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 「Around the world 」 感じた事を徒然なるままに・・・

世界各地の徒然、音楽、美術、時空をワープしてぼんやり世界の呟き。思ったこと、感じたことを徒然なるままに。

モスクワ 

2011-10-02 00:26:48 | 旅行

赤の広場・クレムリンを紹介する。ロシア語でクレムリンは城塞を意味する。その名の通り、モスクワ川に囲まれた位置にクレムリンは建っている。

 

 

ロシアの国旗と言えば、白・青・赤の3色を三等分に横に配列した国旗である。これは、旧ソ連の崩壊に伴い、帝政ロシアの国旗が復活したものである。この3色は「スラブ三原色」と呼ばれるもので、白は高貴と率直のロシア人、青は名誉と純潔小ロシア人、赤は愛と勇気の大ロシア人を表す。

 

クレムリンは赤色で作られている。この広場の建築を紹介する。

 聖ワシーリー寺院。イワン雷帝が建立。色彩豊かな丸屋根は、国家の統一とそれを支える階層性を象徴したもの。

玉ねぎ寺院などとも呼ばれる。この寺院のミニチュアがオルゴールになってお土産として売られている。

 

 

 

 

国立歴史博物館。上記の聖ワシーリー寺院と国立歴史博物館の間が、「赤の広場」と呼ばれているところ。丁度、何かコンサートが開かれるようで、準備中だった。

 

 

赤の広場すぐ横には、このグム百貨店が建つ。一旦クレムリンの中に入ったら、お手洗いはなかなかないので、このデパートで御用は済ませておきましょう。

 

 

内部はこんな感じで、とても軽くて素敵な感じ。ここの地下の食料品売り場では、こけもものお砂糖漬けやイクラ味のポテトチップスが売っています。ちなみに、無料のお手洗いは、赤の広場側入り口の地下にあります。2階や3階にもありますが、有料で10ルーブルです。^^

 

 

 

 

 

 

ここは、レーニン廟で彼が眠っています。

 

 

 

 

クレムリン内に建立されている、ブラゴシェンスキー大聖堂。イワン大帝の命により、ロシア人建築家が建てた。ブラシェンスキーとは「聖母受胎告知」という意味。

 

 クレムリン各箇所の塔を出ると、緑の広がった公園で外から城壁を見る形になるが、秋色に色づいた木々の合間から見る、赤い色の建物は美しい。

 

 

 

 

次に、ロシアでは珍しい歩行者天国のアルバート通りを紹介する。

ここは、芸術家達に愛されてきた場所で、いたるところで、画家たちが道行く人の似顔絵を書いていたり、自分の作品を並べて売っていたりする。

 

 

 

しばし見とれて、自分が絵を描くときの勉強になった。そして、何となく自分の作品と似た感じの風景や花の絵が多くて、何時間でもお散歩していたいところ。

 

 

詩人のプーシキンもこのアルバート通りに住んでいた。

  アルバート通り53番地。

 

 プーシキンの家の前からは少し離れているけれど、アルバート通りには、彼と妻のナターリア像が見られる。

 

歩き疲れると、カフェが至る所にあるので、コーヒーブレイクを楽しむことができる。

 ロシア風のカフェで、外でお茶を楽しむときに寒くないように、ビニールハウスになってる。

 

 

 

 

おなじみは、この2軒かしら??

 

お店の中に入っている時間が勿体なくて、地下鉄入口の売店で買った「green tea」のペットボトルを片手に、道端のベンチに腰かけて30分くらい道行く人と夕暮れのモスクワ街を楽しんだ。寒かった~~~。

グリーンティーと書いてあっても、日本の緑茶とは大違いで、お砂糖が入っていてあまくてライムの香りが付いていて、レモンティーとも言えず、なんともいえない独特のグリーンティーだった。

 

そうそう、私は購入していないけれど、スターバックスでは、ロシア人形のマトリョーシカのタンブラーも売っていますよ。^^

 

このアルバート通りでの、私の収穫は、古本市が立っていたので、そこで、ロシアの磁器絵付けの本を購入。それと、一本外れた、新アルバート通りのモスクワ一の大きな書店で、キリル文字のテンプレートを購入。

 

今年のクリスマスカードは、キリル文字でデザインをしてお世話になった方に、一年の締めくくりのご挨拶をするつもり。^^

 

10月に入ったばかりだというのに、もう年の瀬の事を考えて行動しなくてはいけないですね。秋からクリスマスや年末にかけては寒いけれど、一番華やかな季節でもあり人恋しくなる季節でもあると思う。

 

素敵な残りの3か月にしたいですね?^^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ロシア 「芸術の秋」

2011-10-01 00:22:14 | 旅行

今日から、もう10月。秋は何の季節?人により感じ方は様々であっても、食欲の秋は共通かしら?^^ 芸術の秋を一足先に感じたくて、ロシアに行ってきた。今朝(930)に、帰国した。

 

 

 

 

エルミタージュ美術館や、バレエを楽しんできた。ロシアの有名なバレエ団は、海外公演が多く、秋冬が本国での本番の季節である。 

演目はチャイコフスキーの「白鳥の湖」、3幕と4幕。

 

 

大きな劇場で、劇場建築を楽しむためではなく(そうなると肝心のバレエが小さく見える)、比較的小さ目の劇場で、しっかりとバレエダンサー達の美しさを鑑賞してきた。

 

 

  

 

後ろのコールドバレエ(群舞)のダンサーに比べてプリマドンナは、一回り小さく華奢で、瀕死の白鳥が美しかった。そして、ジークフリード王子のプリンシパルは体格が良かったが、彼女の華奢さのお蔭で、より身長が高く大きく見えた。リフトアップの姿も絵になっていて、ウットリとバレエ鑑賞を堪能してきた。 

それと同時に、自分を反省・・・・ 

 

 

トウシューズではない、赤いバレエシューズを今でも持っており、実は気合を入れて室内をお掃除するときには、このバレエシューズを履いて、踊りながら?片足を上げ回りながら、掃除機を掛けている・・・(人様に見せられない姿^^)

 

 

 

