「Around the world 」 感じた事を徒然なるままに・・・

世界各地の徒然、音楽、美術、時空をワープしてぼんやり世界の呟き。思ったこと、感じたことを徒然なるままに。

今夜は新月

2014-01-31 20:13:49 | 旅行

今夜は、2014年の2回目の新月の夜です。今年最初の新月は、なんと1月1日でした。新月と満月の日は、私にとって特別な夜です。

新月の日に願い事をすると叶うのですよ! 2個以上10個までの願い事をしています。ただし、最後の一つの願いは、「新月の願い事をしている人総てのひとの願いが叶いますように」で締めくくるようにしています。自分の願い事の内一つを削って、皆の為に願うと、それは、一つ減ってしまうのではないのです。

 

自分を含めて新月の願い事をしている人総てが、同じように自分の為にも祈ってくれていると思うと、何と壮大な数なのでしょうか?他人が見ず知らずの自分の為にも、その人の願い事を削ってでも願ってくれていると思うだけで、心が温まります。

   

スロベニア(白)とモンテネグロ(ロゼ)で購入してきたワインを開けました。2本一度に?そうなのです。一本一本開けるよりも、まとめて開けて並行して飲み楽しんでいます。^^(欲張りですねぇ~)

 

綺麗な色でしょう?ウットリ・・・ワインは白でもなく赤でもなく、ロゼが一番好きッ♪

 

コルク栓を開けるのに苦労しましたが、コルクの形を留めたまま開ける事ができてラッキィ~♪ なんと!開けてみたら、私の誕生日の日にボトリングされたワインでした。偶然の出会いを神様に感謝です。

 

そして・・・

モスクワからの成田便で、選んだ方の機内食にフオーチュンクッキーが付いていて(別な方は付いていなかった模様)、割ると中から、素敵な御神籤が・・・♪

私が最も欲しい言葉でした。内容は恥ずかしいので、ロシア語の方を写真に写しました(裏側はきちんと読めます)。^^

 

偶然と言うのは、神様からの匿名のプレゼントであり、その偶然の状況を作り出したのは自分自身かもしれませんね?

 

自分にとって苦しい事は、我が身から出た錆びで、嬉しい事は、周囲へ感謝すべき事なのでしょうね?

 

其の事を座右の名にして、今年1年を過ごしたいと思います。

もう、1月も終わり。明日からは2月です。

 

あなたも私も、周囲の多くに感謝できる残り11カ月でありますように・・・・

 

Good night!

 

 http://www.youtube.com/watch?v=valLnKOge7k

 

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ただいま~~♪^^

2014-01-30 19:05:27 | 旅行

ただいまぁ~♪

旧ユーゴスラビア諸国から、帰国いたしました。

 

海外に出る度に思うのですが、日本は本当に良い国です。日本人に生まれて幸福であると共に、感謝の気持ちで一杯になります。

 

出発する頃、大学入試のセンター試験についてTVで放送されていましたが、「ゆとり教育」世代が終りだとか。この「ゆとり教育」は、私たち日本人にどんな貢献をしたのでしょうか? 旧ユーゴを歩いていて、そんな疑問も至る所で多く考えさせられました。

 

ソチオリンピック前と言うことで、どこも空港セキュリティーが厳しく、閉口しました。女性として、機内の化粧品持ち込みが制限されるのは、一寸きつかったですね。それよりも、自分でも信じられない事に、ベオグラード(セルビア)から、モスクワに飛ぶ前に非常に嫌な思いをしてしまいました。

 

つい、うっかりしてしまっていたので全く自分の責任なのですが・・・・

薬莢を持っていたので、絞られてしまいました。トホホ・・・

いつもなら、しっかりと土産品は持参して帰国していたところですが、ちょっとベオグラードで飲みすぎました。(恥)

 

 

旧ユーゴからの独立国の一つ、セルビア人によるチトー大統領礼賛は凄かったですね。まるで、外国人である日本人に、チトーの偉大さを伝えるのが使命のような印象すら受けました。しかし、自分の国の代表者を心から尊敬できるのは、とても大切なことかもしれません。

 

コロコロと一国の代表者が、直接国民が関与せずにいつの間にか交代をしている国は、お人よしの国民なのかもしれません。ですが、そのおっとりした民族の一人一人が、国の信用度を築きあげてきたのでしょう。

 

 

 

さて、1945年にユーゴスラヴィア人民連邦共和国が建国された。後の1963年には、ユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国に改称されている。この国は1991年まで続き、その崩壊と共に紛争が泥沼化しかたのは、誰の記憶にも新しい事だろう。そして、各独立国が誕生する。

 

その独立国である、スロヴェニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテヘネグロ、セルビアの各国を順次、徒然なるままに紹介したい。

 あくまでも私個人の視点による、呟きになります・・・・

理路整然とした俯瞰的視野による、旧ユーゴの分析なのではなく、ポワ~ン♪ とした、風景写真中心になります。だってね?クールでアカデミックさが漂うのは、私には余り似合わないものね?ボ~~~ッとした雰囲気で、ポワ~ン♪ としているのが、どうも私らしい様です。^^

怠け者なので、ボチボチとね・・・

 今夜は、2本持ち込んだワインの一本、モンテネグロ産のロゼワインを開けて酔おうと思います。^^

ポワ~ン♪

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

まなさん。

御返事がおそくなってしまいごめんなさい。ネット環境が余りよくないところに居りましたので御返事がおそくなってしまいました。

私も、頂き物なのです。ごめんなさいね。

でも、何とか入手して、お母様に喜んで頂けると良いですね? 

