◆書く/読む/喋る/考える◆

言葉の仕組みを暴きだす。ふるい言葉を葬り去り、あたらしい言葉を発見し、構成する。生涯の願いだ。

笑える尖閣と秘密ごっこ

2010-11-14 04:24:50 | 創作
○短い石段を飛び降りて、大学の図書館から出てきたのは、あの憂国青年だった。しらけた光が拡散して影をうしなったキャンパスでも、電気代をけちった薄暗い館内に比べれば光量の激差があるのだろうか。久しぶりに去年のジャンパーを着こんだ彼は、立ち止まって、目を2、3回、瞬かせた。
体温をうばう風が吹いてきた。プラタナスの葉っぱをガサガサ掃き寄せていく。その先に視線をはわせた憂国青年は、思わずジャンパーの襟をかき寄せて、逆方向へ大またで歩きだそうとした。舞い上がったプラタナスの枯れ葉、砂ボコリの向こう側に、奇妙な殺気を感じたからだった。

愛国先生 プアアッ、ペペ。やあ、また君か!
憂国青年 あ先生。ではまた。
愛国先生 待ちたまえ。私を嫌っているのかね。
憂国青年 やや、それは誤解です。キッパリと。
愛国先生 ほーかい。なら前回の白紙答案も、好意的に解釈しなおそうかな。
憂国青年 ぜひぜひ、お願いしまーす!!
愛国先生 ま、最近はいろいろ笑わせてもらってるので。
憂国青年 そんなに、僕という存在は笑えます?
愛国先生 いや君じゃない、尖閣だよ。
憂国青年 ハァ? 尖閣が笑えるなんて、右翼に暗殺されますよ!!
愛国先生 この腹にナイフが刺さったら、わしのメタボも凹んでくれるわい。
憂国青年 なんだか、血なまぐさいタトエですね。

○またキャンパスに風が吹き、掃き寄せられる葉っぱのガサガサした音が聞こえた。愛国先生はクルリと向こうを向いて、こっちに背中で歩いてきた。

憂国青年 こんな格好で対話ですか、先生。つまり、二人とも風下を見ながら並んで、っていうか。
愛国先生 これが世界に流行る冬用の対話なのじゃ。日・米・中・露、そろいもそろって、みんな風下向きに話しているのがわからんか。自国の繁栄という風下に向かって。
憂国青年 なーる……。
愛国先生 通貨安の競争が主題だったはずのG20は、なにも合意されずに終わった。高級な韓国料理をムシャムシャ食い散らかしただけだ。このままじゃダメってことは、みんな十分に理解している金融世界の頭脳たちが、無結論だった。
憂国青年 G20って、AKB48の対抗?
愛国先生 バ、バッカモーン!! さてはお前、いまオンナ狂いしているな? G20ってのは"Group of Twenty"の略じゃ。主要20カ国の中央銀行総裁たちとIMF、FRBらの首脳が集まって、いろいろ世界の金融問題について会議するのじゃ。G20が金融サミットとも呼ばれる理由じゃよ。君用に説明するが、代沢や深沢にあるスーパー・サミットじゃないからな。三日前の講義で説明したホットな話題でね。また欠席したんだ……。じゃー青年、元気でな!!

○青年の顔も見ないで立ち去ろうとする先生。卵型にハゲた後頭部が、気のせいか赤くなっている。クスッと笑った憂国青年は、しかしその血色に来るべき自分の悲運を激しく予感した。

