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やっぱり「食」って大事だよね!

Over50、独身男の食卓に迫る。

また「SENDAI光のページェント」の季節ですが。

2018年12月24日 | 日記

ここ仙台では、年末の風物詩と成っています「SENDAI光のページェント」。市内中心部の「定禅寺通り(じょうぜんじどおり)」に於いて、今年は12月14日金曜日から12月31日月曜日までの17時30分から平日は22時まで、土日祭日は23時まで、最終日の大晦日は24時まで点灯なのだそうです。

今年は平成最後ですので、例年にも増して来訪者で溢れる事に成るであろうと思われます。

しかし、毎年の事では有りますが、個人的には余り感動する光景では無いのですよね。別に家族が居る訳でも無く、恋人が居る訳でも無く。

平日は、会社帰りに通勤で使用している自転車で、(このブログを以前からお読みの方々にはご存知、仙台三越の裏のアーケード、一番町四丁目商店街の)「業○スーパー」に行く際に、もう人出が多くて自転車を手で押さないと進めないのです。仕事で会社の自動車で出かけた際も、この周辺は大混雑。どちらかと言うと、僕にとっては、少々面倒な時期なのです。

下の写真は、その会社の車の中から。写真は露光が足りなかった為に、感動的な写真には成っておりませんが、実際の感覚では、もう少しLEDが輝いて、もっとずっと幻想的な雰囲気が有ります。

別に良いのですけどね。社会的には「ヒト・モノ・カネ」が動く為、仙台では大きな経済効果が有る事でしょう。なので、開催自体には大いに賛成です。でも個人的には面倒な時期。

あ、そう言えば、今晩はクリスマスイヴでしたね。凄い人混みなのだろうなぁ。でも、僕は行きません。明日は仕事で朝、早出をしなければなりませんので、今晩は早く寝る予定です。


仙台も初雪です。

2018年12月08日 | 日記

今日、仙台市内で初雪に成りました。去年よりも14日も遅い初雪だそうです。

僕は去年よりもだいぶ体重(皮下に着込んでいた肉襦袢=皮下脂肪)が減った事も有り、寒さを強く感じる様に成りましたので、晴れていた今日昼頃の外出時の風も、かなり冷たく感じました。去年までの肉襦袢が多過ぎたのでしょうが、やっと僕も人並みに寒さを感じられる様に成った訳ですね。去年迄なら、年内はコート要らずでしたから。

今日は土曜日。仕事もお休みです。夕方にのんびりと、季節的にクリスマス音楽等を聞きながら熱い紅茶を啜っていましたが、気付いたら外には雪が舞っていました。

ちなみに、以前、僕のこのブログ(2011年12月04日記事「そろそろクリスマス音楽でも。」https://blog.goo.ne.jp/wasabidaikon/e/b9c62772edb414073bd258ee9ce929b1ご参照。)にてもご紹介致しましたので再掲載に成ってしまいますが、この季節に僕がよく聞く音楽ですよ。

先ずは、Bosaton Pops Orchestra / Arthur Fiedler です。

続きまして

Bosaton Pops Orchestra / John Williams です。Bosaton Pops Orchestra / John Williams繋がりで、映画音楽に向かう事も多いのではありますが。。。

更に、

Cincinnati Pops Orchestra / Erich Kunzel ですね。

また、僕は以前、トロンボーンを吹いていた事も有ったので、金管楽器によるクリスマス音楽も。

Canadian Brass です。

そして、定番の山下達郎さんですね。

この様な音楽を聴きながら、紅茶やカフェオレを楽しむ休日を過ごしております。

皆様も、年末に向けて平日はかなり多忙な毎日かと存じますが、休日には、音楽と飲み物の味と香り、ゆったりした時間と空間の贅沢を堪能してみるのもよろしいのではないでしょうか。


自由民主党総裁選挙街頭演説会in仙台

2018年09月16日 | 日記

安倍晋三内閣総理大臣と石破茂元自由民主党幹事長が、自由民主党総裁選挙の選挙活動の一環として、本日夕刻、仙台に於いて街頭演説会を開催しておりましたので、少々離れた所から拝聴致しました。

僕が持っていたデジタルカメラでは、これ以上の望遠は手がぶれてしまって、全く使い物にならない写真に成ってしまいました。

実は通りすがりだった為、拝聴者エリアのロープに入る事はせず、歩道の通行帯からの拝聴でしたので、人の流れを妨げる訳にもいかず、残念ながら演説内容を全て拝聴する事は出来ませんでした。(それでも数回、人の流れに乗って、演説中の通りを往復したのでしたが。)

しかし、この演説会を拝聴していた多くの一般人の中で、投票権を保有しているのは、自由民主党党員だけなのですよね。一体、どれだけの人間が、自由民主党党員なのかは不明ですが、僕を含め、実際にはほとんどの人たちは自由民主党党員では無かったのではないでしょうか。

