出雲市平田町の「木綿街道」へ行ってきました。
現在の平田町は、かつては平田市でしたが、2005年(平成17)3月に旧出雲市と簸川郡4町、平田市が合併し、新しい出雲市が誕生しました。
平田に到着し、木綿街道を散策するために周辺の駐車場を探しましたが、大きな駐車場は見当たりません。
出雲市役所平田支所に行き、市民課の窓口で尋ねたら、車を何台も止められる駐車場はないので、木綿街道を散策されるなら支所の駐車場に止めてもらっていいとのこと。
当然のことですが、支所に用のない方の駐車はご遠慮くださいとの看板があったので、念のために確認したらそのような回答で、市役所の対応に感謝した次第です。
TOPと2枚目の画像は、支所から木綿街道に行く交差点と橋からの風景です。
平田の歴史は、船川運河と宍道湖を利用した水上交通の要所であり、松江や遠くは大阪方面と結ばれました。
この水運を利用し、江戸から明治にかけて、雲州木綿を取引する市場町として栄えた歴史があります。
2001年(平成13)に木綿街道と命名されたこの通りは、江戸から明治にかけて木綿の集散地として栄えた町並みが残っています。
街道には、造り酒屋、醤油、和菓子店が軒を連ねています。
平田にも、出雲市無形文化財の一式飾りがあります。
鳥取県では、南部町法勝寺の一式飾りが毎年4月に行われます。
平田一式飾りは、江戸時代に寺町の桔梗屋十兵衛が、茶道具一式で「大黒天」をつくり、平田天満宮へ奉納したのが始まりとされています。
毎年7月20日から3日間、平田天満宮の夏祭りには、各町内が競って一式飾りを奉納し、無病息災を祈るそうです。
ではでは、木綿街道はもう少し引っ張ります。
続く・・・
(カメラ:OLYMPUS OM-D)
一畑薬師参拝のために電車を走らせ、その関連で各種産業が育ったと思います。
アタクシたちが若かりし頃は、木綿街道の「も」の字も無かったですが、今では様々なイベントで観光地化してきた様相が伺えます。
山陰地方のいいところをドンドンPRしていきましょう(^^♪
いいな〜以前、行ったんですが
車を停める場所がなくて
街道を車でうろうろして結局帰りました(^_^;)
まぁこの日は滝撮りがメインだったので
またゆっくり行ってみたいです。
鉄道について調べてみると、かつての国鉄の計画では宍道湖の北を走るルートだったそうですね。
ただ、当時の平田は養蚕業が盛んであったために、蒸気機関車による煙害が懸念され鉄道敷設に対する反対が強く、宍道湖の湖南を走ることになったようです。
その後、私鉄の一畑電車が平田を走ることになったのですが、もし計画どおりのルートで国鉄が走っていれば、平田は人口の集積や、その後の産業構造も大きく変わっていたかもしれませんね。
かつては一畑パークがありましたね。
子どものころ、ローカルテレビでCMソングが流れてきました。
♪一畑パークへ行こうかな ドライブウエイは素敵だな
動物園も飛行機も レストハウスも呼んでるな~
結局、連れて行ってもらったことありませんでしたが、米子の錦公園、高島屋や米子ストア、やよいデパートの屋上の遊園地で我慢してました(笑)
今回のデジカメ散歩は、木綿街道しか写進化活動ができませんでした。
後でパンフを見たら、一式飾り展示館もあるようだし、一畑電車も撮りたかったですね。
まあ、またの機会ということで(笑)
確かに、駐車場を探すのに苦労しますね。
後日UPしますが、交流館というのがこの街道沿いにあります。
駐車スペースが数台はあるのですが、館内を案内していただいた方が、車はどこに止めたか聞かれました。
支所の駐車場に了解を得て止めたと言ったら、散策されるなら交流館前に止めてもらっていいですよと言われましたが、ちょっと街道を車で通行して駐車スペース見つけても、駐車するには遠慮しますよね。
観光客用に駐車場を設けても、費用対効果を考えると難しいかもしれません。
出雲駅から一畑電車で平田までいくのがいいかもしれませんね。