十勝の活性化を考える会

     
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身代わりの美女

2022-01-17 05:00:00 | 投稿

萱野 茂著「アイヌと神々の物語」より

身代わりの美女


私には父がいて母がいて、何不自由のない暮らしをしていた一人の若者でした。
 ある日のこと父が、
「私は若い時に、石狩川の中ほどにいる仲よしの物持ちに私の宝物を貸したが、お前にそれを取りにいってきてほしいものだ。あの宝が息子であるお前の手もとに戻ると、お前は国中で並ぶ者がない物持ちになることができるであろう」
と私に言いました。このように父が一人息子の私に何回も何回もいうので、私はある日そこへ行くことに決めました。すると父は、「石狩川の中ほどへ行くのには、このように行くと近いものだ」
と丁寧に道順を教えてくれましたが、途中で一晩だけどこかに泊まらなければならないということです。
私は父に教えられたとおりに、自分たちが暮らしているコタン(村)に流れている川を、上流の方へ向かってどんどんと歩いていきました。いつも狩りに来る場所も通りすぎ、川が沢になり、沢を登りつめて別の川が見える峰の上まで来ました。私は山の上から方角を確かめて、やや広い小さな沢まで下っていき、そこで泊まることにしました。そこには父が教えてくれたとおり、昔、父が泊まったらしい木の皮で屋根をふいた小屋がありました。私はずり落ちかかった木の皮を重ねなおし、一晩ぐらいは泊まれるようにしました。
 夕食が終わるころにはすっかり日が暮れてしまい、さて寝ようかなと思っていると、外で人間らしい足音が聞こえました。そして、入口の方から人間の声で、「エヘン、エヘン」とせきばらいの声がしたので、私は、「誰だか知らないけど、どうぞお入りください」と返事をしました。すると一人の女が、それも美しい娘が入ってきたのです。
その娘の顔を見て私は驚きました。コタンでも大勢の娘がいて、美人もたくさんいると思ってはいたのですが、見たことも聞いたこともないような美しさです。私はその美しい顔を見て、この娘はきっと神様に違いないと思いました。小さい囲炉裏の向かい側へ娘は遠慮がちに座り、しばらくしてから娘は次のような話をしました。
「私は、先ほどあなたが登ってきた小さい沢の両側に天国から降ろされて暮らしている、ケレプノイエ(触るとねじる)とケレプトゥルセ(触ると落とす)という、トリカブト姫の姉妹の一人です。私はその妹の方ですが、日ごろ私たち姉妹は、狩りの時に役立っているということで、あなたの父からイナウ(木を削って作った御幣)やお酒を贈ってもらい感謝しています。
見たところあなたは本当に精神のいい若者ですが、これからあなたが行こうとしている所に大変心配なことがあるのです。
というのは、あなたが行こうとしているコタンの川向こうにすんでいる大蛇、大蛇といっても、ちょっとやそっとのものではなく、アイヌが造るどんな大きい丸木舟の材料よりも太い大蛇が、一年に一回コタンへ来るのです。ただ来るだけならいいのですが、川の向こうからこちらへ大蛇の体は届いてしまい、大口を開けて人間を一人、口の中へ入れてもらうまで動かないのです。それも、初めはいい娘とか、いい若者とか、美しい若妻がねらわれ、今ではコタンが全滅しそうになっています。このままでいたなら、あのコタンの人たちは一人残らず大蛇の餌食になってしまうことでしょう。
それと、あなたが明日行くことになっている家にも、若者が二人、娘が二人いますが、コタンの人たちの間で相談してその娘のうちの妹の方を、大蛇の口に投げこむことが決まっているのです。それを神の力で見た私は、あなたの父の友人であった家の不幸を、見知らぬふりはできないと思い、ここへ来たのです。
大蛇の口へ投げこまれようとしている娘の器量は、神である私もかなわないぐらいの美しさです。明日は、あなたと一緒にコタンへ行きます。そこで、私を大蛇の口の中へ投げこんでください。そうしたならばどうなるのか、あとはじっと見ていてください」
と、触ると落ちる、猛毒の神である妹のトリカブト姫が、私に聞かせてくれました。私は丁寧にトリカブト姫に、何回も何回もオンカミ(礼拝)をしました。そしてその夜はトリカブト姫も小屋に泊まりました。
 次の朝早く、まだ行ったことのないコタンを目ざして私はトリカブト姫と二人で歩きました。しばらく行くと、大勢のコタン、広いコタンがありました。コタンの中を下っていくと、その中ほどに村おさの家と思われる、島ほどもある大きい家がありました。その家の前へ行き、「エヘン、エヘン」とせきばらいをすると、家の中から一人の美しい女が出てきて、私たちに、