今回の旅で、写真を1000枚も撮ってしまい、秋を自分なりに鑑賞してきた。 

全く絵になっていないような物でも、自分の感性に訴えたものは総てモチーフとして、気の向くままに写真に収めたので、1000枚にもなってしまった。 

でも、一瞬一瞬の時間が二度と戻る事のない愛しい時間に感じて、道端に落ちている紅葉にも、心が動かされてシャッターを押してしまった。 

 

日本より一足早い、秋を堪能。 

ナナカマドの赤い実、黄色く色づく木の葉、吹き付けられた落葉、道端に落ちたどんぐり。 澄んだ空気の中を舞う鳥たち。

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

ロシア人はキノコが大好きで、田舎の道端でも簡単な台の上に、色々なキノコが並べられていて売っていた。この写真のキノコは、毒キノコ?かもしれないし、写真としては美しくないかもしれないけれど、秋の恵として私の目に留まったのも、きっと縁があるからだと思い、シャッターを切った。 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

野辺の花は、此れから冬を迎えるというのに、わずかな太陽の光を感じて力の限り咲いているように感じた。

 

 

今、ロシア民謡「ともしび」「バイカル湖のほとり」「赤いサラファン」「ちいさいグミの木」「白樺の野に立って」「果てしなき荒野」「カリンカ」「トロイカ」「黒い瞳」「ステンカラージン」「一週間」「ボルガの舟歌」などを聞きながら書いている。このブログでは、音楽を流せないのが残念である。

 

 

 

 

 

針葉樹も、目立たないながらも新陳代謝を行っており、新芽が薄い色をして、冬の寒さを乗り越えた枝葉はより、深い緑色に変化していく。その木下で、ぼっくりを拾ってきた。細長い感じのもので、このままだとあまり美しくないけれど、完全に乾燥させてから、ゴールドやシルバーのスプレーで色づけをして、クリスマスのリースを作る予定。

 

 

寒いクリスマスの時期でも、私の居る室内は温かく華やかにしたいもの・・・・

そして、ウオッカを飲んでますます温まるのぉ~^^

 

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パロ空港と人の幸福

2011-09-11 00:00:01 | 旅行

 

その時、ドゥルックエアー、ローヤル・ブータン航空で、バンコク発ダッカ経由で、ブータンの首都ティンプーに向かった。

 

バングラディッシュのダッカは、赤軍派による日航機ハイジャック事件のあった所。

ダッカのジア国際空港(2010年シャージャラル国際空港へ名称変更)へ、着陸の最終体制に入った所。僅かに写真右上に見えている、左翼の先から上は、重たい霧が立ち込めてきた。

 

 

その数分前に、機が高度を下げたときは、狭い機内の右から左から、旋回するたびに眩しい程の光が入り込み、思わず外を覗くと、バングラディッシュの土地は、まるで巨大な鏡のように光を跳ね返して美しかった。しかし、それは水田の姿ではなく、常に水害に悩まされているバングラディッシュの姿だった。

もう、雲に隠れて太陽が見えないので、この写真はどんよりとしている。

 

 

ダッカで給油を行った後、いよいよ最終目的地のブータンに飛び立った。このルートは、美しいヒマラヤ山脈を見ながら山あいを通り抜け、世界で最も壮観なフライトと言っても過言ではない着陸である。

2004年にエアバス300系が飛ぶようになり、空港も少し前に新しくなっている。といっても、一般的な空港ビルとは全く程遠い。

 

しかし、ブータンは標高2000メートル以上の、ヒマラヤの山々に囲まれた国で、平坦なところはパロ国際空港のある場所しかない。これが、旧パロ国際空港である。

 

 

 

え?どこ?上空からの様子を見なれていないと、この写真は理解し難いが、山のすぐ手前が滑走路。写真真ん中辺にある、掘立小屋?風の建物に風で屋根が飛ばないように?それとも美観???で、屋根の上に漬物石位の大きさの石が、ごろごろと載せられている。管制塔が見当たらないけれど・・・・

あと、もう一度180度の急旋回で、着陸する。

 

 

パロ空港は、海抜2500メートルの高度で、ブータン首都ティンプーの西に位置し、5500メートル級の高い山々に囲まれている。その間をすり抜けるように垂直?に感じてしまうほど、急降下で幅150メートルしかない滑走路に着陸する。ジェットコースター以上、スリル満点かも・・・

 

 

しかも、航空管制が配置されておらず、パイロットの視力のみが頼りの有視界飛行方式で、日の出から日没までのみの空港である。711日の日記「モモ」で、ネパール・カトマンズのドリブバン空港について書いたが、そんなものじゃない。

 

 

霧により視界ゼロなら、どんなに目の良い人間でも全く見えないが、日の出や日没の時の山の影が出来るときは、大丈夫なのだろうか?パイロットは視力8.0位望みたいよ~。大型機ならば、急旋回しても体感しにくいが、小型機だと機の動きがハッキリ体感してしまう。

 

 

 

 

ブータン建築の特徴を示すゾンや、特産品のリンゴ焼酎、民族衣装のゴとキラ、鎖国について書こうかと思ったけれど、(確か、以前の日記で書いた記憶が・・・あんまり、毎日のようにおしゃべりをしているので忘れた)長くなるので省略。^^ いろいろな写真も大量にあるけれど、省略。^^

 

 

元々山岳地帯であるが、さらに高地へと車をすすめた。写真では解り難いが、道路谷側は、本当に谷間でカーブが曲がり切れるか、いつも冷や冷やしていた。絶壁で怖かった。車に座っていても、谷側は生きた心地がしない。そのカーブが恐ろしいほど続く。

 

 

 

 

時折、素朴な現地の方の生活を垣間見ることが出来る。二人の子供をタライ?に入れて水浴びをさせながら、手で洗濯を行う母親の姿。

もしかしたら、数十年前の日本の姿であったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

ブータンから帰国をして直ぐに、アメリカ・ラスベガスへ飛んだ。

そこでは、不夜城でネオンが輝きカジノに集う人々。私も少々??スロットで遊んだ(恥)。

「チッ!やられた!」等とは、全く思いませんでしたよ。^^

お澄まし、お澄まし^^

 

 

 

 

 

お金があってもなくても、物質に恵まれていてもいなくても、人の幸せの度合いというのは、何処の国でも変わりないかもしれない・・・そんな風に感じた。

 

 

