SF短編 帰郷(1976年作品)
飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
●山田企画事務所
飛行機の窓から見ると、迎えが来ているのが見えた。
父母と妹。元気そうに見える。
僕は、この町に帰ることを楽しみにしてきた。
この瞬間を、どれほど心待ち毘していたことだろう。
長い間、僕は孤独で、そして疲れ切っていた。
僕は息をはずませて、皆の前に立っている。
妹は、まだほんの子供だったミリーは、もうりっぱな娘になっていた。
「ねえ、にいさん・戦争はどうなっているの。敵はとっても強いってことだけれど。
兄さんも火星にいたんでしょう」
火星。血にまみれた戦場の星。そう確かに、僕は火星の上で闘ってきた。
多くの友達が敵のために死んでいった。
「ミリー、ミリー、そうあわてるんじゃないよ。せっかく町に帰ってこれたんだ。
家でゆっくり聞けばいいじゃないか。シムス、元気でなによりだ。
五体満足か。この町でもかなりの人が
サイポーク手術を受けて帰って来ている。本当によかったなー。それで戦時休暇はどれくらいだね」
僕は、父と母を両肩でだきながら答えた。
「3日だけさ」
「たった3日」
「そうだな。おまえは、宇宙軍団の兵士だものなあ」
僕の兄、弟、息子を2人までで死なせ、自らも傷ついた父が
、
それでも戦時勲章を胸にかかげて、誇らしげにいった。
僕達は、空港を出て家への道をたどり始めた。
僕がどれほど、この戦時休暇を待ちわびていたか誰が知るだろうか。
僕の前には、常に敵しかいなかった。
敵をやっつけること。それしか考えられなかった。
宇宙船の残骸。
氷つきそう刄遠い星の光。
友達のなきがら。
それが僕の日常生活のすべてだ。
僕の町はほとんど昔のままだった。
戦争前のままだった。
わずかに、敵襲への警報装置とパリヤー装置が、町の外観をそこねていた。
途中、僕はこの戦争で亡くなった友達の数を数え始めていた。
もう、両手、両足ではたりない。
家にたどりついた僕は部屋にあがり、気がつくと、自分のベットの上で、
うつぶせになり、力をこめてベットをたたいていた。感情の激発だ。
僕の部屋は、そのまま残されていた。
となり2つの空部屋は、戦死した兄さん、弟のもの。
本箱には宇宙科学の本とSFのペーパーバック。
「シムスにいさん、はやくーー、食事の準備ができたわよ」
下の階から、妹の呼ぶ声が聞えた。
僕のための、妹と母の愛のこもった料理が下で待っている。
携帯糧食ではないのだ。
食堂に降りていくと、皆うれしそうな顔で僕を見ている。
破局はその平和な一瞬に、訪れた。
唐突に光が。それから限がくらみ、体が無くなる。
敵の攻撃だ、と思う間もなく意識が遠のいた。
***
目の前は、暗い空間だけだった。
僕は裸で灰色のパネルの上に横たわっていた。
敵の熱線で、焼きこげたはずの服はあとかたもなく消えていた。
そうだ。
ここは宇宙船の中だ。
僕は現実に目ざめた。
右の璧に空洞ができ、ロボットのM113が歩いてきた。
「いかがでした。過去への旅は。完全に複製されていましたか。
今回は心理治療、あなたの過去再生は、あなたの故郷でしたね」
M113が言った。
「完璧だよ、悲しいほどにね。M113」
「悲しいほど完璧?意味不明です」
「いいよ、ひとり事だ。気にするな」
あまりに完璧すぎる。
僕のメランコリーは増すばかりだ。
心理療法にはなっていない。
「過去再生への旅」はM113が考えたことだ。
僕は、たまに不安状況に追いこまれる。
その解消のため、M113は、「過去再生への旅」部屋を、船の一角に設けてくれた。
その部屋で、僕の記憶が全部読みとられ、過去の歴史が再現されるのだ。
再現された世界で、僕はどんなものにでも手をふれることができ
れば、誰とでも話しあうことができるのだ。
しかし細部は異なっていた。
過去への旅のあと、僕の敵へのにくしみは増すばかりなのだ。
M113は、僕が敵への戦意を失なわないようにプログラミングしているのだ。
『司令官以外立入禁止』
の表示のあるドアを、後にした僕にM113は言った。
「シムス司令、そろそろ地球を通過します。いや訂正します。
もと地球のあった座標を通ります」
船の巨大スクリーンには、敵の攻撃で、星くずになった地球の位置を示していた。
たったーせき残った地球の戦闘艦。
そして僕は、最後の人類。
この広い宇宙の中で人間なんか一人もいやしない。
だから、僕はいいようの冷い不安にかそわれるのだ。
絶え間ない敵との戦闘をー人でたえてきた。
たった一入で、この船とロボット戦闘員を指揮してきた。
敵を滅ぼすまで僕は生きつづけるつもりだ。
一生、この宇宙船の中で暮らすことになるだろう。
僕は、何度過去への旅をくりかえすだろうか。そして帰郷は。
(完)
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
