<イベントについてのお知らせ>
すっかりご無沙汰して申し訳ありません。
新刊、たぶん、おそらく、無事出ると思われます。
では詳細を。
*タイトル
『花影を慕いて 赤に溺れる』
孟徳×花/小説/A5/108P/R18/900円
『眠れる森』の瑞月律さんに表紙を描いていただきました。
孟徳さん×花ちゃんのシリアスなお話です。
注意点
・妾エンド後(正式には幸せのかたちのひとつ)の物語となっています。
・オリジナルキャラが結構出ています。
・流血表現があります。
・大人向けのシーンはしっかりあります。
申し訳ありませんがR18本ですので18歳以下、高校生の方のご購入もお断りさせていただきます。
年齢確認もあると思いますので、ご協力ください。
上記のような内容ですので、苦手な方はご留意のうえお求めください。
*本の表紙素敵にできました!
皆様もご堪能ください。
裏表紙もおお!ってなるのですが、今回は表のみwww
こうあんまりにも素晴らしい表紙なので、中身がついていってないような気がして………。
お話のイメージを伝えてくれる美しい絵で、見ながらにまにましてます。
こんな感じです。
律さん、あらためましてありがとうございました。

*頒布方法
ラヴ・コレクション2013 in Autumn
「眠れる森」様
10月14日(祝) スペースは き37 です。
律さんところに本は委託されております。
そして今回は、みさき本人も委託されております^^;
まあちょい生活に疲れたおばさんがいますが、それが私です。
噛みつきませんので、安心して近付いてください。
作品を読んでくださる皆様と直接お目にかかるの初めてなので、緊張するやら嬉しいやらドキドキしてます。
どうぞよろしくお願いいたします。
*追記
ラヴコレ内で開催される三国恋戦記・孟徳軍×花プチコレクション『鳳凰日和』に、律さんのサークルで参加させていただいてます。
*「花影を慕いて 赤に溺れる」サンプルです。
体裁はWEB用に変更してます。
サイトは一応健全仕様なので、R18部分はのせていません。
たたんでおりますので、続きからどうぞ。
『花影を慕いて 赤に溺れる』 妾ED後(孟徳×花)
序章
午前中のこの時刻、朝の食事や片付けは終わり、邸の中は本当にのんびりとしている。
兵たちも丞相である孟徳が滞在していないときは、交代が終わった後の一段落した時間帯で、それほど警戒も厳しくない。
花は侍女も下げて、のんびりと庭を一人で歩いていた。
元々花は異国から来た娘で、玄徳軍の元軍師と言った変わった経歴を持ち、この屋敷の主人で漢の丞相である曹孟徳が、一年半前に妾として迎え入れた。
一風変わった経歴もだが、行動も多くの屋敷にいる女人たちとは異なっていた。
何しろ一番歳若く、その年齢にしてもどこか幼さが勝る娘だった。
普段から侍女に傅かれるのを窮屈に感じて一人で何でも行動したがったし、およそ普通の女人が出来るような裁縫や刺繍、機織りなどできず、常識を良く知らない本当に変わった娘だ。
そんな少女を蔑み、侮る者も多かったが、持ち前の明るく素直な気質で、最終的には邸の人々に受け入れられ、いつの間にかすっかり馴染んでいた。
時々未だに気軽な行動をとることはあったけれど、それもご愛嬌と誰もが笑って妾の少女を見ていた。
「今かな」
花は呟くと、何気ない風に辺りを見回した。
幸い辺りに人影はない。まして花は普段から庭を一人で散策するなど当たり前なので、見咎められても不審に思う者などいない。