お役に立てなくてごめんなさいね・・・

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クロアチア

2014-01-26 07:26:05 | 旅行

皆様、こんにちは。

わたしは、いま、旧ユーゴのクロアチアにいます。

明日は、ボスニア-ヘルツェゴビナに参ります。

今は、ドブロヴニクですが、スロベニアを経て此処までに来るまで、弾丸により穴だらけの民家や、黒焦げになった林などを目の当たりにしました。しかし、とても写真を撮れませんでした。ですが、ドヴロウニクの旧市街でのお店で、店主が戦時下の写真と復興後の写真を並べて、自らの姿も写しているお店の宣伝ポスターは、写真に収めてきました。

 

黒焦げ後の木々の足元に、新しい木々が生えている姿に、希望を感じます。

美しいアドリア海の写真は、沢山撮りました。石畳の隙間から生えいる雑草もね。

何時もの事ですが、雑草の生命力の強さには、本当に元気と勇気を貰います。(*^^*)

帰国したら、写真で色々とご紹介しようと思います。

それでは、またね。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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シェレメチボ空港

2014-01-21 02:11:46 | 旅行

皆様、只今、モスクワのシェレメチボ空港です。

これから、ウィーンに飛びます。

長い1日です。ウィーンに一泊して翌日より活動開始です。

成田からの機内では、ロシア人医師の方と御一緒させて頂きました。

とてもジェントルマンで、偶然の出会いを神様に感謝です。

[偶然]とは、神様からの匿名のプレゼントかもしれません。

あっという間の、十時間半でした。

北欧では、9000枚の写真を撮りましたが、どうしてもその時の自分の気持ちが、写真を見るたびに思いだしてしまい苦しいので、多分、暫くは自分でも見ることがないと思います。

いつか、あんなこともあったのだと、完全過去として受け止められるまで、封印です。すべて、データーを削除してしまおうかと思いましたが、思いとどまりました。

サラエボは紛争があった場所です。

色々と学びがあると思います。涙が流れるかもしれません。

 

 

今、こうしてモスクワで過ごせて居ることを、神様に感謝したいとおもいます。

おやすみなさい。(*^^*)

 

 

 

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ごきげんよう~♪

2014-01-19 03:44:14 | 旅行

五感を磨くには、旅が一番ですよね?

実際の旅もそうですし、すぐ近所の公園の散歩もそうです。

明日から、少々、サラエボに行って参ります。今回の旅はギリギリまで出発するかどうか迷いました。

昨年は、海外国内とキャンセル料を支払って、直前で取りやめにしたこともありました。しかし、新年を迎えて、「GO!」と行動する事に致しました。

昨年は余りにも色々な事が重なり、精神が逝っちゃったのですが、「逆境は天からの贈物」で、自分を見つめ内省して自己改革すべき時期なのだと悟りました。また、「総ては最幸になるためのプロセス」であると思えば、何とか乗り越えられます。

今年は大いに人間関係について考えてみたいと思います。ラジオのチューニングもそうですが、自分の周波数に乱れがあると、同じ周波数の物をキャッチできなくて、間違えて不要な物を引き付けてしまいます。仮にそうであっても、修正の仕方を身に着けるべき時期がやってきたようです。

 

実は・・・

10月に北欧で素敵な出会いがあったのです。ですが、受け取る器が無くてね・・・

ベルゲンからオスロに飛んだ時、ボーディングブリッジがなく、ゲートから階段を下りてタラップで搭乗しなければいけなかったのですが、その時、私の手荷物を持ってくださると申し出て下さった方がいたので甘えてしまいました。階段を下りて、お礼と共に荷物を受け取ろうとしたとき、再び、タラップを登るので機内の席まで運んで下さったのです。その様子を見ていた、機内で乗客を出迎えた乗務員が「貴男はなんて紳士で親切なんだ!」と、我々二人を迎えて彼に言っていましたね。

目を見張るハンサムでした。高身長でスマートな物腰。5カ国語が話せて、彼の知性を物語っていました。ですが、日本文化にとても興味があるようでしたが、日本は遠い異国の位置付けの様でした。私は彼と話していて、自分の未熟さに恥を感じましたよ。最後は、オスロの空港のターンテーブルで、片言のノルェー語で「さよなら」を告げて、笑顔と共に別れました。

まぁ~しばし、短いフライトの間を、本の少しだけ夢を見ました。美しくて気品がある紳士だったなぁ~。

かつては、そのような場でも名刺の交換などに至る事も多かったのでしたが・・・・兎に角、次から次へと人との出会いだった・・・なぁ~。まぁ~そんな事もありましたね。今は昔。^^

つまらない事を書いてしまいました・・・・

旅は、色々な学びがあります。大人になった今は、取捨選択を自分で明確にすべきなのでしょう。そのためにも、自分のチューナーに磨きを掛けておかなくてはね?

今回の旅の道ずれは、可愛いテディー子ちゃんです。

頭と手が動きますので、私が感動で動く度に一緒に動いて、キラキラと喜びの意思表示をしてくれるようです。^^

それでは皆様、ごきげんよう~♪

直ぐに帰ってきます。

 

 

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「白い巨塔」を見てブツブツ

2014-01-17 16:03:42 | 日記

午後になんとなくTVを付けたら、「白い巨塔」が再放送されていた。

途中からだったが、2時間単位で放送されているようなので、外出予定を繰り下げて見てしまった。

う~~ん、男性社会は恐ろしい。下積み時代が長く、そして階級がハッキリしている世界での人間関係を見ていると苦しい。夫達の階級に合わせて、彼らの婦人会の人間関係もまた、階級社会。夫を出世させるのもさせないのも妻の内助の功以上の、内助の功が必要な様である。

今まで地位を築き上げてきたが、定年を前に老いぼれて行く者と、その後を継ぎ追い越そうとする野心の或る者。それらの派閥の中で、自分の立場を何処に置くか右往左往する者。そう言うものに一切かかわらず、実直に自分の仕事をこなし、ヒューマニズムにあふれるが、しかし、その一方で妻を苦しめている者。実力よりも政治力を発揮する者。

 

只、このドラマの中では、彼らと内部の女性関係はなく、プロの女性を相手にしている所が、問題を複雑にしていない。

 

下級の者が上級の者に声を掛けられた時の、直立不動の姿は見ていて苦しい。

「XX君」「はっ!」

 

教授選考会でのキツネと狸の化かし合いも、成程ねぇ~。面白いっ!!

