第七話 甦る光景
球場は熱気の渦にに包まれていた。ただでさえ三十五度近い猛暑の中だ。満員となったスタンドは少なくともそこからさらに三度は高くなっていることだろう。
しかし観衆は一哉の一挙手一投足に目を奪われ、そんな暑さをも忘れてしまっている。
一哉のいるマウンドはそれ以上に暑い。恐らく四十度くらいにはなっているだろうか。だが、一哉は最高の援護とも言うべき一点をもらい、水を得た魚のように活き活きとしている。
一哉の足が上がる。そこから大きなテイクバックで振り下ろされる本格派な投球フォームは見ているだけで痺れてしまう。
ボールが乾いたような音を立ててグラブに納まる。すかさず、ストライクのコールだ。
吉永はあまりの速さに手が出なかったのか、首をかしげている。
その直後、今度はスタンドが一斉にどよめきだす。
一体何事かと正志は思い、ベンチから身を乗り出す。
「あ!」
驚きの声が漏れた。それは電光掲示板に表示された球速のせいだった。
表示された球速は152km/h。今まで一哉が出した最高速は148km/h。それを4km/h上回ったことになる。
この意味は大きい。150km/h近い速球と言われるのと150km/hを越す速球とでは期待、関心、相手に与えるプレッシャーが違う。それも連続三振記録を打ち立てようとしているこの瞬間に計測されたのだから、能美打線が受けたプレッシャーは計り知れないものと言えるだろう。
その効果はすぐにも現れた。一哉の速球に振り遅れまいとした吉永は、二球目に来た縦のスライダーを振り急いで空振りし、三球目はスイングに迷いが出て一哉の放った151km/hの直球に振り遅れて三球三振。まんまと一哉に九者連続三振を献上することになったのである。
ここまでのアウト十二個のうち十個が三振によるアウト。能美にとっては屈辱的な状況だが、観衆からすればこれほど見ていて緊張感と爽快感のあるパフォーマンスはない。
スタンドのいたるところから歓声が巻き起こり、それが大きな固まりとなってグラウンドへと降り注ぐ。水戸市民球場はこれで完全に須賀一哉の一人舞台となった。
この状況で守備につかねばならない能美は非常に辛い。案の定、制球に定評のある三原が変調をきたし、甘い玉を連発することになった。
しかし、能美とてこの決勝にまで残ったチームだ。守りは堅い。三原をフォローするように守備陣が盛り立て連打を許さない。
結局ヒット二本は許したものの、能美は無失点で五回表を切り抜けた。
さて、代わって五回裏、能美の攻撃。観衆の期待はどこまで連続三振記録が伸びるかにあるのだが、これは先頭バッターである一ノ倉がショートゴロに終わったことで呆気なく途切れた。
連続の二桁奪三振を確信していた人々もいるのだろう、スタンドから大きな溜息が漏れている。
すると、続く五番多賀、六番でキャプテンの外山も内野ゴロに倒れた。先ほどまでの奪三振ショーがウソのようである。
「須賀の奴、力を温存しにきたな」
正志の横に座っていた一ノ倉が確信したように口を開く。
「たしかにこの暑さなのにちょっと飛ばし過ぎたし、終盤戦を見越すと妥当な判断ですね」
マウンドに漂う熱気がいかに投手のスタミナを奪うか、正志はよく知っている。体調によっては吐き気すら催す場合もある。九連続奪三振を達成し、試合が梁瀬に傾いた以上、ここで無理する必要もないというわけだ。
しかも、梁瀬は伝統的に守備が良い。今大会はここまでエラーなしという鉄壁さを誇っている。もっともこれは一哉への依存度が高いのも理由の一つである。
「だが、打たせてくれるのであればチャンスはある。力を温存したことを後悔させてやろうじゃないか!」
重房監督がそう言って選手たちを励ます。
「そうですね。それにはまず、この回を抑えないと」
エース三原がそう答え、ナインの先頭に立って守備に付く。
なんだかんだ言ってもやはり大黒柱である。目にに輝きが戻ってきた。
その三原、この六回表を見事なピッチングで梁瀬打線を寄せ付けず、三者凡退に仕留める。
