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教育基本条例下の辻谷処分を撤回させるネットワーク

憲法に反する「君が代」条例ならびに公教育の理念に反する大阪の新自由主義的教育諸条例の廃止を求めます。

最高裁上告棄却・不受理決定を受けて

2019-01-14 14:43:17 | 減給取消訴訟最高裁



最高裁上告棄却・不受理決定を受けて

2019年1月14日
志 水(辻 谷) 博 子


2018年4月18日、最高裁第2小法廷(三浦守・鬼丸かおる・山本 庸幸・菅野博之裁判官)は全員一致で、辻谷「君が代」不起立減給処分取消訴訟上告棄却・不受理を決定しました。

2014年1月20日大阪地裁に訴状を提出して以来、一貫して訴えてきました「大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例」(2011年6月13日公布施行)、いわゆる「君が代」強制条例の違憲性については、司法はなんら審議をせず判断を回避した結果といえます。

いったい、憲法はなんのためにあるのでしょうか。
大阪「君が代」強制条例ならびにその処分条例ともいえる「職員基本条例」のもと、私は、2013年卒業式で2度目の「君が代」不起立であったため、給与の10分の1を減給される懲戒処分を受けました。38年間の在職中、私が懲戒処分を受けたのは、2012年入学式「君が代」不起立による戒告処分と当件減給処分の2度だけです。ありていに言えば、「君が代」を歌わなかったことだけで懲戒処分を受けたわけです。
いったい「君が代」を歌わないことは、それほどの「罪」なのでしょうか。

当初、私は職務命令に違反した以上懲戒処分はしかたがないことかもしれないと考えました。しかし、日本に憲法裁判所がない以上、「君が代」強制条例が憲法違反であると訴えられるのは、その条例のもとで懲戒処分(不利益処分)を受けた者しかいません。ならばと裁判を起こした次第です。なにより「君が代」強制条例の問題を多くの方々に知ってほしいという気持ちがありました。

もうひとつ、裁判を起こした理由があります。「日の丸」や「君が代」をどう取り扱うかについては、戦後まもなくから議論が起こります。とりわけ先の戦争でこれらが果たした役割を考えると、学校でどう取り扱うかについてはおおいなる議論がありました。おおよそのところで言うと、政府や行政は、学校とりわけ儀式において「日の丸」を掲げ「君が代」を斉唱することを推進しようとしましたが、現場の多くの教員は、さまざまな立場、さまざまな考えの子どもたちが学ぶ学校において、「日の丸」「君が代」を強制することはあってはならないと考えていました。

「日の丸」「君が代」の強制に抗したためなんらか処分を受けた教員や市民の裁判は、1960年代から連綿と続きます。大阪、福岡、京都、沖縄、東京、鹿児島、広島・・、ゆうに70件を越えています。「日の丸」「君が代」の戦後の歴史は、そのまま司法に憲法を問う歴史でもあったわけです。私が裁判に踏み切ったもうひとつの理由は、そういった先達のたたかいを引き継ぎ、かつ、それを次代の子どもたちにも伝えていきたいと思ったからです。私が敗れても「君が代」裁判は今後も続くことでしょう。全国で唯一大阪だけにある「君が代」強制条例は明らかに憲法に違反している―その思いは今も変わりません。
「君が代」を歌えと定めた条例は、なにひとつ問題はないのでしょうか。
いったい、司法とは誰のために、何のためにあるのでしょうか。

大阪地裁に提訴して以来、司法に私たちが一貫して求めてきたことは、「君が代」強制条例・職員基本条例の違憲性でした。しかし、地裁判決(2016年7月6日内藤裕之裁判長)はなんら憲法判断をしませんでした。私たちは控訴審においては憲法学者西原博史さんの鑑定意見書を提出し条例についての高裁に憲法判断を迫りました。ところが、高裁判決(2017年8月31日田中敦裁判長)においても、“西原意見書はにわかに採用できない”の一言で片付けられ、控訴人の主張に対してはなんら応答されず、またしても憲法判断はなされませんでした。

先日、ひとりの法学者が司法の現状を次のように告発されていました。
“「憲法判断を行わないのが司法のプロ」という裁判官の意識の問題がある”と。
「日の丸」「君が代」が国家のシンボルである以上、そしてそれらを為政者が「国民」を束ねる道具として利用しているからには、司法もそれに忖度するということなのでしょうか。しかし、司法が国や行政の過ちを判断しないでいったいだれがその危険性を指摘できるでしょうか。

