診察の待合室で偶然強面の男性と目が合った。その男性は眉間に皺を寄せ腕を組み不機嫌そうに座っていた。
ここは病院。みんなそれぞれの想いがあって来ている。私も症状が辛い時はきっと眉間のシワがよっているはずだと思いつつ、また目が合わないようにとスマホを片手に診察に呼ばれるのを待った。
私の一つ隣の席には腰の曲がった小さなお婆ちゃんが杖を持って座っていた。
昔大好きだったお婆ちゃんを思い出した。
季節的にもお終わかれが近づいていた頃と重なる。
そのお婆ちゃんの横に座っていた人が診察で名前を呼ばれ、席が一つ空いた。
それと同時に、視界に入っていたあの強面の男性が近づく気配を感じ
次の瞬間にはお婆ちゃんの横に腰を掛け話を始めていて驚いた。
もっと驚いたのは、その男性の声だった。
”熱、測ってもらったんか みんな受付で測ってもらってなかったか?”
優しく温かい声だった。
男性は、お婆ちゃんの息子とその時判った。
お婆ちゃんが、
”まだしてもらってないよ、えぇよ。”と静かに息子さんと同じように優しく答えた。
二人は会話を静かに続けていた。
ちらりと男性を見ると、さっきの男性とは思えないほど腰を丸くしてお婆ちゃんを守るように座っていた。
私の頭の中で初めは強面に思えた男性の姿が、二人の会話が聞こえる中でどんどん変化し始めた。
それは、男性がまだ5、6歳くらいだった坊やの頃の姿。母を心配する坊やの姿。
”おかあちゃん、大丈夫?”
母の裾をぎゅっと握りしめ心配そうに声を掛ける坊やの姿が浮かんでは、
優しい母の眼差しと返事が聞こえてくるようだった。
かつてはあったであろう二人の時間を私は知る由もない。それでも自然と二人の映像が私の中に沸きあがり駆け巡った。
これまでの歩みの中であったであろう数々の出来事、沢山の笑顔と涙が。気づけば、自分の目には涙で前がぼやけて今にも大粒の雫がこぼれそうになっていた。
私は、眠気であくびをしただけという平常を装い、気にしなければ誰も見ていない自分自身を少し恥ずかしく感じながら、それでも心の中のせつないような温かく忘れられない何かを感じて、涙で滲んだまま掲示板を見てじっと座っていた。
男性は静かに立ち、受付へ行った。受付の女性が失礼しましたと頭を下げるようにこちらへ向かってきた。
熱を測る機器を片手に受付スタッフがお婆ちゃんのもとへ腰を下ろし、
”お熱はないですよ、大丈夫ですよ。”と声を掛けた。
二人は同時に頭を下げた。温かい空気が二人を包み込んでいるようだった。
遠くから私の名前が呼ばれていることに気が付き、私は涙がこぼれないように上を向いたまま席を立った。