「よいしょっと」
身を屈めると、屋根のように板を置き茂みに隠してあった小さな包みを取り出した。それを抱えると、そのまま生垣の向こうに出ることに成功する。
孟徳の邸の通りに面した方は塗り壁だけれど、隣の邸との短いこの間だけ、庭の景観を考えてか生垣なのだ。
隣の邸との境目に、こんな抜け穴があるのを発見したのはほんの偶然だった。
元々は途切れなく生垣の木が植えられていたのだろうが、何かの拍子にここにあった木だけ枯れたのだろう。
ぽかりと子供か、小柄な者ならば通れるだけの穴が開いていた。
でも余程近づかなければ、両側の木の枝が張り出しているので気が付かない。
花は本来の冒険心が手伝って、暇つぶしに隅から隅まで庭を探索していた時に見つけたのだ。
本来ならば、警備の為に告げた方が良かったのだろう。でも花は、抜け穴の存在を告げなかった。
その時は別にこうしていつか逃げ出すために、黙っていた訳じゃない。
ただこんなところまで庭を歩き回っているだなんて、また変わった娘だと呆れられるだろうと思ったから、黙っていただけだ。
「思いもかけない形で役立っちゃった」
花は年老いて引退した官吏の邸の裏庭伝いに気配を消して進んだ。
この邸は家人も使用人も少なく、規模の割にひっそりしているから余程のことがなければ、見咎められて騒がれることはない。
だから木の陰で高価で美しい豪奢な衣装を、持ってきた包みの中の質素な服と着替え、髪飾りや装飾品を外すと、隣の裏木戸から堂々と通りに出た。
その時には、今まで暮らしていた孟徳の邸はもう見えず、庭にある背の高い木の先だけが見えるばかりだ。
花は今まで暮らしていた邸を一度も振り返ることなく、殊更急ぐ足取りでもなくその場を後にした。
何だか身も心も軽くなったように晴れやかで、久しぶりに外の空気を吸えたような気がした。
この先、安定した未来も安全も、生活すらまともに出来るか分からない。それでも花は、もう迷うことなく一歩を踏み出したのだ。
「まだ十八歳。私の人生をやり直すのに遅いことなんてない」
あそこにいた一年半の日々を、無駄だとは思わない。
まったく諍いがなかったとは言わないが、孟徳の妻や妾ばかりが集まった邸の中は緩やかに時間が流れ、独特の華やかさがあった。
庶民には縁のない豊かな食事や高価な調度品に囲まれ、煌びやかな物を目にする毎日。
仕事はただ穏やかに暮らし、時折訪ねてくる孟徳に安らいでもらうこと。それが花の毎日だった。
行く当てのなかった花に手を差し伸べてくれた孟徳に、感謝しこそすれ恨みなんてない。
ないけれど、ただ一抹の寂しさは、拭いようもなく胸には在る。
その胸の中の空虚さに気付いた時、花はここにいるのが怖くなった。
何も知らず、ただ訪れるかどうかも分からない孟徳を、このままずっと待ち続ける。
そしてやっと来てくれた孟徳でさえも、ただ花一人の夫と言うわけでもないのだ。
孟徳との間にあったのが、淡い恋だったと言うのは否定しようがない。
それまでを否定すれば、あまりに悲しすぎるだろう。
「初恋は実らないものだものね」
少しだけ身に付けた大人びた笑みを浮かべると、花は前を向いて歩き出す。
その足元に、まるで足止めするようにひらりと清楚な一輪の白い花が落ちた。
それは邸の花の私室の前の庭にも枝を張っていた。
けれど純白の花に足を止めたのは一瞬、曹孟徳の妾と呼ばれた娘は軽やかに花をよけて一歩を踏み出した。?