ですもの、居ましたよ、妨害工作者の連中が。

30歳代の男性が、数人でしたが、(その数人もそれぞれが分散配置して)拝聴エリアの一番後ろの辺りで野次を飛ばしておりました。

反安倍派の作戦でしょうが、「分散配置」して安倍晋三内閣総理大臣の演説中だけ野次。あたかも今回集まった多くの一般人が安倍首相に反対意見を持っているかの様に装っているのですね。また、彼ら(恐らく石破支持派等でも無く、単に反自由民主党の連中です。)にとって、都合の悪いプラカードに対しても、邪魔だ、降ろせ、と大声で執拗に抗議していました。

そんなに安倍晋三首相が嫌なのであれば、直線距離で約30m程度なのですから、もっと近くで直訴すれば良いのに、そんな行動に出る勇気も無いくせに、又、少々離れて分散配置の複数人が野次を飛ばす事で、よく解らない(本当の)一般人に対する「印象操作」をする訳です。卑怯そのものでしょう。

全く、純粋に両者の演説を拝聴したい人達からは、いい迷惑ですよね。演説妨害ですよ。

まぁ、仙台市そのものが革新派多数の街ですから、東京出身の僕は「よそ者」ですので、今回の記事掲載に当たっては、これ以上言及する事は避けた方が無難かも知れません。


たまにあるんだよね、「プピッ!」っていうのが、さ。

2018年04月23日 | 日記

(冒頭ですが、以下、部分的に「比喩表現」を含みます。はい?ええ、あの話題です。)

だって、昨日は暑かったんですよ。29度6分ですからね。ほぼ30度です。

その時刻、僕はあまり体調が優れなかったので、会社の寮の部屋で、のんびり音楽を聴きながら、靴磨きをしておりました。上空にはヘリコプターの音が響き、テレビではどのチャンネルも「羽生結弦選手仙台凱旋パレード」の実況中継。仙台市内中心部を南北に走る「東二番丁通り」では、10万人の人出だったそうです。会社の寮からは徒歩15分程度で仙台市役所ですから、近くではありましたが、体調から出掛ける気には成りませんでした。

そんな日中の熱気が僕の部屋に充満したまま、夕食の煮物で更に温度と湿度が上昇した状態で、就寝時刻。それは、窓も開けますよね。夜には気温が11度にまで下がった様ですが、就寝時刻の部屋内はまだまだ暑く感じたのです。

窓からそよぐ心地良い冷気が、部屋を、そして風呂上がりの僕の身体を程良くクールダウンしてくれます。それはそれは心地良く。zzz。

 

気付くと朝でした。あらら、電気も点けっ放し。窓も開けっ放しで、「ちょいと冷えたかな。」(ええ、お腹が。)

「お解り戴けただろうか。」

 

それは、突然の事。確かに弾倉内のガス圧は少々高めである気はしていたのですが、ガス抜きの必要性は全く感じておらず、普通に午後の仕事に取り組んでおり、手許の資料をコピーしようと、普通に席を立った時でした。

「プピッ!」だって。

爆弾処理室じゃないよ、スーツ着たまま、ズボン履いたまま。あ~あ、これは当然ガスでは無く、モノホン。しかも固形爆弾では無く、感覚から言って完全に水爆ですね。

手許の資料のコピー後、直ぐに打ち合わせが有ったので、爆弾処理室に入ったのは「プピ」から1時間以上経過してからでした。案の定、水爆でしたが、防御層の第一層(白い半ズボン下)は、もう乾いてやがんの。直径約100mm、薄っすら胆汁色を残して。。。

 

僕は、もう満48歳。満30歳の時に、痔瘻の手術を受けて括約筋が一部欠損していた時期が有り、今でも締まりが緩いのは確かです。

でも、他の皆さんは、こんな「プピッ!」って言う経験は無いのでしょうか。あまり聞いたことが有りません。まぁ、有ったって、誰も話す人は居ないでしょうけど。

僕には、たまにあるんだよね。この「プピッ!」っていうのが、さ。


謹賀新年~平成30年~

2018年01月01日 | 日記

新年を迎えました。

昨年の銘として「整理」を挙げましたが、昨年、現在居所にしている仙台の社員寮の部屋を、ラック等を購入して少し模様替えしました。

確かに部屋の整理には成ったのですが、気付いてみると、何だか色々と買い置きが有った事に気付きました。洗剤、タオル等の生活用品が多いのですが、特に洗剤系は、店頭で「特売(携帯電話の電卓機能で計算して確かに安い場合)」やら「お一人様2品限定」とか表示された物は、どうしても購入してしまう傾向が強い様です。まぁ、洗剤に消費期限は有りませんから、それはそれで構わないのは確かですが、部屋にこれだけ買い置きが有っても、更に購入してしまう事が続くと、それはもう浪費に近くなってしまいますね。

そこで今年の銘。「身の程をわきまえる」です。

財布の中身、住空間の余地を考慮して、と言う訳ですが、これは社会的にも、体力肉体的(病気も抱えている訳ですから)にも、思考的にも、全ての面に於いて言える事ですね。

常に、あらゆる面に於ける自分自身の立ち位置を認識しながら、冷静に行動を取る様に心掛けて行きたいと思います。

と、言う訳で、昨年末に作り過ぎた正月料理(煮物と漬物が主体ですが)を、整理(摂取する事で住空間から消去)するとしますか。

 

はい?「整理」は去年の銘?「身の程をわきまえて」摂取??あれ??