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北へ! その3

2011-08-29 00:07:00 | 旅行

小雨の大通公園を歩いて見た。ここは、2月の厳冬の時期には、雪祭りが行われるところ。

 

 

  

雪像や氷像は、溶けると危険と言うことで、お祭りの期間が終わると、取り壊されてしまう。とても精巧にできているのに、壊すのは惜しい気がするが、気温が上がって醜く崩れた様子を晒すよりも、幻の様で美しいのかもしれない。雪まつり期間以外では、冬の間はイルミネーションが施されていて、とても幻想的で氷点下にも関わらずに、長い夜が美しい。生憎の小雨で青い空は見れなかったが、自分が見た光景を写真に撮ってみた。

 

 

 

 

  

 

ニュースを見ていると、レオナール藤田の絵を北海道立近代美術館が数億円(金額は忘れた)で購入検討していたが、知事がそのお金があるなら,他にお金の使い道があるということで難色を示したようだ。行き先が決まっていない問題のその絵は、今月末頃まで時計台に展示されており、今なら無料で鑑賞できた。でも、この写真を撮った後のニュースで、そのことを知り残念!

   ここでも、三角屋根の直ぐ下に星がキラリ。

 この札幌時計台は、日本三大がっかりだとか。

「えっ!こんなにビルの合間に埋もれて小さいの、これ??なんだがっかり!」と言うのが理由らしい。

でも、洋風建築で北海道らしいし、札幌らしい。このアングルで撮るには、道路を渡り向側から上部だけを望遠で撮るしかない。前景をきれいに撮りたかったが、ビルの谷間に建ち、そして道路すぐに面しているので、必ず通行中の車が写ってしまい難しい。絵ハガキだととっても美しいのに・・・絵葉書は、道路を挟んで真正面のホテルの2階テラスから撮っているのね?

 

次に訪れたのは、旧北海道庁赤レンガ庁舎。

 

 

時計台から札幌駅方向へ歩いて程なく、旧北海道庁がある。赤レンガ庁舎の前には、イチョウ並木が美しい。今の時期よりも、やはり秋深い時期の真っ黄色のイチョウ並木と赤レンガの対比が美しい。実際の行政を賄っているのは、後ろに見えているビルの庁舎で、赤レンガは観光名所で市民の憩いのお庭でもある。

時折、画家がイーゼルを立てて絵を描いている。実は、私もそういうことをしたことがある・・・(恥)

そうすると、人が後ろによって来て見られてしまうので、私は描けない…(恥)

私の場合は、写真で、その場その場のその時を捉えて楽しむ。後で一人になり好きな音楽を掛けながら、ゆっくりと頭と心の中のその時の情景、自分が感じた事、風の雰囲気、花の香り、湿度、温度を五感で思いだして、そして、一気に描き上げる方が向いているみたい。

 三角屋根に付いている小窓の上部にも星。 

1888年(明治21年)に、ネオバロック様式で建てられた。

     

ま~るいこんもりとした枝葉の木は、いちいの木。北海道ではオンコの木と呼んでいる。赤い実をつけて、赤とグリーンの対比がクリスマスみたいな感じで可愛いらしい。この赤い実は、甘い。

 

赤レンガを背にすると、こんな感じ。

正面入口の門の前には、観光馬車が待機している。

 この白馬は銀太君というのね?白馬にまたがる王子様は、いや御者なぜかカウボーイ風?!

 

さらに、赤レンガ庁舎の前庭の左右には、池があり睡蓮が花咲き、その合間を水鳥が優雅に泳いでいる。この光景に暫く見とれていた。

 

 

 

印象派モネの睡蓮を見ても、同じことを感じるのだが、蓮の花は泥の中で花を咲かせる。

そして、水鳥は優雅にすいすいと水面を滑るように泳いでていても、見えない水面下での足の動きは相当な運動量である。睡蓮と水鳥の姿を見ると、自分も優雅に努力の姿を見せずに、美しく花咲き結果を出せるよう頑張らなくちゃと思う。

 

 

いつものことだけど・・・

最近は、一寸怠けてしまった・・・・

 美しいお花を見ると、心が和む。頑張らなくっちゃ・・・・

 

 

北へ! おしまい。^^

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北へ! その2

2011-08-28 00:01:55 | 旅行

北海道の人は、ほとんどが巨人ファンだと言われていた。でも、今殆ど多くの人がファイターズのファンのようである。 

JR札幌駅の電光掲示板では、「がんばれファイターズ」と文字が光っていた。   

 

 

こんな2種類のデザインのファイターズティッシュもあるようだ。そして、ファイターズポテトチップス。これを食べながら札幌ドームで応援すると良いのかしら?^^

 

  

 

 

 

 

TVニュースによると、北海道のあちらこちらで、被災者の方を受け入れているようである。小樽で初めてのセーリングを経験したの親子の被災者の方が歓びを表現していた。また、夕張でキャンプファイヤーを囲んだ、被災者の方もしかり。帯広では、被災地のサッカー場の代わりに、サッカーが行われていた。今後は東北の代わりに帯広を検討中だという。 

 

JR札幌駅に入ると、コンコースの天井に横断幕が掲げられていた。 

「がんばろう東北 がんばろう日本 心はひとつ」と書かれていた。じんわり来てしまった。 

  

 

札幌駅南口の様子。

 

 

星の時計がモダンな感じ。駅ビルの名前も日本語にすると、星広場のようですね。北海道の人は星が好き?!

