岩波文庫・吉野源三郎著「君たちはどう生きるか」を読みました。
1937年。ちょうど盧溝橋事件が起きた年に出版された本です。
息子が中学生になるということで、
彼が(…そして私が
)いろいろな壁にぶちあたった時に、
気の利いたアドバイスができるように…と、そんなことを考えながら
本を選んでしまう今日この頃です
「君たちはどう生きるか」は、15歳の男の子コペル君の日々の生活を
軸に、父親がわりの叔父さんが助言していくという構成になっています。
一言で感想を言うなら、「目線を高くしてくれる本」ということになるのかな…?
コペル君と叔父さんの間で話題になった偉人や、コペル君と友人たちとの関係等々を、少年の目線から少し大人の目線に持ち上げてくれるような内容だと私は思いました。ん~…なんというのかな…。親世代である私が読んでも、「あぁ、そういう視点があるのか!」と視野がひろがったように感じる読後感というのでしょうか。
私はとくに「石段の思い出」という章に書かれていたコペル君(本名・潤一君)のお母さんのエピソードに、共感を覚えました。
一部を抜粋してみると、
「潤一さん。大人になっても、ああ、なぜあのとき、心に思ったとおりにしてしまわなかったんだろうと、残念な気持で思いかえすことは、よくあるものなのよ。
どんな人だって、しみじみ自分を振りかえって見たら、みんなそんな思い出を一つや二つもってるでしょう。大人になればなるほど、子供の頃よりは、もっと大きなことで、もっと取りかえしがつかないことで、そういう思いをすることがあるものなの。~だから、その時、その時に、自分の中のきれいな心をしっかりと生かしてゆかなければいけないのだということも、あの思い出がなかったら、ずっとあとまで、気がつかないでしまったかも知れないんです。~」
これは、友だちとのある約束を破ってしまったことで自責の念にかられ悩むコペル君に、何も事情を知らないはずのお母さんがかけた言葉なのですが…。
縫い物をしながら、じつにさりげなく自分の失敗談をコペル君に話し出し、この言葉につながっていきます。
物語とはいえ、こういうお母さんになりたいなぁと思いました…。
私はといえば、ファンファーレかドラを鳴らしながら、そりゃあもう聞いて聞いて!というオーラを出してお説教モードに入ってしまいますので…
ポプラ社からジュニア版も出ているようですが、
まずは大人から読んでみたい一冊のような気がしました
1937年。ちょうど盧溝橋事件が起きた年に出版された本です。
息子が中学生になるということで、
彼が(…そして私が

気の利いたアドバイスができるように…と、そんなことを考えながら
本を選んでしまう今日この頃です

「君たちはどう生きるか」は、15歳の男の子コペル君の日々の生活を
軸に、父親がわりの叔父さんが助言していくという構成になっています。
一言で感想を言うなら、「目線を高くしてくれる本」ということになるのかな…?
コペル君と叔父さんの間で話題になった偉人や、コペル君と友人たちとの関係等々を、少年の目線から少し大人の目線に持ち上げてくれるような内容だと私は思いました。ん~…なんというのかな…。親世代である私が読んでも、「あぁ、そういう視点があるのか!」と視野がひろがったように感じる読後感というのでしょうか。
私はとくに「石段の思い出」という章に書かれていたコペル君(本名・潤一君)のお母さんのエピソードに、共感を覚えました。
一部を抜粋してみると、
「潤一さん。大人になっても、ああ、なぜあのとき、心に思ったとおりにしてしまわなかったんだろうと、残念な気持で思いかえすことは、よくあるものなのよ。
どんな人だって、しみじみ自分を振りかえって見たら、みんなそんな思い出を一つや二つもってるでしょう。大人になればなるほど、子供の頃よりは、もっと大きなことで、もっと取りかえしがつかないことで、そういう思いをすることがあるものなの。~だから、その時、その時に、自分の中のきれいな心をしっかりと生かしてゆかなければいけないのだということも、あの思い出がなかったら、ずっとあとまで、気がつかないでしまったかも知れないんです。~」
これは、友だちとのある約束を破ってしまったことで自責の念にかられ悩むコペル君に、何も事情を知らないはずのお母さんがかけた言葉なのですが…。
縫い物をしながら、じつにさりげなく自分の失敗談をコペル君に話し出し、この言葉につながっていきます。
物語とはいえ、こういうお母さんになりたいなぁと思いました…。
私はといえば、ファンファーレかドラを鳴らしながら、そりゃあもう聞いて聞いて!というオーラを出してお説教モードに入ってしまいますので…

ポプラ社からジュニア版も出ているようですが、
まずは大人から読んでみたい一冊のような気がしました
