1.Photoshopの伝道師が語る日本のクリエイターの"長所"
画像処理ソフトの世界的スタンダードとして、不動の地位を誇る「Adobe Photoshop」。非常に高度に進化したこの画像処理ソフトは、「デジタル画像修正なら何でもできる」と言っても過言ではない高機能を誇っている。しかしその反面、初心者の方には「多機能すぎてどこから手を付けたらよいか迷ってしまう」という一面も持っていると思う。そんなPhotoshopをいつでもわかりやすく、そしてユーモラスを交えて楽しく教えてくれる「ラッセル・ブラウン」という伝説的エバンジェリスト(伝道師)がいることをご存知だろうか。
私もPhotoshopを勉強する過程で何度もお世話になったラッセル・ブラウン氏。このたび、ラッセル氏が「Create Now / PLUS ONE DAY」イベントのために来日したタイミングで、お話を聞く機会をいただくことができた。その時のラッセル氏の発言と、Photoshopを用いたレタッチを生業のひとつとしている私自身が感じ取ったことをお伝えしたいと思う。
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Photoshop エヴァンジェリストのラッセル・ブラウン氏 撮影:杉浦志保
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Photoshopと共に歩んできた"伝道師"
まずは失礼かもしれないと思いながらも、ラッセル氏のPhotoshop歴や、現在の仕事について聞いてみた。すると、「私はAdobeに約30年勤めていますが、Photoshopの発売年は1990年(筆者注:23年前)です。私は最初のPhotoshopユーザーの一人であり、Photoshop1.0の開発者の4人の中にも名前が入っています。つまり、私のPhotoshop歴は、Photoshopというプログラムの歴史と完全にイコールということですね」と笑いながら話してくれた。
彼の「Photoshop歴は、Photoshopの歴史とイコール」という発言に、いきなり驚かされた。自分自身を振り返ってみると、私がPhotoshopに初めて接したのはPhotoshop5.0から。私から見れば、世界で最も最初のPhotoshopユーザーの一人であり、Photoshop1.0の開発にも関わっていたというラッセル氏は、もう大先輩も大先輩。ラッセル氏は「Photoshopの進化の全て」を実際に見続けてきた「生きた伝説」と言っても過言ではないだろう。
また、自身のエヴァンジェリストとしてのキャリアについてブラウン氏は、「周囲の人たちにPhotoshopの素晴らしさをお伝えして、ワクワクしてもらう」という仕事をしてきました。簡単な仕事ですよ(笑)。(Photoshop黎明期には)画像処理がより小さなコンピュータで実現できるようになることが、非常に求められていることだったのです」と、軽妙な語り口で教えてくれた。世界各国を回りながら、Photoshopの魅力を伝えたり、新機能の解説をしたりする活動をしてきた。何と楽しそうな人生だろう!
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ラッセル氏は「CREATE NOW / PLUS ONE DAY」に"スチームパンクなリンカーン大統領"の姿で登場し、そのプレゼンテーションで聴衆をわかせていた
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続いて、ラッセル氏に、「印象に残った国は」といった方向性の話を向けると、彼が日本に対してとてもよい印象を持っていると感じた。「今まで色々な国を回ってきました。日本、ドイツ、フランス、イングランド、オランダ、韓国、中国、オーストラリア、シンガポール…環太平洋地域は多いですね。アメリカ国内を回るより、国外のほうが多いくらいです。そんな中でも、私のお気に入りは、いつも日本です! 」と断言。日本の好きなところとして、文化や食事、ガジェット、家電、そして何より「抹茶ラテ(ラッセル氏は"マッチャ・ラテー"と強調して語っていた)」がお気に入りだと熱弁。他国の状況を聞いてみようと促しても、日本の話、そして「マッチャ・ラテー」の話に戻ってきてしまうくらいだ。
グローバル化時代を生き抜くカギとなる、日本人クリエイターの"長所"
そして、話は日本のPhotoshopユーザーに及ぶ。「お客さんの熱意、と言った面でも、日本は私のお気に入りです。日本のお客さんは表面上は穏やかに見えるのですが、非常に熱の高さを感じます。私のイベントに来ていただければきっとその熱を感じ取っていただけると思いますよ!私は単に知識をお伝えするだけでなく、皆様に楽しんで頂けることを重視したプレゼンをしています」と語るブラウン氏。このほか、「日本人ユーザーはレイヤーの使い方が非常に細かい」など、具体的な発言にも嬉しくなる。
日本人の持つ「根気がある」、「細かい所に神経が行き届く」といった部分などは、レタッチをするにあたって非常に重要な資質である。グローバル化が進む時代の中で、好むと好まざるとに関わらず、日本人クリエイターも世界中のクリエイターとの競争が避けられなくなっていく。そんな中で「これからの日本人クリエイターがどうサバイバルしていくか」を考えた結果、日本人に向いている「Photoshopでのレタッチ」を武器にしていくという戦略は大いにあると思う。
何もそれはフォトグラファーやレタッチャーの方だけに限った話ではない。今や、Photoshopでのライトな画像修正は、あらゆるデジタル系クリエイターの「基本技術」となりつつあるからだ。これからは、「Photoshopの新しい機能が出たら、ラッセル氏のビデオを翻訳なしで見て(英語も含めて)勉強する」という方法も、きっと役に立つと思う。同氏のビデオはわかりやすく楽しいので、英語がほとんど聞き取れていなくても内容はおおむねわかるから、想像するよりはきっとハードルは高くないはず。日本語字幕のあるビデオも沢山あるので、そちらももちろんお勧めだ。
2.エヴァンジェリストに聞く「Photoshopの未来」
Photoshopはこれからどのように進化するか?