でも、一番面白いのはそれぞれの夫と妻の家庭内の会話である。例え、ドラマの中とは言え、こういう夫にはこういう妻という組み合わせが納得させられる。それぞれには、互いに惹かれ恋し、新婚の頃もあっただろうに、こんな風に家庭内での役割を演じるのだろうか?どの妻達も、奇特な女性に見える。私の様な女性だと務まらない・・・

こういうドラマを見ていて、自分のマイナス点を突き付けられる。それと同時に、今自分が周囲に活かされていることにも感謝しなければいけないだろう。

 

10月からずーっと精神が逝ちゃって、これでもかこれでもかと傷に塩をすり込まれるような出来事が在ったので、mustが熟せないでいた。どんどん溜まる一方。でもこれから流れが好転するのだと思える(と思い込んでいる)。良いドラマや映画は、色々と教えられる事が多いですね。

 

ドラマの中の里見と菊川は、男性として魅力的。年配者だと大河内。財前の様な男性は苦手かなぁ~。でも憎めないよねぇ~。田舎のお母さんに仕送りをしていて、貧しい家庭から出世を夢見てきた男の野心は痛い程説得力がある。ドラマの中で主人公が口にしているが「死ぬまで」それは変わらないのだろう。

見ていて苦しいドラマであると同時に、引き込まれる。

 

ドラマより映画館で久しぶりに映画でも見て、感動して五感を磨いて来ようか・・・

 

 

 

 

 

 

 

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シャングリラホテルと「陰陽の和」

2014-01-16 18:52:23 | 旅行

昨日の午後は、東京駅八重洲口のシャングリラホテルでランチとアフタヌーンティーを楽しんだ。

 

 

シャングリラホテル28階ロビーより携帯にて。

 

シャングリラホテルと言えば、何といっても真っ先に香港九龍のシャングリラホテルが心に浮かぶ。そこで楽しんだアフタヌーンティーの時間は、何時でも私の記憶に鮮やかである。ある時期の1年間、毎月香港に飛んでいた。そして、帰国すると胸が締め疲れる思いを何度も経験した。香港から東京に戻るならば感じないが、札幌に飛ぶと気候の違いから空しさを一気に感じる事が多かった。夏の香港は、暑く湿度が高く、北国育ちの私には拷問にすら感じる。しかし、新千歳の降り立つと、乾いて冷涼な気候は、香港とは対照的で同じ夏とは思えない悲しさに襲われることが在った。

 

それがどうだろう?タイやシンガポール、マレーシアから帰国するとそんなことは感じないのである。その理由を考えてみると、体と魂の在り方と各都市の距離に、その答えが見出される。東京~香港間の距離が2890Km、バンコクが4620Km、シンガポールとクアラルンプールが5330Km(資料によると香港間は2887Kmとしているものもあり、上記の距離は10キロ単位で換算した物のようであり、また、球体の最短距離で、実際の飛行ルートによる距離の算出ではない模様)である。ちなみに、札幌が830、ソウル1160 、台北2110、マニラ3000Kmである。

 

飛行機は最速で移動できるが、しかし、体だけが現地に飛び、魂がそのスピードに付いていかないのである。各個人差があると思われるが、私の場合、3000Km以上になると、体と魂の分離を感じる。それ故、自分の体から離れてしまった心と魂は、ズレや歪が起こり、ある意味すんなり?現地に溶け込んでいるような錯覚を覚える。だからこそ、香港から帰国しても心は鋭敏のままに感じるのである。そう言う意味では、体と魂が一緒に移動できる電車の旅は好きかもしれない。最も、ある距離になってしまうと飛行機を利用せざるを得ないが。

 

さて、1年で一番寒い大寒のこの時期、東京駅八重洲口のシャングリラホテルで過ごして、心は一時、あの蒸し暑い灼熱の香港に飛び、「中庸」の精神について思いを巡らせた。「中庸」とは、両端や両極の真ん中を歩くことではないのであろう。

 

世阿弥の言葉で、何が成功で、また美であるかを示す言葉がある。

 

「そもそも一切は、陰陽の和するところの境を、成就とは知るべし」

 

喜びや悲しみなど相反する感情を知り、苦しみの中で思いやりが育ったり、また、月の美しさは、暗闇と、今その時は目にすることは出来ない太陽の光の相反するものが在ってこそ、輝きを増す。明かりは美そのもので、光は美しさの基本である。そのことは、教会建築のステンドグラスから通してみる美しさを目の当たりにすると、無宗教の人間ですら、美を感じるのは否めない。


世阿弥は、陰の場では陽で行動し、陽の場では陰で行動すると良いと言う。それを自覚的にできると人生は軽やかなのかもしれない。例えば、寒いときに暖かく過ごし、暑いときには、あたかも涼しげに過ごす。深刻なことは軽やかに扱い、軽いことは重く扱う。これが、「中庸」であり「陰陽の和するところ」である。

シャングリラホテルの御化粧室で、そのヒントを得て自省させられた。

 

 

自覚的に「陰陽の和」すれば、調和と一体感と美しさを日常生活で、どう取り入れるべきかを小さな空間が示唆してくれたのである。

タオルなどを、きちんと心を込めて畳む。揃えられたおしぼりの美しさを見て、自宅でも、いや、自分の日常空間であるからこそ、そういった些細な事を美しく整えるのが、美であり心の平安を作り出すのだという事に改めて気が付いた。

 

最近の私は、忙しくて「陰陽の和」を自宅では、おざなりにしていた。「陰陽の和」の効果の絶大さを知っているはずが、いつの間にか・・・・・

2014年は「陰陽の和」で自覚的に日常を過ごすことを、自分に誓った・・・・

 

あなたも私も誰でもが「陰陽の和」を自覚的に意識できますように・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

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一目ぼれ♪

2014-01-15 00:00:07 | 日記

いや~~ん♪ 可愛い~♪

お店で見て一目惚れしちゃったぁ~♪

 

ハート型の多肉植物。ラブ・ハート。ホヤ・ケリーというサボテンです。5センチ位のハートの葉。ラブリ~♪

サボテンは、怠け者の私にはピッタリ、余りお世話をしなくても良いから・・・

可愛がって毎日お水を上げたりすると、枯らせてしまいますね?毎日どうしても構いたくなったら、霧吹きでシュシュとほんの少しだけ、ハートに吹きかけると良いそうな。

でも、寿命は葉っぱの寿命だけで1年位なそう。蔓にハートが付いたものは長生きの様。今度はそちらを入手して、お部屋中をハート、ハート、ハートだらけにしようかしら?

