ニュースの真実

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東京消防庁ハイパーレスキュー隊 を語る猪瀬氏

2011年03月24日 | 東北地方太平洋沖地震
東京都副知事 猪瀬直樹氏ブログ (2011年3月21日)

福島原発の放水活動で東京消防報告。今後の教訓にしたいこと。
3月21日15時すぎ、石原知事と京王線幡ヶ谷駅に近い消防学校へ行った。
福島原発で活躍した139人の隊員たちの慰労のため。

「皆さん、ほんとうにありがとうございます」と、石原知事は涙ぐんで慰労した。
消防隊幹部と現場の状況について報告を受けた。問題点として、政府・東電の指揮命令系統が明確でないことがわかった。今後の現場の活動をよりスムーズにするために、以下の点を記録しておきたい。

○ 本部は原発の現場より20km離れたところに前線指揮所が設置されている。
○ 地震発生当初は現場と前線本部をつなぐ、無線の状態が悪く、現場の状況がよくわからないようだった。
○ 現場を知らない本部の人達から、東京消防庁が現場で判断した方針を変更するよう度々要求された。
 ・放水は当初4時間の予定だった。その後状況を勘案し、必要に応じ再度放水することにしていた。
  しかし、連続して7時間放水し続けるよう執拗に要求された。結果として、7時間放水することになったが、
  そのため2台ある放水塔車のうち1台がディーゼルエンジンの焼き付きにより使用不能となった。
 ・東京消防庁にて海から放水塔車までの給水ホースの設置ルートを800メートルの最短距離で、設定していたが、遠回りにするように執拗に要求された。
 ・「俺たちの指示に従えないのなら、お前らやめさせてやる」の発言もあった。
○ 職員の命を預かる隊長としては、現場をわかっていない人達に職員の命を預けるわけにはいかない。
○ 消防庁は、自衛隊の指揮下に入ったが、現場の自衛隊員と消防庁の職員とはお互いに協力して、事態に当たった。
○ 防護服は放射線を遮断できない。そのため、各職員が携帯している積算被爆放射線計と活動時間の管理を厳密に行った。
○ 放水は16名によって行った。隊員の状況に応じていつでも交代が出来るように、その後ろにバックアップの職員を待機させながら、放水した。
○ 東京消防庁が放水する際に使ったホース800m(口径15cmドイツ製)を今後も活用できるように現場にそのまま残してある。
  普通のホースは6cmである。今回の太いホースはオランダで使われている特別製のもの。
○ 原発への放水には大阪市、横浜市、川崎市など政令指定都市からも申し入れが入っている。
  以後、放水塔車や特別製ホースなどインフラを使ってもらうなど調整は東京消防庁が行っていく。

最後は必ず体を張った仕事。命を賭して大変危険な原発の対応をして下さっている東京消防庁隊員、そのご家族に心から感謝。
大臣がとやかく言わなくても、皆様は頑張って下さいましたよ。 余計なことをするくらいなら何もしないでくれ----っ

原子力安全・保安院の罪

2011年03月24日 | 原子力安全・保安院
原子力安全・保安院は最前線で原子炉の現状把握をしなければならないはずが、最前線の状況報告は東京電力に丸投げで、自分たちは原発から50km離れた安全地帯から高見の見物です。地元住民の避難指示は30kmなのに!

原子力安全・保安院( NISA)
日本の官公庁のひとつ。資源エネルギー庁の特別の機関である。
経済産業省の一機関であり、法令上の位置付けは「資源エネルギー庁の特別の機関」とされる。
2001年(平成13年)1月6日、中央省庁再編の際に新設され、初代院長には佐々木宜彦が就任した。
東京都千代田区霞が関の本院の下、地方機関として全国の所要の地に産業保安監督部、原子力保安検査官事務所などが置かれている。

<任務>
原子力、電力、都市ガス、高圧ガス、液化石油ガス、火薬、鉱山関係の施設や産業活動の安全規制、保安を所管し、これらの施設に対しては必要に応じて、立入検査、報告徴収、改善命令等を行うことができる。

<検査事務>
原子力施設に対する検査事務のうち、専門的実務的検査については自ら行わず公益法人に第三者委託されていたが、公益法人制度改革の流れの中で行政委託型公益法人のあり方が見直され、これら一部の検査事務を原子力安全・保安院から切り離し独立行政法人に行わせることとなり、2003年10月1日に新たに独立行政法人原子力安全基盤機構が設立され業務が移管された。

独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES)
経済産業省所管の独立行政法人。

所在:東京都港区虎ノ門3-17-1
設立:2003年10月1日
理事長:成合英樹
理念 :強い使命感を持つ 科学的・合理的な判断をする 中立性・公正性を保つ ←悲しい(涙)・・・

東京消防庁ハイパーレスキュー隊の派遣を断った管首相

2011年03月24日 | 民主党 管直人
当初ハイパーレスキュー隊派遣を打診していた石原都知事

しかし、管首相はそれを断ったらしい。
事態が相当悪化してからハイパーレスキュー隊を要請し、挙句の果てに海江田経産相の恫喝劇。
悪化以前に要請していれば被害の拡大を現状よりも押さえられたのではないかと悔やまれてなりません。

そして、猪瀬副知事のブログによると、ポンプが壊れるまで放水を強要していただけでは無く、現場で決死の作業のさなかに指示をたびたび変えたり、最短コースで設定したホースを執拗に変更するよう要求していたようです。

ハイパーレスキュー隊による放水作業は、現場の高い放射線と爆発による瓦礫が散乱するという悪条件の中で実施されており、政府の閣僚が安全地帯からふんぞり返って高圧的な姿勢をとっている様子が本当に情けないし、原発で作業をしていただいている関係者及びそのご家族に心から申し訳なく思います。

天皇陛下「京都に避難」の噂(うわさ)

2011年03月24日 | 皇室

天皇が京都御所に避難されたようだ

大地震発生から3日後の3月14日にもたらされた情報。
電話の主は、ある官公庁の幹部。寺社関係者より、福島原発が爆発したその日の夜に天皇陛下が皇居を出て、京都御所に避難したという話を聞いたという。報道関係者にも知らせてないというのだ。

宮内庁広報課より
「京都に避難? なぜですか。震災の影響でということですか。ありません」
天皇陛下は皇居にいらっしゃるとのこと。
インターネットにそのような書き込みにあったという話は聞きているが、東京は安全なので避難される必要はないでしょう。

噂の出どころ
京都で要人警備の予行と思われる動きがあったことから始まった噂らしいです。
黒塗の車列、警察の車列の様子を見た人が「天皇陛下でもいらっしゃったのか?」と尋ねたのを、周りにいた人が聞きつけ次第に「天皇陛下がいらっしゃった」の断定形になったようです。時期が時期だけに「京都御所に避難」という信憑性を持った話として広まったみたいですね。

天皇陛下は京都御所への避難を「拒否」
これも噂に域を出ませんが、天皇陛下にお移り頂くように誰かがご進言したところ陛下は「国民とともに過す」ときっぱり拒否されたそうです。何度ご進言申し上げても陛下は拒否された、とのことで現在も皇居(東京)にいらっしゃいます。

天皇陛下 3月17日に皇居・宮殿「松の間」で認証式
3月17日(木)午後、皇居・宮殿「松の間」にて、仙谷由人官房副長官が天皇陛下から認証を受けていますので、少なくてもこの時点までは皇居にいらっしゃったことは分かります。私個人としては「国民とともに過す」のお言葉を信じています。