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やっぱり「食」って大事だよね!

Over50、独身男の食卓に迫る。

今日感じる事。

2021年04月04日 | 暮らし・生活

新型コロナウイルスの感染者拡大が、ここ宮城県、仙台市で歯止が掛からない状況に成っている。宮城県独自の緊急事態宣言も5月5日まで延長される事と成った。変異種も確認され、既に変異種による感染拡大が発生している事は、疑いの余地も無いであろう。

ただ、これらの報道に対する仙台市民の反応が気に成る。仙台市長を擁護し、宮城県知事に対する責任追及を迫る反応が多過ぎると思うのだ。

実際私は、仙台市長より宮城県知事の方が、仕事をしてると思うがな。検査数だけでも、人口に対する実施率を調べて見ろ、と言いたい。仙台市内の実施率より、仙台市を除く宮城県の方が、検査実施率は高いのだ。

対応が後手に廻っていると批判する気持ちは解るが、ワクチンに於いても変異株に対応する新開発は、変異株が発見されてからまた更に時間が掛かる。変異株を予想してワクチンを開発する事は、まず、不可能なのだから。インフルエンザと違って、人類はまだまだ新型コロナウイルスと言うものを知らないのだ。経験が無いのだ。今現在のワクチンであっても、副作用がかなり発生している事も明らかに成っている。

宮城県知事も対応にミスが有った事は確かであるとは思う。外国渡航客の対応、Go Toキャンペーンの対応も緩過ぎた感が有るのは否めない。

しかし、経済を回さねば、その方面に携わる人々には死活問題であり、生活保護を、助成金を、等と言っても、その対応費用は莫大であり、国や政府、県や市の地方自治体であっても財源に限りが有るのである。新たにその財源をどの様に確保するのか。それを何とかしろ、と行政に押し付けるだけで、何の解決に成るのか。その為にも、今回自粛を呼び掛けなければ成らない業種の関連業種(観光、飲食はもとより、そこで消費される商品製品の製造、物流運送、金融、設備メンテナンス等)全てが壊滅的に減少する事を食い止める方策も、一方では必要なのであると、気付かないのか。

「関連」の意味で例えば、物流運送が減れば、製油、燃料供給、電力、鉄道、またそれに関わる物流運送も減る。本当に測り知れない程の大きなマイナス影響が発生するのだ。それらに携わる人々に対して経済的死に追い遣る事を「是」とするのが「仙台市民」の望みなのか。

それらを見殺しにしてでも経済をストップさせる事が、本当の意味での「市民」の為に成るものなのかどうなのか疑問に思わない、自分の目先しか見られない短絡的判断をする「仙台市民」の何と多い事よ。行政も悩んでいるのである。経済的死者の発生を最小限に抑える為に。

マスメディアを含めて問いたいが、今、必要なのは政治的批判、政治的対立なのか。違うだろう。「With コロナ」ではないのか。如何にコロナと共存して行くか、であろう。我々は新型コロナウイルスと共に生活して行かねばならないこの世界の変容を、受け入れなければ成らないのだ。変化変容を受容すべきだ。「単なる批判」では無く、前向きな意見を出すべきだろう。

そもそも人間は、変化変容に大きな不安や恐れの念を抱いてしまう性質を持っているとは思う。それには精神的、物質的、金銭的等色々な意味で新たに多大なエネルギーを消費しなければ成らないからである。よってその不安や恐れから「批判」したく成る気持ちは、解らない訳では無い。だが先ずは、現状を受け入れる必要があろう。現状を受け入れてからで無いと、前向きな意見は出て来ないものだ。

仙台市は歴史的に革新派の街である。幕末の薩長に対する根深い対抗心がその根底に有るのであろう事はお察しするが、「仙台市民」の多くに感じられるこの状況を「野党仙台市長」と「与党宮城県知事」と言う、或る意味で偏った見方に持ち込んで、一方的に批判し、自らの短絡的思考を省みない「わがまま」な「独り善がり」を他人に対して同調を求める様は、本当に嘆かわしく、救い様が無い気がして成らない。

「与党の指示にはもう従えません。」と明言する「仙台市民」よ、指示を無視して勝手に動けば良い。カオスな世界で、或る意味、楽しかろう。それが「仙台市民」の望みなのであれば。

私は、あまりこのブログでは政治的発言、また私の仕事業務に関する発言は、敢えてしない様にしているが、今日は書かせてもらった。この記事に対する反論が山の様にコメントされるであろう事は想像に難くない。だが、この記事に関して、また、今後の私が記載する記事に関して、今回のこの記事を発端とした私を批判するコメントに関しては、無反応とするつもりである旨、事前に記させて戴きたい。


台風、大雨。被災された皆様にお見舞い申し上げます。

2019年10月26日 | 暮らし・生活

令和元年。今年の秋は、東日本に風雨が猛威を振るっています。

台風15号、同19号。そして同21号の名残りの低気圧と秋雨前線。被災された方々も多く、僕の職場の関係者の中にも、被災された方々がいらっしゃいます。

心からお見舞い申し上げます。

今晩からの雨も、心配が募ります。どうぞ、避難の際はお気を付け戴きます様、また、早めに避難されます様、お願い申し上げますと共に、被害が少しでも小さく済みます様に、お祈り申し上げます。


或る休日の東北大学病院北側通用口(歴史的保存)

2019年09月15日 | 暮らし・生活

過去4回に亘る東北大学病院への入院に関しては、それぞれ僕のこのブログに写真入りで記事を掲載しておりました。

①東北大学病院に入院しておりました。(「自己免疫性膵炎」って何だ?)