兄の四十九日が過ぎました。

2017年12月02日 | 日記

先週の土曜日に兄の四十九日の法要と納骨が無事に執り行われ、実際の四十九日も過ぎました。

幼い頃に家族で墓参していた時には、兄と色々ふざけ合ったり、家族でレジャーシートを敷いて母が作ったお弁当を頬張ったり、楽しい思い出も多かったのですが、その家族も皆、墓石の下に収まり、僕一人だけの想い出になってしまいました。

納骨を済ませて振り返ると、僕の家族との思い出は、楽しいものばかりです。

現世では僕一人だけですが、まぶたを閉じれば、すぐに家族との楽しい思い出が甦ります。

僕は、この様な数多くの楽しい思い出を持っているのです。僕は、本当に幸せ者です。

墓石の下に収まっている家族、ご先祖様に、深く感謝申し上げます。


兄が亡くなりました。

2017年10月18日 | 日記

2017年(平成29年)10月12日(木)21時02分

大腸癌で闘病中の兄が、亡くなりました。52歳でした。

癌が全身に転移し、東京築地の聖路加国際病院から紹介された、ホスピスに入院10日目でした。何か月も予約待ちだったそうですが、病状から優先順位が上位にされ、申込み3日目で入院だったそうです。

かなり前から、強い痛みで横に成る事も出来ず、椅子で丸くなって毎晩寝ていたそうですが、終盤、調合された点滴が、兄に適していたのでしょう、穏やかに、ベッドの上で、苦痛から解放された様に、ゆっくりと息が浅く、そして少なくなり、息を引き取りました。

亡くなる前日の11日(水)に、義姉から容体急変の報を受け、僕は急いで東京に。ホスピス到着後、夜の為、義姉を休養の為に自宅に帰らせ、微熱を出している兄を、一晩中、扇子でゆっくりと扇いであげていました。翌朝にはドクターから「数時間」の覚悟をする様に説明が有り、兄の一家全員と僕とで、一日看病、その夜に最期をお見送り出来ました。

兄の家庭は、義姉、甥、姪の三人となりました。僕としても、これで両親、兄を亡くし、四人家族の内、私一人だけです。

これからは、義姉、甥、姪を全力で支援して行かねばなりません。

今日は18日(水)ですか。昨日、葬儀告別式を終え、ひと段落です。

僕も流石に疲れました。ちょっと休みますね。


店頭の商品をむやみに触ってはいけませんよ。

2017年09月25日 | 日記

ネット上に紹介されていたのですが、或るテレビニュースで、東京上野のアメヤ横町商店街で、外国人客が鮮魚店の商品である「鮮魚」を、必要以上に摘み上げたり、触ったり、指で押したりしながら品定めをする為、店側が困惑している、と言う内容のレポートを見ました。

このレポートでは、日本の常識を知らない外国人が、「我が国ではこうするのが常識だ。」、「何故、日本人と同じ様に行動しなければならないのか?」と、開き直って反論している様子を伝えていました。

以前にも、東京浅草の仲見世商店街で、漆塗りの高級な下駄に、外国人観光客が、爪を立てて押し付け、漆塗に傷を付けて立ち去った記事も見た事が有ります。

確かに、「郷に入りては郷に従え」と言う言葉を知っている日本人にとっては、この様な外国人に対し「非常識だなぁ」と感想を持つでしょう。

しかし、本当に日本人は皆、これを「非常識」、「つつしむべき行為」と認識しているのでしょうか。

実は先日、私の住んでいる仙台市内のスーパーマーケットに買い物に立ち寄った際に見た光景ですが、20代位の若い男性客二人が、商品として並んでいる果物の「桃」を、ご丁寧にも一つ一つ人差し指を「ギューッ」と押し付けながら品定めをした挙句、結局買わずに行ってしまった所を見ていました。

それをその場で咎める事をしなかった僕自身も悪かったとは思っています。しかし、これが現在の日本人の若者達の実情です。

桃は、ちょっとでも圧力が加わると、そこから数時間後には茶色く変色し、見た目が悪くなり、商品価値が激減してしまう程、デリケートな果物です。

この若い男性客は、それを知ってか知らずか、平気で商品価値を下げまくって立ち去っています。

店側は、いい迷惑でしょう。営業妨害ですよね。

この様に、「商品にむやみに触ってはいけない」と、思うのは僕だけではないと思いますが、これは僕が幼い頃、母の買い物に付いて行った際、教えられた事です。当時は、未だ幼稚園にも通う前で、母の買い物かごを持っても、地面に引き摺ってしまう程、幼い頃でしたが、今でもはっきり思い出せます。