*******
3
急速に弱くなっていく光を追いかけるように、花は足早と言うには少しだけ小走りに通りを急いでいた。
本来こちらの女性の衣装は裾が長いものだが、さすがに花が孟徳の邸で着ていた服のように今着ている服の裾は長くない。
それでも少々走りやすいように、行儀悪いことだけれど少しだけ裾を持ち上げて歩幅を小さく走る。
幸い夕方前の町での騒ぎもあって、いつもと違ってまだ宵の口にも早い時間帯だけれど人気は少ない。
もちろん花の格好を見咎める者の姿もなかった。
そんな花の耳元に抑えられた息遣いと、押し殺した気配が伝わったのはなぜだろうか。
花は呻き声を聞いた気がして、通り過ぎようとしていた細い路地に目を凝らす。
そこは脇道と呼ぶには細い、それこそ道を熟知する近所の者しか知らないような細い路地だった。
幅は大人二人が肩をぶつけて擦れ違うようなもので、もちろん夕暮れの淡い光りなど届いてない。
花は闇が凝り始めたその場所に、嗅ぎなれた匂いと濃密な荒い気配を感じた。
血の匂いと死と荒ぶれた闘いの空気だ。
危険だ、関わりにならない方がいいと思いつつも、そこに怪我人らしき人がいると思えば花は放っておけなかった。
厄介ごとの予感を感じつつも、声を掛ける。
「誰かいますか?」
もちろん返ってくる声はない。例え女一人の声だろうと、恐らく手傷を負って身を隠している者が、易々と応じるわけはないだろう。
「私は診療所の者です」
そう声を掛けて、花は思い切って路地を進み小さな窪みのようになった場所を覗き込む。
その瞬間、脇から出てきた力強い手に腕を掴まれた。
「騒がないで、出来ればこのまま行って欲しんだけどな。親切に声を掛けてくれたけど互いに関わらないのが身のためだよ」
少し苦しげながらも、その声音に、口調に、花はびくりと身体を震わせた。
ずっと忘れなかった声。忘れたかった声。でも耳の奥深くに、馴染んでいた声。
似ていると思う間などなく、聞いた瞬間、花はその声がかの人のものだと本能で確信していた。
一欠片の迷いも疑いもなく、ここにいる人間が孟徳だと、嫌でも知ってしまった。
あれほど見つかるのを恐れた相手だから、相手の言葉を信じたふりをして逃げようかと、少しだけ考える。
花は気付いたのに、たぶん孟徳は掴んだ先の手の先の娘が花であるとは思いもしてないだろう。
でも迷いは、孟徳の僅かに乱れた息遣いで霧散してしまった。
花の性格上、ここにいるのが孟徳であっても、他の人間であっても、見捨てていけるわけはない。
それに掴まれた腕に、濡れた感触を感じて杞憂が現実だったことを知る。
「怪我をしてますね?」
「かすり傷だから、本当に大丈夫だよ」
「嘘です」
思わずとっさに強い言葉で返した。
かつて孟徳は花に嘘は吐かないと言ったのに、今の言葉は間違いなく嘘であることが分かる。
「即否定だね。酷いなぁ」
見知らぬ女に嘘だと否定されたのに、孟徳は相変わらず女の子には優しいのか怒る様子はない。
「手、濡れてます。それ血ですよね。それに随分呼吸が乱れてます」
細身な身体だったけれど、孟徳は一流の武人だった。本当にかすり傷なら、今のように不規則な荒い息遣いをする筈などない。
「冷静だね。血なんて気持ち悪くない?」
その一言で、孟徳が花の先ほどの診療所の者という言葉を疑っていたのが分かる。
けれど花はそれを不快には感じなかった。孟徳はその特別な地位もあって、一見あからさまな警戒感を見せないけれど用心深い。
それはたぶん、あの華やかな自分の邸の中でも同じだった。
「治療も手伝っているので慣れてます。止血は自分でしてますか?」
「一応ね。少しは心得があるから」
「ならば行きましょう。もう表の道もすっかり暗いので、人と行き交っても顔までは分からないと思います」
今、この道は暗い。お互いの顔もわからないから孟徳も気付いていないし、花だって少しは平静を保って話していられる。
でも互いの正体を知った時、それは可能だろうか?