憂国青年 あっ待って。待ってくださいーい、先生!! 思い出しました、G20。
愛国先生 うぬ、思い出したか。血のめぐりが悪いやつじゃ。
憂国青年 血のめぐり? たしかによくないですね、先生の頭ほどには。
愛国先生 そーか。わしの頭脳を、そんなにも評価しておるのか。
憂国青年 だ、だから、G20は知ってます。講義に欠席しましたけど、テレビで見ました!!
愛国先生 うむ。AKB48のおバカ番組じゃなく。そこは評価できるぞ。
憂国青年 で、さっきのお話。尖閣が笑える、とかの……。
愛国先生 あ、あれね。次の講義で話すつもりじゃ。
憂国青年 すんげー激突でしたよね!!
愛国先生 次の講義でな。
憂国青年 海保の船員たち、海に振り落とされないかとハラハラしちゃいました!!
愛国先生 彼らも命がけで仕事しておるようじゃな。
憂国青年 ですから、笑ったりしたら失礼じゃないですか。彼らは真剣なんですよ。
愛国先生 バッカモン。わしは海保の保安官たちを笑ってるんじゃないわい!!
憂国青年 じゃ、なんで笑うんですか。殺されますよ。
愛国先生 ユーチューブに流出したビデオをめぐって、いい大人たちが右往左往しているからじゃ。ブデオが何個の物語を拡散したか、わかるか?
憂国青年 ブデオじゃないっす。ビ、デ、オ。
愛国先生 まず、命がけで働く海の男たちへの賞賛物語がある。これは漫画『海猿』から連続した、わかりやすい物語だ。わしだって同意できる。
憂国青年 先生も、たまには漫画(笑)。
愛国先生 テレビじゃよ。次の代表的な感想は、「なんだ、この程度の衝突だったのか」だ。中国の国内では、互いに直角に激突したと報道されておったので、この感想物語にも一理ある。
憂国青年 なるほど、おなじブデオの感想にも、いろいろあるものですね。
愛国先生 ブデオじゃなくて、ビ、デ、オ。流出したビデオの感想には、こんなの見たくなかったとか、これは日本にとって危険な映像だとかの物語は全然なかった。これが特徴じゃ。みんなが見て楽しんだ。
憂国青年 うーん。それでテレビが、これが秘密のビデオです、つって流す理由もわかりますね。
愛国先生 そーそー。国家の秘密なら、わざわざ何回も一般向けに放映しなくてもいいだろうに。視聴率を気にするテレビ局は、放映こそが自分に有利と判断した。そこも笑っちゃう理由だ。この秘密を流しまくったら、国民受けして視聴率が稼げると。
憂国青年 だけどっていうか、日本にとって危険なビデオじゃなかったっていうか、中国の漁船のほうが体当たりしてきた結論は、なにも変わりませんでしたね。
愛国先生 君はさえてる。「良」なら上げてもいいくらいだ、講義に出席したらね。そこがポイント。国家の秘密とは、一般の国民に知られたら政治が変わってしまう事実をいう。国民にたいする隠し事なのじゃ。暴かれたら困るので、ときの政権は、党内の議員や国家公務員にかん口令を命じるのだ。
憂国青年 ってことは、国家の秘密にするほどのビデオじゃなかったってこと?
愛国先生 ザッツ・ライト!!
憂国青年 だけど菅総理も仙谷官房長も、ビデオ流出にはカンカンに怒っているみたい。
愛国先生 だから面白い。笑える。まるで小学生の「秘密ごっこ」だろ?
憂国青年 ああ。なんでもないことを秘密にして、仲間意識を保つってやつ。
愛国先生 そーそー。こんどは「優」をあげてもいい。講義にでてくればな。
憂国青年 出ますよ。あさってですよね?
愛国先生 バッカモーン、それじゃ月曜日! しあさっての火曜日じゃ!
憂国青年 もう「明日」ですから。僕が正確です。
愛国先生 とにかくだ、君の言葉を借りれば「仲間意識」ってやつが中心だ。それ以外に、菅と仙谷が秘密・秘密と騒ぐ理由はなにもない。彼らの頭のなかが小学校なのだ。笑えるだろう。
憂国青年 笑えませんよ。日本を背負っているお二人の頭が小学校なんて事実。
愛国先生 じゃあ、首相官邸がファッション・ホテルになるとしたら、どうだ?
憂国青年 なんてことを! 尖閣で官邸が連れ込みホテルになるはずないっしょ!!
愛国先生 それが、なるんだ。
憂国青年 首相官邸まで、とうとう民間の風俗産業に身売りして、民営化……。
愛国先生 そうじゃない。仙谷と菅は、公務員法の違反を強調して、国家公務員の口を封じようとしておる。それのみか、自分のメモを盗写されたと新聞社の撮影を制限しようともくろんでいる。
憂国青年 ポルノと、どう関係が?
愛国先生 アメリカのクリントン元大統領が、秘書のモニカ嬢とホワイトハウスでセックスした。
憂国青年 あ、知ってます。ケネディー暗殺みたく有名な事件ですよ。
愛国先生 一回の挿入が何億ドルかも想像できないくらい、贅沢な挿入を気持ちよく何回も何日も繰り返した。この現場を目撃した国家公務員は、それでも口を封じられるか? その現場を読売新聞が盗写したら、どっちがどうなんだ?
憂国青年 ちょっと極端な例じゃないっすか、先生。
愛国先生 うんにゃ。権力でひとの口を封じるとは、そういう問題とも深い関係がある。女性秘書や女性議員は、くれぐれも菅と仙谷には単独で近づかないこと。セクハラが危ない。
憂国青年 国家公務員とか新聞社に注意を与えるとか、これは国家の秘密だと指示するのはいいけど、口封じはできない……?
愛国先生 そのとおりじゃ。とくに秘密でもないのに、秘密にするのは下心がある。そのうえ、中国にくらべれば民主主義が発達した日本に、国民にたいする隠し事はもう通用しない。ここが自民党の時代と大いに違っているのだ。わからんチンを内部告発する行為は、これからの日本にことのほか重要なのじゃ。
憂国青年 大体のところは理解できましたが、バイトに遅れそう! では先生、またの日に!
愛国先生 おお、うっかり次の講義をしゃべってしまった。また欠席だな、あいつ……。



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