(2017年6月11日記事https://blog.goo.ne.jp/wasabidaikon/e/0420e13b6c944d4a6c8159cddd5dc0adご参照。)

②退院しました。(ステロイド使用開始は先送り=今回の入院期間は大幅短縮)

(2018年3月4日記事https://blog.goo.ne.jp/wasabidaikon/e/6f7e282edb7b43cc870b8a9ec30d3031ご参照。)

③退院して社会復帰しておりますよ。(2018年 東北大学病院 消化器内科 自己免疫性膵炎)

(2018年8月29日記事https://blog.goo.ne.jp/wasabidaikon/e/2962065ddf51b6549cf7461da1a791d9ご参照。)

④夏休みの入院生活。

(2019年8月30日記事https://blog.goo.ne.jp/wasabidaikon/e/7386b643d599d78fd60c0ee12b3eede4ご参照。)

それぞれの記事は、僕自身が入室した病床病棟を中心に、患者や来院者の多くが目にする施設状況を写真入りで掲載した訳ですが、今回、写真入りでご紹介致しますのは、院内の少々古い施設の「極々、ほんの一部」ですが、ご紹介です。(僕自身が建設会社に勤務しているので、「建物」に多少興味が有る為でもありますが。)

なお、敷地南側の正面入口西側に有る旧正門の門柱は、完全なモニュメント、記念碑で、良く目にする部分でもありますので、今回のご紹介からは割愛致します。

 

下の写真は、或る土曜日の北側通用口です。正面玄関は南側ですので、完全な裏側です。平日のみ通行可能で、土曜日を含めて休日は閉鎖されていますので、閉鎖時の状況です。

先ずは外観。

閉鎖されているので、敷地をぐる~っと廻って、南側正面玄関から入って、内部に移動しましょう。

下の写真のこの先が、先程の北側通用口です。

下の写真は、もう少し出入口方向(北側)に向かって進んだ所です。アーチ型のデザインが、年代を感じさせますね。昭和20年代後半から30年代前半でしょうか。なお、インターネットで検索すると見る事が出来ますが、戦前戦中から戦後間も無くの頃の「東北帝國大學醫學部附属醫院中央廊下」の画像(特に注目したいのは、絵葉書に成っている戦前の「独逸語表記」入り画像ですね。まさに戰前の写真ですが、とても良い写真です。素晴らしいですよ。建物の造りがとても丁寧で、かなり建設費も掛った事でしょう。特に寄木細工の床と腰壁は注目すべき点だと思います。)から比較しますと、梁の位置形状、床、腰壁等の違いから、このアーチ部分も、流石に戦前建物では無い様です。

では、アーチを潜ってもう少し進み、出入口にて方向転換。出入口を背に、院内に向かって戻ってみましょう。

下の写真では判り辛いのですが少々勾配の強いスロープに成っています。写真の方向、院内に向かっては下り勾配ですが、逆に院内から外部に向かう場合、車椅子の患者さんにとっては少々面倒な角度かな、と思います。(因みに、ガラスには背後の出入り口からの光が差し込んで反射しておりますが、下の写真は方向転換後、院内に向かっての写真です。)

経年劣化は当然ですが、それにしても、そもそもの全体の下地、左官仕上げが。ね。戦前建物の素晴らしさから見ると、戦後それ程経過していない時期の建物は、特に当時の国立施設ですので、雇用創出、景気回復の意味も有った事でしょうし、長い経験を積んだ本職の「職人」の「兵役(戦死された方々も、復員帰還前の方々もいらっしゃった事でしょう。)」による人材不足により、本当の「職人」の手による建設では無かった事が推測出来ますので、建物としてはこんなものなのでしょうね。

しかしそれこそ、建設当時の「時代背景」に思いを馳せる事が出来る、良い「歴史的保存」なのである、と思います。

では、出入口を背に、もう少し院内に戻ってみましょう。先程のアーチ部ですね。

更に院内に向かって進んでみました。下の写真の「面会時間の表示」の雰囲気から、あぁ、「病院だな」と言うイメージがしますね。表示されている病院名も、旧名称のままです。

そして院内敷地の別建物。これは昭和30年代後半から40年代前半の建物でしょう。現在は一般の出入りは禁止された施設です。

以前、入院した際の或る看護師さんからの話しでは、一般病棟の大部屋が6人制であった頃(とは言え、僕が約20年前、東京のお茶の水に有る或る大学病院に「二郎(当然当て字。同音意義。)」で入院した際は、普通に6人部屋でした。)の旧入院病棟群の内の一棟だそうです。下の写真は、敷地東側の救急車専用入口付近からの撮影で、奥に見える建物がその古い施設です。

