大浦勝鬨のブログ

磐笛・根竹環・法螺貝 天然笛伊都能売呼吸法奏者

あの世へゆく準備  1<2>

2018-05-15 10:26:11 | 日記


            <鳴り鳴りやまず 天の磐笛>  幼年期

      私は、1937年9月18日、大浦忠蔵ととめとの5男4女の5男として京都府宮津市
      字島陰249番地、猟師の家庭でうまれました。 幼児期は戦中、戦後で生活は大変
      苦しかったと思いますが--- でも愛情いっぱいの家族の中で育てられました。
      母親の口癖は 「悪いことをしたら地獄に行く、良いことしたら天国に行く」この言葉
      が私の身体に染み込んでいたとおもいます。

      父親は宗教法人大本の熱心なしんとでした。 母親は今で言う「霊能者」 当時は
      「おがみや、霊媒者、狐付き」と言われ、近所では評判でしたが、その子供だと言われ    
      れることが 嫌な事も随分ありました。

      母親に死んだ人の霊が乗り移り、今地獄におちて苦しんでいるから助けてほしいと言い
      始める、それを父親が聞き取って、相談者に説明するといった事が、わたくしの小学校
      3年生ごろまで読きました。 人は死んだら、天国か地獄又この中間の世界<中有界>
      に行くのかなと思っていました。

      天国に行っているという人の場合は、母親の顔が明るく、楽しい顔立ちになり、   
      見ていても気持ちが良かったのですが、反対の地獄行きの人の状態は見ておられない
      容貌になり、子供心に恐ろしかった事がおもいだされます。
      幼少の頃からこの様な環境で育ちました。

         *母親に 霊が移りた 姿見て あの世があると 覚らされる。

                大浦荘の海岸から映す

      

                私の誕生した島陰の神社<白山神社>

      

      

      

      

      

      

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