(選手Oに比べて)バットヘッドスピードの大きな選手Sは各成分の絶対値は大きく、多くの成分において相殺される大きな力・モーメントを作用させながらスウィングしており、(力学的に)無駄の大きなスウィングとなっている。
両選手の体力的資質にも左右されますが、実際にヘッドスピードが速いのは選手Sの方ですから、
一見無駄と思える動作をあえて行っているということは、このような動作に何らかの理由があると考えられる
わけです。
その理由として可能性のあるものが2つ挙げられています。
- 相殺する力によってあらかじめ筋の活性度を上げることが、他の方向への力発揮のしやすさに影響を及ぼす
- ボールとの接触時間がわずか1ミリ秒という短い現象ではあるが、インパクト時に作用する大きな衝撃力に負けないように、相殺する力によって閉ループ全体の剛性を上げることによりインパクト部のバットの換算質量(見かけの質量)を大きくできる
選手Sが発揮している力学的にはバットの加速にとってはマイナスになる力のうち、
- 右手のYsp軸方向の作用力
- インパクト付近のXsp軸方向の偶力
が目に付きます。
Ysp軸方向の作用力
<図5>を見れば判るように、バットの総パワーの大部分を占めるのがYsp軸方向の作用力パワーですから、右手の負のパワーはバットの加速にとっ大きなマイナス要因です。
力を働かせる理由は1.でしょう。
右手の力はZsp軸方向にも働き、バット軌道を維持するのですが、Xsp軸方向の偶力を掛ける段階で力を発揮すべき大胸筋などに負荷を掛けておこうとすると、Ysp軸方向にマイナスの力を働かせることになるのでしょう。
このとき右腕は相撲の「はず押し」のように脇を締めて手首を背屈・橈屈させてバットを押して伸張性収縮状態を作り出し、偶力を掛ける段階で短縮性収縮に切り替えます。
右手を掌屈させている打者はXsp方向の偶力を掛けることをせず、従って加速に関与するのは左手だけということになります。右手の力はZsp軸方向のみで、Ysp軸方向にマイナスに働くことはないでしょう。
メジャーでⅠ型は少なくなりましたが、過去の打者の多くは左手(右打者の場合)の引きだけで加速していたようです。
ベースボールマガジン社の「大リーガーのテクニック」新旧2冊に載っている過去の打者は(ゲーリックを除けば)Ⅰ型と思われますが、偶力を使っているのはピート・ローズだけでしょう。あとは(当時)現役のトニー・グウィン。
上の件についての真偽も然りですが、打撃論の中でバットに加えられる力を問題にするケースは多いと思います。そのようなときにセンサー・バットのデータが直接の答を提供してくれるわけで、打撃論にとっては「閉ループ問題の解決」以上の意味を持つと言えます。
例えば「リストを利かしてバシッと打つ」などという表現がありますが、選手Sの場合Zsp軸まわりの右手作用モーメントはマイナスであり、(少なくとも選手Sについては)この表現は適切なものではないわけです。
(続く)