そして下の写真は、当該建物を敷地北側道路から。この記事の最初の写真、北側通用口外観の少し東側に成ります。

さて最後に、下の写真は2018年6月の入院時、夏至の翌日(2018年の夏至当日の朝は雲が多く、撮影不適でしたので、夏至翌日です。)に撮影した、当時の西病棟8階北側廊下西端部から西方向の風景です。

この写真は、日の出に伴う、陽光に映える風景を撮影したつもりでしたが、あまりにもアングルがつまらなかった為、当時のブログ記事に掲載しなかった写真です。ですが、この朝陽に照らされた写真右側の東北大学医学部施設建物の外壁に、スポットライトが当たっている様で、今回記事に掲載です。

朝の「オレンジ色の陽光」に照らされているので、それ程には感じられないかも知れませんが、鉄製部分(正面に見える壁面開口部の「ガラリ」と、屋上目隠し壁の「支柱」等)の錆が、物凄く目立ちます。(昼間の写真は撮影しませんでしたが、昼間の方が、錆が目立って感じました。)こうなると、錆落としの研磨、防錆下地塗装(赤塗装でご想像が付きますでしょうか)、化粧上塗り塗装の他、鉄製部分と建物コンクリートとの境界部のシーリングの劣化も対応の必要性が有ります。当然、錆が垂れた外壁の再塗装も。いや、或いは鉄製部分の耐久性そのものが失われ、鉄製部分の総交換も有り得ますね。建物外部に足場を下から組み上げての作業、揚重作業も有りますから、修繕費は、かなりの額に上るものと予想されます。

今回、写真掲載の東北大学医学部の古い施設は、本当に極々一部です。その他にも多くの古い施設が存在します。要するに、一般人が利用し、目にする「病院」は(北側通用口を「歴史的建物」として敢えて保存した以外には)とても明るく整備されておりますが、医学部の施設には、建物の修繕、改修、メンテナンスが行き届いていない建物が、かなり多く残されているという事です。

建物の維持管理には費用が掛かります。しかし、その費用を惜しんでは、後々、更に多くの、それこそ本当に高額な修繕費を掛けなくてはならない状態に移行してしまうのです。

 

このブログ記事をご覧に成られていらっしゃる皆様は、戸建住宅にお住まいでしょうか。それとも集合住宅でしょうか。いづれにせよ、賃貸では無くご所有されていらっしゃる場合(賃貸でも管理会社への報告等)、お住まいの修繕は、早め早めの意識をお持ちに成りご対応されます事を、強くお奨めさせて戴きたいと存じます。


「令和」初日なのにそれどころでは無く「業務連絡」です。

2019年05月01日 | 暮らし・生活

今日は「令和」の初日ですね。ですが、「あらら~、こりゃ大変!」

 

実はこの4月から社内の人事異動で僕の所属部署が変わり、勤務するフロアが変わったのですが、それに先立ち、それまで会社から貸与されていたガラケーを、iPhoneに変更しました。

しかし、そもそもの従前のガラケーの不調と、僕が生まれて初めて手にするiPhoneの不慣れから、ガラケーに登録していた約900件の電話帳データを全て飛ばしてしまいました。(僕自身の責任である事は、疑いようの無い完全な事実です。)

しかもこの社給iPhone、携帯メールの使用を禁止(着信も出来ない設定)とされており、従前のガラケーで携帯メールを使用していた遍く全ての皆様方のメールアドレス消失と共に、先方から僕宛てにも連絡が出来ない状態と成っております。

そこで今般、急ぎ、初めて自分の携帯電話を持つに至りました。(はい?その番号を教えろ、ですか? いーえ、公開は出来ません。ご理解戴ければ幸いです。)

 

またこの件に関連致しまして、この僕のブログに、最近良くコメントを戴いている「ゲオルグ殿(僕の高校時代からの親友)」に業務連絡。

 

【ゲオルグ殿へ】

大変恐縮ですが、高校大学を問わず学生時代を共にした皆(それこそ全員)の連絡先もさることながら、ゲオルグ殿の連絡先までをも消失してしまいました。ゲオルグ殿の健康上の情報も戴いており、この記事をご確認戴けましたら、一度、僕宛てにお電話戴けませんでしょうか。ゲオルグ殿が外科的手術を受けられるとも伺っております。一度、直接お電話にて(音声にて)お伝え致したき事項がございますので、お電話戴きたく存じます。お手数をお掛け致しますが、事情お汲み取りの上、何卒ご連絡賜ります様、宜しくお願い申し上げる次第でございます。(※前回記事にゲオルグ殿から戴きましたコメントの内、本日、「令和元年5月1日付け」にて戴きましたコメントは、「公開拒否」とさせて戴く判断を致しましたので、ご承知おき戴きます様、併せてお願い申し上げます。) 