 

電車にも北斗星と言う名で、星のマークのものもある。サッポロビールも星。

 

  巨大な広告塔です。

 

白樺が植えられていてその前には、「牧歌の像」と言うブロンズ像がある。白樺の樹皮を燃やすと良い香りがするのよね。

 

 

 

      

 

 

駅からの反対方向を写すと、すっきりとした無機質な感じ。ガラスの入り口は、ルーブルの入り口みたいね。でもルーブルはピラミッド形。

小雨で一揆に秋の気配を感じさせられた。

 

 

 

 

 

 

これは特別なバスや観光バスではなくて、普通の札幌市内を走るJR定期路線バス。こういうデザインの他、観光地が描かれているバスもあり、思わずカメラを向けてしまった。

 

 

 

このバスの運転手さんは、セミロングのヘアを肩まで垂らしていて、美しい女性でした。「右に曲がります」「左に曲がります」「停留所を通過します」「次止まります」「ありがとうございました」と、その都度アナウンスをしながら乗務していた。無論彼女だけではなくて、他のバスに乗っても男性乗務員も同じように声掛け乗務をしており、とても気持ちが良かったです。

 

 

色々なデザインの明るいバスに乗ると、車窓の外に広がる風景が、とても意味のあるように感じた。そして、一瞬たりとも、そこに留まる事のない時間の流れが愛しく思えてきた。今、この時を生きなくちゃ・・・

 

もし、時空をワープして過去に戻れるとしたら??ドラマの「仁」を見ていて(といっても一度だけダイジェスト版しか見ていないが)、そんなことありえないのに、タイプスリップしたあの時、あの瞬間に戻って主人公の思うまま活躍させてあげたい気持ちになった。まぁ~ドラマだから。

 

未来は黙っていてもやってくる。こうしている間にも時間は経過していく。でも、だらだらしていたら、それなりの未来しかやってこない。

過去は自分から戻って意識をしないと、これも黙っていてもドンドン積み重なってしまう。

 

やっぱり・・・

今、この時を充実させて生きなくちゃ・・・

 

 

 

 

 

 

その3に続く

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北へ! その1

2011-08-26 17:01:15 | 旅行

 

 しばらく留守にしていた。今朝の便で帰宅したら、とっても蒸し暑いの。そして蝉がまだ煩い。でも、さっきまでお天気が良かったのに、今は空が暗くなってきた。そして、ゴロゴロと音がしている・・・・

ああ~大雨になってきた。

 

 今回、東北を超えて北上する事に、何とも言えない気持ちになり、ずっと眼下に日本の土地を見ながら飛んでいきたかった。山形上空を通過しながら北上するならば、丁度本州の真ん中あたりを飛び海岸線ではないのだろうけれど、東北上空の間は、手を合わせてずっと祈りながら、飛んで行こうと思っていた。生憎の満席で望みの席は塞がっていた。仮に席が取れていても、今回のフライトはお天気が悪くて眼下は望めなかっただろう。そして、とても揺れた。

 

 

だから、アップした写真は、帰路で写したもの。

 

 

機首が北海道から出た瞬間。

 

すぐ眼下は苫東で左側に日高地方が広がる。鏡の様に張り付いた海をしばらく眺めていた。本州・東北地方上空になってから、手を合わせて暫く黙祷をしてきた。

 

 

自然が描き出す色はなんて美しいのだろう。

青い空、海。緑の平野や山々。 

 

 

 

 

千葉上空。向こう側に海岸線が見える。

 

 

 

北海道の雲と違って、眼下の湿度の高さを示すようなモクモクの雲。

  

 

着陸への最終態勢に入った。

翼の真ん中当たりの直ぐ上に点のように、他機が見える。わかりにくいかしら?

 

 

よいしょ。もうちょっと近づいてみよう。はい。見えますね?

 

 

 

 

  

東京湾の工業地帯を見ながら着陸すると、スカイマークが可愛らしく並んでいるのが見えた。可愛らしいペインティングだと見ていたら、もっと素敵で可愛いものを発見!

 

 

 

 

 

 

こちらに向かって「お帰り~♪」と言っているような、お茶目なものを発見!♪

機体番号が確認出来るほどに近づいてみますよ!見えました?

 

 

  

そう、赤いハートマーク。翼の先端が跳ね上がった所の、裏返しにハートのマークがペインテイングされているの・・・・

他社は尾翼デザインのシンボルカラーで塗りつぶしが多いけれど、スカイのハートには微笑んでしまった。^^

 

以前、一度だけ急遽旭川往復でスカイマークを利用したことがあった。(旭川便は2社しか飛んでいない)。LCCを侮ってはいけないな~と思った。座席シートは革張りで品があり、男性乗務員は手荷物をさっと持ち上げてヘッドラックに入れてくれた。下ろすとき一寸大変かも。。。と思っていたら、また、さっとやってきて下ろしてくれた。ドリンクサービスは有料だったけれど、100円で地上で買うより安価だったし、不要であればソットしておいてくれる。女性乗務員は、若くてポニーテールが可愛くって、ポロシャツ姿が元気いっぱいで、その時は悲しみで飛行機に乗っていたので、気持ちが明るくなった。

 

  

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

千歳空港に到着すると、気分はすっかり秋めいた。北海道ではお盆が過ぎると、一期に気持ちは秋へ向かう。まだ、8月末まで何日もあるというのに、小中高と2学期が始まってしまう。

 

 

短日性のお花と言えば、コスモス。ピンク色が可愛い。

 

 

 

未だ夏の気配が十分で、人間は見逃しがちな、少しづつ日照時間が短くなっているのを感じて、気が早くて一番先に咲いたお花は、小ぶりの可愛らしいもの。細い葉を揺らしている姿は、微かな風にもそよいでいる姿が美しく可愛らしく愛おしさを感じて、思わず手に取ってしまった。真夏の無風状態ではないことを、私たちに教えてくれる。敏感に気候を感じて素直に表現するのね?

 

 

 

コスモスをティーカップに表現してみた。これは、820度の一度焼成で焼いてみた。ソーサーの向こう側には、自分の名前を入れてみた。コスモスの時期だけに楽しむティーカップ。

 

 

 

秋の風に揺れて、沢山コスモスが咲き乱れているピンク色は、とっても素敵だろうなぁ~。

可愛いコスモスをキャンバスに描きたくなちゃった・・・

 

 

 

 

今朝の便で帰宅したら、とっても蒸し暑いの。そして蝉がまだ煩い。

 

 う~~~~~ん。コスモスの風情は未だ先かしら???

