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■義経黄金伝説■第46回(60回完結)
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(C)飛鳥京香・山田企画事務所 http://www.poporo.ne.jp/~manga/
研究室http://plaza.rakuten.co.jp/yamadahakase/
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第 1 1 章 1190年 (建久元年) 花の下にて我死なむ
葛城の弘川寺に西行はいる。 庵の文机に向かい、外の風景を見ている西行は、
おもむろにつぶやく。
「我が目的も、頼朝殿の手によって潰えたわ。まあ、よい。義経殿、またその
和子善行も生きておられれば、あの沙金きっと役に立つだろう」
西行は、崇徳のため、平泉を陰都にしょうとした。また、奥州を仏教の平和郷
であり、歌道「しきしま道」の表現の場所にしょうとした。それが、鎌倉殿、
源頼朝の手で費えたのである。
西行はぼんやりと裏山の方、葛城山を見つめている。季は春。ゆえに桜が満
開である。
「平泉の束稲山の桜も散ったか。俺の生涯という桜ものう……」
桜の花びらが散り、山全体が桃色にかすみのように包まれている。
「よい季節になったものじゃ」
西行はひとりごちながら、表へ出た。何かの気配にきずいた西行は、あたり
をすかしみる。「ふふつ、おいでか?」と一人ごちる。 そして、枝ぶりのよい
桜の枝をボきボキと折り、はなむけのように、枝を土に指し始めた。ひとわた
り枝を折り、草かげの方に向かって、話しかけた。
「準備は調いましたぞ。そこにおられる方々、出てこられよ。私が、西行じ
ゃ。何の用かな」
音もなく、十人の聖たちが、草庵の前に立ち並んでいた。
「西行殿、どうぞ、我らに、秀衡殿が黄金のありか、お教えいただきたい」
「が、聖殿、残念じゃが俺らの道中、悪党どもに襲われ、黄金は、すべて奪い
去られてしもうた」
「ふつ、それは聞けませぬなあ。それに西行殿は、もう一つお宝をお持ちのは
ず」
「もう一つの宝とな。それは」西行の顔色が青ざめた。
「そうじゃな、秀衡殿が死の間際に書き残された書状。その中には奥州が隠し
金山の在りかすべて記していよう」
「よく、おわかりじゃな。が、その在りかの書状のありかを、お前様がたにお
教えする訳にはいかぬよ」
「じゃが、我らはそういう訳にもいかん」
「私も秀衡殿との約束がござる。お身たちに、その行方を知らす訳にはいかぬ
でな」
「西行、抜かせ」
聖の一人が急に切りかかって来た。
西行は、風のように避けた。唐突にその聖がどうと地面をはう。その聖の背に
は大きな桜の枝が1本、体を、突き抜けている。西行、修練の早業であった。
「まて、西行殿を手にかけることあいならぬ」片腕の男が、前に出て来てい
る。
「さすがは、西行殿。いや、昔の北面の武士、佐藤義清殿。お見事でござる」
西行は何かにきづく。
「その声は、はて、聞き覚えがある」 西行は、その聖の顔をのぞきこむ。
「さよう、私のこの左腕も御坊のことを覚えてござる」
「ふ、お前は太郎左か。あのおり、命を落としたと思うたが…」
いささか、西行は驚いた。足利の庄御矢山の事件のおりの伊賀黒田庄悪党の
男である
「危ういところを、頼朝様の手の者に助けられたのじゃ。さあ、西行殿、ここ
まで言えば、我々が何用できたか、わからぬはずはありますまい」
「ふ、いずれにしても、頼朝殿は、東大寺へ黄金を差し出さねばのう。征夷大
将軍の箔が付かぬという訳か。いずれ、大江広元殿が入れ知恵か」 西行はあざ
笑うように言い放った。
「西行殿、そのようなことは、我らが知るところではない。はよう、黄金の場
所を」
「次郎左よ、黄金の書状などないわ」
「何を申される。確か、我々が荷駄の後を」
「ふふう、まんまと我らが手に乗ったか。黄金は義経殿とともに、いまはかの
国にな」
「義経殿とともに。では、あの風聞は誠であったか。さらばしかたがない。西