【追伸】

お電話にてお話したいのではありますが、先ずは「ショートメール」から戴いた方が、こちらとしては助かります。先ずは「ショートメール」を賜りたく存じます。 以上。


電子レンジの有る生活♪

2014年09月12日 | 暮らし・生活

今日、部品が届き、ついに電子レンジが稼働する事が出来そうです。

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東京の自宅マンションを離れ、福島県双葉郡広野町に「応援派遣」されたのが2011年12月。それから一時的に東京に戻った事も有りましたが、実はこの「応援派遣」以来、電子レンジの無い生活を送っておりました。勿論、東京自宅には有るのですが、まず、ほとんど戻っていない為、三年近く、電子レンジは使っていなかったのです。

その様な生活に慣れてしまえば、特段、困る事も無い感覚でしたが、先日、僕が住んでいる会社の寮の共用部に、使われなくなった電子レンジが放置されておりました。まぁ、この寮から引っ越した社員が、置いて行った物ですね。このまま放置されていては、そのうちに管理会社によって廃棄処分されてしまうのは明らかです。僕は無い生活に慣れており、不自由はしていないけれど、有れば確かに便利な筈。そこで会社の総務担当者と協議の上で、僕が戴く事となったのでした。

さて。いざ部屋に入れてみると、これがかなり汚れていたのです。使っていた社員はどなたかは存じませんが、まあひどい。きっと、「ラップを掛ける」と言う事を知らないで使っていたのでしょうね。庫内には飛び跳ねた飛沫がこびり付き、外装も油と埃だらけです。

アルコールティッシュを「これでもか」と使い、一応どうにか使えそうな程度に磨きました。

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ところが、庫内の掃除の際に、右側にあった厚紙製の開口蓋を、勢い余って破損させてしまい、メーカーの修理部門に部品取り寄せを依頼しておりました。本体は2002年製ですので、12年間も「ラップ」無しで使われて来た電子レンジです。この厚紙も油を吸い続け、本物の「油紙」状態でしたから、破損するのも、致し方無し、と言ったところです。

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しかしこの厚紙、「雲母板」「マイカ板」と言う物ですが、未だ流通している物で良かったです。なにせ、2002年製の本体です。部品が無い場合も充分に有り得たのですから。

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さ、新品の雲母板をセットしましたよ。何を温めましょうか♪

「・・・・・。」

電子レンジを三年近くも使わない生活をしていたので、いざ、となると何も思い付かないものなのですね。


福島県双葉郡での金環日食。

2012年05月22日 | 暮らし・生活

僕の常宿は、福島県いわき市の平(たいら)ですが、勤務地は、福島県双葉郡。今回の金環日食の北限も、福島県双葉郡。

勤務は毎朝08時00分からの朝礼で始まりますが、今回の金環日食は始業前に見られると言う事も有り、しっかり観察する事が出来ました。

勤務先の皆さんも、当然皆そろって観察会です。北限に位置する為、自宅マンションの有る都内で見る様に、真芯を通過する事は無いのですが、今日の福島県双葉郡は天候にも恵まれ、一大天体ショーを堪能しました。

今年の4月以降、震災復旧目的で無料だった高速道路は有料に戻り、正式赴任以降、使わなかった高速道路を、今日は使っての出勤としました。通勤途上の車中で、だんだん辺りが暗く成って来るのを感じながら、07時前に途中のパーキングエリアに車を停めて、一度、欠け具合を確認。太陽観察用の眼鏡を覗くと、既に太陽の右上が1/4程欠けて来ています。今日は高速道路を使って正解でした。急いで勤務先に向かいます。

勤務先に到着すると、辺りもすっかり暗く成って、不思議な感覚です。太陽も右上から大きく欠けて、いよいよ金環に近付いて来ました。

しかし、何故、会社の皆さんは横一列に並んで空を見上げているのでしょう?

口を半開きにしながら太陽を見上げる、横一列の集団の顔を見て、思わず笑ってしまいました。

午前07時34分。さあ、金環の時刻です!写真は07時35分頃。

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真芯を捕らえる金環では有りませんが、充分に月と太陽の、宇宙の神秘を感じます。昨年末の皆既月食も記憶に新しいのですが、僅か半年で、二度も宇宙を感じる事が出来るなんて、とても感慨深い気がします。

福島県双葉郡の金環日食は、真芯から少々、右にずれて経過し、リングは太陽の真下ほんの少し左部分から切れて、だんだん周囲も明るさを取り戻して行きました。

宇宙の神秘、僕と言う人間個人の小ささ。ちょっと溜息をついた、一週間始まりの朝でした。

あっ、日付が変わっちゃった。この記事掲載、「気分」は2012年5月21日、月曜日です。


ファ○○ーマートのHeavy Userとして。

2012年05月03日 | 暮らし・生活

コンビニエンスストア、とても便利ですよね。僕も毎日、利用しない日は有りません。

東京の自宅マンションから徒歩5分圏内には、ファ○○ーマート、ミニ○トップ、ロー○ン、ロー○ン100、セ○ンイ○ブン(あ、今現在は撤退したのか)等が有り、本当に便利に利用しています。