●山田企画事務所
飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
●山田企画事務所
飛行機の窓から見ると、迎えが来ているのが見えた。
父母と妹。元気そうに見える。
僕は、この町に帰ることを楽しみにしてきた。
この瞬間を、どれほど心待ち毘していたことだろう。
長い間、僕は孤独で、そして疲れ切っていた。
僕は息をはずませて、皆の前に立っている。
妹は、まだほんの子供だったミリーは、もうりっぱな娘になっていた。
「ねえ、にいさん・戦争はどうなっているの。敵はとっても強いってことだけれど。
兄さんも火星にいたんでしょう」
火星。血にまみれた戦場の星。そう確かに、僕は火星の上で闘ってきた。
多くの友達が敵のために死んでいった。
「ミリー、ミリー、そうあわてるんじゃないよ。せっかく町に帰ってこれたんだ。
家でゆっくり聞けばいいじゃないか。シムス、元気でなによりだ。
五体満足か。この町でもかなりの人が
サイポーク手術を受けて帰って来ている。本当によかったなー。それで戦時休暇はどれくらいだね」
僕は、父と母を両肩でだきながら答えた。
「3日だけさ」
「たった3日」
「そうだな。おまえは、宇宙軍団の兵士だものなあ」
僕の兄、弟、息子を2人までで死なせ、自らも傷ついた父が
、
それでも戦時勲章を胸にかかげて、誇らしげにいった。
僕達は、空港を出て家への道をたどり始めた。
僕がどれほど、この戦時休暇を待ちわびていたか誰が知るだろうか。
僕の前には、常に敵しかいなかった。
敵をやっつけること。それしか考えられなかった。
宇宙船の残骸。
氷つきそう刄遠い星の光。
友達のなきがら。
それが僕の日常生活のすべてだ。
僕の町はほとんど昔のままだった。
戦争前のままだった。
わずかに、敵襲への警報装置とパリヤー装置が、町の外観をそこねていた。
途中、僕はこの戦争で亡くなった友達の数を数え始めていた。
もう、両手、両足ではたりない。
家にたどりついた僕は部屋にあがり、気がつくと、自分のベットの上で、
うつぶせになり、力をこめてベットをたたいていた。感情の激発だ。
僕の部屋は、そのまま残されていた。
となり2つの空部屋は、戦死した兄さん、弟のもの。
本箱には宇宙科学の本とSFのペーパーバック。
「シムスにいさん、はやくーー、食事の準備ができたわよ」
下の階から、妹の呼ぶ声が聞えた。
僕のための、妹と母の愛のこもった料理が下で待っている。
携帯糧食ではないのだ。
食堂に降りていくと、皆うれしそうな顔で僕を見ている。
破局はその平和な一瞬に、訪れた。
唐突に光が。それから限がくらみ、体が無くなる。
敵の攻撃だ、と思う間もなく意識が遠のいた。
***
目の前は、暗い空間だけだった。
僕は裸で灰色のパネルの上に横たわっていた。
敵の熱線で、焼きこげたはずの服はあとかたもなく消えていた。
そうだ。
ここは宇宙船の中だ。
僕は現実に目ざめた。
右の璧に空洞ができ、ロボットのM113が歩いてきた。
「いかがでした。過去への旅は。完全に複製されていましたか。
今回は心理治療、あなたの過去再生は、あなたの故郷でしたね」
M113が言った。
「完璧だよ、悲しいほどにね。M113」
「悲しいほど完璧?意味不明です」
「いいよ、ひとり事だ。気にするな」
あまりに完璧すぎる。
僕のメランコリーは増すばかりだ。
心理療法にはなっていない。
「過去再生への旅」はM113が考えたことだ。
僕は、たまに不安状況に追いこまれる。
その解消のため、M113は、「過去再生への旅」部屋を、船の一角に設けてくれた。
その部屋で、僕の記憶が全部読みとられ、過去の歴史が再現されるのだ。
再現された世界で、僕はどんなものにでも手をふれることができ
れば、誰とでも話しあうことができるのだ。
しかし細部は異なっていた。
過去への旅のあと、僕の敵へのにくしみは増すばかりなのだ。
M113は、僕が敵への戦意を失なわないようにプログラミングしているのだ。
『司令官以外立入禁止』
の表示のあるドアを、後にした僕にM113は言った。
「シムス司令、そろそろ地球を通過します。いや訂正します。
もと地球のあった座標を通ります」
船の巨大スクリーンには、敵の攻撃で、星くずになった地球の位置を示していた。
たったーせき残った地球の戦闘艦。
そして僕は、最後の人類。
この広い宇宙の中で人間なんか一人もいやしない。
だから、僕はいいようの冷い不安にかそわれるのだ。
絶え間ない敵との戦闘をー人でたえてきた。
たった一入で、この船とロボット戦闘員を指揮してきた。
敵を滅ぼすまで僕は生きつづけるつもりだ。
一生、この宇宙船の中で暮らすことになるだろう。
僕は、何度過去への旅をくりかえすだろうか。そして帰郷は。
(完)
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
●山田企画事務所