一葉一楽

寺社百景

光照寺 ー 飛騨の匠その2

2017-04-29 20:58:58 | 寺院
光照寺薬師堂は富士山、南アルプスを望む河岸段丘の先端にある。意図的な移築とも思わせる。外観は3間四方宝形造の小型仏堂である。「甲斐国志」には光昌寺とあり、「境内ニ薬師堂アリ拝殿 弐間三間 飛騨工匠本州椽造リノ最初ト云」とある。飛騨の匠の作と伝えられるのは、その内部架構にあるようである(羽中田壮雄「光照寺と甦った薬師堂」植松又次先生頌寿論文集刊行会編「甲斐中世史と仏教美術」所収)。身舎部分は鏡天井とし、化粧垂木がそこから四方に延びる。しかし高さは強調せず、簡潔に纏めている。五十余年後の慶応四年(1868)の「甲斐国社記・寺記」に薬師堂は行間弐間、梁間七間半とあり、拝殿は薬師堂の礼堂として扱われている。拝殿とわざわざ書くところをみると、特異な建造物と当時認識されていたのであろう。
昭和四十四年(1969)の解体修理までは、薬師堂は、神社に多く見られる相の間で連結された複合社殿の形態をとっていた。寛文五年(1665)時の住持天開春暁による増築である。光照寺の薬師如来に佛徳を感じとる村民が多くなってきたのでろうか。飛騨の匠の影に隠れ、天開の努力は今見られない。

  

 

(注)2017年3月撮影