「どうぞお入りください」と言いました。
私とトリカブト姫の二人が中へ入ってみると、二人の若者と、二人の娘がおり、その家の主である父の友人の村おさもおりましたので、丁寧に礼拝をしました。
そのあとで私は、父にいわれたとおりに、
「以前父があなたに貸してある宝物を受け取りに来たのです」と言いました。すると、その家の主である村おさは、 「まったくあなたのいわれたとおりで、宝物はすぐにお返ししますが、実をいうと、私たちはコタンの中で大きな悩みをもっているのです。
というのは、私の小さい方の娘を、明日になったら一年に一回来る大蛇の口の中へ投げこまなければならないのです。それを思うと、悲しくて悲しくて、どうにもならず、泣いてばかりいます」と語りました。また、
「コタンの中でも評判の美男や美女、それに若い人妻などが選ばれ、このままゆくと、コタンには人が1人もいなくなるでしょう」 と村おさは涙ながらに言いました。

大蛇は川を横切って頭だけをこちら側に置き、大きく口を開けていて、口の中へ娘を投げこむと、バクリと口を閉めて川向こうへ戻ってしまうということです。


話を聞いたその夜、私は神であるトリカブト姫が、下の娘の身代わりになってくれることを一言もいわず、村おさの家へ泊めてもらいました。
次の朝、まだ夜が明けきらないうちから家の人々は起き出して、あの美しい妹娘に死装束を着せ、外へ連れていきました。娘は死ぬほど泣き叫び、別の若者たちが手を取り、後から押すやら引っぱるやらして川の方へ下っていくうち、夜が白々と明けてきました。
コタンの人が河原近くへ行くと、うわさの大蛇が川を渡ってきて、頭は川のこちら側にあり、しっぽは川の向こう側にあって、丸太のような体で流れを止められた川は、大蛇の体の上にあふれ、まるで滝のように流れ落ちています。そして話に聞いたように、大きな口を開けて娘が投げこまれるのを待っていました。その口へ、今、まさに娘が投げ入れられそうになりました。そこへ走りよった私は、高い声で、
「待ってくれ。娘の身代わりに、私の妹を差し上げます」
と言いながら、トリカブト姫を、さっとばかりに大蛇の口の中へ投げ入れました。大蛇は、バクリと音をたてながら口を閉じ、すうっと体を引きちぢめて、川の中ほどまで戻ったかと思うと、その頭が流れの中へ吸いこまれるようにして流れはじめました。流れながら大蛇の身が溶けて骨がばらばらになり、白くなった骨だけが大洪水の時に流れる流木のように、ごろん、ごろんと重なり合いながら流れていきました。
それを見たコタンの人たちは、抱き合って喜びました。そこへ、大蛇の口の中へ投げこまれたと思ったトリカブト姫が笑顔で戻ってきたのを見て、コタンの人たちは二度びっくりです。村おさの娘も、うれし涙で顔をぐしゃぐしゃにして家へ戻ってきました。
死んだと思った娘の顔を見た村おさも、涙を流して喜び、何度も何度も私にお礼をいいながら、父が貸してたあった宝物を何倍にもして返してくれました。そこヘコタンの人たちも、コタンの危難を救ってくれたお礼にと、たくさんの宝物を持って集まってきましたが、私は一つも受け取りませんでした。
 そうして、もう一晩泊まった翌日に私たちが帰ろうとすると、昨日助けたあの娘が、母親に何やら低い声で耳打ちしました。娘に代わって母親がいうことには、
「あなたのおかげで助かった娘なので、いたらない者ではありますが、連れて帰り、せめて水くみ女にでも、薪取り女にでも、おそばへ置いてください」
と泣いて私に頑むのです。それを聞いた私は、
