社名は言う必要がない。もちろん、同僚にも退職の日まで言わなくていい。「迷ったら、言わない」と決めて置いていいだろう。

 転職の意思を告げられたとき、上司を含めて会社側は「この転職は止められそうか、そうでないか?」と考えながら、慰留の説得をすることが多いが、この際に、行き先の会社名を告げると、その会社の悪口や転職の不安材料を散々聞かされることになる可能性がある。新しい出発を前に、これは精神的に望ましくない。「次の会社は私の問題で、今の会社には関係ありませんので、最終日に、退職の挨拶の際に申し上げます」とでも言って、転職先に関する議論を封じるのが賢明だ。

 また、二つの会社の関係によっては、転職先の会社に手を回して転職を潰されることもある。たとえば、A社の重要顧客であるB社に勤めている社員が、A社に転職しようとしたときに、B社からA社に対して「ウチの社員を引き抜かれては困る」と通告されて、転職が白紙に戻るということがある。あるいは、両社の社長同士が知り合いで、社長同士が相談して転職を止めるというような可能性もある。

 転職を止められると、表面的には会社に残ったことを会社側が歓迎するが、人物評価としては「彼(彼女)は一度会社を辞めて転職しようとした人物だ」という芳しくない評価が後々まで残る。たとえば、会社は重要な仕事をこうした人物に任せることを躊躇するようになるだろう。

 一方、トラブルを避けるために、「留学して勉強をする」というような嘘をつくケースがあるが、これは感心しない。小さな嘘であっても、嘘は嘘だ。精神的な負い目を残すことになるので良くない。転職の前後の様子は後々まで記憶に残るので、自分を「嘘に逃げた人物」として記憶するのはつまらない。

(3)引っ越しの荷物は軽く

 厳密には、会社で得た物、作った物は、自分が作った物であっても持ち出してはならないというのがルールだ。特に、顧客の情報など、会社の業務上のデータについては、持ち出すとトラブルの元になる。通常、ネットワークにつながったPCは操作が記録されており、誰がどのデータにアクセスしたかを辿ることが出来るので、持ち出すことは出来ないと理解しておこう。

 ある外資系の証券会社では、休日に出勤して仕事のファイルを持ち出そうとした社員の姿がビデオカメラに映っていて、その社員は転職後に訴えられて転職先から解雇された、というような映画かドラマの一シーンのような話を聞いたことがある。

 しかし、仕事の際に手に入れた名刺など、手元に無いと近い将来直ちに不便を感じる物もあるし、自分が勉強中のテーマの資料など、機密性のない資料で手元にもっていたいものもあるだろう。また、自分が作った書類などで、フォーマットを将来活用したいものがあるかも知れない。

 法律や会社のルールに触れないことが大事だが、何を持っていくかについてはあらかじめ見当を付けておいて、必要な物を確保しておいてから、退職の意思を伝えるようにしたい。退職の意思を告げてから書類を大量にコピーしたりすると、データやノウハウ持ち出しの嫌疑が掛かることがあるし、トラブルにならなくてもいかにも露骨で目立つ。

 あくまでも個人的な経験に基づく感想だが、転職の際に持ち出した資料は、その時に思うほどには、後で役に立たない。筆者の場合、過去の資料を転職の際に持ち出しても、後から参照した記憶はほとんどない。トラブルを避けるためにも「引っ越しの荷物は軽い方がいい」を方針とすることをお勧めする。

(4)適度な休暇を取ろう

 転職の際、次の会社の入社予定日までの間に、出来れば旧勤務先の有給休暇を使って、適度な休みを取ることを考えたい。

 退職予定日の一ヶ月少々前に退職の意思を告げて、退職日を決定し、それから一、二週間で集中的に引き継ぎを済ませて、二週間くらい休みを取る、というくらいが理想的なスケジュールではないだろうか。

 辞められる側の都合としては、辞めることが決まっている社員は実質的に半分は外の人なので、情報管理上も残る社員への影響上も、あまり長く出社させない方がいい。仕事の引き継ぎをペース・アップさせて、その代わり、辞めていく社員には有給休暇の消化のために協力してやるというのが上司の正しい対処ではないか。

 辞めていく側としては、引き継ぎ作業の手順を心積もりして置くことが大切だ。

 新しい会社に入ってからは、緊張して疲れることが多いし、入社当初しばらくは有給休暇が取りにくいだろう。あまりに長く休みを取ると仕事の感覚を取り戻すのに手間が掛かることがあり、「ベスト・コンディションで次に入社する」という条件が満たせなくなる場合があるので、二週間くらいの休暇期間をお勧めする。

 転職を決めてから次の会社に入社するまでの通常約一ヶ月くらいの期間は、転職を決めるに至った現在の会社の難点から逃れることが決まっている一方で、次の会社に対する希望があり、また次の職場の不都合な部分をまだ見ていないので、「転職活動のご褒美」とでもいうべき非常に快適な期間だ。十分に楽しむといい。
個人と個人の付き合いは続く

 転職者が心配に思うことの一つに、職場で築いた人間関係がすっかり失われてしまうのではないかという不安がある。これに関しては、職場で育んできた友人関係などは、十分継続可能なので心配ないと申し上げておく。

「同じ釜の飯を食う」という言葉があるように、同じ場所で同じ目的に向かって一緒に過ごした職場の仲間は縁の深い友人になりやすい。何年も経ってから会っても、共通の話題、共通の感覚がある。付き合いを続けたい相手とは、あくまでも個人と個人として付き合っていけばいい。

 筆者の場合も、かつて職場を共にした友人がたくさんいるし、昔の職場の忘年会のような集まりに出掛けることもよくある。間違いなく、転職で友達は増えた。
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