 

  

 

帰宅すると、いつも一緒の観葉植物が元気がなかった。

 

「寂しい思いをさせてごめんね?」

 

そう声をかけて、お水をあげてモーッアルトの音楽を流したら、ご機嫌が直ってくれたみたい♪

 

 

 

その2へ続く

 

 

 

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ピアノ曲「乙女の祈り」

2011-07-17 00:10:38 | 旅行

ポーランドの女性ピアニスト、バタジェフスカが18歳の頃に作曲した、ピアノ曲「乙女の祈り」が大好きでよく弾いている。ポーランドはショパンと同じですね。彼女は27歳の若さで夭折している。

 

日本ではオルゴールにもなり、ベートーベンの「エリーゼのために」と同じ程、ピアノ学習者にも、そうでない人にも余りにもポピュラーである。

私が子供の心は、ごみ収集車が「乙女の祈り」を毎週流していて、ごみと乙女の祈りが結びつかなくて違和感があったが、とても楽しい時間だった。ごみが収集されて街中が綺麗になるならば美しいことだと子供心に思った。

台湾でも、同じようにごみ収集車が流しているそうな。

 

小学生で弾く子はいても、実際は奥が深くオクターブが続き、難しい曲でもある。本国ポーランドでは、認知度が低いらしい。高い音楽性を求めるお国柄で、バタジェフスカは、音楽教育を受けていない少女ということ、また共産主義下のポーランドでは「祈り」という音場が不適切として見なされて、「乙女の祈り」は受け入れられなかった。

 

有名な作曲家は皆男性だが、女性が作曲していて、少女の思いが込められている純粋可憐なこの曲は、弾いていると自分の心の淀みを洗い流して呉れるようで、色々な祈りの思いが込み上げてくる。

 

これまでの人生で、二人の男性に恋?をした。たった二人ね。いや、でもどれ程口説かれたかわからない365日口説かれていたかな。ははは・・・。(どうせ見えてないからそういうことにしておこう) ^^ 一人は、ポーランド人だった。陰鬱な高緯度の東欧のスラブ民族独特の深い青色の瞳を持った知性あふれる彼だった。母国語のポーランド語は当然として、ロシア語、ドイツ語、フランス語、英語ができ、日本語も勉強していた。今はどうしているかしら?多分、祖国を背負って立っているだろうな。

 

語学の点では決定的に日本人は、不利である。精進あるのみかな。一緒にいると、いつも苦しかった。悩む暇があったら、一歩でも前進あるのみと、いつも苦しかった。

 

クロゼットの奥に、彼から貰ったワルシャワの風景素描画がある。その額の裏には、「レマンさんへ XXより」と、彼の直筆で書かれてある。私の名前を漢字で書くのは、外国人にはとても難しかっただろうに、それまで、彼が日本語を勉強しているのを知らなかったので、とても感動した。私もこっそりとポーランドを勉強していた。ある時、少々ポーランド語で私が話したときに、彼もとても驚いていた。

 

時折、そのワルシャワの絵をクロゼットから取り出してみる。すると、自分の未熟さと、そのころから少しは成長できた自分との両方を感じられる。

 

最近・・・・日本男児の良さも理解できるようになったかも。少しは成長の成果かな・・・・??

でも、「乙女の祈り」が「熟女?の祈り」にならないように、いつでも瑞々しく弾けるようにしておかなくっちゃ。

 

 

 

 

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モモ

2011-07-11 03:23:56 | 旅行

桃?いいえ、モモです。ネパールの餃子です。蒸したり油で揚げたりして、スパイスソースを付けて頂きます。熱々の蒸したてをフーフー言って頂くのが、美味しいのです。

 

ネパールの首都、トリブバン国際空港は、周囲が高い山々に囲まれており離着陸が難しい空港だと言われている。しかも、この空港は1997年まで、レーダー施設がなく、着陸の際には無線連絡とパイロットの目視にのみに頼っていたという。

昔の香港の啓徳空港も高層ビル群の中を急カーブして、離発着していたが、トリブバン空港は、その類とは違う。

 

昨年、香港に行って久しぶりに元の啓徳空港の脇を通ったが、飛行ルートを改めて此処だったと言われて、驚いた。今の空港は、高層ビルを見ることはなくなった。しかし、香港にも緑や自然があったのだと、実感させられて灌漑深いものがある。

 

ネパール空港は、ブータン航空とネパール航空で利用をしたことがある。ネパール航空はボーイングで、ブータン航空は48席の双プロペラのATR機で飛んだ。両社ともパイロットは視力が良いのだろう。十数年前まで、空港にレーダー施設がないなんて怖い。

 

カトマンズ市内の電線に、雑巾か折りたたみ傘がぶら下がっていると思ったら、コウモリだった。街中のあちらこちらに、コウモリの死体が電線にぶら下がっている。コウモリって暗いところを超音波を出しながら、エコーロケーションで周囲との距離を測定しながら飛んでいるのではなかったかしら??そのコウモリが、あちらこちらで電線に引っかかっているの。

 

何処の空港でも、離発着の度にパイロットの技術に感謝の気持ちがわき出るが、カトマンズだけは、本当に心から無事に着陸できたと拍手してしまった。

 

緊張してカトマンズ入りをして、そのあとにホットして目抜き通りでモモを頂くのは、本当に美味しい。

実は街中をバイクに乗ってぶっ飛ばしたことがある。今は昔。ははは・・・

トリブバン空港の離発着より怖かった。

 

バイク!?と思い、ヘルメットが1つしかなかったようなので、それを指摘してお断りするつもりが、

「運転者だけがヘルメットを義務付けられていて、同乗者は不要だから大丈夫。さ、乗って!」とな。

いやぁ~。私が心配しているのは交通基準ではなくて、私のヘルメットが無い事なんだけどぉ~。引くに引けなくて、ここでバイクに同乗しないと女が廃る。いや、そんなことは全くなかったけれど、ヘルメットを用意してもらい、乗りましたとも!でも、無謀だったなと思う。

 

やたらカーブが多く、また車の間を縫って走るので怖くて怖くて。カーブでは、遠心力が付き、ボディが傾くので怖くて、つい反対の方に体重をかけてしまいそうになるが、その方が危険だろうから、運転者にしっかり捕まって、一緒に体を傾けてカーブでは遠心力を感じた。乗り終えたときに、運転者から、ずいぶんバイクの二人乗り慣れているんだね?と言われて驚いた。違うって!生まれて初めての経験だよぉ~。ディズニーランドのスペースマウンテンに乗った時のような気分で、バイクから降りてもしばらく、自分のした経験に興奮してフラフラしていた。二度とあんな経験はしたくない。

 

 

最近富に感じるが、随分多くの方に出会った。そして、出会った方総てから多くの事を学ばせて貰ったと感謝。何か知らないことを教わったのもあり、人の気持ちを教わることもあり、そして、自分のマイナス点を教えられることも多々。

 

多くの偶然が無数に右往左往して、そこに接点ができるのは、果たして本当に偶然なんだろうか?