福島県に勤務していても、夕食のほとんどがコンビニ弁当か、深夜営業しているスーパーマーケットの弁当を購入して食べています。

現在の勤務地の近くにもファ○○ーマートが有り、毎日利用しています。

昨年末から3月迄の応援派遣期間はそうでもなかったのですが、正式赴任以降のこの店舗では、客層が変化したみたいですね。

と、言うのも、以前は誰が指示した訳でも無く、自然に、レジ前の列が一列だけで並び、二つあるレジスターへ順番に向かう、秩序ある客だけでした。

ところがどうでしょう。4月下旬からこの店に来て見ると、秩序なんてどこへやら。真面目に列を作ろうとするのは僕一人。

みんな、しっかり並んで下さいよ!!

本当に腹立たしいのですから。店側は、警戒区域の境界ぎりぎりに位置する為、これまではそんなに多くの客を捌く経験も無かった為でしょう。都内の混雑店の様なルールを、客に指示する事は全く無いので、店側にも(レジの店員が、弁当の温めが終わって、その弁当を購入した客に手渡す迄、次の客の対応をしようとしないで、電子レンジの前でずっと待っている等の別の問題も含めて)問題が有るのは確かです。

しかし、警戒区域内での作業員(エフイチ、エフニ、除染等々)が大幅に増え、恐らく全国のファ○○ーマート全体の中でもトップクラスに売り上げが上がっている筈の店舗です(確か、ニュースにも映像が出ていた気がします)。

店側にも何とかして欲しいのですが、まずは、客!

一列に並んで、空いたレジスターに向かうのは、常識ではないのでしょうか???

3月迄は、秩序有る店舗。整然とした客ばかりだったのに、とても残念です。

Photo

写真は当該店舗、「ファ○○ーマート、Jヴィレッジ前店」。この写真は、朝7時過ぎ頃、かなり待機して、店舗前面側の駐車場に停まっている車両が減ったタイミングで撮影。駐車場はとても大きく、大型車用のスペースも充分。いつも車で埋まっています。


福島県いわき市での休日

2012年05月03日 | 暮らし・生活

今日から、ゴールデンウィークも後半ですね。僕も今日から四日間の休日です!

福島県の東京電力福島第一原子力発電所(「エフイチ」)の事故のからみで、人事異動により福島県で勤務している事は、前回までの記事記載でご存知の事と思いますが、この四日間の休日は、東京の自宅には帰らずに、宿のある福島県いわき市で過ごす事と致しました。

僕の勤務している会社では、月に1回「帰宅旅費」として交通費が支給されますが、僕の様な独身者には適用されません。

僕が宿泊している宿は、休日でも会社が(朝食込みで)費用負担してくれているので、今回は帰宅しない方が(朝食の食費分だけでも)「お得」と判断しました。

そこで、いわき市内の観光を、と思うところですが、この大雨です。観光どころではありません。そこで宿のビジネスホテルから、ほど近い所にネットカフェが在ったので、今日はこのネットカフェで過ごしてみたいと思います。

このネットカフェは、東京に居る時にも、何度か利用した事の有るチェーン店ですが、フリードリンクなので、なかなか便利。糖分の多いドリンクが主体ですが、糖分の摂り過ぎに注意しながら、フリードリンクも堪能してみましょう。

考えてみると、昨年2011年の年末からこの作業に従事していますが、東京に戻らず、現地で休日を過ごすのは初めてですね。

2012年3月、4月の中旬の東京勤務以外では、そもそも、土曜日曜祝祭日を無視して、毎日深夜まで仕事をしていた訳ですから、休日そのものが無かったので、現地で休日を過ごすなんて有り得なかったのです。

そんな現地での休日を、ネットカフェで過ごすなんて、とても勿体無い過ごし方ですよね。この大雨を恨みたく成ります・・・。


人事異動で、福島県に正式赴任です。

2012年04月28日 | 暮らし・生活

3月初旬の記事で、2011年年末から2012年3月頭迄、福島県の除染作業現場で、「応援派遣」として現場監督をしていた旨、お知らせし、「戻りました」のご挨拶を致しましたが、今般、その同じ現場事務所に「応援派遣」では無く、正式な人事異動として赴任致しました。

実際の赴任は4月23日(月)で、今日4月28日(土)は、宿泊先の福島県いわき市から、一時帰宅(?)で、東京の自分のマンションに戻ってきた所です。

自宅マンションは、既に両親が他界して居る為に、僕一人では広過ぎるので、これから何年も福島で勤務するであろう事を考えると、引き払って、誰かに貸してしまった方が良いのかも知れませんね。

しかし、今日、改めて自分の部屋内を見て思った事は、両親が健在であった頃の品数が多い事、それと家具類はとても綺麗に使っていた為、殆んど傷も無い事。片付ける際に、捨てるのは、あまりにも勿体無いのです。やっぱり、トランクルームかな。