現在の若い母親の方々は、我が子に対し、この様な日常生活上の教育、躾け、マナー等をしっかりと教えているのでしょうか。

きっと、「何が悪いのか?」、「自分が良ければそれで良い。」、「我が子には自由に育って貰いたい。」とかの返答が多いのではないのかな、と思ったりしています。

日本人の古くからの常識やマナーも、現代日本では、親から子へ伝授されなくなって来ている気がしてなりません。

冒頭の外国人に関する記事について、「人の振り見て我が振り直せ」と言う事ですが、僕自身には子供がおりませんので、少なくとも自分自身は、しっかりと行動したいと思います。

子供への教育に関しては、僕自身には子供がおりません。結婚もしないでアラフィフですので、「そんなお前から言われる筋合いは無い」と叱責されそうですね。


「夏」と言うには涼しい毎日ですが、「奇妙な体験」について。

2017年08月19日 | 日記

ここ東北の仙台では、昨日迄で28日間連続の雨天。

「ヤマセ」と呼ばれる自然現象によるもので、昔は稲作に大打撃を与え、凶作、飢饉、都市部では米価高騰による打ちこわし等の原因にもなったそうです。今年のヤマセで、東北地方の農作物が大きな被害を受けなければ良いのですが。。。

 

涼しい日々ではありますが、今月初旬、定年再雇用されていらっしゃる大先輩の社員と共に業務で福島県に行った際、往復の移動車中で色々な「奇妙な体験」の会話で盛り上がりました。

その大先輩の話によると、大先輩が幼少の頃は「狐の提灯行列」(地域によっては「狐の嫁入り」とも呼ぶのかな。)を良く目撃したそうです。完全に日が暮れた夜に、田んぼに囲まれた農道で、はっきりと、しかも親類だけでなく、友人家族も含めて大勢が、何度も見たそうです。今では夜でも街灯が灯り、自動車は通過し、狐の提灯行列を見られる地域はほとんど無いのではないか、との事でした。

僕らは建設会社の社員です。建設工事、開発行為は、人々にとって、より豊かで、より便利な生活の基盤作りに貢献するものと、今でも信じて業務に当たっております。しかし考え方を変えると、この様な大昔からの自然現象(?)も、もう見る事が出来なくなる程、私達、建設業関係者は自然を変えていってしまっているのかも知れません。

だからこそ、建設会社の社員として、自然を大事にし、自然と人々との調和を大事に考えたいと、改めて考えさせられる大先輩のお話でした。

僕は、このブログで会社の業務の話題を敢えて記載しない様にしておりますが、ちょっとだけ、この大先輩のお話しに引き続いて、「奇妙な体験」としての話題を記載してみたいと思います。実際には、次に記載する話題以外にも、「奇妙な体験」をしておりますが、今回はその内の幾つかをご紹介したいと思います。

 

【その1】「きっと気付いていないのでしょう」

これは業務とはちょっと違いますが、十数年前の、前回の仙台勤務時代の頃の事です。

当時会社の独身寮は仙台市の南西部にあり、寮の近くに「仙台○○字病院」が有りました。会社は完全週休二日制ではりましたが、或る土曜日の午後に現場で打ち合わせの予定が有り、午前中の病院の外来受診に背広姿で行った時の事です。

当時、受診科の外来は土曜日の午前中も、完全予約制(多分外部に公表していない形)で診療されていたと記憶しています。なので、1階外来は、他科の診療は無い為、待ち合いの時間を隣の空いているベンチで、寝ながら待つことにしたのです。

静かな空間で独りウトウトし始めた頃、僕の右耳の20~30cm後ろから、小声で「・・・ですか? ・・・。 ・・・ですか??」と二度、男性が声を掛けて来ました。『ああ、これは。』そうです、この世のものでは無い人物が語り掛けて来ているのが判った僕は、何だか何を言っているのか良く聞き取れないし、眠いのだから『無視。』と相手にしないでおりました。

その内、相手は、「なぁんだ、寝ているのか。寝ているのでは仕方無い。」と今度は、はっきりと呟いたので、ホッとひと安心。向こうに行ってくれると思ったその瞬間です。物質化していないにもかかわらず、相手の左腕が、すうっと背後から僕の左肩越しに伸びて来るのがはっきりと解り、半分眠っている僕の背広の右内ポケットに手を入れて、まさぐり始めたのです。

咄嗟に、「何をするんだ!」と本気で声に出してベンチから跳ね起きましたが、当然、近くには誰もおりません。

多分、元々、手癖の悪い人物がこの病院で亡くなり、その人物が自分の死に気付かず、未だに彷徨っているのだと思います。それにしても、周りに人が居ないとは言え、白昼堂々と、しかも人が寝ているのを確認した上でポケットを漁る。かなり素行の悪い「スリ」だった人物ですね。まぁ、僕の背広の右内ポケットには、財布はもとより何も入れていなかったのですが。(そう言う問題では無いですね。)

 

【その2】「古井戸の主」

これは今から二十年以上前、東京での現場勤務時代の頃の事です。

東京の或るマンション建設現場で、約定工期よりも早く竣工させた、未だ誰も入居していない新築の現場でした。入社数年目でひよっこだった元請の建設会社社員の僕は、工事費削減の一環で、完成引渡し迄の間、警備員代わりに泊まり込みで、専門業者に発注する竣工清掃の前の、事前清掃を独りで行っていたのです。(当然、残業代は認められず、宿直も認められていないので、完全なサービス残業。独りなので実働時間も深夜まで。元請とは言え、建設会社とは完全なブラッ、、いえ、何でも無いです。)

