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少年探偵29 魔術師 江戸川乱歩 ポプラ社 

2010-01-01 01:35:54 | 奇術
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 一日たち、二日たっても陽子はあらわれなかった。この人気少女歌手の、多くの友人、知人の間を、もれなくさがしたが、どこにも行っていないことが分かった。
 新聞記者達は警視庁と競争するように陽子のゆくえを追ってかけまわった。
 雄一郎は昼となく、夜となく、まるで気がくるったような、たよりない気持ちですごしていた。
 だれだって、たったいままで一緒に話していた仲の良い友人が、急に煙のように消えてしまったら、変になってしまうだろう。決して夢ではないのだ。雄一郎は、本当に少し気が変になってきた。
「もう、あんまり考えるのはよそう」
 忘れようとして雄一郎はただ歩きまわった。屋敷の庭を出て、町の中へと、彼の足はあてどなく、さまよい続けた。
「どこかの木陰からでも、ひょいと陽子ちゃんがとびでてくるんじゃないかしら?」
 そんな空想をしながら、今日も街を歩きまわった、。
 ふと気が付くと、彼は今まで一度も通ったことのない、まるで違った国のような感じの町角に出ていた。
 すぐ目の前に、田舎じみた、古めかしい一軒の見世物小屋がたっている。
 冬空にのぼりがハタハタと風に鳴っていた。そののぼりには、奇術師の名前が染めだしてある。
「手品だな」
 雄一郎はぼんやりと考えながら、かけかんばんを眺めた。
 さまざまな奇術の場面が、どくどくしい油絵で、ごてごてと描いてある。
 古風ながい骨おどり。水中の美人。人間の胴のなかへ棒を通してかついでいるところ。テーブルの上で笑っている生首。どれもこれも、ものすごく、いやらしい感じがする。
 雄一郎はふとその小屋へはいってみようと思った。夢遊病者のように、フラフラと彼はその入口をくぐった。
 なかへはいると、まだ夕方のせいか、出し物も大きなものはやっていなかったが、それでも小奇術のひとつひとつは、雄一郎の興味をそそるに十分だった。
 彼はたあいもなく、奇術に見入った。その間だけは、このごろのいやな思い出からのがれることができたのである。
 日が暮れて、プログラムが進行してくると、舞台はしだいに大奇術にはいっていった。
 座長の手品師は、いつも鈴のついたとんがりぼうしをかぶり、顔をおしろいでぬりつぶして、ピエロの服を着ていた。
 こんな場末の見世物小屋にはもったいないと思われるほど、その手なみは見事で、雄一郎は魅せられたように、その芸に見入った。
 けれども、水中の美人の場で、大きなガラスのタンクのなかに横たわっていた女。テーブルの上にちょんぎられた生首となって、ゲラゲラと笑っていた女。それは、ふしぎな十七、八才の美しい少女佐也伽ではないか!
 新しい幕がひらかれた、。
 舞台は黒一色のビロード。場内はまっくらになって、スポットライトのような青白い光線が、1ヶ所をまるく、わずかに照らしている。
 そのなかに、ただひとつ、うかび出ているのは、まるで玉座のようにりっぱないすであった。
 下手から燕尾服の説明者があらわれると、身ぶりもおもしろく口上をのべはじめた。
「これからお目にかけますのは、当興行第一のよびもの、美人解体の術でございます。これは座長がヨーロッパ外遊の際、ならいおぼえました、大魔術で、あれなるいすに美しい少女をかけさせ、座長みずから剣をとって、これをバラバラに切りはなしてしまうといういとものすごき術。だが、心配はむよう。首は首、手は手、足は足と、はなればなれになったところで、これを組みあわせ、ふたたびもとの美少女をつくりあげます。一ど死にましたはずの少女はたちあがって、にっこりみなさんに笑う。名づけて、美人解体の大魔術。では、ゆるりとご鑑賞のうえ、拍手ごかっさいのほどを、すみからすみまで、願いあげたてまつりまあす」
 ことばのおわりのほうを、奇妙にはりあげると、説明者は引っ込んだ。
 かわって、佐也伽が美しく着かざってあらわれ、つづいてれいのピエロ姿の座長が手に青竜刀のような、大ダンビラをぶらさげて登場した。
 あいさつがすむと、佐也伽は正面のいすに腰をおろした。座長とふたりの助手がその前に立ちふさがり、佐也伽の服をはぎとってしまう。