けれど花のそんな迷いを断ち切るように、くっと小さく呻いて孟徳が花の腕を離し、身体を丸めて大きく息を詰めた。
「大丈夫ですか?とにかく行きましょう」
先を促す女に、孟徳は暗闇の中で思わず不審の思いを抱いて懐疑的に、そこに居るであろう娘を、何者かと見極めるように鋭く見つめた。
すっかりご無沙汰して申し訳ありません。
新刊、たぶん、おそらく、無事出ると思われます。
では詳細を。
*タイトル
『花影を慕いて 赤に溺れる』
孟徳×花/小説/A5/108P/R18/900円
『眠れる森』の瑞月律さんに表紙を描いていただきました。
孟徳さん×花ちゃんのシリアスなお話です。
注意点
・妾エンド後(正式には幸せのかたちのひとつ)の物語となっています。
・オリジナルキャラが結構出ています。
・流血表現があります。
・大人向けのシーンはしっかりあります。
申し訳ありませんがR18本ですので18歳以下、高校生の方のご購入もお断りさせていただきます。
年齢確認もあると思いますので、ご協力ください。
上記のような内容ですので、苦手な方はご留意のうえお求めください。
*本の表紙素敵にできました!
皆様もご堪能ください。
裏表紙もおお!ってなるのですが、今回は表のみwww
こうあんまりにも素晴らしい表紙なので、中身がついていってないような気がして………。
お話のイメージを伝えてくれる美しい絵で、見ながらにまにましてます。
こんな感じです。
律さん、あらためましてありがとうございました。

*頒布方法
ラヴ・コレクション2013 in Autumn
「眠れる森」様
10月14日(祝) スペースは き37 です。
律さんところに本は委託されております。
そして今回は、みさき本人も委託されております^^;
まあちょい生活に疲れたおばさんがいますが、それが私です。
噛みつきませんので、安心して近付いてください。
作品を読んでくださる皆様と直接お目にかかるの初めてなので、緊張するやら嬉しいやらドキドキしてます。
どうぞよろしくお願いいたします。
*追記
ラヴコレ内で開催される三国恋戦記・孟徳軍×花プチコレクション『鳳凰日和』に、律さんのサークルで参加させていただいてます。
*「花影を慕いて 赤に溺れる」サンプルです。
体裁はWEB用に変更してます。
サイトは一応健全仕様なので、R18部分はのせていません。
たたんでおりますので、続きからどうぞ。
『花影を慕いて 赤に溺れる』 妾ED後(孟徳×花)
序章
午前中のこの時刻、朝の食事や片付けは終わり、邸の中は本当にのんびりとしている。
兵たちも丞相である孟徳が滞在していないときは、交代が終わった後の一段落した時間帯で、それほど警戒も厳しくない。
花は侍女も下げて、のんびりと庭を一人で歩いていた。
元々花は異国から来た娘で、玄徳軍の元軍師と言った変わった経歴を持ち、この屋敷の主人で漢の丞相である曹孟徳が、一年半前に妾として迎え入れた。
一風変わった経歴もだが、行動も多くの屋敷にいる女人たちとは異なっていた。
何しろ一番歳若く、その年齢にしてもどこか幼さが勝る娘だった。
普段から侍女に傅かれるのを窮屈に感じて一人で何でも行動したがったし、およそ普通の女人が出来るような裁縫や刺繍、機織りなどできず、常識を良く知らない本当に変わった娘だ。
そんな少女を蔑み、侮る者も多かったが、持ち前の明るく素直な気質で、最終的には邸の人々に受け入れられ、いつの間にかすっかり馴染んでいた。
時々未だに気軽な行動をとることはあったけれど、それもご愛嬌と誰もが笑って妾の少女を見ていた。
「今かな」