その現場は、マンション建設前、町工場で、周辺に比べてかなりの土地面積が有りました。施主(建設主。この時は土地所有者。)からは、敷地内に戦前からの井戸が有る事を指摘されており、その井戸はお浄めを施し、埋めていました(この井戸は新築建物の基礎の外。外構部分。)が、実は工場建屋の解体作業の際に、事前に話は無かった井戸が、もう一本出て来ました。こちらの井戸は認識が無かった為、正式なお浄めは実施していなかったと記憶しています。まぁ、新築建物の基礎の掘削により、その井戸は完全に壊れ、また、完全に埋戻しが行われ、お浄めの時期を逸してしまいました。

新築工事は順調に進捗し、建物は無事完成。引き渡し迄の間に、僕が独りで竣工清掃の事前清掃を進める、そんな或る日の深夜2時頃。2階以上は分譲、1階は施主の会社事務所が入居する事に成っており、その事務所の中で、ちょっと仮眠をとる事にしました。真新しいタイルカーペット敷きですので、カーペットを汚さない様に新聞紙を広げ、安全靴を枕、靴下を枕カバー代わりにして、消灯。実はその新聞紙を広げたちょうど真下が、そのお浄めを逸した井戸が有った所でした。まぁ、部屋の真ん中ですし、気付いたのですが、疲れていたし、そのまま寝る事にしたのでした。

すぐにウトウトし始めたのですが、誰もいない筈の部屋の玄関扉がスゥーッと開き、深夜とは言え、遠くに東京の環状4号線の車の行き交う騒音が直接聞こえ、その後静かに「トン」と閉まった音が聞こえました。その動作のゆっくりした感じと、部屋に入ってくる足音から、(実際には扉が開いた瞬間に)この世の者では無い事を(瞬時に)悟った為、『ご免なさい。お邪魔しております。僕は怪しい者ではありません。ですが今、僕は本当に疲れています。大変申し訳ないのですが、このまま仮眠を取らせて下さい。』と本当に申し訳ない旨を念じ、そのまま目を閉じておりました。

足音は玄関から静かに真っ直ぐ僕の所へ。一度、しばらく僕の顔を覗き込んでいる様子が、目を閉じていても判ります。実際には深夜で消灯後です。目を開いても、何も見えなかった事でしょう。その「この世の者でないもの」は、しばらく僕の顔を覗き込んだ後、ゆっくりと僕の周りを一周して、また玄関扉から静かに「トン」と出て行きました。気配からして、「怒り」の感情は受けませんでしたので、僕はそのまま、深い眠りに就きました。

これは、井戸に関係するものと思います。どんなに初期工程が急がれても、井戸のお浄めは、手を抜いてはいけないと思います。この場合、「お怒り」になってはいらっしゃらなかった様ですので、良かったのですが。

 

【その3】「山の守護神」

これはつい二年程前の事です。

仙台市に程近い山林地帯にて、弊社も土地所有者の一員として市街地再開発事業組合を結成し、新興工業団地を造りたいと計画しているかなり広大な土地が有ります。今現在は完全な山林ですので、何も手は加えられておりません。僕は、その土地の現状確認の為、先述の大先輩に道先案内に成って戴き、共に行った時の事です。

車での移動で山林を視察するので、弊社の単有地(所有者登記が弊社のみ)のすぐ近くの、或る近隣さんの土地に車を停めさせて戴き、作業服、安全靴、ヘルメットを装備の上で山林を歩きました。極一部しか見る時間が取れなかったのですが、弊社の単有地の孟宗竹の竹林から、ちょっとだけタケノコを採取し、車に戻りました。

車に戻って、改めて開発予定の山林を見渡すと、本当に美しい広大な山林です。とても静かで、新緑の季節と相まって自然の力強い息吹と、穏やかで爽快な風を全身で受けて、自然の素晴らしさを体感しておりました。今後、この山林を切り開き、山を削って谷を埋め、工業団地にするのが社の方針ですが、何だかとても勿体無い気がしておりました。それ程、素晴らしい光景でした。

車を停めた或る近隣さんの土地もかなり広く、そこは畑と完全に平地の遊休地。とても見通しが良い場所だったのですが、僕と大先輩の後方、かなり遠距離から、誰かに見られている気がします。しかも、かなりの「怒り」の気配を感じました。

その気配は、全速力で疾走して来るかの様に早く(いや、もっと早かった様な気がします。)、僕らの背後にやって来ましたが、当然、「この世の者ではない」気配です。また、本当に「怒り」の雰囲気が強い。僕は敢えて後方の、この気配に聞こえる様に(全く振り向く事はせず)、また、「怒り」の雰囲気を鎮める様に、「素晴らしい土地ですね。本当に美しくて、爽快です。」と大先輩に語り掛け、その気配に対して『今、我々は危害を加える意図が無い』旨、念じました。

