ある『物語』の断片

『物語たち』は語り始める。

再出発

2007-10-31 00:02:43 | ある『物語』の断片
これまでの先人たちが
辿ってきたのと同じように

若者は、
旅に出ることにした

謎を
解き明かすために。

欠けたものを
満たすために。

この物語の結末は
もう分かってはいるけど

ひょっとしたら
変えられるかもしれない

1914人目の
その若者は

やり直しの効かない
冒険を開始した

敗者

2007-10-30 10:19:33 | ある『物語』の断片
眩しいほどの
煌めき
届かない場所
憧れ
誰もが愛した笑顔

その時からは
想像もつかないくらい
変わり果てた姿で
その男は壁に寄りかかっていた

「………」

数年前の面影を残した男は
最後に
何かを口にしたが
その言葉は聞き取ることができなかった

ただ、
一瞬だけ
彼が若かった時の姿が
蘇った気がした

窓の向こう側

2007-10-29 00:10:52 | ある『物語』の断片
あの場所から
見渡せる景色が好きだった

そんなことすら
ずっと忘れていたのに

何も感じなくなった心に
スイッチが入って
それ以来
正常ではいられなくなった

生きているのか
死んでいるのか
分からなくなるような
日常から

もう一度
あの場所まで
目指したくなった

表現者

2007-10-28 00:42:54 | ある『物語』の断片
形容するなら
ラメ色の光

張り詰めた旋律
渇いた音

どことなく
突き放した表情

それでも
彼が掻き鳴らす音は

これまでのこととか
これからのこととか

多くのことを
物語っていた

今はまだ
小さい光

その輝きが
手に届かなくなる前に

僕は、
その名前を叫んだ

闇夜

2007-10-26 00:05:51 | ある『物語』の断片
月明かりが照らしたのは
駆ける背中

風を斬り裂く音が迫ってくる

振り返ってはいけない

瞬時に体をくねらせ
右斜めの角へと折れ曲がる

轟音

ほどなく
土ぼこりを上げて
立ち上がる

「それ」は飢えた眼を
再びこちらに向けた

終わりの無いことに
気付かないまま

今宵も
二つの影は
走り続ける

2つのグラス

2007-10-24 09:53:16 | ある『物語』の断片
こんな時は
どんな言葉を
かけたら良いのだろうか

今は何を言っても
嘘になってしまう

黙する時間
凍りついた空間

その空気に耐えかねて
次の珈琲を注文した

喉の渇きが止まらない

新しく満たされたグラスを手に取り
飲み干して
何か言おうと
君に向かい合った

「同情も憐れみも
私には、必要無い」

景色も
感情も
記憶も

このまま全部
無くなってしまえばいいのに

それは凍りついたまま
沈殿する

その時から
一歩も
進めない

混沌

2007-10-23 00:54:15 | ある『物語』の断片
群衆は欲していた
勝利の証を
革命の証を

そもそも何が目的だったのか
何を創り出さねばならないのか

一人の男が
広場に連れ出された時には
もはや、誰も記憶に留めていなかった

歓声の中で
老人は嘆息した

これは
始まりに過ぎないのだと

電車

2007-10-22 09:56:25 | ある『物語』の断片
目的地もなく
終点もなく
ただ流れる景色を
眺めているだけ

「でもね、お客さん」
「いつかは、降りなきゃいけないんですよ」

既に夜

無人の駅の外では
草むらに覆われた薄暗い道が
大きく口を開けて
僕を呑み込もうと待ち構えていた