 

良い出会い、素敵な出会いの偶然も多々あった。

それは、たぶん神様からの匿名のプレゼントなのかもしれない・・・・

 

 

 

 

 

 

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ボスポラス海峡

2011-07-03 02:09:34 | 旅行

トルコのイスタンブールは、ボスポラス海峡を挟んで、アジアサイドとヨーロッパサイドに分けられる。ヨーロッパサイドから船で向こう側のアジアサイドに周る時は、ハワイなどの南国の海とは全く趣が違う、海と空の青さを感じる。

 

ボスポラスは牝牛の通った道(イオの通った道)の意味。ギリシアの大神で女好きのゼウスが、美しい娘のイオを見つけた。嫉妬深い妻のヘラは、イオを牝牛に変えて、虻を放ってゼウスに仕返しをした。この時から牛の耳に虻が入り、気が狂ったように頭を振り、尻尾で虻を追い払うようになった。牛になったイオは虻に苦しんで逃げ回り、各地を彷徨いアジアとヨーロッパを隔てる海峡を通り、エジプトでようやく元の姿に戻った。エジプトでは、牛がいきなり美女に変身したので、化身の牛をそれ以来、崇めるようになった。

 

 

昼のモスク、アヤソフィアも美しいが、夜の闇に浮かぶモスクの尖塔はエキゾチック。

冬のボスポラス海峡は寒くて、モスクの尖塔が空に向かって突き抜けていく感じ。そして、クラゲがふわふわと沢山泳いでいる。透き通る体が綺麗。

 

 

トルコでお茶といえば、アップルティ。お酒は、水を入れると白く濁るウイキョウの香りがする蒸留酒のラク。ギリシアでは同じようなお酒でウゾがある。どちらもあまり上品なお酒とは言い難い。

 

 

 

 

 

夏になると、トルコ石(ターコイズ)のアクセサリーを身に付けたくなる。トルコ石の実際の産地はトルコではなくて、エジプトである。

トルコブルーの印象をデザインしたビーズのキラキラネックレスを付けて見た。色やピンクの組み合わせもいいけれど、漆黒とターコイズのショッキングな色の組み合わせを楽しむのも夏の醍醐味。真っ白にターコイズも綺麗。

 

 

 

 

キラキラしたキャンディみたいなアクセサリーも、キッチュだけれど可愛い♪

 

 

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サロンケバヤと浴衣

2011-06-27 00:01:15 | 旅行

梅雨明けはまだしていないが、いつの間にか春から夏へ季節は移り替わったようだ。いつも進歩のない私は、だらだらしているので、あっという間に時間が過ぎてしまう。まるで、イソップ童話の「アリとキリギリス」のキリギリスの様である。

 

すっかり夏らしくなってきたので、まだ早いが、自宅でゆっくりと過ごす時には浴衣を着ている。それと、サロンケバヤ。ご存知でしょうか?これは、シンガポールの民族衣装である。

 

浴衣もサロンケバヤもどちらも、着るときには髪の毛をアップにして置かなければならないので、暑さ対策でもある。どちらも、コットン制で、半袖はなく、足首まですっぽり覆ってしまうのに、全く性格が違う。

 

片や寸胴に似合うように縫製されてして、もう片方は女性らしい丸みと閉まりがないと似合わないように縫製されている。サロンケバヤは紺ベースと、赤ベースの2着しか持っていないが、浴衣は、色々なものを10着くらいあるので、それらのダースを、その日のお天気や気分に合わせてとっかえひっかえして楽しんでいる。浴衣だと、帯も変えられるし結び方も変えられるから、楽しみが増える。

 

そんな恰好で過ごしていると、突然の来客にも、その姿で対応しなければならない。新聞の集金や、宅配便の配達の方に見られてしまっている。まぁ~いいや。きちんと着衣して応対しているのだし・・・・ でも、ちょっとだけ・・・・(恥)

 

サロンケバヤは地色が違うだけで柄は一様で、着る人のラインが勝負になるけれど、浴衣は、地色もそうだが、柄の幅がとにかく広い。目移りしてしまう。着る人のラインはあまり問わずに、全体を面としてみたときの、色彩と柄のデザインを楽しむ。立体としてよりも面を重んじているのが日本っぽい。

 

成田空港で売っている、ペラペラのお土産用KIMONOも、数着持っている。さすがに国内では着れないが、海外に行くときには持参している。たとえ海外でも、まさか、あんなのを着て外出はできない。浴衣だと、それなりに着付けが必要だが、KIMONOは添え物の細い帯で前合わせをするだけで簡単である。

 

ルームサービスを頼んだときに部屋の中までボーイが入ってくる。お風呂あがりだと、いくら自分の部屋であってもホテルのタオルガウンを羽織って、ボーイを室内に入れられない。着付けが不要で簡単、きちんと洋服や浴衣を着たくない寛ぎの時間に、KIMONOは持って来いである。まるで、振袖のような派手な柄も、許されるだろう。窓辺のテラスに座るときも、役に立つ。

 

さて、先日ウインドーショッピングをしていたら、素敵なものを見つけた。黒白のスッキリとしたモノトーンの配色で、白い部分のフリルが多いエプロンだ。タグを見ると、メイドエプロンなる商品名?が付いていた。

ええっ~~!! 秋葉原ではありません。^^

 

その時は結局、購入を見送ってしまったが、あれは、実用的で可愛いなぁ~。エプロンだから安価だし。

 

思い切って購入して、ついでに頭に白いレースを付けてセットで着衣して・・・・

 

「お帰りなさいませぇ~~ぇ♪ ご主人様ぁ~~~ぁ♪」と黄色い声をだしてみようか?

 

そうなると、サロンケバヤや浴衣とは、完全に領域が違って、コスプレの世界かな??