2011年「君が代」強制条例が公布施行され、すでに8年になります。学校現場は明らかに変わりました。条例下「君が代」起立斉唱“命令”体制は不当な人事評価制度ともあいまって、教職員が意見、特に政府や行政に対する批判的な意見を表明することさえ憚られる空気を生み出しました。もちろん、それは生徒にも即座に伝播します。子どもたちは、「上」のいうことを聞くのは当たり前、今ある社会を批判することもできず、格差社会を肯定し、何か問題があったとしても「自己責任論」に絡め取られているように見えます。これこそが為政者の狙いではなかったのかとさえ思うほどです。

今、私は、司法が憲法を尊重しないなら、私たち市民が憲法を擁護していく他はないと考えています。「君が代」裁判はこれからも続くことでしょう。司法が憲法を取り戻すまでたたかいは続きます。それと同時に憲法は誰のために、何のためにあるのか、多くの人々と考え合い、語り合い、そして憲法を私たちの生活のなかで活かしていきたいと思います。
これまで「君が代」不起立減給処分取消裁判を応援してくださったみなさま、心よお礼申しあげます。私はこれからもたたかい続けていこうと思います。子どもたちの未来がどうあるべきか―私たちの課題はまだまだ多いといえます。

なお、4月18日に上告棄却を受けながら当方の手違いにより報告がおくれましたことをお詫びします。



最高裁要請文⑦「日の丸・君が代」強制反対・不起立処分を撤回させる大阪ネットワーク

2018-02-14 16:06:42 | 減給取消訴訟最高裁
これが最後です。計7通の要請書を提出しました。

2018年1月31日
最高裁判所第一・第二小法廷の裁判官の皆様
「日の丸・君が代」強制反対・不起立処分を撤回させる大阪ネットワーク
         (代表:黒田伊彦、担当連絡先:山田)

佐藤訓子さん・志水博子さんの最高裁での公平・公正な審議を求める要請書

事件番号:平成29年(オ)第16365号、平成29年(受)2024号
事件番号:平成29年(行ツ)第410号、平成29年(行ヒ)第476号

2013年に「君が代」不起立を理由に、佐藤訓子さんは再任用を拒否され、また志水博子さんは減給処分と次回は免職との警告を受けました。ともに大阪府議会で2011・12年に制定された「国旗国歌条例」「職員基本条例」とその下での「君が代」起立・斉唱の職務命令によるものです。それ以降、現在まで大阪では60名以上もの「君が代」不起立(職務命令違反)での戒告・減給処分が行われています。さらに府教委は「不起立」被処分者に対して「今後、入学式や卒業式等における国歌斉唱時の起立斉唱を含む上司の職務命令には従います」との文言の「意向確認書」の提出を求め、再任用の際にもその再確認ができなければ不合格(すでに合格している者は合格取消)とし、非常勤講師としての採用も拒否することまで行っています。

「国旗国歌条例」は、憲法19条「思想良心の自由」を侵すものであり、それに基づく「君が代」起立・斉唱の職務命令は違憲・違法です。その延長線上にある「意向確認」も、昨年の府商工労働部も府教委人事部に改善要請したように、明確な違反質問です。これらはこれまでの大阪での人権教育とも相反するものであり、生徒の人権を守り、その大切さを説いてきた教職員が唯々諾々と従えないのは、教育の条理からは当然のことです。

また戒告・減給から免職・再任用拒否までを含む加重処分・処置は、「自らの思想や信条を捨てるか、それとも教職員としての身分を捨てるかの二者択一の選択を迫られる」大きな心理的圧迫となり、実質的・名目的にも思想・良心の自由への直接侵害に当たるものといえます。そしてそれは、2012年以前は多くの教職員が「君が代」起立・斉唱を拒んできたことからすれば、「不起立」被処分者のみならず自らの意に反して起立せざるを得なかった多くの教職員への思想・良心への侵害でもあります。まさに「その性質の点から見て」当該職員の有する「歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付く」ものであり、それを義務づける「国旗国歌条例」「職員基本条例」およびそれを実施するための職務命令は当該教員に対して「上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するもの」に該当するものです。

さらに「国歌の起立斉唱を求めることは、教職員だけではなく、生徒との関係においても、国旗国歌への敬意の表明の要素を含む外部的行動を求めるものであって、思想良心の自由を間接的に制約する。そして、生徒が教師の指導を受け入れなければ、マイナス評価につながる可能性があることをはじめとする教師と生徒との関係性や生徒が自らの思想信条に従って起立斉唱をしなかった場合にいじめ等を受けるのではないかといった不安感を持つこと等があり得ることを考えると、学校において相当配慮をしなければ、このような指導は、実質的には起立斉唱の強制につながる」(2016年大阪弁護士会勧告)とすれば、当該の教職員が少しでも生徒に寄り添い、祝福する行動の一環として、業務終了後に卒業式に出席することまで否定するような職務命令の理解はあり得ないものといえます。