花は呟くと、何気ない風に辺りを見回した。
幸い辺りに人影はない。まして花は普段から庭を一人で散策するなど当たり前なので、見咎められても不審に思う者などいない。
「よいしょっと」
身を屈めると、屋根のように板を置き茂みに隠してあった小さな包みを取り出した。それを抱えると、そのまま生垣の向こうに出ることに成功する。
孟徳の邸の通りに面した方は塗り壁だけれど、隣の邸との短いこの間だけ、庭の景観を考えてか生垣なのだ。
隣の邸との境目に、こんな抜け穴があるのを発見したのはほんの偶然だった。
元々は途切れなく生垣の木が植えられていたのだろうが、何かの拍子にここにあった木だけ枯れたのだろう。
ぽかりと子供か、小柄な者ならば通れるだけの穴が開いていた。
でも余程近づかなければ、両側の木の枝が張り出しているので気が付かない。
花は本来の冒険心が手伝って、暇つぶしに隅から隅まで庭を探索していた時に見つけたのだ。
本来ならば、警備の為に告げた方が良かったのだろう。でも花は、抜け穴の存在を告げなかった。
その時は別にこうしていつか逃げ出すために、黙っていた訳じゃない。
ただこんなところまで庭を歩き回っているだなんて、また変わった娘だと呆れられるだろうと思ったから、黙っていただけだ。
「思いもかけない形で役立っちゃった」
花は年老いて引退した官吏の邸の裏庭伝いに気配を消して進んだ。
この邸は家人も使用人も少なく、規模の割にひっそりしているから余程のことがなければ、見咎められて騒がれることはない。
だから木の陰で高価で美しい豪奢な衣装を、持ってきた包みの中の質素な服と着替え、髪飾りや装飾品を外すと、隣の裏木戸から堂々と通りに出た。
その時には、今まで暮らしていた孟徳の邸はもう見えず、庭にある背の高い木の先だけが見えるばかりだ。
花は今まで暮らしていた邸を一度も振り返ることなく、殊更急ぐ足取りでもなくその場を後にした。
何だか身も心も軽くなったように晴れやかで、久しぶりに外の空気を吸えたような気がした。
この先、安定した未来も安全も、生活すらまともに出来るか分からない。それでも花は、もう迷うことなく一歩を踏み出したのだ。
「まだ十八歳。私の人生をやり直すのに遅いことなんてない」
あそこにいた一年半の日々を、無駄だとは思わない。
まったく諍いがなかったとは言わないが、孟徳の妻や妾ばかりが集まった邸の中は緩やかに時間が流れ、独特の華やかさがあった。
庶民には縁のない豊かな食事や高価な調度品に囲まれ、煌びやかな物を目にする毎日。
仕事はただ穏やかに暮らし、時折訪ねてくる孟徳に安らいでもらうこと。それが花の毎日だった。
行く当てのなかった花に手を差し伸べてくれた孟徳に、感謝しこそすれ恨みなんてない。
ないけれど、ただ一抹の寂しさは、拭いようもなく胸には在る。
その胸の中の空虚さに気付いた時、花はここにいるのが怖くなった。
何も知らず、ただ訪れるかどうかも分からない孟徳を、このままずっと待ち続ける。
そしてやっと来てくれた孟徳でさえも、ただ花一人の夫と言うわけでもないのだ。
孟徳との間にあったのが、淡い恋だったと言うのは否定しようがない。
それまでを否定すれば、あまりに悲しすぎるだろう。
「初恋は実らないものだものね」
少しだけ身に付けた大人びた笑みを浮かべると、花は前を向いて歩き出す。
その足元に、まるで足止めするようにひらりと清楚な一輪の白い花が落ちた。
それは邸の花の私室の前の庭にも枝を張っていた。
けれど純白の花に足を止めたのは一瞬、曹孟徳の妾と呼ばれた娘は軽やかに花をよけて一歩を踏み出した。?