そして、六回裏能美の攻撃。一哉の前にパーフェクトに抑えられているだけにいい加減ランナーを出したいところではあるが、打順は下位打線。そうそう期待できるものではない。
先頭バッターの七番粕谷は早速初球を叩いてファーストゴロに打ち取られる始末だ。
続いて八番のエース三原が打席に立った。
三原は八番に入ってはいるが、それは投球に専念させるためであり、打撃そのものは悪くない。大きな一発こそないが、巧打の打てるバッターだ。
その三原、三球目のカーブを打ち返し一哉の股間を抜いて見せた。
しかし、打球がマウンドに当たったことで失速している。完全にセカンドゴロである。
ところが、ここで面白い事が起こった。回り込んだ二塁手をあざ笑うかのように、打球がセカンドベースに当たって跳ね返ったのだ。
これを見てフォローに入った遊撃手がすかさず拾って送球するが、焦ったためかボールが逸れて一塁はセーフ。記録は遊撃手のエラーであるがついに能美はランナーを出すことに成功したのである。
ようやく出した同点のランナー。ここはなんとしても得点圏に送りたいところだ。
ワンアウトではあるが当然、定石としてバントを指示することになる。
すると、ここで正志は重房に、一つの助言を与えた。
一哉を熟知している正志からの意見である。重房はその意見を採用し、打席に立つ九番の木塚にサインを送った。
吉と出るか凶と出るか?このチャンス、木塚は二球目に来た縦のスライダーをバントする。しかし、ピッチャー前へと転がす平凡なバントだ。これのどこに正志の助言が生きているのか皆目検討もつかない。
猛然と詰める一哉、すぐにボールを拾って一塁へ送球してツーアウト。
・・・かと思いきや、なんと二塁へと送る。しかし、これは完全な判断ミス。二塁の三原は足も速い、当然セーフ。そしてバントを決めた木塚もまたセーフとなり、能美はここで逆転のランナーをも出すことに成功したのだ。それもノーヒットでだ。
「浅川、お前のいうとおりにしたら面白い展開になったぞ」
重房が正志の顔を嬉しげに見つめている。
「あいつは、いつもああでした。エラーなんかでランナーを出した後にバントされるとすぐに先頭のランナーを潰そうとするんですよ。それでいつもフィルダースチョイスになってセーフにしてしまうんです。今回も上手くいくと思っていました」
正志はしてやったりの表情。そして同時に自分の出番が近づいたのを肌で感じていた。
正志の予見はあたった。重房は一番の館山にも送りバントをさせランナーを進めると、二番の堤に変えて正志を代打に送り出したのである。
(ついにこの時がきた・・・)
ヘルメットをかぶり、ベンチを出てゆっくりとバットを引き抜く。見据える先にあの男がいる。かつて親友と呼んだ男の姿が。
(六回裏ツーアウト二、三塁か・・・あの時とまんま同じだな)
正志はここでクスッと笑う。
思えば、あの五年前のリトルリーグ全日本選手権予選東関東大会決勝の時と同じ状況ではないかと。
リトルリーグは一試合六イニングで行われる。そう、あの試合も一打サヨナラという状況で迎えた六回裏のツーアウトランナー二塁、三塁だ。
ただ一つ違うのは正志がボールを受けるのではなく、バッターとして打席に立つということだけだ。
正志は皮肉めいたものを感じずにはいられなかった。
だが、こういう場面でこそ一哉はより一層力を発揮することを知っている。
今、二人にとって最高の力を出せる場面が揃ったのである。
ついに対決の時を迎えた二人。高校野球選手権大会茨城県予選決勝は今、最大の山場を迎えようとしていた。
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ちょ!いいところで!あぁあああ((黙れ
もうハラハラ通り越して心臓がドクンドクンいってるんですが!←
続きが・・・続きが読みたいです((
いいところで区切るのが自分の手法なんでw
やっぱ気になる引きのがいいかなって思うので。
テンション上がってきたんですぐに八話は公開できると思いますよ。