二本足の學者を目指して

賢を見ては齊しからん事を思ふ

平成三十一年三月四日(月)三浦瑠麗著「21世紀の戰爭と平和――徴兵制はなぜ再び必要とされてゐるのか」(新潮社)

2019-03-04 13:32:18 | この世を概觀する
 三浦瑠麗著「21世紀の戰爭と平和――徴兵制はなぜ再び必要とされてゐるのか」(新潮社)

 けふ、廣島の丸善にて購入。まづは「あとがき」を讀んだ後、本文を讀んでゐる最中であるが、感情論を一切廢した「戰爭と平和」に關する論攷である。そして筆者である三浦氏は、民主國家の國民であれば、誰もが、戰爭を「我が事」として捉へる仕組みが、平和實現の爲に必要と主張してゐるが、之に感情的に反對する「平和主義者」は、今の日本――殊に私が住んでゐる町の廣島市民――に多いだらう。

 かうして私の中に、民主國家には彼ら(※自衞隊)をきちんと處遇し、死地に追ひやらないやうにする責任があるといふ發想が芽生えた。讀者の中には、私が子供を持つ母親として徴兵制を論じることに忌諱感を抱かないのかと、いぶかる方もゐるかもしれない。けれども、子供を戰火から遠ざけようと思へば、やはり私はこのやうな形で本書を書くしかなかつた。戰後秩序が崩れようとしてゐる現代の世界において、民主國家が平和を守つていくためには、國民が戰爭を「我が事」として捉へる仕組みがどうしても必要だ。實際、それは私たち自身のことなのだから。

 本書「あとがき」より(※本書は略字現代假名遣ひ)



三浦瑠麗著「21世紀の戰爭と平和――徴兵制はなぜ再び必要とされてゐるのか」(新潮社)
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平成三十一年三月四日(月)きのふのランチ――旬菜すし鮮きずな屋(きづな屋、廣島市中區堀川町)できずな屋ランチ(1,200圓税込)

2019-03-04 07:07:07 | Have a meal
 きのふのランチ――旬菜すし鮮きずな屋(きづな屋、廣島市中區堀川町)できずな屋ランチ(1,200圓税込)

 きのふは、福屋八丁堀本店の裏手、マツノ屋の斜向ひにある旬菜すし鮮きずな屋で、土日祝日限定のきずな屋ランチを食べる。鮨十二卷、茶碗蒸しと本日の汁物が附いて1,200圓税込。註文を受けてから握る爲、時間がかゝるとの事で、暫く待つ。鮨としてはリーズナブルな値段の爲、店内には若い方々が多い。餘り批判的な事は云ひたくないが、矢張り、鮨處ひと志で食べてゐる身としては、舌が肥えてゐて、居酒屋タイプのお店の鮨では滿足出來ないと云ふのが本音である。


きずな屋ランチ

鮨十二卷

茶碗蒸し

お吸ひ物
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