格 (casus)
英語などは文中における名詞の位置によって、その名詞が文中でどのような働きをしているかを示しますが、ギリシャ語ではドイツ語などと同様、格(casus)によって語の働きを示します。
例えば、英語ですと、The dog chases the cat.という場合、dogは動詞の前に置かれていることから主語だと分かり、catは動詞の後に来ているので目的語だと分かります。catとdogの位置を入れ替えれば、catが主語、dogが目的語になって、文の意味が変ります。
それに対してギリシャ語の場合は格語尾によって、主語や目的語を表示します。たとえば主語になる言葉は主格という形になり、目的語になる言葉は基本的には対格という形をとります。(主格と対格が同形である場合は別として)基本的には、主語と目的語の位置を入れ替えても文の意味は変りません。そのためギリシャ語は語順がたいへん自由で、特に韻文では関係する要素がかなり離れた所に置かれることがあります。
格の用法
ギリシャ語には次の五つの格があります。
主格 | nominativus(nom.) | ~は(が) | 主語になる形。ドイツ語の1格。 |
---|---|---|---|
属格 | genitivus(gen.) | ~の | 所有を表す形。ドイツ語の2格。英語の所有格。 |
与格 | dativus(dat.) | ~に | 間接目的語を示す格。ドイツ語の3格。 |
対格 | accusativus(acc.) | ~を | 直接目的語を示す格。ドイツ語の4格。 |
呼格 | vocativus(voc.) | ~よ! | 呼びかけるときの格。 |
主格・呼格以外の格(属格・与格・対格)を総称して斜格といいます。
格の用法は多様ですが、大雑把に言えば上のようになります。上の五つの格が単数、両数、複数に変化します。
印欧語族のほかの言葉と同様、ギリシャ語も本来は八つの格があったと考えられます。つまり、上記の五つの格(主格、属格、与格、対格、呼格)に加えて空間関係を表す以下の三つの格が推定されます。
与格 | 具格 | instrumentivus | ~によって、~と共に | 英語のwith~。 |
---|---|---|---|---|
処格 | locativus | ~において | 地格とも訳される。英語のon~、in~。 | |
属格 | 奪格 | ablativus | ~から | 英語のfrom~。 |
しかしこれら三つの格は失われ、元来は具格や処格が担っていた意味は与格で、奪格が担っていた意味は属格で表すようになりました。
- 主格(nominativus)
- 主語、または述語になる格で、日本語の「~は」「~が」に相当します。辞書の見出し語は単数主格形で書かれています。n.やnom.などと略されます。
- 属格(genitivus)
- 本来は「~の」という所有関係を表す格でしたが、元来は奪格で表していた起源や分離を表す「~から」という意味が後から加わりました。また、価格や期間も表します。
名詞の格変化には三種の形式がありますが、その名詞がどの形式の変化をするのかは、単数属格の語尾の形で識別します。そのため、辞書には主格とともに単数属格形も記載されます。g.やgen.と略されます。 - 与格(dativus)
- 本来は間接目的「~に」を表す格でしたが、元来は具格で表していた手段(with~)や場所(on,in)という意味が後から加わりました。また、程度や時も表します。d.やdat.と略されます。
- 対格(accsativus)
- 他動辞の直接目的語や、不定法の主語になる格です。また「~の点で」という限定を示す用法もあります。a.やacc.と略されます。
- 呼格(vocativus)
- 「おお、ソクラテス!」などと呼びかける時の格です。v.やvoc.と略されます。多くの場合、
という語が前につきますが、これは「おお~よ」という意味の間投詞であって、冠詞ではありません。
格変化の種類
ギリシャ語の名詞は、変化の形式によって次のように分けられます。辞書の見出しに使われるのは単数主格の形ですが、ある名詞がどの変化に属するのかは、単数属格の語尾によって識別します。ですから単数主格だけでなく、単数属格の形も合わせて覚えなければなりません。
第一変化(α変化)┐ ├──母音変化 第二変化(ο変化)┘ 第三変化─┬─母音幹名詞─┬─ι幹、-υ幹 │ └─二重母音幹(-ευ幹、-ου幹、-αυ幹、 │ -ωυ幹、-οι幹) └─子音幹名詞─┬─鼻音・流音幹(-λ幹、-ρ幹、-ν幹、-μ幹) ├─ -σ幹 └─閉鎖音幹─┬─口蓋音(κ、γ、χ)幹 ├─唇音(π、β、φ)幹 └─歯音(τ、δ、θ)幹 ├─ -ατ幹(中性名詞) └─ -ντ幹(男性名詞)
第三変化は子音変化と言われることもありますが、語幹が子音に終わる言葉だけでなく、二重母音や-ι、-υに終わる母音幹名詞も含みます。第一変化と第二変化以外のものをまとめて第三変化と呼ぶのだと考えて下さい。
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