Are you Wimpy?

次々と心に浮かぶ景色と音。
そこからは絶対に逃げられないんだ。

★「ネット小説大賞」にもチャレンジ中★

20.サンドリンへの手紙

2020年02月01日 | 日記
5月。

円山さんの自宅からブランズウィックまでは5分ほどだった。6時を過ぎると店の外にまで多くの人たちが集まってくる。駐車場にも見慣れた車が駐車してあって,そこを見れば誰が遊びに来ているのかある程度想像できた。お金に余裕がある日本人の留学生も中古のアルファロメオやプジョーで乗り付けてスヌーカーやダーツに興じていた。

入り口近くに設置してあるスロットマシーンの脇を通り過ぎると右手にダーツやスヌーカーのコーナー,左手にはテーブルが数脚置いてあって,一番奥がカウンターだ。左手にも駐車場に抜ける出入り口があるのだが,その手前のテーブルでサンドリンが黒ビールを飲みながら別の女性と歓談していた。

僕はジーンズの右前のポケットに突っ込んだままの封筒を確認してからそちらに近づいた。

サンドリンは先に僕に気づくと手を高く挙げて明るく声をかけてきた。一緒にいた女性もこちら側に微笑んだ。

「ソーヤン!」

賑やかな店内だったが,サンドリンの陽気な呼び声が響き渡ってバーテンダーを含む何人かが僕の方へ振り返った。僕が手紙を差し出そうとするとサンドリンの方から切り出した。

「アジャたち,残念だったわね」

彼女はまだ知らないと思っていたから,僕は少し驚いた。それを察した様にサンドリンが話した。

「アジャと同じクラスのカリン,彼女から聞いたの」
「はじめまして」
「ソーヤンね,アジャのボーイフレンドでしょ」

僕はカリンと握手を交わしてからサンドリンに手紙を渡した。サンドリンは手紙を受けとるとグラスに3分の1ほど残っていたギネスをグイッと飲み干した。

「おごるわ,ソーヤンもギネスよね」

サンドリンから5ポンド札を受け取ったカリンが傍のカウンターへ注文をしに席を外すと,サンドリンが酔っ払った様子で勢い良く話し出した。

「どうせ,どちらかが帰国するまでの付き合い。あなたとアジャだってそうでしょ?」

僕が一瞬言葉を失っていると,サンドリンが呆れた様に天井に視線ををやりながらフゥっと息を吐いた。

「愛してるの?」
「愛・・・?」

サンドリンが吹き出した。
「あんたっていい人ね」

サンドリンが笑っているところへ不思議そうな顔をしたカリンがギネスのパイントグラスを2つ持って戻ってきた。

「何話してるの?」
「愛の話よね,ソーヤン」
「・・・難しそうね」

カリンの戸惑った様子にサンドリンがもう1度吹き出すと,カリンが少し俯いたまま,助けを求める様に大きな目で僕を見上げた。そのときアジャと同じリンゴのパフュームの香りが立った。

「あ・・・」
「どうしたの?」
「いや,何でもない。ただ・・・」

カリンは控えめにサンドリンの方を向きながら微笑んだ。サンドリンは僕とグラスを合わせると半パインとくらいグイッと飲んでから僕を睨み付けて言った。

「あんたにとって愛って一体何なの,ソーヤン」

サンドリンはいつもこんな感じだ。クールだが気になったことはどんな小さなことでもしつこく突き止めようとする。僕は一口ビールを飲んでから即座に答えた。

「Giving and forgiving anything」

サンドリンはふーんとばかりにもう一口ビールを含んだ。

「だから僕は誰も愛せないんだろうな」

意表を突かれたサンドリンがまた笑った。
「ほんと,いい人!」

僕とサンドリンの関係性に不馴れなせいか,カリンが戸惑った様子で「良く分からないわ」と小声で言ったので僕は説明を加えた。

「誰かを愛してるなら,その人に殺されたっていいということ。でも僕は殺されるのは嫌だからね。誰も愛さないよ」

するとカリンも笑った。サンドリンが笑いながら封筒をクシャクシャ丸めてウィンドブレーカーのポケットにしまった。

「もう,これは終わったことよ」

その時ガトウィックで別れた時のイーゴの悲しそうな表情が浮かんだが,僕は無理強いをしてまでサンドリンに手紙を読ませようとはしなかった。別れ際,泣き顔のアジャと初めて交わしたキスの感触も甦ったが,サンドリンの言う通り別れを前提とした出会いだったというのも真実なんだと理解した。

自分を納得させる様に僕はグラスをサンドリンに向けて掲げた。

「チアーズ」

僕らは3人で乾杯した。グラスを一気に飲み干したら,何かが吹っ切れた様に僕の体は軽くなった。

「サンドリンはギネスだね。カリンは・・・ラガーでいいかい?おごるよ」
「じゃあ,私もギネスをちょうだい」

かすかに漂うリンゴの甘酸っぱい香りに懐かしさを感じながら僕はカウンターへ向かった。


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