*******
3
急速に弱くなっていく光を追いかけるように、花は足早と言うには少しだけ小走りに通りを急いでいた。
本来こちらの女性の衣装は裾が長いものだが、さすがに花が孟徳の邸で着ていた服のように今着ている服の裾は長くない。
それでも少々走りやすいように、行儀悪いことだけれど少しだけ裾を持ち上げて歩幅を小さく走る。
幸い夕方前の町での騒ぎもあって、いつもと違ってまだ宵の口にも早い時間帯だけれど人気は少ない。
もちろん花の格好を見咎める者の姿もなかった。
そんな花の耳元に抑えられた息遣いと、押し殺した気配が伝わったのはなぜだろうか。
花は呻き声を聞いた気がして、通り過ぎようとしていた細い路地に目を凝らす。
そこは脇道と呼ぶには細い、それこそ道を熟知する近所の者しか知らないような細い路地だった。
幅は大人二人が肩をぶつけて擦れ違うようなもので、もちろん夕暮れの淡い光りなど届いてない。
花は闇が凝り始めたその場所に、嗅ぎなれた匂いと濃密な荒い気配を感じた。
血の匂いと死と荒ぶれた闘いの空気だ。
危険だ、関わりにならない方がいいと思いつつも、そこに怪我人らしき人がいると思えば花は放っておけなかった。
厄介ごとの予感を感じつつも、声を掛ける。
「誰かいますか?」
もちろん返ってくる声はない。例え女一人の声だろうと、恐らく手傷を負って身を隠している者が、易々と応じるわけはないだろう。
「私は診療所の者です」
そう声を掛けて、花は思い切って路地を進み小さな窪みのようになった場所を覗き込む。
その瞬間、脇から出てきた力強い手に腕を掴まれた。
「騒がないで、出来ればこのまま行って欲しんだけどな。親切に声を掛けてくれたけど互いに関わらないのが身のためだよ」
少し苦しげながらも、その声音に、口調に、花はびくりと身体を震わせた。
ずっと忘れなかった声。忘れたかった声。でも耳の奥深くに、馴染んでいた声。
似ていると思う間などなく、聞いた瞬間、花はその声がかの人のものだと本能で確信していた。
一欠片の迷いも疑いもなく、ここにいる人間が孟徳だと、嫌でも知ってしまった。
あれほど見つかるのを恐れた相手だから、相手の言葉を信じたふりをして逃げようかと、少しだけ考える。
花は気付いたのに、たぶん孟徳は掴んだ先の手の先の娘が花であるとは思いもしてないだろう。
でも迷いは、孟徳の僅かに乱れた息遣いで霧散してしまった。
花の性格上、ここにいるのが孟徳であっても、他の人間であっても、見捨てていけるわけはない。
それに掴まれた腕に、濡れた感触を感じて杞憂が現実だったことを知る。
「怪我をしてますね?」
「かすり傷だから、本当に大丈夫だよ」
「嘘です」
思わずとっさに強い言葉で返した。
かつて孟徳は花に嘘は吐かないと言ったのに、今の言葉は間違いなく嘘であることが分かる。
「即否定だね。酷いなぁ」
見知らぬ女に嘘だと否定されたのに、孟徳は相変わらず女の子には優しいのか怒る様子はない。
「手、濡れてます。それ血ですよね。それに随分呼吸が乱れてます」
細身な身体だったけれど、孟徳は一流の武人だった。本当にかすり傷なら、今のように不規則な荒い息遣いをする筈などない。
「冷静だね。血なんて気持ち悪くない?」
その一言で、孟徳が花の先ほどの診療所の者という言葉を疑っていたのが分かる。
けれど花はそれを不快には感じなかった。孟徳はその特別な地位もあって、一見あからさまな警戒感を見せないけれど用心深い。
それはたぶん、あの華やかな自分の邸の中でも同じだった。
「治療も手伝っているので慣れてます。止血は自分でしてますか?」
「一応ね。少しは心得があるから」
「ならば行きましょう。もう表の道もすっかり暗いので、人と行き交っても顔までは分からないと思います」
今、この道は暗い。お互いの顔もわからないから孟徳も気付いていないし、花だって少しは平静を保って話していられる。
でも互いの正体を知った時、それは可能だろうか?
けれど花のそんな迷いを断ち切るように、くっと小さく呻いて孟徳が花の腕を離し、身体を丸めて大きく息を詰めた。
「大丈夫ですか?とにかく行きましょう」
先を促す女に、孟徳は暗闇の中で思わず不審の思いを抱いて懐疑的に、そこに居るであろう娘を、何者かと見極めるように鋭く見つめた。