行殿、お命ちょうだいする。これは弟、次郎左への手向けでもある」
「おお、よろしかろう。この西行にとって舞台がよかろう。頃は春。桜の花び
ら、よう舞いおるわ。のう、太郎左殿、人の命もはかないものよ。この桜の花
びらのようにな」
急に春風が、葛城の山から吹きおち、荒れる。つられて桜の花片が、青い背
景をうけて桃色に舞踊る。
「ぬかせ」 太郎左は、満身の力を込めて、右手で薙刀を振り下ろしていた。
が、目の前には、西行の姿がない。
「ふふ、いかに俺が七十の齢といえど、あなどるではないぞ。昔より鍛えてお
る」
恐るべき跳躍力である。飛び上がって剣先を避けたのだ。
「皆のものかかれ、西行の息の根を止めよ」
弘川寺を、恐ろしい殺戮の桜吹雪が襲った。桜の花びらには血痕が。舞い降
りる。
西行庵の地の上に、揺れ落ちる桜花びらは、徐々に血に染まり、朱色と桃色
がいりまじり妖艶な美しさを見せている。
「まてまて、やはり、お主たちには歯が立たぬのう」
大男が聖たちの後ろから前へ出てくる。西行は、その荒法師の顔を見る。お
互いににやりと笑う。
「やはりのう、黒幕はお主、文覚殿か」
「のう、西行殿。古い馴染みだ、最後の頼みだ。儂に黄金の行方、お教えくだ
さらぬか」
西行はそれに答えず、「文覚殿、お主は頼朝殿のために働いていよう。なぜ
だ」
「まずは質問に答えてくれや」
「お前は確か後白河法皇の命を受け、頼朝様の決起を促したはず。本来なら
ば、後白河法皇様の闇法師のはず、それが何ゆえに」西行は不思議に思ってい
た。
文覚は、後白河法皇の命で頼朝の決起を促したのだ。
「俺はなあ、西行。頼朝様に惚れたのじゃ。それに東国武士の心行きにな。あ
の方々は新しき国を作ろうとなっておる。少なくとも京都の貴族共が、民より
搾取する国ではないはずじゃ。逆にお主に聞く。なぜ西行よ、秀衡殿のことを
そんなにまで、お主こそ、後白河法皇様のために、崇徳上皇のためにも、奥州
平泉を第二の京都にするために、働いていたのではなかったのか。それに、ふ
ん、しきしま道のためにも、、」
「俺はなあ、文覚殿。奥州、東北の人々がお主と同じように好きになったのじ
ゃ。お主も知ってのとおり、平泉王国の方々は元々の日本人じゃ。大和朝廷の
支配の及ばぬところで、生きてきた方々じゃ。もし、京都と平泉という言わば
二つの京都で、この国を支配すれば、もう少し国の人々が豊かに暮らせると思
うたのだよ」
文覚は納得した。
「ふふ、貴様とおれ。いや坊主二人が、同じように惚れた男と国のために戦う
のか」
文覚はにやりと笑う。
「それも面白いではないか、文覚殿。武士はのう、おのが信じるもののために
死ぬるのだ」
西行もすがすがしく笑う。
「それでは、最後の試合、参るか」文覚は八角棒を構えた。西行は両手を構え
ている。
八角棒は、かし棒のさきを鉄板で包み、表面に鉄びょうが打たれている。
「西行、宋の国の秘術か」
「そうよ、面白い戦いになるかのう」
文覚が、次々と繰り出す八角棒を擦り抜け、文覚の体が浮いているところを西
行の拳がついていくのだ。
八角棒で次々と颶風を起こし、西行の体を狙うが、西行は風のように擦り抜け
ている。回りで見ている文覚の部下たちも、二人の動きの早さに驚いている。
七十才の老人同志の争いとは見えぬ。
ここ、河内葛城の山を背景に、桜吹雪の降るなかで、二匹の鬼が舞い踊ってい
る。一瞬、その時がとまり、桜の花びらが、どうと上に吹きあげられる。
一瞬、文覚の一撃が、西行の胸に深々ととらえた。突き刺さっている。常の西
行ならば、避けられないものではない。西行の体は地に付している。文覚は西
行をだきおこす。
「これで、気が済まれたか、文覚殿」西行はいきたえだえに言う。
「なぜじゃ、西行。なぜ、わざとおれにやられた」
「ふふう、お主に対する義理立てかな。ふふう」
ふと、西行のある歌が文覚の頭を掠めた。『願わくば花のしたにて春しなむ
その如月の望月のころ…』
「くそっ、西行、いやな奴じゃな、お主は。最期まで格好をつけよって、自ら
の死に自らの歌を合わせよったか」
「そうだ、しきしま道のものならば、、文覚殿、我々の時代も終わりぞ」