両親の仏壇も有るし、今度、ちょっと離れて生活している私の兄にも、相談してみたいと思います。

さて、冬の真っ最中の約2カ月余りの間、「応援派遣」で現場監督をしていた現場は、この春の到来で、見事な桜を咲かせておりましたので、ご報告として、写真を掲載致します。

撮影は2012年4月26日(木)午前11時15分頃。具体的な場所は、福島第一原子力発電所(「F1(エフイチ)」)から近い為、避難指示区域内ですので伏せますが、かなり桜では有名な場所です。

この写真を撮影するのは、僕自身としては、とても残念で寂しい気持ちで一杯でした。「応援派遣」で除染作業を指揮している最中は、地域住民の皆様に、一日でも早く満開の桜を見て戴きたい、その一心で除染を進めていたのですが、結局、今年も誰の目にも触れる事無く(一部マスコミへの公開は有ったそうですが)、満開の花を咲かせているのです。

本来ならこの時期は、全国から観光で人が集まり、よさこい踊りの催しを含め、観光客、地域住民の皆さん、この街にいらっしゃる全ての人々の、笑顔が溢れている筈なのです。ところが実際の今現在は、写真の道路路面を見てお解りだと思いますが、人の往来も無く、車輌も通行しない為、桜吹雪で舞い降りた桜の花びらが、そのまま「桜色のじゅうたん」と成って、道路路面に積っています。この写真は、見る人が見れば、そんな寂しい写真なのです。

ちなみに、今後のこのブログの更新は、かなり難しくなります。更新記事が掲載される事は、極めて稀な事に成ろうと思われますので、御承知おき戴きたく存じます。

だって、会社のパソコンで更新する訳には行かないし、僕が東京の自宅マンションで使っているデスクトップ機を、いわき市内のビジネスホテルに送るのも容易では有りませんから。

でも、東京の自宅マンションも誰かに貸すのなら・・・。難しいですね。


幅が狭くて履けない革靴を、サンダルに改造しよう。

2011年12月13日 | 暮らし・生活

日曜日に僕の革靴を全て、靴墨で磨き、手入れをしました。かなり以前に、幅が狭くて履けない一足を、下駄箱の隅に追いやっておりましたが、それも含めて磨き上げました。

その幅が狭い一足は、その場で履いてみると「ちょっと、きついかな」程度なので、月曜日に仕事に履いて出る事にしたのですが、やはり失敗でした。履いている内に、足が徐々にむくんで来て、痛くてたまりません。一歩、歩く毎に汗が噴き出して来る始末。やはり履けない物は、履けないのですね。

そこで、オフィス内でリラックスして履く、「サンダル」に改造する事にしました。このまま置いていても、下駄箱の中で邪魔になるだけ。でも、どうせ捨てるのであれば、本当に使い物にならなくなってから、ですよね。

と、言う事で、カッターナイフで、ピカピカの革靴を切り裂きます。ウイングチップの飾りの有る先端部分はそのまま残し、ベロから側面、靴底に至る部分、小指から親指に至る帯部をそっくり切り取りました。切り取った断面部分は、靴墨でも染色は出来ないので、油性マジックで黒く塗ります。

Photo

で、こんな感じ。これでも駄目なら、次の手は、かかと部分も切除する手が残されていますが、今回はここまで。でも、かかと部分は、あまり切除したくないのです。ペタペタ音を立てるのは少々気が進まないので。(踵部も取ってしまうと、実際には重い靴なので、ドカドカ音がすると思います。)

しかし、大胆に切り裂いたこの靴、本来一足2万円以上するものなのですよ、サンダルにしても、かなり高価なサンダルですね。

これを会社内で履いてみますが、さて、どんな事に成るでしょう??


恐怖の湯船。((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル

2011年11月29日 | 暮らし・生活

このタイトルで、何となく想像が付く方は、この数日間の僕の状況をご存じでいらっしゃる、まぁ、お暇な、いえ、このブログを良くご訪問下さっていらっしゃる、奇特な方とお察し致します。

昨日までウィルス性腸炎に悩まされていましたが、今日は処方された下痢止めを服用し、調子も上向きと感じたものの、念の為、会社は休暇を取りました。

但し、診療所や病院に行く程では無いので、僕の住んでいるマンションから徒歩1分の激安散髪屋に行ってみました。「急降下爆撃」の心配は有りましたが、大丈夫の様です。これで、明日からは正常に出勤出来るでしょう。

そう考えながら、夕方、お風呂に入ったのですが。。。

通常、シャワーのみで湯船には浸からないのですが、今日は、久し振りに湯船に浸かって、浴室用CDラジオでも聴いて、のんびりしようと考えた訳です。実際、湯船に浸かるのは本当に久し振りで、ラジオを聴きながら、とても快適な入浴時間を満喫しておりました。心も体もリラックス♪最高にいい気持ち?