本当可愛くって、PCのすぐ側においています。目がどうしても喜んでしまいます。

つい、笑顔が零れてしまう~♪ 

もう!罪作りなんだからっ!!

 

あなたも私もだれもが、いつも微笑んでいられますように・・・・

 

 

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シューベルトとゲーテ

2014-01-14 00:57:36 | 日記

今日は、再びゲーテについて書きたい。対するはシューベルトの歌曲「野薔薇」。

ウィーン少年合唱団の澄んだボーイソプラノで歌い上げる「野薔薇」は、本当に透明感が在って美しい。時々、自分でもピアノで伴奏しながら歌ってみる。シューベルトの美しさが可憐で、綺麗な曲なのだと思うのですけれどね・・・・

 

しかし、このシューベルトの美しい歌曲にゲーテの歌詞が付けられているが、その意味を考えると、つくづくゲーテは女性が好きなのだと解る。

 

ドイツ民謡として日本語で紹介されている歌詞は以下のとおりである。

 

童(わらべ)は見たり 野中の薔薇

清らの咲けつ その色愛でつ

飽かず眺む

紅(くれない)匂う 野中の薔薇

手折て往かん 野中の薔薇

君を刺さん 紅匂う 野中の薔薇

以下 略・・・・

 

また、上記の歌詞の原典の日本語訳は以下のとおりである。

 

少年が見つけた小さな野ばら
とても若々しく美しい
すぐに駆け寄り間近で見れば
喜びに満ち溢れる
バラよ 赤いバラよ 野中のバラ

 

少年は言った 「君を折るよ」
野ばらは言った 「ならば貴方を刺します
いつも私を思い出してくれるように
私は苦しんだりはしません」
バラよ 赤いバラよ 野中のバラ

 

少年は野バラを折った
野バラは抵抗して彼を刺した
傷みや嘆きも彼には効かず
野バラはただ耐えるばかり
バラよ 赤いバラよ 野中のバラ

 

童は子供と言う事ですが、これは純情な無垢な子供ではなく、ゲーテ自身の事ですねぇ~。

「野薔薇」は1770年の作品であるが、この頃のゲーテは、フランス国境近くのシュトラスブルグで大学生として住んでいた。その近郊の田舎町であるゼーセンハイムの村で、牧師の娘であるフリーデリケ・ブリオンに恋をしてしまう。それが、「童は見たり、野中の薔薇」である。しかし、ゲーテは彼女を捨て、大都会のフランクフルトに往く。それが、「手折て往かん 野中の薔薇」である。酷いじゃないの!純情無垢な田舎娘に手をかけておいて、捨てて行ってしまうなんて・・・

 

大都会のフランクフルトにはおしゃれで美しく着飾った田舎の女性とは違う女性が沢山いたことでしょう。フランクフルトでのゲーテは、法律家としての第一歩を踏み出し、在る裁判で、スザンナ・マルガレーテと言う女性と出会う。そう、ゲーテの「ファウスト」に登場する。スザンナ・マルガレーテは、レイプされしかも相手の子供を身ごもり、その子を産み落として殺害して死刑を求刑された。

 

「ファウスト」の中のマルガレーテも、肉体が悪魔の力で若くなった博士であるファウストに遊ばれ、彼の子供を身ごもり殺害し同じように死刑囚として登場する。

 

ゲーテの若いころの作品は、なんだかドロドロしているように感じるのは私だけだろうか?「若きウエィテルの悩み」についても然り。しかし、ゲーテが年齢を重ねるにつれて、その感性がますます豊かになり、西東詩集の中に収められている、30歳近くも年下のマリアンネに宛てた恋文は、切なく美しい。70近くになり体の自由がだんだん利かなくなると、全身が五感の感性を呼び冷まし、風のそよぎにも陽の光にも鳥のさえずりにも、自分の恋心の波長を合わせてしまうものなのだろうか?

 

などと、私の周囲の様々な年齢の男性を観察?しながら、ゲーテを読み進めるこの頃の私である・・・

 

Good night!

 

 

 

 

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ベートーヴェンとゲーテ

2014-01-13 00:57:34 | 日記

今日は、日がなベートーヴェンのピアノソナタを流していた。夜になって月光浴に出た以外は、覚めてからズ~と聞き惚れていたかな。夜のニュース番組を付けたけれど、男性のアナウンサーがペラペラしゃべりまくり、不快感を感じてTVを消して、また、ベートーヴェンに戻った。

 

そうして、パラパラとゲーテの『ファウスト』を紐解く。ゲーテに関しては、以前も何度か取り上げて書いたが、自分で何を書いたのか読み返そうと思っても、膨大な中から探し出すのは面倒。 

あらゆる学問を究め、ドクトルの学位を得たファウストは、学問の限界を感じ人生に絶望を感じる。

「何がドクトルだ! 地位や名声に価値などない!山のような書籍とにらみ合い俺は何を得た?どれだけの知識を得ても人間には何も知ることは出来ないのだ。俺の知りたいことは何一つ。この宇宙を統べる真理!生命を動かす神秘の正体!たった一つそれを知る事ができたら・・・その真理はすべての知識を凌駕するのだ!」

・・・と、ファウストはこれまでの自分の人生が決して満ち足りたものではなく、空しさを感じるのだが・・・そんなとき、悪魔のメンフィスと出会い、自分の魂を悪魔に売り渡す代りに、若い肉体を手に入れる。そして、清純なマルガレーテと恋に落ちる。が・・・・

ゲーテ自身が30歳近く年下のマリアンネと出会い一目で恋に落ちている。その時に書かれた西東詩集は、とても70近い老人が書いているとは思えない、水水しい感性である。

また、マリアンネ自身も教養が高く、ゲーテに対する返信も、反って恋するゲーテを酔わせ燃え上がらせたようである。

東洋に憧れを持っていたゲーテは、そのことを同じく西東詩集で謳っているが、これが心を打つものなのである・・・。何度かここでも取り上げたが「銀杏の葉」などは、ゲーテの感性に私も心を動かされた。ゲーテがマリアンネと過ごしたハイデルベルクの街でも、近所の公園を散策してもゲーテの感性には刺激を受ける。

そして、基本的に人の心と言うのは人種や民族に関係なく、皆、同じことに悩み苦しみ、喜びを得るのだと教えられる・・・・

 

さて、冬至を終え、小寒、そして大寒へと突入する昨今。毎日が寒さのピークですね?