「清盛殿、死してすでに七年か」
文覚、西行、清盛は、同じ北面の武士の同僚であった。
「文覚殿、最後に頼みがござる」
「頼みじゃと、さては貴様、俺にその約束を守らせるために、わざと…」
「義経殿の遺子、義行殿に会うことがあれば、助けてやってくれぬか」
「義行をな、あいわかった」文覚は顔を朱に染めている。
「ありがたい。俺はよき友を持った」西行は目を閉じた。
「く、」 文覚は膝を屈した。しばらくは動かない。やがて、表をあげすっくと
立ち上がった。
「皆、この寺を去るのじゃ」
「文覚殿、せめて仲間の死体を片付けさせてはくれぬか」
「ならぬ、鬼一らが手の者、こちらへ向かっていよう。すぐさま、ここ弘川寺
を立つのだ」
「それは、無体じゃ」
「無体じゃと。俺は今、友達を自らの手で殺し、嘆き悲しんでおる。味方だと
て、容赦はせぬ」
「文覚殿、我々を相手にされるというか」
「おお、お主らが、望むならばな」
「文覚殿、お主は頼朝殿のために働いていたのではないのか。それならば、最
後に西行から黄金のありかを聞くべきだったのではないか。先刻の西行の最後
の一言、何か意味があるのでは…」
「ふふう、そうじゃな。お主ら、義経殿が遺児のことを聞いてしまったな。や
はり、ここで始末をつけねばなるまい」
文覚は、残りの聖たちの方に、ゆっくりと八角棒を向けた。
半刻後、鬼一法眼の率いる山伏の一団、結縁衆が、弘川寺の周りに集まってい
た。
「血の匂いがいたします」偵察の一人が言う。
「遅うございましたか」山伏たちは、西行の草庵をあうちこち調べる。
「襲い手たち、すべて死に耐えてこざる」
数人の体や首に、桜の枝が、ふかぶかと突き刺さっている。 桜の枝が朱に染
まり生々しい。
「ふふう。さすがは西行殿。殺し方も風流じゃ」
結縁衆のひとりがつぶやいた。
「せめて西行様がこと、我らの間で語り継ぎましょうぞ」
「おう、そうじゃ。それが我ら山伏の努めかもしれん」
「それが、供養でございましょう。西行様がこと、義経様がこと」
山伏たちは、草庵の後を片付け始めた。
鬼一はひとりごちた。
「さては、聖たちがしわざ、文覚殿か、重源殿か…」
建久元年(一一九〇)二月一六日、河内国弘川寺にて西行入滅。
(続く)
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第 1 1 章 1190年 (建久元年) 花の下にて我死なむ
葛城の弘川寺に西行はいる。 庵の文机に向かい、外の風景を見ている西行は、
おもむろにつぶやく。
「我が目的も、頼朝殿の手によって潰えたわ。まあ、よい。義経殿、またその
和子善行も生きておられれば、あの沙金きっと役に立つだろう」
西行は、崇徳のため、平泉を陰都にしょうとした。また、奥州を仏教の平和郷
であり、歌道「しきしま道」の表現の場所にしょうとした。それが、鎌倉殿、
源頼朝の手で費えたのである。
西行はぼんやりと裏山の方、葛城山を見つめている。季は春。ゆえに桜が満
開である。
「平泉の束稲山の桜も散ったか。俺の生涯という桜ものう……」
桜の花びらが散り、山全体が桃色にかすみのように包まれている。
「よい季節になったものじゃ」
西行はひとりごちながら、表へ出た。何かの気配にきずいた西行は、あたり
をすかしみる。「ふふつ、おいでか?」と一人ごちる。 そして、枝ぶりのよい
桜の枝をボきボキと折り、はなむけのように、枝を土に指し始めた。ひとわた
り枝を折り、草かげの方に向かって、話しかけた。
「準備は調いましたぞ。そこにおられる方々、出てこられよ。私が、西行じ
ゃ。何の用かな」
音もなく、十人の聖たちが、草庵の前に立ち並んでいた。
「西行殿、どうぞ、我らに、秀衡殿が黄金のありか、お教えいただきたい」
「が、聖殿、残念じゃが俺らの道中、悪党どもに襲われ、黄金は、すべて奪い
去られてしもうた」
「ふつ、それは聞けませぬなあ。それに西行殿は、もう一つお宝をお持ちのは
ず」
「もう一つの宝とな。それは」西行の顔色が青ざめた。
「そうじゃな、秀衡殿が死の間際に書き残された書状。その中には奥州が隠し
金山の在りかすべて記していよう」
