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窓の向こうの海

素直で純心なきみに、憧れ手を伸ばしていた。いつのまにか、掴まれていた。もう離さないよって、きみが太陽みたいに笑った。

信頼について

2015-11-20 18:22:17 | 考え事






わたしは大学入学したての頃、ある手酷い痛手を負って、ひとの信頼を得るのは難しく、地道に積み上げていったとしても崩れるのは一瞬なのだ、と、ある種の絶望的な感覚に陥ったことがある。



でも、今は全くそうは思わない。


結局人は、信頼する方にもそれ相応の力量が求められており、人を信頼できない人はいつまでもそのままなのだ。




そう気付いてから、わたしは少しラクになった。
これからは、わたしを信頼したいと思ってくれている人に、忠誠を尽くす気持ちで付き合っていけば良いのだと思えた。


そんな話。



恩師について

2015-11-19 14:15:43 | 考え事

高校時代の恩師のことを、少しだけ書いてみる。




高校生というのは、ある程度、無邪気な若さが許されて、
勉強をしていれば良くて(建前として)、
とりあえず制服を着て毎日、学校に通っていれば良い、そんな時期だと思う。



自分の高校時代を振り返ると、
集団行動は苦手で、嫌いで、学校に行く意味がわからなくて、苦しくなって、ぽつぽつ休んだり、逃げたりもしていた。
それでも許されたし、ヘッドホンから流れる音楽で耳を満たしたり、ひたすら本ばかり読んだりして過ごしていた。
友達にも恵まれたから、理解されていたと思うし、話をするのも好きだった。



1年生の頃の担任とは本当に馬が合わなくて、
何度も呼び出されて問題児扱いされて、辛い日々だった。(わたしは数学が苦手で、担任は数学教師で、わたしのことを劣等生扱いしていた、あと、数学の課題が大嫌いだった)
不登校になりそうだったし、思えばその頃からわたしは鬱々とし始めていて、初めて明確に'死にたい'と思ったのは、高一の冬だった。

クリスマスイブに、数学の補習で教室に一人残されて、課題をやらされているとき、息苦しくてなんだか無性に、絶望的な気持ちになって、
この窓(3階)から飛び降りたい、と身を乗り出したことを、今でもはっきりと覚えている。



でも、2年生で文理分けのクラス替えがあって、クラスに女子が増えて(約3分の2)、担任は新しく来た先生で、その人がそれはそれは良い人で、相性もよくて、本当に救われた。
国語の先生で、わたしは国語が一番得意だったから、劣等生扱いされることもなく、きちんと丁寧に接してくれた。(わたしは国語は学年トップレベル、数学は学年最下位レベルという極端な成績だった)
クラスみんなに対して、平等な態度で振る舞うのも良かった。尊敬できる人だった。


少しずつ病んでいたけれど、高校を無事に卒業できたのは、この担任の先生と友達のおかげだと思っていて、わたしは今でも感謝が尽きない。


この間、友達と一緒に、先生に会いに行って飲んだのだけれど、
あの頃と何も変わらず、さらにあの頃は知らなかった先生の教育への熱意を聞いて、感動した。
あぁ、やっぱり、こういう人が、教職に就くべきなんだよなぁって、実感した。
わたしは教員免許を取らなくて良かった。
教師の道が自分の道ではないと、逆説的に確信できた。


あの頃、生意気なわたしにも良くしてくれて、ありがとうございます、と伝えたら、
そんなことないよ、みんな可愛かったよ俺にとっては、と仰っていて、
先生は本当にわたしたちみんなのことを好いていたのだ、とまた、頭が下がる思いだった。

中高と、教師受けが悪く、嫌いな教師が多くいた中で、先生は本当に貴重な存在で、大好きだ。

俺は卒業生と飲むことを楽しみに仕事をしているんだ、と軽やかに笑っていた。







懐かしい風景とともに、甦る記憶。



追記 -----




最近更新が激しいのは、この間読んだ本の影響を受けたから。


わたしも、いろんな、泡のように湧いては消えていく刹那の感情を、できるだけ書き留めておきたいと強く思った。


高校時代、仲良しの友達と三人きりでやっていた、ホームページのことを思い出した。


あの頃は自由に、のびのびと好きなことを書いていた。


今も、それでいいんじゃない?


そういう場所がひとつくらいあっても良いよね、という気持ち。





記録は記憶。


そして日記は、心の訓練でもある。

憧れ

2015-11-14 04:19:39 | 考え事



わたしはまだ、あの頃憧れていた何にもなれていなくて、
それがこんな夜にふっと、無性に悔しくて堪らなくなる。


悲しくてやるせない気持ちで涙を流すたびに、
もどかしい気持ちばかりが募る。


何を恐れているのだろう。


もっともっともっともっと、真剣に生きなきゃいけない。






スタートラインに立つ。
覚悟は出来てる。
あとは飛び出すだけ。

追記

2015-11-13 03:54:56 | 考え事




散々、人間関係は疲れるし
人が信用できなくなった、
もう疲れた、誰とも関わりたくない
と喚いていたわたしだが、


こうして一週間も快く泊めてくれたり、
○日に行くよと言ったら
遊んでくれたりする友達が
各地にいるということは、
本当に感謝だし、助けられている。
いまは旅が、わたしのセラピーと
リハビリになっていることを実感する。
こうして深い傷は日々癒されていくのだと。