「さっそく一緒に連れて帰ってもいいけれど、今日は神の女も一緒なので、のちほど迎えに来ます」
と約束をして神の女のトリカブト姫と二人で帰りました。
 最初にトリカブト姫と会ったあの仮小屋まで戻り、二人でそこに泊まると、トリカブト姫のいうのには、
 「アイヌであるあなたの精神がいいので、助けたのでした。今になってみると、あなたと結婚したくなりましたので、結婚することにしましょう。
しかし私は神ですので、アイヌのコタンに死ぬまでいることはできませんが、二人の間に子どもが生まれ、孫が生まれてから、あなたに神の国へ来てもらい、本当の結婚をしましょう。
それと、助けたあの村おさの娘も精神のいい人ですので、妻にしなさい。そうすれば私たち二人の妻は仲よく暮らし、あなたは国中で比べる者もないほどの物持ちになるでしょう」
と言ってくれました。そしてトリカブト姫は、
 「後で、家とともにあなたの所へ行きます」
と言いながら、あの晩に来た時と同じ足音をさせて、闇の中へ消えていきました。
次の朝、私は早く起きて自分の家へ帰ってきましたが、父へは受け取ってきた宝物を渡しただけで、神の女のトリカブト姫に出会ったことや、向こうのコタンでの出来事を一言も話しませんでした。
 何日か過ぎてから、あの助けた娘と二人の兄やコタンの若者たちが、まるで薪でも縛るようにたくさんの宝物を縛り、それを背負ってやって来ました。それを見た父は事情を聞き、喜んだり、事の次第を報告しない私をしかりながら、
「よかったよかった。精神さえよければ、そのように思いもしない所で、神が助けてくれるものだ」
と泣いて喜んでくれました。
そうして数日が過ぎたある朝のこと、家の外の祭壇の向こう側で囲炉裏の火のはぜる音が聞こえました。窓の簾を巻き上げてみると、神の女のトリカブト姫が家とともに来ていたので、私はさっそく外へ出て、その家へ入ると、右座の方に姫が座っています。私が入ったのを見ると、姫が後ずさりしましたので、私はその前を通って横座へ座り、姫に向かい丁寧に礼拝しました。
そこへ父と母は、持っている着物の中でいちばん上等なものを着て、二人そろって静かに入ってきて、神の女である私の妻を、アイヌ風の礼拝で丁寧に迎えてくれました。

父や母に、私は改めてトリカブト姫を詳しく紹介したのです。
その後、人間である妻の方は父たちと暮らさせ、私は神の女のトリカブト姫の家にいました。妻たちが仕事をする様子を見ると、二人は本当に仲よく、いつも笑い声をたてながら働いています。神の女との間には男の子一人と、女の子一人が生まれ、人間の女との間にも同じように子どもが生まれました。
 やがて二人の妻の息子たちも成長し、妻を迎えて、孫も生まれたある日のこと、神である私の妻は、自分の女の子に手を引かせて神の国へ帰ってしまいました。
その後、私も年を取り、まだまだ死ぬ年でもないのに病気になったのは、トリカブト姫であった私の妻が、私を呼びに来たのでしょう。私が死んでも、普通のアイヌが死後に行く裏側の世界へ行くのではなしに、トリカブト姫のもとへ行くことになっているのです。
したがって、私を供養するには、トリカブト姫へ供物を贈ります、といってほしい。
そうすると、子どもであるお前たちが作ったものを受け取ることができるでありましょう、と一人の男が語りながら世を去りました。
語り手 平取町荷負本村 黒川てしめ(昭和44年4月15日採録)

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