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葛城氏再考・市辺押磐皇子暗殺

2012年09月15日 | 大和王朝期

 安康天皇は葛城円が推す市辺押磐皇子に次の王位を考えているが、その護衛隊長・大伴室屋は葛城に警戒心を抱いており、物部も良い感じを抱いていないというのは、幼武皇子にとって追い風である。大伴室屋は、允恭天皇から顕宗天皇まで5代の天皇に大連として仕えた豪族。458年には雄略天皇の妃となった百済の池津媛を犯した石川楯を処刑している。また、479年8月には、天皇崩御直後に起こった星川稚宮皇子の叛乱を東漢掬と共に鎮圧している。大伴・物部は自分達の身分が保証されているから王家に忠誠を誓っているのである。保証されないとなると事情は変わる。そういう思惑を抱きながら、いよいよ市辺押磐皇子を斃すときが来たと幼武皇子が感じたのは465年のことである。渡来系の若者を集めては自分が建てた学堂で高句麗や宋王朝の政治体制を研究している幼武皇子を見て、幼武皇子に武力による野望は無くなったものと市辺押磐皇子は見ていた。しかし市辺押磐皇子の弟・御馬皇子や葛城円は幼武皇子を警戒している。御馬皇子は屋形を焼いた犯人は幼武皇子とみており、葛城韓媛との結婚の邪魔をされている。また大伴、物部から信頼のある幼武皇子を葛城円は良く思っていない。彼等もまた、幼武皇子暗殺の機会を伺っているのである。そして幼武皇子は、465年の秋に市辺押磐皇子を近江の蚊屋野(かやの、現在の滋賀県)へ狩猟に誘い出し、射殺した。さらに、遺骸を抱いて嘆き悲しんだ舎人の佐伯部売輪も殺して、皇子とともに同じ穴に埋めた。つまり、塚が築かれなかったわけである。その後、安康天皇の護衛・大伴室屋、葛城円、が挙兵することもなく、僅かに市辺押磐皇子の弟・御馬皇子のみが、あえなく幼武皇子に殺されている。

                                             春日大娘皇女
但馬清日子孫┓    宮主宅媛                  ┣橘仲皇女 
   葛城高額媛    ┣雌鳥皇女    荑媛(葛城蟻臣娘)    ┣白香皇女 
    ┣神功皇后170-269┣菟道稚郎子皇子   ┣ 飯豊青皇女440-484┣武列天皇 
息長宿禰王┃      ┣矢田皇女      ┣ 億計王(24代仁賢天皇)袁祁命449-498 
       ┣ 15代応神天皇-394(誉田別尊) 黒媛 ┣ 弘計王(23代顕宗天皇)意祀命450-487
1414代仲哀天皇┣ 荒田皇女         ┣ 市辺押磐皇子(忍歯王)-456
 ┣ 麛坂皇子  ┣ 16代仁徳天皇257-399    ┣ 御馬皇子
 ┃      ┣ 根鳥皇女┃       ┣ 飯豊青皇女(記紀) 
 ┣ 忍熊皇子┏仲姫命   ┣ 17代履中天皇319-405(阿智使主、平群、物部が舎人) 
大中姫     ┣高城入媛   ┣ 住吉仲皇子(安曇連、倭直の海人族が舎人)
 品陀真若王┛┣大山守   ┣ 18代反正天皇336-410
           応神天皇   ┣ 19代允恭天皇  -453
           ┏━   磐之媛命   ┣ 木梨軽皇子━━━━━━━━━━┓
   開化天皇┃ 仁徳天皇      ┃長田大郎女                     ┃
    ┣和気王┃   ┃        ┏ ┃┻眉輪王┣-                    ┃
    鸇比売  ┃   ┣ 大草香皇子┣ 20代安康天皇(穴穂皇子)401-456 ┃
垂見宿禰┛   ┃   ┣ 若日下部命┣ 軽大娘皇女━━━━━━━━━━┛
 ┗□□┓   ┃  日向髪長媛 ┃ ┣ 境黒彦皇子   和珥童女君
甘美内宿禰   ┃       ┗ ┃━┓       ┣ 春日大娘皇女
武内宿禰    ┣ 葛城葦田宿禰   ┣ 21代雄略天皇(大長谷王)418-479
  ┣葛城襲津彦-347┣葛城玉田宿禰┃ ┣ 磐城皇子  ┃
  ┃       ┃ ┣葛城円 ┃ ┣ 星川稚宮皇子┃
 ┣蘇我石川宿禰 ┃ ┗毛媛  ┃ 吉備稚媛      ┣ 22代清寧天皇444-484
 ┣平群木菟宿禰  ┃吉備臣┃┏━┃━┛       ┣ 稚足姫皇女
 ┣紀角宿禰      ┃  ┗田狭 ┣ 八釣白彦皇子 ┏葛城韓姫
 ┣羽田矢代宿禰  ┣黒媛 応神┓┣ 坂合黒彦皇子 葛城円  
 ┗巨勢小柄宿禰  ┗葛城蟻臣  ┣忍坂大中姫      
   ┃              ┗荑媛  ┗衣通姫(そとおりひめ)
   ┗□-□-巨勢男人-529
        ┣胡人-巨勢徳太-658-巨勢黒磨
        ┣紗手媛 (安閑天皇妃)
        ┗香香有媛(安閑天皇妃)

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