でも、この寒さは自分の体の声をよく聞くようにという、天からの教えなのかもしれません。そして、体は心と密接なつながりを持っています。

 

月光浴をしながら近所の公園の裸になった銀杏の木を見た。そこで、ゲーテの西東詩集の一つで私が最も好きな「銀杏の葉」を紹介して、今夜の結びとします。何度も此処でも紹介しているので、飽きた方もいるかも・・・

 

 

銀杏の葉

東洋からはるばると

私の庭に移されたこの銀杏の葉は

賢い者の心を喜ばせる 深い意味をもっているようです

これはもともと一枚の葉が 二つに分かれたのでしょうか?

それとも二枚の葉が互いに相手を見つけて 一つになったのでしょうか?

このような事を思っているうちに

私はこの葉の本当の意味が解ったと思いました。

あなたは 私の歌を聞くたびに お感じになりませんでしたか?

私が一枚でありながら あなたと結ばれた二枚の葉であることを

 

 

Good night !

 

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「0110」スイートポテト

2014-01-10 23:48:08 | 日記

2014年を迎えたと思ったら、もう10日です。

私にとって1月10日は、涙が零れるほど感謝を捧げるべく特別な日なのです。デジタルですと、「0110」、2進法のコンピューターの様な日付ですね?

 

昨日、サツマイモを頂いたので、1月10日の特別な日の為のお菓子を作る事にしました。と言っても、特別なお菓子ではなく、折角頂いたサツマイモに感謝をして、下さった方のエネルギーにも感謝をして、そして・・・・この日を迎えられましたことを神様に感謝して、素朴なスィートポテトを作る事にしました。(な~~んか、いつもここにアップしているのは、超簡単な手抜きの素朴で大雑把な料理等しかないような・・・・(恥))

 

 

泥を落として・・・

 

オーブンで焼いて・・・ 凄い黄色!自然の恵みの色ですね?ポップな黄色を見ていると元気が出て来るようです。

 

バターと卵黄を加えて、軽くケーキミックスも混ぜ込み、シナモンで香りを付けて・・・ 

また、中央に卵黄で照りを付けて、黒ゴマを飾って、もう一度オーブンで焼いて・・・

 

 

ホラ!出来上がり~♪ 美味しいんだから!!!♪ 裏ごしをしないで、お芋の触感を残してあります。

美味しぃ~~~♪

表面の照りを出すのに、卵黄だけ使い、すると卵白が残ってしまうので、ついでにピーナッツの載せたメレンゲのお菓子も焼きま~す。^^

 

このお皿は、自分で絵付けしました。手描きです。820度の1度焼成で出来ます。

取り分けのお皿は、有田焼。

この有田焼も自分で絵付しましたヨン~♪ 盛り付けの大皿に対して、この有田は顔料(絵の具)を海藻のフノリで溶いて盛りで焼きます。梅の花に少し立体感があります。800度の下絵と780度の色盛りの2度焼成です。

ついでに、以前作ったミニチュアのクリップも一緒にパチリ。^^ 苺が取れてしまいました。

このミニチュアは100度で焼きます。^^そして、クリップにくっ付けました。

 

実はお菓子教室でもしようかと思い、オーブンを4台も用意していたのですが、結局計画倒れになり(実は製菓学校をきちんと?師範科まで卒業しています。加えて世界中の?お菓子を食べつくしたぁぁ~と言うのは大袈裟ですが・・・誇大広告ですね?)、3台は新品のまま、わざわざお金を払って処分しました。その後、まだまだ断舎離をすべく他の業者さんに来てもらったら、それはぼったくりです!と言われてしまいました。後の祭り・・・でした。多分、そのリサイクルショップでは、私から処分代を受け取りながら、新品中古ですので、値段を付けて売っているのでしょう。

 

深~く反省しました。何でも計画倒れになってはいけないし、一旦物を所持してしまうと、その後の処分に大きな損失が出ると学習しました。これは、人間関係にも言えますね?

 

一緒に頂く飲み物は、コーヒーではなく、紅茶でもなく、さっぱりとした緑茶です。

と言っても、普通の煎茶ではなくて、栗の香りと巨峰の香りの付いた緑茶です。

これが、美味しいのよねぇ~。あ、コーヒーは嫌いではないです。コーヒーも好きです♪

近所のデパートで色々なフレバリィーティーを購入するのが楽しみです。色々な季節の香りのお茶が在って、どれを購入するのか?ゆっくり迷う時間が幸せを感じます♪

 

色々と辛く苦しい事(涙)もあるけれど、「総ては最幸になるためのプロセス」だと思えば、あまり、落ち込んでも居られません。生きている間は、どんな時間も私自身の時間だから・・・

そうそう、お茶を入れてある磁器の器も、自分で絵付けしました。しかし、これは手書きではなく転写です。

本当は、自分で使うのではなく、御使い物にしようと思って、お茶の影で隠れている部分に「just for you」と金彩で入れてあります。絵付け後、820度で12時間焼成しました。^^

 

しみじみぃ~と、スィートポテトと巨峰のお茶を頂きましたよ。この組み合わせですと、なんとなく秋色ですね?

冬の香り・・・・温州ミカンのお茶でも買いに行こうかしら?

あと、どんなお茶が素敵な時間を演出してくれるかしら?迷うのが楽しみ~♪

 

あなたも私も誰もが、季節の味覚と香りを感じて幸せを感じられますように・・・・

 

今日、この日2014年1月10日を迎えることが出来て感謝・・・・

good night!

 

 

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餅サラダ

2014-01-09 06:03:55 | 日記

皆さまは御餅をどのようにして頂くのでしょうか?