すると、15m程右後ろのコンテナ(地主さんの物置小屋と思います。)の扉が、突然「バンッ!」と叩かれた(蹴られた?)音を出し、大先輩も「ん?」と振り向きましたが、当然、誰も居る訳では無いのです。

僕は、その「怒り」の雰囲気が、『お前ら、私の土地に、何しに来たか。勝手に入り込むな。』と主張している様に感じておりましたので、間違い無く、その地主さんのご先祖様か、更には、その先に広がる広大な山林の守護神と思います。しかも、かなり強い。守護神として、今現在、本当に力のある神です。

将来、弊社はこの土地を開発して行く事に成るでしょう。ですが、地域の住民の皆さんと共同して、自然破壊としての開発行為では無く、自然と共存出来る環境づくりに徹した開発行為でありたいと、心から思いました。

当然、この開発行為着工の際には、丁重に神事(安全祈願祭、起工式)を執り行う必要が有る事は、言うまでも有りません。

 

「夏」だと言うのに、涼しい毎日です。

本来なら、アッツい真夏の夜にでもふさわしい話だったかも知れませんが、この様な気候の後の残暑は、キツく感じる事に成るでしょう。ま、今回の記事は、その残暑厳しい折にでも、また読んでみて下さい。


謹賀新年~平成29年~

2017年01月01日 | 日記

皆様、新年おめでとうございます。

昨年の元日、僕は「体質改善」を銘としました。確かに、昨年から体重を減らしつつあり、実行に移せている様です。ここ十年で、現時点の体重は最も少ない数値を(ほんの少しずつですが)更新中です。

ですが、ちょっと困った事に、スーツのズボンが「ぶかぶか」になって来てしまいました。ベルトで絞めると、「タック」とは呼べないシワがより、ズボンのお尻部分は中身が無くスカスカ。少々見た目が悪くなって来ています。

スーツの新調は暫く控えますが、サスペンダーでも探そうかな。確か以前、持っていた筈。あれ、でも見当たりませんね。

そこで、今年の元日の銘です。

「整理」

身の回りの整理ですが、時間的なもの、空間的なもの、本当に色々な意味で。。。

ちなみに昨年の銘「体質改善」は、今年も継続して行きたいと思っています。


とみや国際スイーツ博覧会"2016"に行って来た。

2016年11月12日 | 日記

僕が現在住んでいる宮城県仙台市の、北に隣接する「富谷市」は、先月までは「宮城県黒川郡富谷町」でしたが、市町村合併では無く、純粋な人口増加によって、先月10月10日に市制施行。めでたく市に成りました。

今現在、僕の業務に深く関わりの有る富谷市ですが、市制施行の記念企画の一つとして、今日明日の二日間、「とみや国際スイーツ博覧会」が、富谷市内の成田地区に有る成田公民館で開催されています。

今日はその初日。業務上、深く関わりが有る事もあって、開会セレモニーから見てみよう、と言う事で、現在僕が所属している部署の部署長と、部署の女性職員、そして僕とで観に行って参りました。はい?観に?食べに?そうですね、正直、後者です。

開会セレモニーは午前10時開始。その10分前から富谷市の一般市民バンド「とみやマーチングエコーズ」による演奏。

セレモニーでは富谷市長、宮城県知事等の挨拶が有りました。

 そしてセレモニーも終了し、いざ、スイーツの出店店舗へ!! と思ったのですが、これが物凄い人出で、各店舗前に長蛇の行列が出来ています。はは~ん、この行列の人達は、セレモニーをステージ脇で観ていなかったのだな。セレモニー前から、お目当ての出店店舗前で並んでいた模様です。中には10時30分には「本日販売分は売り切れました」と貼紙を店頭に出す店舗も続出。

あぁ、今日はスイーツ店舗で、いっぱい食べ歩きしようと朝食を抜いて来ていたのに。ほぼどの店舗でも購入食べ歩きは不可能の様です。

ですが今日の天候は、昨日の降雨もすっかり晴れ渡り、日差しも暖かく、とても良い気分です。地元仙台のテレビ局も生中継の放送をしている様でした。ゲストには有名人の方々もいらっしゃる様で、今日の午前中は、サッカー元日本代表の前園真聖氏を、目前で拝見しました。

しかし、まぁ、なんと言う人出でしょう。成田公民館が人で溢れ返っています。周辺道路も駐車場案内担当者が出ているものの、捌くのが大変そうでした。

今日の品薄さは本当に残念でしたが、これは仕方ないのかも知れませんね、どの程度売れるのか、ましてや昨日の天候も考えると予想は出来なかったでしょうから。しかし、明日の二日目は、各店舗、気合を入れて商品入荷が期待出来そうです。仙台市泉区の泉区役所駐車場からの無料シャトルバスも用意されている様ですので、お近くの皆さん、明日は、このスイーツ博覧会にお出掛けになってみてはいかがでしょうか。


