
4月の初め、私は猿沢池の畔に車を停め、興福寺五重塔へと「五十二段」の石段を上った。
今日はもう4月25日。
3週間も経ってしもた・・・

@「五十二段」の石段界隈
猿沢池の東畔から北へ向かうと、仏門に入る修行の階段、善財童子が52人の知識人を訪ねて廻った故事に由来する「五十二段」の石段がある。
石段の下は、東西南北、石段も含めて放射状に6筋の道が交差し、奈良の「六道の辻」と云い、人は皆、前世の行いの如何により、地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天上の1つに生まれ変わるという。
なお、石段の下で、西側に「会津八十」の歌碑が在り、段を登り切った三条通りには、大和名所図会にも描かれた樹高2mの「楊貴妃桜」や、奈良奉行を勤めた川路聖謨(としあきら)の「植桜楓(しょくおうふう)之碑」も建っている。
今日はもう4月25日。
3週間も経ってしもた・・・

@「五十二段」の石段界隈
猿沢池の東畔から北へ向かうと、仏門に入る修行の階段、善財童子が52人の知識人を訪ねて廻った故事に由来する「五十二段」の石段がある。
石段の下は、東西南北、石段も含めて放射状に6筋の道が交差し、奈良の「六道の辻」と云い、人は皆、前世の行いの如何により、地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天上の1つに生まれ変わるという。
なお、石段の下で、西側に「会津八十」の歌碑が在り、段を登り切った三条通りには、大和名所図会にも描かれた樹高2mの「楊貴妃桜」や、奈良奉行を勤めた川路聖謨(としあきら)の「植桜楓(しょくおうふう)之碑」も建っている。
楊貴妃桜の2代目、花が咲いてましたか。
あの日は心のゆとりもなく、この石段を急いで上ってしまいました。
きっとこの石段には、いろんな歴史があるんでしょうねぇ~
>最近は明日香の方へ出っ張りますが・・・
時代がちがうので、明日香と奈良では随分ちがいますよね。
私はどちらも好きです!