その時、ほんの少し腹部に痛みを感じたのですが、きっと腹圧が上がったのでしょう。

。。。((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル。。。

これから先は、ご想像にお任せします。はっきり言って、「とんでもない事」に成りました。気付いた瞬間の僕の顔を、ビデオが有ったら撮っておきたかった位のショックです。

これで本当に明日出勤出来るのかな。このウィルス性腸炎、完治するのは、いつなのだろう。

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ちなみに写真は、ハプニングの後、2時間掛けて掃除した僕のマンションのお風呂場です。しっかり掃除をしましたので、現在は完全に問題有りません!


今日も点滴。

2011年11月28日 | 暮らし・生活

今日も午前01時45分、同03時45分、同05時30分にそれぞれ「急降下爆撃」を受け、熟睡など出来る筈も無く、「爆弾処理室」の近くのソファーでうつらうつら。平日の起床時刻でも動きが取れずに、今日も休暇を取得です。

午前中に再度、自宅マンションから徒歩30秒に在る診療所で受診して来ました。2011年02月の僕のブログにも既出の診療所です。金曜日にも点滴を受けたのですが、今日も点滴。但し、金曜日の点滴は、黄色い輸液でしたが、今日の輸液は単なる生理食塩水なのかな、無色透明でした(ブドウ糖位は入っていたかも知れませんが)。

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写真は点滴の最中に、ベッドで横に成りながら輸液を写したものです。横に写っていますが、僕自身がベッドの上で横に成っているのですから、僕の目からは、この状態で見える訳です。

また、今日の担当内科医曰く、脱水を避ける事を考えて、そろそろ下痢止めを処方しましょうとの事。確かに先週の勤労感謝の日から、小水の用を足しておりませんでしたね。全部、後方から噴出していましたから。

今回の原因に関してですが、ウィルス性腸炎は間違い無い様です。しかし、これが「ノロウィルス」なのか「サポウィルス」なのか「その他」なのかを特定させるには、個人負担で一万円位する検査を受けなければ成らないそうす。但し、原因ウィルスが特定出来ても、ウイルス性腸炎には特効薬は無く、対処療法しか出来無いので、飲食業従事者(飲食業従事者は、法的に原因ウィルスを特定させなければ成らないそうです)以外は、意味が無いとの事で、その検査は受けませんでした。

下痢止めを処方されたので、今日からは、ようやく夜間の熟睡が出来そうです。久し振りですよ。体調が悪いのに睡眠が取れないその苦痛、それは本当にもう、つらいのですから。。。

さて、土日の消防庁の講習、結果を記載しておりませんでしたね。結果から言いますと、無事、取得しました。日曜日の第二日目の最後は、試験を受けるのですが、半分ウトウトしながら、ぼぉ~っとして講習を受け、訳の解らないまま、まさに「いいかげん」に回答したにもかかわらず、どうやら合格していたみたいです。もしかしたら、受講者全員、合格するシステムに成っているのかも知れません。

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ちなみに、本当にテキトーに受けた講義、いいかげんに回答した試験。内容など、全く覚えていません。こんな僕で、ちゃんと務まるのかなぁ、かなり不安です。体調がもう少し良ければ、しっかり真面目に受講出来た筈ですので、こんな不安には成らなかったであろうに。

とは言え合格した結果、僕の住んでいるマンション全体の、「防火」「防災」に関する「消防計画」を、それこそ「ゼロ」から作成しなければ成りません。今まで、このマンションではそんな事は何もしていなかったので、僕が初代に成る訳ですから。詳細は、マンションの管理会社とも相談の上、消防署に出向いてアドバイスを受けながら作成する事に成ります。兎にも角にも、遅滞無く速やかに「作成に着手」しないと「法違反」に成りますし、その業務を実施するにあたり、適正かつ「誠実」に業務を遂行しないと、これもまた「法違反」ですから責任重大です。体調が回復したら、会社の仕事と共に、頑張らねば成りませんね。


資格どころではないな、こりゃ。

2011年11月27日 | 暮らし・生活

防火管理者の資格取得の講習は、昨日土曜日の第一日目をなんとか乗り切り、無事終了。考えてみれば、一昨日の金曜日は何も食事を摂らなかったので、「急降下爆撃」も、僕の体内に存在する消化物、「爆弾」が無ければ、襲って来ないと言う事ですね。

当然、昨日の土曜日も講習が終わる迄は、何も摂りませんでした。体調が戻らず、頭はぼぉ~っとして、歩いてもフラフラ。講義も「心ここに在らず」と言うか、「上の空」と言うか、とにかく頭に何も入ってきません。

そんな訳で講義終了後に何とか力を出さねば、と思い、講習会場至近、秋葉原UDXの斜向かいに在る牛丼屋「すき屋」に入りました(17時15分)。注文は牛丼並(大盛では有りません。本当に「並」です。)とサラダ、味噌汁のセット。野菜は食べても大丈夫だろうと、サラダは更にもう一皿追加してみました。

しかし、食後から胸がムカムカ、猛烈に胸焼けが起こって、立っていられません。更に力が出なく成り、帰宅は最終手段を選択。秋葉原から自宅マンション迄タクシーを利用しました。