お久しぶりの更新です

2016年10月03日 | 日記

半年も更新をしていなかった為、各方面から、何をしているのか、早く更新を、とご要望が寄せられておりました。

まぁ、業務も忙しい点も有りますが、皆様、申し訳ございませんでした。健康状態は、現状維持のまま、特に変わりはありませんでしたが、皆様はいかがでしたでしょうか。

さて、半年振りに更新するにあたって、何か話題でも、と思ったのですが、実は特に今日はブログネタも有りません。この土日は昼間、どうしても疲れて起きていられず、昼寝をして過ごしてしまいました。

とは言え、食事はしましたので、内容だけご披露です。いえ、写真は撮っていません。すぐに食べちゃいました(テヘペロ)。

土曜日は朝抜き、昼は野菜炒め。チンゲン菜、エリンギ、大量のピーマン、人参、玉ねぎ、キャベツ、もやし、が主材料。

かなり大量に出来たので、夕飯は、この残りに、刻み生姜とオイスターソースを少々、みりん溶きの片栗粉(紹興酒を使わなかったので、うま味を出す為に水溶きではないですよ。)で「あんかけ」にして、中華丼で戴きました。

なかなかの出来具合でしたので、写真に撮っておけば良かったかな。

ちなみに、ピーマンはとても新鮮で超肉厚で大型。宮城産の地産地消商品ですが、最高ですね。これが(タイムセールでしたが)4個で98円。東京ではまず、この値段では購入出来ないでしょう。しかし、人参。これが高価。1本178円。1本で。産地はおそらくこの9月の台風で、かなり大変な状況なのだと思います。農家の皆様を思うと、高価な分、本当に感謝です。玉ねぎ、じゃがいもを含めて、まだまだ農地は大変な状況だとお察し致します。一日も早い復旧を、心からお祈り申し上げます。

そして今日、日曜日も朝抜き、昼から、なんちゃってビーフシチューとパン。(なんちゃってビーフシチュー:肉が牛肉ブロックではなく、牛豚合挽きの挽肉。赤ワインも入れず、市販のルーです。我ながら手抜きでしたね。)夕飯も同じメニュー。どうしても独りでは、出来あがる量が多いのです。

 

さ、明日から今年度下期のスタートです。皆様、また気分をリセットして、頑張りましょう!!(あ、明日って、もう月曜日になってしまってからの記事記載ですので、「この朝から」が正しい表現でしょうか。)

なお、経理ご担当の皆様、上期の集計、上期決算ですね。寝不足に成らない様、ご自愛下さい。応援しております。


マスコミの情報操作と世論誘導にはあきれてしまうばかりだな。

2016年02月21日 | 日記

世間一般では、マスコミの報道とは真実を伝えているものとの信頼性が高く、何も疑わずして信じてしまう人々が、まだ多過ぎると思う。

或る出来事の一部を切り取り、一部を隠蔽して全体像とは違う特定の一面だけを表面化させ、受け取り側の印象を、ある方向に導き、更に最後に付加するコメントで、受け取り側に強く印象付けさせる。

まは、最初から報道側が或る結論を導き出す為に、ヤラセ、飲食等の買収の上で、その結論に至る為だけの取材対象素材を作り上げた後で情報を発信する。

ヤラセが発覚した場合はマスコミ側にとって大変なリスクとなるが、或る出来事に於いてヤラセ、買収の実態の一部を、実際に知ってしまった僕は、全くと言ってよい程に、マスコミの報道を信用しなく成った。それ程、彼らマスコミの手法、行動は巧妙なのである。

僕が経験したその実際の状況を記載する事はしないが、世間一般では全く気が付かれない事であろう。

その経験以来僕は、日々次々と報道される内容に、常にフィルターを掛ける様にしている。但し、懐疑的に、と言う訳では無い。

 

物事の多くは、二面性、いや、多面性を持つ。

自分の右手の甲を見てみよう。「人間の手とはこれだ」と認識した場合、その認識の人は手の平側を知らない。手の平側を見ても、甲しか知らないので、人間の同じ「手」である事に気付かない。また、左手の甲を見ても自分が認識している右手の甲と違うので、やはり人間の「手」である事を認識出来ない。

報道とは、この様に右手の甲だけを示し、「人間の手とはこれだ」と発信する。実際には手の平側も有れば、左手も有るのにもかかわらず。

ルービックキューブの「白」面だけでは、立体である事に気付かない。ましてや見えない他の5色は知らない。ちょっと角度をずらすだけで「白、緑、赤」が有る事に気付くが、「青、橙色、黄色」の面が有る事に気付かない。

 

報道には、「表現の自由」が有るとするが、或る見方は「報道をしない自由」が含まれる。

恣意的に或る面だけが報道されている可能性が有る。

もっと多角的に、ルービックキューブが立方体である事を、6面全体が全て違う色で構成されている事を、更にその色は「白、黄、橙、赤、緑、青」である事を認識出来る様、ルービックキューブ(事象出来事)は自分自身で直接触れられなくとも、自分の視点を変える事でその全体像が認識出来る様に、まず、自分自身が柔軟な視点を持てる様にする事を心掛けたい。

その為には、ある報道だけを信じるのではなく、同じ事象を別角度からの視点で情報収集する事。より多くの情報を得るようにする事。

 