もう二度と立ち上がれない、
死んでしまうと信じていたあの日々から、
ここまで生き延びることができたのも、
過去に繋いできた絆のおかげだと気づく。



友達は少なくていいけれど、
こうしてふらりと来れるような、
そんな根っこで結ぶ関係を築くこと。



もう、充分にいるから、
新しい友達は要らないよなんて、
傲慢なことすら思っているのだけど。


それでも新しい出会いにも、
ほんの少しの希望も抱いている。



出会いこそ人生だ、と思う。



そしてさよならこそ人生だ、とも。



相反するようで、確かな真実。



やっぱりわたしは、人が好きだ。



今夜はどうしようもなく、多弁。






友達と食べた、あまり美味しくないパンケーキの写真などを添えて。

価値観のはなし

2015-05-08 11:16:49 | 考え事


○価値観
‐‐何が大事で何が大事でないかという判断、
ものごとの優先順位付け、
ものごとの重み付けの体系のこと。


(価値観の形成は様々に行われる。
親から教えられることもある。
書物を読むことで吸収することもある。
組織や共同体に属することによって
継承されることもある。
また、個人的な体験をきっかけにしたり、
思索の積み重ねによって、独自に新たな価値観が構築されることもある。
ある人が抱く価値観は、その人の具体的な行動となり、
「ライフスタイル」や「生き様」となって現れることは多い。)

引用:ウィキペディアより。




突然だけど、価値観について書く。



わたしは、「価値観」というものをとても重要視している。
自分自身が生きるうえで、人と関わる上で。
とても大事なウェイトを占めるものだと考えている。
人は、ひとりひとりが大事にしているものや生きるポリシー、または必要不可欠であるものを少なからず持っていて、それは、侵害されてはならないものだと、常々思っている。


他人の価値観を知ることは、気の合う友人やパートナーを見つけるためにも役立つけれど、何よりも、関わる人に対して礼儀を持って接する上で、欠かせないプロセスなんだと感じる。


誰だって、自分が好きなもの、ひと、家族や友人などを馬鹿にされたら心が傷つくし、とても嫌な思いをする。
しかし人はそれぞれ好きなものや嗜好、考え方、生育環境などが異なっているので、自分の文化しか知らない、または視野が狭いままでいると、実は無意識のうちに、あっさりと人を傷つけたり、ハラスメントをしてしまうことがある。


たとえあるものが自分にとって、
いくら「良いこと」、「素晴らしいもの」であっても、相手にとっては「良くないもの」、
「害になるもの」であるという場合はあるのだ。


わかりやすい例を挙げると、そばが大好きな人がいて、知り合いにそばは美味しいし、身体によいから、食べなさい、と勧めるとする。
それ自体は、別に特段悪いことではない。
しかし、もしその相手が、そばが嫌いな人だったら、それは相手の嗜好を無視し、相手に苦痛を与えることになる。


好き嫌いだけの問題で済むならよいけれど、もしも相手がそばアレルギーであったら、事は深刻だ。
善意のつもりが病院送りにしてしまうことになる。


これは少し極端な例かもしれないが、
わたしはお互いに良好な関係を築いていくためにも、最低限のプライバシーを守っていくためにも、「相手の価値観を知る」ということは重要で、必要不可欠だと思うのだ。


それはわたし自身が、社会的弱者であるという自覚が昔からあるから、生まれた発想かもしれないと思う。
私は家庭上の事情から、幼い頃から家族以外の大人たちと接することが多かった。
それもあって、「上からの権力」というものに敏感だった。


強者というのは、無意識のうちにあっさり弱者を傷つける。
もちろん、被害者最強意識みたいなものがあるわけではないし、それは寧ろ嫌いだ。
弱者だからひたすら庇われれば良いとは思わない。
しかし、いじめた方はあっさり忘れても
いじめられた方は一生のトラウマを抱えて生きていくというパターンが多いように、強者にいる立場のものは、自分が侵害しうる権利というものを、意識することが必要なのではないか。


わかりにくいかもしれないけれど、こういうようなことを、この二十数年の間、ずっと考えながら生きてきた。
そして自分は、どんなところにいても、
どちらかといえば弱者の味方になろう、という意識を持ち続けてきた。
強者は味方を得やすいけれど、弱者は味方を得にくいから。
わたしは平和主義で、温和と評されることが多い。無用な争いが嫌いだから。
しかし、長いものに巻かれる、虎の威を借る狐タイプの人は、正直いつでも嫌いだなあと感じている。


つまり?
何を言いたいのかよくわからなくなってきたけれど、笑
わたしは安易に「価値観の相違」で済ませたり、
「人それぞれ」でシャットアウトして思考停止したりすることはしたくない。

しかし、人は、それぞれの人生の中でそれぞれの価値観を形成して生きてきて、二十歳も過ぎると、これから新しく出会う人と、根本的に解りあえるというのは、幻想だ。
そもそも人は、根本的には解りあえないように、できていると思う。
だからこそ、相手への理解を少しでも深めるために、お互いが違う価値観を持った人間であるということをしっかりと認識し、そのうえで解りあう努力をしていけたらよいのではないかな?と


二十一現在のわたしは思うのだ。





長々と書きましたが、
気まぐれな雑記です。


ちょっと価値観について
改めて考えるきっかけがあって、
まだ、続くかもです。






'それぞれに、映る景色が違うように'