「よく、おわかりじゃな。が、その在りかの書状のありかを、お前様がたにお
教えする訳にはいかぬよ」
「じゃが、我らはそういう訳にもいかん」
「私も秀衡殿との約束がござる。お身たちに、その行方を知らす訳にはいかぬ
でな」
「西行、抜かせ」
聖の一人が急に切りかかって来た。
西行は、風のように避けた。唐突にその聖がどうと地面をはう。その聖の背に
は大きな桜の枝が1本、体を、突き抜けている。西行、修練の早業であった。
「まて、西行殿を手にかけることあいならぬ」片腕の男が、前に出て来てい
る。
「さすがは、西行殿。いや、昔の北面の武士、佐藤義清殿。お見事でござる」
西行は何かにきづく。
「その声は、はて、聞き覚えがある」 西行は、その聖の顔をのぞきこむ。
「さよう、私のこの左腕も御坊のことを覚えてござる」
「ふ、お前は太郎左か。あのおり、命を落としたと思うたが…」
いささか、西行は驚いた。足利の庄御矢山の事件のおりの伊賀黒田庄悪党の
男である
「危ういところを、頼朝様の手の者に助けられたのじゃ。さあ、西行殿、ここ
まで言えば、我々が何用できたか、わからぬはずはありますまい」
「ふ、いずれにしても、頼朝殿は、東大寺へ黄金を差し出さねばのう。征夷大
将軍の箔が付かぬという訳か。いずれ、大江広元殿が入れ知恵か」 西行はあざ
笑うように言い放った。
「西行殿、そのようなことは、我らが知るところではない。はよう、黄金の場
所を」
「次郎左よ、黄金の書状などないわ」
「何を申される。確か、我々が荷駄の後を」
「ふふう、まんまと我らが手に乗ったか。黄金は義経殿とともに、いまはかの
国にな」
「義経殿とともに。では、あの風聞は誠であったか。さらばしかたがない。西
行殿、お命ちょうだいする。これは弟、次郎左への手向けでもある」
「おお、よろしかろう。この西行にとって舞台がよかろう。頃は春。桜の花び
ら、よう舞いおるわ。のう、太郎左殿、人の命もはかないものよ。この桜の花
びらのようにな」
急に春風が、葛城の山から吹きおち、荒れる。つられて桜の花片が、青い背
景をうけて桃色に舞踊る。
「ぬかせ」 太郎左は、満身の力を込めて、右手で薙刀を振り下ろしていた。
が、目の前には、西行の姿がない。
「ふふ、いかに俺が七十の齢といえど、あなどるではないぞ。昔より鍛えてお
る」
恐るべき跳躍力である。飛び上がって剣先を避けたのだ。
「皆のものかかれ、西行の息の根を止めよ」
弘川寺を、恐ろしい殺戮の桜吹雪が襲った。桜の花びらには血痕が。舞い降
りる。
西行庵の地の上に、揺れ落ちる桜花びらは、徐々に血に染まり、朱色と桃色
がいりまじり妖艶な美しさを見せている。
「まてまて、やはり、お主たちには歯が立たぬのう」
大男が聖たちの後ろから前へ出てくる。西行は、その荒法師の顔を見る。お
互いににやりと笑う。
「やはりのう、黒幕はお主、文覚殿か」
「のう、西行殿。古い馴染みだ、最後の頼みだ。儂に黄金の行方、お教えくだ
さらぬか」
西行はそれに答えず、「文覚殿、お主は頼朝殿のために働いていよう。なぜ
だ」
「まずは質問に答えてくれや」
「お前は確か後白河法皇の命を受け、頼朝様の決起を促したはず。本来なら
ば、後白河法皇様の闇法師のはず、それが何ゆえに」西行は不思議に思ってい
た。
文覚は、後白河法皇の命で頼朝の決起を促したのだ。
「俺はなあ、西行。頼朝様に惚れたのじゃ。それに東国武士の心行きにな。あ
の方々は新しき国を作ろうとなっておる。少なくとも京都の貴族共が、民より
搾取する国ではないはずじゃ。逆にお主に聞く。なぜ西行よ、秀衡殿のことを
そんなにまで、お主こそ、後白河法皇様のために、崇徳上皇のためにも、奥州
平泉を第二の京都にするために、働いていたのではなかったのか。それに、ふ
ん、しきしま道のためにも、、」
「俺はなあ、文覚殿。奥州、東北の人々がお主と同じように好きになったのじ
ゃ。お主も知ってのとおり、平泉王国の方々は元々の日本人じゃ。大和朝廷の
支配の及ばぬところで、生きてきた方々じゃ。もし、京都と平泉という言わば
二つの京都で、この国を支配すれば、もう少し国の人々が豊かに暮らせると思
うたのだよ」
文覚は納得した。