 彼らがぱっととびのくと、そこには下着だけになってしまった少女があらわれた。全身をグルグルゆわえられ、顔じゅうをかくすような、はばのひろい布で目かくしされ、そのうえサルぐつわまではめられている。
 いうまでもなく、三人で少女の服を脱がせるところがトリックなのだ。このとき、いすがくるりと回転して、少女にそっくりの下着だけの人形があらわれるしかけになっている。
 雄一郎はそんなことだろうと、よく承知はしていたものの、あらわれ出た人形が、あまりによくできているのに、自分の眼を疑うばかりだった。
 そのうえ、青白いスポットライトがふるえているせいか、その人形はまるで生きている人間が呼吸しているように見えるのだ。
 雄一郎は両眼がぼーっとかすんでくるくらい、この人形を見つめていた。見れば見るほど、それは人形ではなく、本当の少女のような気がしてくるのだ。
「もしかして、あれは本当に人間なのじゃないかしら?あの笑っているような顔をしたピエロは、なにくわぬ顔をして、毎日まいにち、ひとりずつ生きた少女を殺しているのじゃないかしら?それに、あの人形のからだのかっこうは、どうも前にどこかで見たような気がする。特に顔からあごにかけての線にはっきりと見おぼえがある。ああ、ぼくは夢でも見ているのであろうか?それとも、あんまり恐ろしいことばかり続いたので、頭が、おかしく鳴ったのだろうか?」
 雄一郎は、クラクラと目まいがして、青や赤の風船のような玉が、目の前をやたらとびかうような気がした。
 やがて、美人解体がはじまった。
 ピエロはこっけいなほど大きなダンビラをまっこうにふりかざすと。、
「やっ!」
 と、かけ声もろとも、人形のももに打ちおろした。
 サルぐつわの中から、かすかにうめき声がもれた。まったく真にせまっている。
「人形がうめくわけはない。うしろの幕のなかで、だれかが声だけだしているのだ」
 雄一郎はこう思いながら、このときはっとなにかに気がついて、とびあがるほどおどろいた。
「ああ、やっとわかった。あのからだのかっこう。あの人形は、陽子ちゃんにそっくりなのだ」
 雄一郎は、我を忘れて、座席から立ちあがると、いきなり舞台へとびあがりそうに鳴った。
「いやいや、ぼくはよっぽどどうかしてる。これはただの魔術じゃないか!見世物じゃないか!」
 雄一郎はやっとのことで、自分をおさえた。だが、この魔術を見て変になったのは、雄一郎だけではなかった。見物していた女性客は、悲鳴をあげて、顔をおおい、なかには、脳貧血をおこしそうになって、席を立ってゆくものさえあった。
 足のつぎには、手が切りはなされ、最後に首がちょん切られた。とうとう、舞台には首も手足もない、胴体だけの人形が、とりのこされた。なんともいえないぶきみな感じだ。
 そのとたん、いままでとはがらりと変った陽気な音楽が楽屋からひびいてきた。そのうきうきとした音楽につれて、今度は美少女の組立作業がはじまるのだ。
 ピエロは身ぶりもおもしろく、舞台にちらばった人形の手足をひろっては、いすの上の胴体にひょいと投げつける。すると、見る見るうちに、足は足、手は手と、もとの場所へぴったりと吸いついて、最後にポンと首がのっかった。
 ピエロが縄をといて、サルぐつわをはずしてやると、美少女は立ちあがり、しっかりとした足どりで、舞台の前のほうにあゆみより、ニコニコ笑いながら、客席にむかってあいさつをした。
 その顔はまぎれもなく、佐也伽である。
 客席からどっと拍手が起こった。
 雄一郎はこの組立てのトリックも知っていた。いつのまにかはじめのように、いすが回転し、ほんものの少女が首、手、足の部分だけを背景と同じ黒ビロードでかくし、胴体だけのように見せかけて、こしかけているのだ。
 手品師はバラバラの手足を投げつけるように見せかけて、たくみに背景のすきまにかくしてしまう。その瞬間に、少女の手足をおおっていた黒ビロードがひとつずつはがれて、まるで手や足がくっついていくように見えるのだ。
 雄一郎は、冬の寒さにもかかわらず、体中に、じっとりと汗をかいていた。舞台に幕がおりきったころ、彼はたったひと声ではあったが、「キャッ」という、若い女性の悲鳴が、幕のうしろから、聞こえたように思った。
 まだあとに、いく幕か残っていたけれど、雄一郎は魍、じっと手品を見ている気がしなかった。彼は、ふらふらと立ちあがると、無神経に笑い興じている見物人達の間を通って外へ出た。
 小屋の外は、美しい星空で、その下にまっ黒な家々が、静まりかえって並んでいる。


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