新聞の集金や、宅配便の応対には出られないですねぇ~。

いや、単に実用的なエプロン姿と思えばよいかぁ~??? ^^

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兼高かおるさん

2011-06-26 00:09:02 | 旅行

昭和34年から平成2年まで、31年間続いた「兼高かおる世界の旅」は、御記憶の方も多いだろう。自分が生まれる前から、この番組があったなんて驚き。

日曜日の朝に、この番組を見るのが楽しみだった。子供心にも、美しく知的な兼高かおるさんに憧れたものだった。なによりも現地の方々と交わっているのが、私には魅力的に見えた。

 

1ドル360円の時代、日本が本当の意味での島国の時、海外に飛び、それだけではなくて現地の方との交流を語っているのが素晴らしかった。失礼な表現かもしれないけれど、現地の方の食べるものを、何でも受け入れて食べる兼高さんだからこそ、彼女自身も受け入れられるのだと、学校で話題になった。

1967まで、白黒TVで放送だったそうな。いやぁ~時代を感じる。

兼高かおるさんを見て、私も海外への思いを膨らませた。

 

なぜか、航空会社の乗務員の仕事には、魅力を感じなかった。保安要員としてのプロで、皆、美しく知的な方なのだろうが、どうしても給仕のイメージがぬぐいきれなかった。それは、私が客室乗務員の仕事を理解できる器が無くて、幼かったからだと自覚している。実際に搭乗すると、素敵な方が多いですね。

 

 

 

 

「SASスカンジナビア航空がお送りいたしました」だったかしら???記憶にある。パンナムは潰れていたので、私は乗ったことがない。幻の航空会社である。

 

パンナムが全盛の頃に乗務していた日本人女性の書いた本を読んだ事がある。潰れて当然だった・・と書かれていた。皆、ファーストクラスのシャンパンは持ち帰り、会社の物は社員個人の物のような感覚で、社員総ての人間が、アメリカを代表する会社で潰れるはずがないと、どこからかお金が湧いてくるものだったと記していた。また、労働組合の強さも書かれていた。「奢れるもの久しからず」であったと、一乗務員としての反省も綴られていた。

 

親族が旅館を営んでいたので、宿泊にくる国際カップルを見ていて、生きる舞台は選択さえすれば、世界に広がるのだと、兼高かおるさんと重ねて見ていた。

 

初めてみた光景や、そこで聞いた音楽などは、自分にとって初恋のように、いつまでも美しく残っているのです。それは自分だけの宝なのです。・・・と。

 

兼高さんは83歳になられるのですね。今も旅を続けられているそうな。とても憧れる素適な女性です。

私も、これから充実して年齢を重ねていかないと・・・・

 

 

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レマン湖

2011-06-23 02:05:34 | 旅行

 

大都市の中で最も小さく、小都市の中で最も大きい。そう形容されるジュネーブ。スイス国内でもドイツ語圏のチューリッヒよりは、フランス語圏のジュネーブが私の性に合っている。

国連、世界特許機構、世界保健機構、国際赤十字委員会などがある新市街のすっきりとし雰囲気も好きだが、やはり、サンピエール寺院を中心とした旧市街のしっとりとした街並みが大好き。

 

 

旧市街を夕刻散歩するとき、カフェでビールを飲んでいる人々をみながら、既に店仕舞いをしたお店のショーウインドーを覗くのが楽しい。アンティークのお店や古いカフェが軒を連ねており、教会や寺院のぼんやりした照明に照らされる雰囲気は、ムード満点。ウットリ。

 

でも、一番好きな散歩コースは、ライトアップされたレマン湖の畔。吹き上げるジェッドー(140メートルの噴水)と、フランス領土に見えている山々をぼんやり眺めているのと時間を忘れられる。レマン湖対岸のフランス国境すぐそばから、反対にレマン湖やジュネーブの夜景を見ながらの食事もムード満点。

 

もっと素敵で、文学の世界に浸れるのは、ジュネーブから車で小1時間のシヨン城。ここは、スイスのリヴィエラと言われるモントルーの街。シヨン城のあるレマン湖畔は、「花の岸辺」と呼ばれており、綺麗な花々が美しく、女性として花たちに嫉妬してしまう・・・

 

シヨン城は華やかな感じではないが、周囲の湖と緑の中に溶け込んでいる。バイロンの詩「シヨンの囚人」に謳われた宗教改革者フランソワ・ヴォニワールが繋がれていた地下牢の柱や鎖が残ってる。

 

 

 

 

モントルーからジュネーブは車窓の左、ジュネーブからモントルーは車窓の右に、レマン湖を見ながらのドライブは最高!!

ドライブ途中のパーキングエリアのコーヒーが美味しいのっ!近くのヴェヴェーという町は、ネスカフェの本社工場があるところで、スイスチョコと相性が良くてね。あとは、スイスの山と湖の空気が、コーヒーとチョコを美味しく演出してくれるのかも。

 

最近は。。。ドライブ・・・いや、ぶっ飛ばしていないなぁ~。

国内だと、ぶっ飛ばせるのは北海道位かしら??

 

 

 

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アルハンブラの思い出

2011-06-20 00:02:37 | 旅行

タレガ作曲クラッシクギターの一曲「アルハンブラの思い出」は、切なく美しい。 

映画「禁じられた遊び」と並ぶ、ギター曲。 

1896年、タレガが南スペインのグラナダに残る中世のイスラム教徒の王城であるアルハンブラ宮殿を訪れた印象から作曲されたものだ。当初は「祈願」という副題が添えられたようである。 

 

繊細なトレモロによって、何かを願っているという祈願の気持ちがよく表現されている。

スペインには20回くらい行っただろうか・・?でも、残念がら南スペインには訪れたことがない。セビリヤ・グラナダ・バルセロナには、ゆっくり行ってみたい。

 

生演奏でこの「アルハンブラの思い出」を聞きたい。クラッシクギターを弾ける人に演奏して貰った事があるけれど、美しい音色に釘付けにされて動けなくなってしまった。音楽やら美術は、人の心を捉えては離さない。

 

マドリ―ドのプラド美術館では、16世紀のエル・グレコ、17世紀のベラスケス、18世紀のゴヤを一度に見られる。そして、別館の(ゲルニカ美術館)では、何といってもピカソですね。

 

 

さらに、トレドの街へ足を延ばすと、もっとよりグレコを鑑賞できる。グレコの家で鑑賞できるのは、トレドの風景やキリストと10人の使徒をテーマにした作品である。。さらに、サントトメ教会では、「オルガス伯の埋葬」が見ものだ。

 国内では倉敷美術館でグレコを見たことがある。

 

 