Photoshopをよく知る伝道師に「Photoshopがこれからどんなふうに進化していくと思うか」と単刀直入に質問したところ、「これは私もよく受ける質問なのですが、もしそれを完全に予測できたら、私は億万長者になれるかもしれませんね」と、冗談めかして答えたかと思いきや、続けて「ひとつだけ、私が言えることがあるとすれば、「Adobeはいつもエキサイティングな未来に向かって挑戦を続けている」ということです」と真剣なまなざしで語り、「昔は新機能が開発されると、パッケージのソフトのリリースのタイミングを待ってから、まとめてお届けしていました。今はそれを待たなくてもすぐに新機能をお届け出来るようになりました。年間を通じてエキサイティングな新機能を、出したい時にリリースできるようになったと思います」と、その長所を語った。
Creative Cloudが持つ強み
Creative Cloudの導入により、Photoshopの料金が月々払いになったことに、今でも抵抗感のある方はいらっしゃるかと思う。しかし私は、代わりに大きな武器を手にしたと思っている。開発者にとって、素早く新機能を出すことも、トライした新機能がイマイチだったら撤退することさえも、以前よりはるかに行いやすいと思うからだ。予想の立たない激動の時代には、長い熟考の末に重たい一歩を踏み出すよりも、軽い一歩でPDCAサイクルを素早く回していくほうがリスクが少ない。まさにラッセル氏のおっしゃるメリットは、時間とともに次第に大きな効果となって現れていく可能性があると思う。
おそらく色々なジャンルの要望を吸い上げながら、Photoshopの変化のスピードは上がっていくのではないかと思う。そして、アドビ システムズ自身が定期契約者数の増減を意識して新機能のリリースを行う、といった展開になっていくのではないだろうか。そして、ユーザーがインターネットによって可視化されるようになった現代では、一部の専門家の目指す方向ではなく、「ユーザーの声」や「世の中」が導く方向に進化していく傾向が強まっていくのではないだろうか。そういった意味では、私の予想も当たるかどうかは全く未知数だ。世界は進取の気概に満ちた人だけで構成されている訳ではないので「基本機能が変わらずしっかりしていてくれればいい」「ひたすらオート化してくれるのが最高」というのが「ユーザーの声」だった、という未来だってあるかもしれない。
ちなみに、ラッセル氏に「もし、一般ユーザーの方が「こんな機能を実装してほしい」という要望をお持ちの場合、何とかしてその夢を叶える方法はありますか?」という少々無謀な質問をぶつけてみたところ、「(エンジニア、マーケッターを含め)Photoshopチームがまず見ているのは「Adobe Community」です。もちろん、叶えられる要望、叶えられない要望は出てくると思うのですが、「Adobe Community」に集まっているユーザーさんの要望などが、Photoshopチームの目にとまる可能性はあると思います」という答えが返ってきた。開発者の目につきやすい、という意味では英語版の「Adobe Community」という意味になると思われる。少々ハードルは高いが、アイディア次第でユーザーの声がPhotoshopチームに届きやすくなっていく可能性は大いにあり得るだろう。
アイディアにあふれたクリエイションの秘訣
続いて、技術への造詣が深く、ユーモアとアイディアにあふれたプレゼンテーションを生み出すクリエイターとしてのラッセル氏に、アイディアにあふれたクリエイションの秘訣の話を伺った。同氏いわく、クリエイティブの秘訣は、「まず、私のプレゼンテーションを御覧頂いて、モチベーションを上げること」、そして「心の中を常に若く保つこと」だという。ラッセル氏は、「遊び心を大事にしながら、子供の頃のようなやり方で、時にルールを破ってみる。自分の仕事に、楽しみを持ち込むこと。それが一番いい方法だと思います」と語ってくれた。
そして最後に、Photoshopを誕生から見守ってきたラッセル氏が「Photoshopを操作していて一番楽しい瞬間」として挙げたのは、「最初は退屈だった画像が、素晴らしい画像にチェンジする瞬間」だという。「自分でもビックリして「これはみんなに見せなきゃ!」って思う経験が、きっとあると思います。私はそれを、「フェイスブック・モーメント(瞬間)」と呼んでいます(笑)。幸せな瞬間です」と、笑顔で語ってくれた。
ラッセル氏と実際に対面してみた印象は、「思いやりのある、穏やかな雰囲気にあふれるジェントルマン」といったものであった。ステージ上の派手なコスチュームやビデオでの快活な語り口とはまた違った魅力のある、ラッセル氏の別の一面を見た気がした。そんなラッセル氏が「子供の頃のようなやり方で、時にルールを破ってみる」ことこそが、「フェイスブック・モーメント」が生まれる秘訣なのではないかと感じた。