私は、御餅が大好きなので、どんな食べ方でも美味しく頂く事ができます。

でも、色々と工夫?していただくのはもっと好きで、実に色々な食べ方をします。

パン焼き器が餅つき機を兼ねていて、もち米を購入して御餅の自作もしたことが在るのですが、やはり、面倒。つきたてのおいしさを味わえますが、下準備と後始末に閉口してしまいます。

子供の頃は、白や豆、蓬の伸餅をお菓子屋さんに注文していたのですが、何時の頃からか、餅つき機を購入して、何時でも作ってくれていました。しかし、私が成人すると、母も同じような理由で止めて、一袋ずつ包まれた1キロ入りの物を購入して来るようになりました。

 今はそれが1年中購入できるので、お正月と言う事には関係なく、1年中楽しんでいます。

サラダランチをしようと、具材に御餅を入れる事にしました。

 

先ず、フライパンで御餅をバター焼きにします。一番弱火で蓋をしてフライパンの大きさになるまで、伸ばして焼きます。

すると、濡れ煎餅の様な食感になります。表面はカリッとして中はしっとりです。

本当に御煎餅にしたいときには、これを取り出してラップなしで電子レンジにかけると御煎餅が出来上がりますよ!もち、刷毛で醤油を塗ったり、バターの代わりにサラダオイルで焼いて塩を振ってもOKです。

 さて、このフライパンで焼いた御餅を短冊切りにして、好きな野菜(今回は暖かいブロッコリ)と、タンパク質に同じように短冊切りにしたお肉と合わせて、ドレッシングを掛けて簡単サラダランチの出来上がり~♪ 美味しんだから!

 

あとは・・・

これは、御餅を違う形で楽しむときの秘密兵器~♪

厚い御餅はつかえないので、しゃぶしゃぶ用の薄い御餅を、これらのプレートに挟んでエィッ!と潰すのです。このプレートは同じ型が2枚セットで電気式で挟むプレートです。

すると、ワッフル型や△の皮ができます♪丁度、最中の皮の様な感じになり、中に好きな物を詰めて頂きます^^ 本来は△プレートは、食パンを2枚、その間にベーコンやトマトやチーズをはさみ、イタリアンサンドを作る物です。後はホットケーキミックスを流してワッフルを作ったり。

でも、御餅を挟んでもイケル!のですよ~♪

真っ白い、最中の皮の様なパリパリした御餅で、でんぷん煎餅の様な感じで、サクサクとした触感が楽しいのです♪

でもねぇ~。最近の御餅は、外国米から作られたものが多く、子供の頃にお菓子屋さんに注文していた御餅とは全く弾力が違うのが残念です。

タイに行くたびに、手軽な和菓子の素材としてタイ米のもち米で作ったお粉を購入して来るのですが(上新粉のようなもの)、少し香りが在って(感じて)繊細なお菓子には向かない様な・・・そんな気がします。

「レマンさんて、生活感ゼロだよねぇ~」とよく言われますが、思い切り日常生活も楽しんでいますよぉ~!

 

それと、御餅を乾燥させて、油で揚げて江戸揚げ擬きを作ります~^^

でも、直ぐには出来ません。しばらく、御餅を乾燥させてひび割れさせないとできません。母はこれをいつも鏡開きの日に作って呉れました。その鏡餅もお菓子屋さんに注文した物でしたので、良い塩梅に鏡開きの日に向かって乾燥してひび割れしていきました。ですが、真空パックの鏡餅ではパックをほどいて乾燥をさせなければいけません。

古き良き時代の思い出が御餅には沢山詰まっています。御餅も私のソウルフードかもしれません。

ああ~大福が食べた~~い♪ 

子豚にならない様に気を付けなくっちゃ・・・

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無題

2014-01-08 00:00:07 | 旅行

これを頂きながら、ワイン3杯も飲んでしまいレロレロになってしまった・・・・本当は、正気を失うくらい飲みたかったけれど

そんな勇気なし・・・・後が怖いもの・・・・

 

う~~ん。全く私の趣味ではないなぁ~。どれも、繊細さが足りない。女性たる者、もっときれいで可愛いのを身に付けなくっちゃ・・・

 

これでもお花よ! 私は脇役でこそ、全体を引き立てる美しさなの。

 

針葉樹の香りは好き・・・ バイオリンの弓は松脂でお手入れ・・・

今にも落葉しそう・・・でも、凛!として綺麗・・・・

ここはね?

ムンクも「叫び」を描くのに、お散歩した所なの。

 

カサカサの絨毯。

寒くて、私たちは開花しないうちに枯れてしまうわ。誰か私達を摘んで頂戴・・・

雨に濡れて一枚。しっとり悲しい美しさ・・・

木葉が散って・・・

でも、来春には土になるのよ。冬至前までは暗いけれど、それ以降は少しづつ明るくなるの・・・

 

やっぱり、薔薇は美しくって香りも良くって、心が癒されるのよね・・・・

色とりどり。目が覚める美しさね・・・

抱えるのが大変なくらいの真紅の薔薇を2回。抱えられる位の色々な色の薔薇を数えきれないほど・・・

そして、一輪の薔薇なら、いつも頂いたわ・・・・。それは、ピンクが1輪、真紅なら数えきれないほど・・・

日本人は、たった2人だけ・・・でも、抱えきれないほどの1回は、日本人だった・・・

可愛い~。綺麗~。ウットリ・・・・。美しい・・・・香りに酔ってしまう・・・・

 

気品があるのぉ~。香りは白バラが一番好き。

 

一番好きな薔薇はこれ・・・・中心に淡いピンクで白い花弁。つぼみの内は、薄いグリーン。

綺麗!綺麗! 散しの花弁は、日本では殆ど見られないですね・・・・

薔薇は本当に素敵・・・・。黄色は元気一杯ね? 

 

自然の色は、なんて美しいのでしょう・・・・

王子を刺したら、人魚に戻れるのよ!