名簿屋という闇商売が有る。ある人には鼻紙程度の価値しか無い情報が、ある人には喉から手が出る程の価値を持つ。情報とは、ある人にとっては大きな価値があるのだ。

その情報(報道)から利益を得るのは誰か。

 

自分自身の視点の内、より多くの情報を得る事は「報道しない自由」によって制限されたとしても、思考を柔軟にする事で、視野を広げる事は出来る。

常に柔軟な思考が出来る様、心掛けたいものである。


謹賀新年~平成28年~

2016年01月01日 | 日記

皆様、新年おめでとうございます。

昨年の元日は正月用食材を大量購入してしまいましたが、今年は打って変わって質素な用意でした。前回記事の「赤かぶの甘酢漬け」だけ。あとはごく普通の、通常の食材のみ。まぁ、今回の年末年始は、昨年と違い休日が長い訳では有りませんし、特段困る事も無いので、問題は有りませんね。

食材で困る事は無い一方で、今現在、実は困った状況に陥っています。正月元日から記載するには、あまりにも品が無いので、以下、隠語を以って記載します。この隠語、以前からのこのブログの読者の方々、特に、僕を個人的に特定出来る方々には、理解し易いでしょう。ですが、決してネタでも無く、笑いを狙ったものでも無く、事実ですので、ありのまま記載しますが、事前にお詫び申し上げておきます。(「爆弾処理」関係の内容です。お察しのついた方は、以下の記事は読まなくて結構です。新年早々にはふさわしくない内容ですから。)

 

昨年年末12月28日から爆弾処理室の使用が、温排水の処理に限定され、大型爆弾の廃棄が停滞、と言うより完全に停止しておりました。僕自身は爆弾原料の摂取を止める事は無かったので、当然、弾倉内では大型爆弾が蓄積されます。その様な状況下、4日目の昨日大晦日夕刻、4日分の大型爆弾が弾倉からやっとの事で自然排出されました。当然、一般の皆様では4日分など、それ程の事は無いのでしょうが、僕にとっての4日分は、かなりの量です。また、その間、通常より水分吸収が進んでおり、高粘度。爆弾処理器の「水トラップ」部はもとより、トラップ水の水面からも頭を出す完全埋没状態でした。

まぁ、ここまでは想定事態として許容範囲ではありますが、次工程で大変な事に成りました。大型爆弾処理の最終工程で、流水廃棄を行わなければ成りませんが、その最終工程でトラブル発生。爆弾処理器の水トラップ部が埋没する程の大量の高粘度成分によって、流水が遮断、爆弾処理器に流入した流水が排出されず、爆弾処理器が溢れそうになっています。

「なっています(現在進行形)。」要するに、めでたく弾倉内はカラに成りましたが、次期廃棄が爆弾処理器側の都合で出来ない状況です。

これで大晦日から元旦を迎えてしまいました。お正月の神様には、大変申し訳ない不潔な状況です。

そこで今年の年始の銘。「体質改善。」

この場合の「体質」は、弾倉内からの速やかな廃棄を意味するだけで無く、摂取そのものの質と量を抑制し、エコロジーな環境配慮型を目指す事も含みます。

皆様、正月早々、大変不適切な記事内容であり申し訳ございませんでした。

でも、現在進行形。どうしよう。。。

(もう少し水位の下降を待って、熱湯で溶かすかな。かなりエグい画像が目に浮かびますが。。。)

 


仙台「光のページェント」

2015年12月21日 | 日記

現在、仙台市内の定禅寺通りのけやき並木は、電飾が施されて幻想的な空間が演出されています。

「光のページェント」と呼ばれていますが、兎に角人が多い。普段通り、会社帰りに、三越仙台店裏一番町四丁目商店街「業○スーパー」に立ち寄るにも、警備誘導員が何人も配置され、商店街アーケード入口交差点信号機は、人で溢れ返っています。

まぁクリスマスが近いので、この電飾に浮かれる人々も多いのは理解しますが、いつもここを通る僕にとっては、この人の多さにちょっと困惑気味です。(とは言え、東京の通勤ラッシュアワーの駅の様子に比べれば、どうと言う事は無いのですけれどね。)

この「光のページェント」の写真は、ネット上で多く拝見する事が出来ますが、皆、カメラの露光を多くして、より幻想的な写りにしていますよね。確かに、露光が強いと、より明るいイメージになりますが、僕の撮影は小細工はしないで撮影しました。いえ、ご免なさい、偉そうな事を書きましたが、全自動です。(だって、小細工しようにも、カメラをいじくる間に、人に押されて迷惑掛けちゃうもん。はい?事前に設定すれば良い?まぁ、それはそうですが、実は僕はあまり興味が無くて、真剣に撮影するつもりは無かったものですから。。。)

定禅寺通りは、中央分離帯が広く、けやき並木と遊歩道が有ります。遊歩道は、それこそ光のトンネルを歩く感覚に成りますが、この「光のページェント」を歩く皆さん、もう寒いですから、風邪には気を付けて下さいよ!