就寝は23時00分でした。ところが、日付が変わって01時55分、「急降下爆撃」襲来。間一髪で「爆弾処理室」にて対処完了。再び床に就いて眠りに落ちた後の03時39分、「急降下爆撃」再襲来です。今度は間に合いませんでした。この数日は「素肌に寝巻き」では無く、下着を着ける様にしたので、今回の被害は第一層(下着)、第二層(寝巻き)、第三層(シーツ)、第四層(敷布団カバー)まで。どうにか、第五層(敷布団本体)への影響は免れました。

03時39分の爆撃を受けた後は、もう寝られません。爆撃を受けた衣類寝具の洗濯、並びに「爆弾処理室」の掃除、再襲来への恐怖感。実際、その後からまた頻繁に「爆弾処理室」に駆け込んでいます。

夕方の牛丼が胃腸を刺激したのか、また「急降下爆撃」が頻繁に襲って来る様に成ってしまいました。全然、治りません。この記事の書き込みの最中でさえ、既に2回も「爆弾処理室」に於いて処理をしています。まぁ、「爆弾処理室」は都度、掃除をしなければ成らないので、お蔭様で「ピッカピカ」ですよ♪(裏を返せば、それ程、激しい噴出。)

今日は講習の第二日目。巧く行けば「防火・防災管理者」の資格が取得出来るかも知れないのですが、昨日の講義内容は思い出せないし、今日は「急降下爆撃」が頻発しているし、もう、資格どころでは無いですね。もし、この状態で講習を受けても、最後の試験で合格出来ないと思います。

この所、僕の身体はどこか狂ってしまっていますね。あちこちの不具合が多過ぎます。どうしてしまったのでしょうか。僕の人生に於いても、これ程、体調不良が続いた事は有りませんでした。

今、時刻は05時45分。今日はどうしたら良いか。もう、本当に嫌です。。。


防火管理者の資格を取らねば。(その2)

2011年11月26日 | 暮らし・生活

今日土曜と明日の日曜で、東京消防庁の消防技術試験講習場に於いて、防火管理者の資格取得の為の講習会を受講して来ます。

僕が住んでいるマンションの区分所有者で構成する管理組合では昨年、消防署から防火管理者を選任する様、指導を受けたそうです。今年、僕が輪番制により管理組合の理事に就きましたが、あまり偉い役職には就きたく無かったので「ヒラ」理事を希望したのです。すると、「ヒラ」で良い代わりに、防火管理者として消防に届出る事にしたいので資格を取得する様にと、交換条件を出された為、今回の講習を受ける事に成った、まぁこれが事の次第です。当然、費用は管理組合負担との事では有りますが。あ、ここまでは前回の、同タイトルの記事で記載しておりましたね。

ですが、今日は未だ体調が優れないんです。昨晩も22時00分には就寝。今朝の起床は06時00分。8時間も睡眠を取ったのにスッキリしませんし、「急降下爆撃」も、間隔が広がっては来たものの、治まり切っていません。今朝の「爆弾処理室」でも、「水爆」。色さえ付いていません。

胸焼けも続いている為、食事を摂る気にも成れず、本当にほとんど摂取していませんので、まぁ、当然と言えば当然なのかも知れませんが、ふらふら、足元もおぼつかない状況です。

会社は水曜日の勤労感謝の日から連続で休んでいますが、本当に体調が悪い時には、独りで病院に行くのも面倒で、一昨日の木曜日は病院にさえ行きませんでした。昨日金曜日の午後になり、ようやく「急降下爆撃」の間隔が開く様に成って、病院へ。病院では点滴を受け、整腸関係の薬を処方されて来ました。

しかし、今朝も「水爆」ですし、睡眠を取ってもスッキリしない気分のまま、資格取得ですか。気が進みませんね。でも、土日に講習を受ける為には、どうしても頑張らなければ成りません。

うぅ~んっと、さあ、意地でも頑張りましょうか。では、もう一度「爆弾処理室」に寄ってから、「行って来ます。」


防火管理者の資格を取らねば。

2011年10月22日 | 暮らし・生活

今日は、僕の住んでいるマンションの管理組合の理事会。区分所有者全員の輪番制で十数年に一度、一年間の任期を務めなければ成りません。9月の総会で今後一年間の就任が決定し、今日が第二回理事会開催日です。

僕は、理事会の中での役職としては「ヒラ」ですが、防火管理者として消防に届出される事に成るそうで、まずは二日間の講習を、消防で受講する事と成りました。来月11月の最終土日の二日間は、東京消防庁消防技術試験講習場で、講義を受けます。

救急に関する講習は受けた事が有り、普通救命講習修了者証は持っていますが、消防に関する講義を受けるのは初めてで、右も左も解らない為、既に今からドキドキ。緊張です。

はいっ?この胸のドキドキは、病気としての高血圧の症状ですか?よく判りましたね、その通りです!今朝、薬を飲み忘れました。早速、服用しますね。