でも、私ならやっぱり人魚と同じように、涙しながらも、相手の幸せを祈って身を引く方を選んでしまう・・・・

 

 

 

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ソウルフードと「許し」

2014-01-07 13:45:17 | 日記

 

今朝は早起きをして、私のソウルフードを作りました。ソウルフードは、子供の頃から好きで、それを口にすると色々な思いで心が満たされる食べ物です。

松の内も明けると、お正月気分も抜けていよいよ活動開始となりますが、私のマイナス点(ある意味では長所でもありますが)である、「不規則が規則」時差ボケは当然、何時もぼけているから、季節だって今自分がいる場所がその季節、そんな感覚を抜くために早速早起きをして、お日様の光を浴びる事にしました。

ある人から、「レマンさんのように体内時計が狂っている人は、陽の光を浴びるように!」と注意を受けたのを素直に思い出したのです。そう言った本人こそ、不規則な仕事をしているのが規則なのに・・・・。でも、観察していると、時間の遣い方が上手で、兎に角、自分を楽しませることが上手でジッとしてない。「体育会系のアホです」と謙遜していたが、マラソンや体を鍛える事が趣味の様で、ストイック過ぎる。私には付いていけない。それでも、私も今年は少し体を動かしてみようと思う。私の場合は女性なので、ヨガなどの静かな柔軟中心だけれど、体が柔らかくなると自分が放つオーラも柔らかくなるので幸運に愛されますからね。^^ 体が堅いとギスギスしてしまいかねないもの。今は、バレエをしていたことなど嘘のような固さ。固さは堅さになり、堅さは同時に脆さを抱えますから・・・

 

数通の年賀状に悩んでいた。

一見したところ不快な内容は書かれていないが、ラテン語の格言だったり聖書の一説だったり、只、自分がどうしたいと言うその人の思いが書かれている不快な年賀状をどうするべきか、数日間悶々としていた。只今、精神が逝っている私は、一寸したことに過剰な反応をしてしまいがちで、自分でも後悔や反省することが多々あり。それで、在る人物に電話を掛けて相談をしたくなってしまい、それも、悶々。こんなくだらない事で、甘えて電話などしてしまったらご迷惑になると思って、電話を掛けるのを押えた。一人は、そんなことをしてしまわない様に、電話番号を削除してあり、掛けなくて済んだ。一人は、番号を覚えていて、勝手に手が動いてしまう。

 

たかが年賀状にこんなに悩むなんて・・・・

でも、その相手に言いたい。「あなた、私に何てことをしてくれたの? 恥を知らないの?」と。しかし、それでも年賀状を書いてきた相手のエネルギーを少しでも受け入れるべきなのでしょうね?いつまでも毒を抱えていると、関係ない人にその毒で八つ当たりをしないとも限らない。自分では押えているつもりでも、ピシャリ!としてしまい、「ああ~シマッタ!」と、後で身につまされる。

 

悶々として結論を出した。

「私は許す・・・」「赦す」ことは、状況によっては非常に苦しく難しく感じるものですね。

でも、「許す」「赦す」事で、私もまた誰かから「許されている」のでしょうね。そうして、今の私が在るのだとも思えるのです。「許し」の柔らかい波長が、私自身の魂を清々してくれる事に気が付いたのです。心を解放しなくっちゃね?涙が零れてしまう・・・

 

私には悔し涙や、悲しい涙は似合わないもの。感動の涙と嬉し涙しか流さない・・・

返信には、先日ブルガリアで購入してきたカードを贈る事にしました。「愛」(広義の人間愛です)は、観念だけでは駄目で、行動が必要でしょうね?行動で示し心を表現しなければ伝わらないでしょう・・・

 

ユーロ圏外の国では、飛び立つ前に空港内で素敵なカードで現地通貨を消費しています。

 

早起きして、作ったソウルフードは、とても簡単なもの。パンケーキに焼きリンゴ。

   

このリンゴも長野の知人が贈って下さったもの。その方から頂いた波動を食しました。

バターを詰めてシナモンを振って頂きます。

 

それと、パンケーキ。

  

良い色に焼けてきました。でも、丸い形だけでは面白くないモンね?

 

私の秘密兵器? ハート型のパンケーキが一度に5個焼けます。出来上がると可愛いのぉ~。

 

素朴でも美味しい(好きな)食べ物は、心を癒してくれます。そして、食事は五感で頂くものです。五感が鈍らない様に、これからこの手紙を投函して、近所の公園を散策してこようと思います。

 

木々の声を聞いてリフレッシュ・・・

あなたも私も誰でもが、輝ける2014年でありますように・・・・

 http://www.youtube.com/watch?v=hHb0c6cVNsI&feature=related

 

 

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「カサノヴァ」

2014-01-06 02:32:25 | 日記

映画「カサノヴァ」をDVDで鑑賞した。

 

昨年のお正月に見たいと思っていたが、昨年の今頃はmustが多すぎて、1年後に楽しみを伸ばしていた。(なんて、呑気な・・・・と自分でも呆れるけれど)

あ~楽しかった。何度見ても良いなぁ~。全体的に美しすぎる。

「カサノヴァ」と言えば、ジゴロやドン・ファンとも同義語で語られる好色家であるが、この映画は、その厭らしさはない。むしろ、「純粋な愛」とは何かに焦点を絞られている。

「カサノヴァ」を鑑賞しようとした動機は、「カサノヴァ」の名前が付いたタロットカードを偶然入手して絵柄が美しかったので、2次元ではなく3次元でも鑑賞したいと思ったから。

 

 

台湾で「カサノヴァ」カードを入手した。タロットカードやオラクルカードは相当数持っており、海外では旅の記念に現地の書店に飛び込み購入して来る。「カサノヴァ」は、台湾の物ではなく、イタリアのタロット制作会社で有名な所の物だが、折角台湾で見つけたので、迷わず購入してきた。外函に書かれているが(丁度写真では切れてしまった)、18歳以下購入禁止になっている。

此処に紹介したカードの左上の一部から察しが付く様に、78枚のカードの中には、かなり過激(見る人によるとそうでもないかもしれない)な、カサノヴァと女性の行為の図柄もある。しかし、小さなカードの中に展開された絵は美しくて、鑑賞用として価値がある。実占には向かないかな。いや、正確には、ある特別な事柄に焦点を当てて占う場合のみ、解答が貰えるマニア向けのカードの様である。

 

