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教育基本条例下の辻谷処分を撤回させるネットワーク

憲法に反する「君が代」条例ならびに公教育の理念に反する大阪の新自由主義的教育諸条例の廃止を求めます。

Tネット通信2018.12.22「君が代」条例、ご存知ですか?

2019-01-03 18:50:18 | Tネット通信
2019年、新しい年がやってきました。どうか本年もよろしくお願いします。

さて、昨年「子どもをテストで追いつめるな!12.22大阪集会」で、下記Tネット通信を配布しました。ブログにも掲載しますので、お読みいただければうれしいです。

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Tネット通信(2018.12.22版)

みなさん、全国で唯一大阪だけにある、“君が代”条例をご存知ですか?

これは、橋下徹前大阪府知事が率いる大阪維新の会が2011年6月に府議会に提出し成立した条例です。翌年の2012年には大阪市議会でも成立しました。公立学校の教職員に「君が代」を起立し斉唱することを義務付けたものですが、このような条例は大阪以外は、全国どこにもありません。そして、大阪では、この条例の施行にともなって、卒業式や入学式では、教員に「君が代」起立斉唱が命令されるようになりました。

「日の丸」「君が代」には、戦争中に果たした負の歴史があります。だからどの学校でも「日の丸」や「君が代」を扱うことについては慎重であり、多くの議論があったわけです。ところが、条例下において職務命令が出されるようになると、わずか1分足らずただ不起立であるというだけで懲戒処分されるようになりました。私もその一人です。私は、“君が代”条例には到底従うことはできません。現在、処分撤回を通して、条例の違憲性を司法に訴えています。2回処分されましたが、減給処分取り消し裁判は、現在最高裁に上告中です。7名で起こした戒告処分取り消し裁判は、大阪高裁で審議中です。

さて、Tネットというのは、条例の違憲性を広く訴え、処分撤回を実現し、大阪の教育について考えるネットワークですが、このたび第7回Tネット総会ならびに講演会を下記要領で開催することになりました。ご参加いただければとてもうれしいです。もちろん、これまで“君が代”条例のことをご存知なかった方も大歓迎です。どうかよろしくお願いします。              (当該:辻谷博子)
                            
      ◆◆◆第7回Tネット総会・講演会◆◆◆
・ 2019年2月2日(土)午後2時開会
・ 大阪国労会館 (JR「天満橋駅」下車すぐ)
◇講演「憲法学者西原教授が訴えたかったこと」(仮題)
空野佳弘弁護士
◇現場レポート「大阪の学校現場から」
辻谷博子

【裏面】
今年の8月2日、吉村洋文大阪市長は、来年度から全国学テの結果を教員の人事評価とボーナスに反映させる、学校予算もそれに応じて決めると檄を飛ばした。市民の中には、学力を向上させるためならと歓迎する向きもなくはない。しかし、これは子どもの学力を憂えての発言だろうか。私は疑問を感じている。これは橋下知事時代から大阪維新の会が一貫して目指してきた教員管理政策、すなわちメリット・ペイに向けてのものではないだろうか。

かつて吉村市長は、ツイッターで「今の教員給与システムは信じられないよ。完全に共産国家。」(2017.7)と、さも教員給与システムが前時代的であるかのような情報を流している。彼らの狙いは、11月14日に開催された大阪市総合教育会議でさらにはっきりする。ここで大活躍するのが、橋下市長時代に招聘され、教育委員、さらには大阪市教育長となり、学校選択制や全国学力調査の学校別結果の公表を導入した、あの大森不二夫氏である。現在も彼は大阪市特別顧問として維新流「改革」の旗振り役を務めている。その大森不二夫特別顧問が、吉村市長の意向を受け、全国学力調査だけではなく、「経年テスト」(大阪市小学校)や、「チャレンジテスト」(大阪府中学統一テスト)までを用い、その結果を教員の人事評価に反映させる給与制度案を持ち出してきたのだ。すでに大阪市教育委員会は制度設計に入り、来年度から試行実施を始めるつもりである。これは、橋下徹知事時代から描いていた既定路線を押し進めるものに他ならない。つまり学テ結果が政令都市中最下位という情報で危機を煽りながら、維新流「改革」を進めるという、まさに維新お得意の“ショックドクトリン”なのではないだろうか。