「思想・良心の自由が、あらゆる基本的人権の核心に位置し、民主的政治過程そのものの基盤であること」(故西原博史鑑定意見書)の認識のもとに、審理を尽くされんことを切にお願いするものです。

最高裁要請書⑥なかまユニオン学校教職員支部

2018-02-14 16:05:14 | 減給取消訴訟最高裁
要請書

2018年1月31日

最高裁判所 第2小法廷 裁判官
大谷 直人 様
小貫 芳信 様
鬼丸 かおる 様
山本 庸幸 様
菅野 博之 様

なかまユニオン学校教職員支部
支部長 山田 光一


 私たちは、本組合の組合員である、本件上告人・志水博子さんの、「君が代」不起立減給処分の取り消しを求める上告に対して、審議と判決において以下のことが実行されることを強く要請します。

1、 憲法と、教育の法体系を踏まえて、最高裁等での確定している判決にも照らして、大阪府の「国旗国歌条例」と「職員基本条例」を根拠にした大阪府教育委員会の減給処分は違憲・違法であることを判じ、そのことを判断していないままの大阪地裁と大阪高裁の誤った判決を取り消してください。

2、 裁判官の良心ではなく、“「君が代」不起立は悪い”という、裁判官個人の思想の「予断」と「偏見」を背景にして、本事案についての重要な事実経過の認定を誤ったままに判じられた大阪地裁・内藤裕之裁判長判決と、それを正さずに追認した大阪高裁判決の問題点を審査し、最高裁の責任で、“事実と法と裁判官の良心に基づいて裁く”という司法全体の権威と信頼を回復してください。
(内藤判決中の一例として、大阪府人事委員会への訴えを一時中断して、「減給処分」の重さから大阪地裁に提訴した志水さんの事実経過に対して、判決文では、「人事委員会は戒告処分を承認するとの裁決を行った」(弁論の全趣旨)とする、虚偽認定を行いました。これは、人事委の裁定は出ていないのに「敗訴した」と予断したもので、「敗訴だろう」「敗訴に違いない」という内藤裁判官個人の偏見を疑わせるものです。それは特に大阪の市民の司法への信頼を大きく揺るがすことになり、内藤法廷の日には裁判所前での市民による抗議ビラの配付が、現在も続いています。)

以上です。

最高裁要請文⑤大阪教育合同労働組合

2018-02-14 16:02:24 | 減給取消訴訟最高裁
                            2018年1月31日
平成29年(行ツ)第410号 
平成29年(行ヒ)第476号

公平・公正な審議を求める要請書

最高裁判所第二小法廷
   大谷 直人様
   小貫 芳信様
   鬼丸かおる様
   山本 庸幸様
   菅野 博之様
                          大阪教育合同労働組合
                          執行委員長 大椿裕子

             
2017年8月31日、大阪高裁は当労組組合員である志水博子組合員(以下、志水組合員という)の「君が代」不起立減給処分取消訴訟控訴を棄却しました。志水組合員はただちに最高裁に上告していますので、下記の要請をします。



一、 大阪府国旗国歌条例の違憲性を判断していただきたい

一、 大阪府職員基本条例下でおこなわれた「君が代」不起立減給給処分は2012年の最高裁判決を逸脱していることを判断していただきたい


【要請の理由】
おおさか維新の会がもたらした大阪府独自の国旗国歌条例と職員基本条例の組み合わせによって、「1回の不起立で戒告」・「3回の戒告で免職」となり教員はもとより校長でさえ大きなプレッシャーを受け続けています。さらに児童・生徒に対する同調圧力にもなり、学校における思想・良心・信教の侵害であることがこの間の大阪府人事委員会審理、大阪地裁審理などで明らかになっています。
大阪地裁の内藤裕之裁判長は、事実に基づかない主観・偏見に満ちた不当で杜撰な判決を出し、大阪高裁は50数カ所に及ぶ字句の訂正をおこなったほどです。さらに、大阪高裁も上記の二点に関してはまったく判断をしていません。それらは最高裁の仕事だと言わんばかりです。
大阪府の国旗国歌条例と職員基本条例の違憲性が問われない限り、大阪の教育は冬の時代が続くことになります。府教委の言いなりになる校長、校長に異議を唱えられない教職員に支配される学校には未来はありません。司法の立場から、大阪の教育に春をもたらせていただきたいと考えています。
                           以上