映画「カサノヴァ」は、色々な監督で数種類の映画が作られている(と言っても他の物は見てないが)。今回の物は、非常に美しくベネチアの街の鑑賞と真実の愛がテーマとなっている。これに関しての、様々なレビューを見てみると、「カサノヴァはもっとギラギラした中年の男優を使うべきで、主演男優に物足りなさを感じて、内容にがっかり。でも、実際に女性にモテるのは、この男優の様に高身長、ハンサム、スマートなタイプなのだろう。不満・・・」と言うような、明らかに男性のレビューが目に付いた。この「カサノヴァ」の中で、カサノヴァと女性の絡みは、修道女を相手に1カット、それも数秒しかない。

 

ラッセ・ハルストレム監督は、プラハやパリなどを撮影地として全く使わず、総てヴェネチアで撮影した。そこに意義があり、建築、当時の街の様子を再現している所に価値がある。運河沿いの建築物から、窓の外をの光景も美しい。CGではなく、実際の映像を「絵」として用いている。

 

娼婦から淑女、修道女まですべての女性を虜にしてきた伝説の恋愛の達人が、男勝りの剣の腕を持ち、男性ばかりの大学に男装して乗り込んで女性解放を詠い、男性の名前のペンネームで小説を書いている、そんな美しく気高く知的なフランチェスカに恋をしてしまう。初めて、その愛を拒まれたカサノヴァは、彼女の心を奪うためにあらゆる恋愛術を披露する。

 

彼を愛した女性の誰もが、カサノヴァを恨みに思うことなく、もっと愛して欲しいと望んでいる。気高く知的でお堅いフランチェスカの心も震わせてしまう。しかし、そこにはカサノヴァの演出(嘘)があったのだが、彼女はそれに対して「愛されていると思わされた」と拒む。カサノヴァは、偽名を使ったがフランチェスカを心から愛していた。

 

どの女性も「愛されていると思わされた」のだとしたら、それは相手の女性にそう思わせればいい事で、カサノヴァが愛してない女性に愛していると口にして、本音を語っていないのだとしても、「男の嘘!!」だとなじる事は出来ないなぁ~と感じた。

 

男性が女性を愛していても、自分本位の愛で、決して女性を喜ばせるのではなく、苦しめる行為をぶつけて、自分の思いに応えて欲しいと思うならば、それは女性を愛しているのではなく「自己愛」である。自分を満たして欲しい、自分が愛した分、それが女性に伝わっていなかったとしても、その分の見返りが欲しいと言う事になる。

 

男性が女性を愛していなくても、女性を喜ばせれば、女性に愛されると言う事を、カサノヴァは熟知しているのである。

 

そう、男性の度量は「女性を喜ばせる事」。それに尽きるのかもしれない・・・・

(ああ~世の中の全男性を敵に回すような台詞かしら?)

そういう意味では、若いころに容姿や条件(は人によって求めるものが違うだろうが)が良く、努力をしなくても女性にモテた男性は、年齢を重ねて条件が悪くなってくると、過去の栄光にすがり苦しむだろう。その場合、年齢に応じて経済力が付いている場合は、それを目的の女性は寄って来るかもしれないが、心からは愛されないだろう。カサノヴァを見習ってほしい・・・男を磨くとはそういう事である。ブ男でも男を磨くと女性にモテる。年齢を重ねると、身長はどうにもならないが、顔の造作なんてどうでも良いとは言わないが、男を磨いた人物は容姿は気にならないものである。

 

などと思いながら、ベネチアの美しさを鑑賞した。

 

ベネチアの学者達の奥方が集まり「学者の夫と言うのは、ベッドでの技巧は最低ですのよ」と言うセリフを聞いたときには、それは、「自宅では品行方正にしていて、外では匠かもしれませんよ、いえ、匠になりたがっているのかもしれませんよ」と思い、思わず吹いてしまった。

 

カサノヴァに振り向いて貰えなかった女性が、彼を貶める為にカトリックの神学者に「純潔をカサノヴァに無理やり奪われた」と訴え、裁判で証言する約束をするシーンがある。その神学者は、「裁判で証言をしてくれカサノヴァの有罪に対する有力な証拠を示して呉れたら、「貴女の純潔」はカソリック教会が保証しましょう」などと嘯いた。彼女の過去が無かった事にすると確約するのだが、そんな事有り得ないだろうに、腐っている・・・・

 

まぁ~、「愛」は人を生き生きとさせ、「愛」が欠乏すると人は苦しみを感じるのだと、人間の基本を改めて、美しいヴェネチアを舞台に鑑賞した。

 

植物だって、「枯れろ、枯れろ」と言って水を与えても育たない。生きとし生けるものはすべて「愛」が必要で、たとえ命のない無生物でも「愛」を持って接することで、応えてくれるものだと思う・・・・

 

次のDVDは、「クォ・ヴァディス」。ちなみに、「Quo Vadis」はラテン語で「どこへ行かれるのですか?」の意味。これに、domineが付いて「Domine! Quo Vadis?」となると、「神よ!いずこへ?」となりますヨン。さらに、ちなみに、「!」や「?」は現代語記号なので、ラテン語には一切付かない。総て語尾変化から文章を読み取る。だから、単語の位置も文章内であればどこでも良い。因って、「Vadis Quo Domine」でも「Quo Domine Vadis」でも「Vadis Domine Quo」でも良い。ただし、詩などの韻を踏むときには、日本語の万葉集の様に美しい型というものがある。しかも、主語は割愛するのが、すっきりとして美しいラテン語らしい文章となる。それゆえに、長文になると難解で、訳するのに一文、1時間掛かる事もある。いや、1日中考えても訳せない事もある。(というのは私だけか・・・?)

この映画は、西暦1世紀の初期、皇帝ネロの元ローマ帝国が全世界を支配していた頃に愛し合う、ローマの軍人と幼いころに人質として連れてこられたリギイ族の王女との愛の物語が、キリスト教を軸として描かれたもの。ノーベル賞受賞者のポーランド人作家の小説を映画化したものである。

 

楽しみ~♪

「 映画って本当に良いですね?さようなら、さようなら~♪」^^

 

 

 

 

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