プラムフィールズ27番地。

本・映画・美術・仙台89ers・フィギュアスケートについての四方山話。

◇ 素樹文生「上海の西、デリーの東」

2007年09月14日 | ◇読んだ本の感想。
この本は、だいぶ以前に本屋で平積みになっている時から気になっていた。
タイトルがけっこう決まっているじゃないですか。が、このツキすぎ感の漂うタイトルのせいで、
どうせ「深夜特急」路線だろう、というイメージがあったのは事実。

実際に読んで見ると、「深夜特急」よりずっと素直な旅行記でした。
真面目さとユーモア感の比重も適度。楽しく読めた。
しかし読むのに予想外に時間がかかったな、と思って確認したら、450ページあって意外。
文庫としては多少厚めの部類だが、読後感は軽い。いい意味で。

クスリクスリと所々で上手く笑わされた。
象に乗る場面では、なかなかスムーズに象が進まないことを描写したあとで、
「しかも我々を乗せたゾウは時折、道草を食う。文字通り“道草”を“食う”のである。」
なんてのがポンと出て来ると、ああ、そりゃそーだよな、と目の前に情景が浮かんで来て笑える。
象にとっては、道の両側にオヤツがいっぱいあるわけだから……その誘惑は相当なもんだろう。
わたしだって美味そーなお菓子が両側にずらりと並んでいる道を、重い荷物を背負いながら
黙々と目的地にむかって歩いて行けるかといえば、多分無理だ。
このユーモア感は、狙いすぎていない素直な書きぶりの勝利。
とはいえ、一ヶ所すっかり騙された所があって、素直ばっかりじゃないな、とニヤリ。


この本を読んで印象に残ったのは2点。
まず、中国での電車のチケットのとりにくさとその他諸々の障害。
わたしはいつか西安に行ってみたいと思っているのだけれど、こんな話を読んでは中国個人旅行は
怖くて出来ません。危険は危険として別件で考えるにしても、電車の状況がこんなんでは……
恐ろしすぎます。行く時は西安まで飛行機で行き、飛行機で帰って来るプランにしよう。
宿もちゃんと決めて行こう。ぶるぶる。
まあこの本は10年以上前の本だから、今の観光状況とは違っているかもしれないけどね。

それからベトナムの子どもが可愛いということ。
何しろ、「目の中に2,3人いれても痛くないんじゃないか」と思うくらい可愛いんだそうだから。
コーラを飲んでいた著者が、その店の子どもに「飲むかい?」と言ってみると、
「彼女ときたら、髪の毛の先まで笑顔になって」美味しそうにコーラを飲んだそうだ。
子供がニコーォッ、と笑う時の切ないほどの発光がよくわかる。お気に入りの表現。


※※※※※※※※※※※※


さて、しかし。直接この本からは離れるが、わたしはバックパック物に対して、
以前からどうも釈然としないものを感じている。
旅行の方法は人それぞれで、もちろんいいのだけれどね。好きな場所が違う、スタイルが違う、金のかけ方も違う。
それは重々分かった上で、今回何が引っかかる点なのかを考えてみた。



「深夜特急」と言う本。出た当時はけっこう流行ったそうです。
それで東南アジアのバックパッカーが増えたとか。バックパッカーのバイブル。
読んでみたけど、わたしはむしろ嫌いな部類。

こういうのを読むと、好んで異国の暗部を見に行っている、という気がするのだ。
安さを求めるなら、その場所は社会の底辺にどんどん近づいていく。
そこにはやはり貧しさがあり、醜さや悪がある確率も高いだろう。
最初からそういう場所へ行ってその貧しさを伝える旅行記を書くのは……どうなのだろう。


他人の家に勝手口から入って行っているようなものだ。
台所まできちんとしている家だってそりゃあるけど、一般的にはお客さんが通る玄関、居間の方が
きれいにしているのが普通ですわな。それで台所の乱雑さをメインに語られても……
玄関や居間の部分もちゃんと見た上で、そこも語ってからならいいけど、台所しか見ずに
「この家は……」と語られたら、その家の人がかわいそうな気がする。全部ひっくるめて家なんだし。
台所まで入って行くのは、もう少し仲良くなってからでもいいんじゃない?といいたくなるような
無神経さをバックパック物には感じるのだ。

物価が安い国へ行って、宿代が日本円に直すと○○円、安い!と書くのは、
ヴィトンの本店で○○を買うと○○円、安い!と書くのとは、
合わせ鏡というか、本質的に変わらないことのような気がする。
情報としては役に立つことではあるけれど、もしそこに単純な事実の記録以外のものがあるなら、
……率直に言えば優越感があるなら、それは嫌だな。自分の中にもある優越感だからこそ嫌だな。


更に気になるのは、ではこういう類の著者は、日本ではどうなのかということだ。
日本を旅行する時は?やっぱり安さを追及しているのだろうか。
つまり異国の底辺部を知っている程度には、日本の底辺部を知っているか?
彼の経験が異国の底辺部と、日本の平均中流生活を比較することしか出来ないとしたら、
その視点は不公平というものではないか?


……というような点で、バックパック物はクサミを感じる。
それだったら、「街道をゆく」のような、ほとんど玄関と居間の記述に終始するような旅行記の方が好きだね。
たとえきれいごとと言われようと。

ま、日本出版業界的にきれいごとの旅行記ばっかり出版されているから、それに飽き足らなくなった若者が、
バックパック物を本にしたという状況ではあるんだろうけど。
そういう大きな文脈でみると、そんなもんだろうなー、というのはよくわかるのだが……。



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