スペインのヒンヤリとした石造りの建築から外へ出ると、強烈に照りつける太陽と、アフリカ大陸から吹き上げてくる熱風が、私たちの体と心を躍らせ、そして疲れさせる。

 

 

強烈な光があると、必ずやそこには暗い影を作り出す。この光と影の強いコントラストを感じ続けると、影ではあの光が嘘ではなかったのか?幻を見たのか?と思わさせられる。

 

すると、世の中総ての事が、表裏一体なのだと知り、自分の光が当たっている部分が抱える影をも意識してしまう。その時こそ、タレガの「アルハンブラの思い出」に副題としてつけられた祈願の気持ちが、心に湧き出してくる

 

 

 

 

これから国内も梅雨が明けると高温になり日差し強くなると、涼を求めてエネルギー不足が懸念される。

 

 

 

祈ろう、早く日本が復興することを・・・・

そして、あなたも私も皆が幸せでありますように・・・

 

http://www.youtube.com/watch?v=SHNOUPmkFlI&feature=related

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歌の翼に

2011-06-19 00:28:49 | 旅行

メンデルスゾーンの「歌の翼に」を弾きながら歌ってみた。原曲はドイツ語だけれども、日本語の歌詞も付いている。勿論、私は日本語で。


歌の翼に恋しき君をのせ ガンジス河の美しい花の野に運ぼう
静かな月は映えて 花園の蓮の花は 愛しいものの訪れるのを待っている
すみれはほほえみ星を仰ぎ バラはひそかに耳に香りを寄せる
馴れた賢い小鹿が走りより 耳をそばだてるかなたには
清い流れのせせらぎがきこえる そこに茂るやしの樹のもとに おりたち
君とふたり 恋と安息を味わい 幸せの夢を見よう

 

以前、「タージマハールを持ち上げちゃった」を書いた時にも記したが、満月の時は、周囲が暗いので本当にウットリとする美しさ。でも、ムードがありすぎて、隣に美しい外国人男性がいたら、眩暈がしてしまうほどだ。

上記の歌詞のように、恋と安息を味わい、幸せの夢を見よう・・・などと、耳元で囁かれたら、赤面しながら、頭上の満月を指さして「明かりを消して・・・・」と、呟いてしまう。いやん~♪(恥)

 

同じように白亜の建築では、パリのサクレ・クール寺院。ここは、モンマルトルの高台なので、パリ市内を見下ろしながら、頭上の月を見るのは、ユトリロもこの風景をいていたのかと感慨深いものを感じる。

 

眼下のパリの夜景のほかに、すぐそばのカフェの明かりもあるが、少し離れて寺院を背にしてみると、カフェの喧騒は聞こえてくるけれど、とても静かでムードがある。ここでも、月明かりは邪魔になる。

 

月明かりが美しすぎるけれども邪魔になるのは、まだまだ沢山ある。書ききれないので、その一部を提示すると、オーストラリアのケアンズの海岸。もう少し南下したゴールドコーストはワイキキの様な華やかさがあるが、ケアンズは素朴。昼間はサンゴ礁まで船を出さないと美しい水色は見られないが、夜の海岸は圧巻。南十字星とその周囲の星の輝きだけで十分。引いては寄せる規則的な波の音が、反って静けさをもたらす。

 

これは、曇り空の月明かりを油彩画で描いてみた。ここは二人だけの情景・・・・

 

 

 

いつもいつも美しい外国が舞台で、外国語を理解するのに聞き漏らすまいと、全神経を耳に集中していると、そういう音から解き放たれたときから、私には致命的な欠点が出来たようだ。

 

母国語で語られた、日本人特有のあるいは、日本語独特の控えめな表現を汲み取れなくなってしまったようである。もしかしたら、彼女は鈍感だと誰かをイラつかせているのかもしれない・・・・

 

はて、どうしたら良いものか?

 

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美しくも短く燃え 

2011-06-17 00:00:11 | 旅行

お天気が良い日なのかと思ったら、夕方から突然の雨。 

スウェーデンの映画「美しくも短く燃え」で流れるピアノ曲を弾いてみた。

 

1889年に実際にスウェーデンで起こった事件を映画化したもの。

夏も終わりに近いころ、スウェーデンの片田舎の森の中に、一組の男女が消えた。やがて、銃声が2発轟いた。男は妻子ある、伯爵の称号を持つ貴族の陸軍中尉、女はサーカスの綱渡り芸人。二人は深く愛し合い、その愛を守るために二人は互いの生活を捨てて・・・

 

この曲の中で、モーツアルトのピアノ協奏曲、第21番、2楽章が流れる。

正当なクラッシックでも、映画の中のムード音楽としても、申し分ない。

 

1781年、25歳になったモーツアルトは故郷のザルツブルグを離れて、ウィーンにでて音楽家として自活するようになった。1784年から86年までは、ピアノ協奏曲作曲に力を入れて、第14番から25番まで制作している。

作曲された第21番は、特に清澄さと愁いをあわせ持つ第2楽章が人気で、
曲全体としてもモーツァルト全盛期の名作として愛されている。この21番はモーツアルト全盛期の一つ。

 

なんて、哀愁のある美しい曲でしょう・・・・

 

ザルツブルグは、ミラベル庭園が美しい。ここのお庭は、映画「サウンド・オブ・ミュージック」のドレミの歌が歌われるところ。私が訪れたときは、秋だったので、沈む夕日が美しかった。しかし、山に囲まれたザルツブルグは日が沈むと急に、あたりは静寂な夜に包まれる。小さな街中で、明りに導かれて見つけたコーヒーショップで、ウインナーコーヒー(これは日本語、現地ではアインシュペナー)を飲むと、冷えた体と心が温まった。

ホテルロビーには、オペラの夕べに出かける準備で華やかに装った人をよそ見にして、静かな静かな夜を過ごしたかな。

 

 

これから、まだ日が長くなる6月だというのに、こんな雨の夜は、どんな風に過ごすでしょうか?

 

雨の夜は、あの時のザルツブルグの秋の日の夜と同じ効果を持っているようだ。

 

 

昨晩、色々と在ったから、考えさせられて、つい詩人になってしまう・・・

今夜は、冷静の色の青色のお風呂に入ろう。

 

少しでも、前進しよう・・・

 

 

 

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