「ふふ、貴様とおれ。いや坊主二人が、同じように惚れた男と国のために戦う
のか」
文覚はにやりと笑う。
「それも面白いではないか、文覚殿。武士はのう、おのが信じるもののために
死ぬるのだ」
西行もすがすがしく笑う。
「それでは、最後の試合、参るか」文覚は八角棒を構えた。西行は両手を構え
ている。
八角棒は、かし棒のさきを鉄板で包み、表面に鉄びょうが打たれている。
「西行、宋の国の秘術か」
「そうよ、面白い戦いになるかのう」
文覚が、次々と繰り出す八角棒を擦り抜け、文覚の体が浮いているところを西
行の拳がついていくのだ。
八角棒で次々と颶風を起こし、西行の体を狙うが、西行は風のように擦り抜け
ている。回りで見ている文覚の部下たちも、二人の動きの早さに驚いている。
七十才の老人同志の争いとは見えぬ。
ここ、河内葛城の山を背景に、桜吹雪の降るなかで、二匹の鬼が舞い踊ってい
る。一瞬、その時がとまり、桜の花びらが、どうと上に吹きあげられる。
一瞬、文覚の一撃が、西行の胸に深々ととらえた。突き刺さっている。常の西
行ならば、避けられないものではない。西行の体は地に付している。文覚は西
行をだきおこす。
「これで、気が済まれたか、文覚殿」西行はいきたえだえに言う。
「なぜじゃ、西行。なぜ、わざとおれにやられた」
「ふふう、お主に対する義理立てかな。ふふう」
ふと、西行のある歌が文覚の頭を掠めた。『願わくば花のしたにて春しなむ
その如月の望月のころ…』
「くそっ、西行、いやな奴じゃな、お主は。最期まで格好をつけよって、自ら
の死に自らの歌を合わせよったか」
「そうだ、しきしま道のものならば、、文覚殿、我々の時代も終わりぞ」
「清盛殿、死してすでに七年か」
文覚、西行、清盛は、同じ北面の武士の同僚であった。
「文覚殿、最後に頼みがござる」
「頼みじゃと、さては貴様、俺にその約束を守らせるために、わざと…」
「義経殿の遺子、義行殿に会うことがあれば、助けてやってくれぬか」
「義行をな、あいわかった」文覚は顔を朱に染めている。
「ありがたい。俺はよき友を持った」西行は目を閉じた。
「く、」 文覚は膝を屈した。しばらくは動かない。やがて、表をあげすっくと
立ち上がった。
「皆、この寺を去るのじゃ」
「文覚殿、せめて仲間の死体を片付けさせてはくれぬか」
「ならぬ、鬼一らが手の者、こちらへ向かっていよう。すぐさま、ここ弘川寺
を立つのだ」
「それは、無体じゃ」
「無体じゃと。俺は今、友達を自らの手で殺し、嘆き悲しんでおる。味方だと
て、容赦はせぬ」
「文覚殿、我々を相手にされるというか」
「おお、お主らが、望むならばな」
「文覚殿、お主は頼朝殿のために働いていたのではないのか。それならば、最
後に西行から黄金のありかを聞くべきだったのではないか。先刻の西行の最後
の一言、何か意味があるのでは…」
「ふふう、そうじゃな。お主ら、義経殿が遺児のことを聞いてしまったな。や
はり、ここで始末をつけねばなるまい」
文覚は、残りの聖たちの方に、ゆっくりと八角棒を向けた。
半刻後、鬼一法眼の率いる山伏の一団、結縁衆が、弘川寺の周りに集まってい
た。
「血の匂いがいたします」偵察の一人が言う。
「遅うございましたか」山伏たちは、西行の草庵をあうちこち調べる。
「襲い手たち、すべて死に耐えてこざる」
数人の体や首に、桜の枝が、ふかぶかと突き刺さっている。 桜の枝が朱に染
まり生々しい。
「ふふう。さすがは西行殿。殺し方も風流じゃ」
結縁衆のひとりがつぶやいた。
「せめて西行様がこと、我らの間で語り継ぎましょうぞ」
「おう、そうじゃ。それが我ら山伏の努めかもしれん」
「それが、供養でございましょう。西行様がこと、義経様がこと」
山伏たちは、草庵の後を片付け始めた。
鬼一はひとりごちた。
「さては、聖たちがしわざ、文覚殿か、重源殿か…」
建久元年(一一九〇)二月一六日、河内国弘川寺にて西行入滅。
(続く)
(C)飛鳥京香・山田企画事務所 http://www.poporo.ne.jp/~manga/
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