教員の勤務成績を反映した給与制度をメリット・ペイという。これを全国でも最初に盛り込んだのが、2011年に大阪維新の会が提起した教育基本条例案であった。橋下知事(当時)の構想のひとつは教員管理支配の徹底であった。かつて、彼は実にうまく「君が代」を利用した。「君が代」に疑義を抱く教員をルール破りの子教員と決めつけることによって不起立の教員を学校現場から排除した。

橋下徹氏の狙いはなんだったのであろうか。ひとつは、「愛国教育」を図る安倍政権との連携。もうひとつは、たとえ理不尽なことであったとしても、ルールとして決めらたからにはそれに服従する教員集団作りではなかったろうか。あれからほぼ10年、現場では確かに声をあげにくい空気が生まれている。行政サイドからの(それはすでに政治からと言ってもいいが)助言や指示の類は、忖度からか、まるで命令と同じように機能している。「君が代」条例の危険性はまさにそこにある。

「君が代」条例からメリットペイへ、それは、維新政治がこの10年間において一貫して目指してきた教育施策である。学校から「もの言う」少数者を排除し、子どもらを、教員を、学校を、「点数」というひとつの価値基準によって有無を言わせず競わせる。それが公教育にどのような影響を及ぼすか。その危険は実に測り知れない。

学校を格付けし、点数で子どもを序列化し、子どもにまで自己責任論を押しつけかねない維新教育「改革」は仕上げの段階に入っている。このまま私たちは手をこまねいて見ているわけにはいかない。今後も共に大阪の教育を考えていきたい。(辻谷博子)



最高裁公正判決要請行動に向けて:高裁判決批判

2017-12-05 07:53:18 | Tネット通信
Tネット通信18号に掲載予定の「高裁判決批判」をいち早く掲載します。これをもとにして、最高裁公正判決要請行動を行う予定ですので、ご意見いただければありがたいです。どうかよろしくお願いします!

 
―これが控訴審判決!?―
 
判決を読み、もっとも情けなかったのは、控訴審の意義はいったいどこにあるのだろうかということでした。地裁判決の後、私たちは、早稲田大学憲法学者の西原博史さんに鑑定意見書をお願いし、そして、地裁では触れていない新たな論点から「君が代」条例をはじめ、大阪府職員基本条例、教育長通達の違憲性、さらに減給処分について裁量権の濫用等の違憲性・違法性があると主張しました。ところが、判決を読む限り、それらが検証された形跡はありませんでした。ただ地裁判決が引用され踏襲されているに過ぎないのです。二審の意義はいったいどこにあるのか、内藤裕之地裁判決に引き続き、またもや司法に不信感が募る結果となりました。
 
1 憲法19条思想・良心の自由の侵害について 
 

私たちは、控訴審で「君が代」条例ならびに職員基本条例は、その成立過程や条文からみて、一体のものであり、ともに思想・良心の直接的侵害にあたることを新たな争点として主張しました。ところが判決は、従来最高裁が示してきた、いわゆる「間接的制約」を機械的に引用し、踏襲するのみで、控訴審の最大の争点である「君が代」条例ならびに職員基本条例が憲法19条で保障されているところの思想・良心の直接的制約であたるか否かについてはなんら判断は示しませんでした。つまり論点がかみ合っていないのですが、私には、それは故意のように思えます。おそらくまともに西原意見書には反論できないので、あえて論点をずらし、従来の間接的制約説を持ってきたのかもしれません。
実は、結審の際控訴人側代理人が、「今回新たに提出した西原鑑定意見書については、被控訴人からも38ページにわたる反論が示されている。裁判官には、ぜひとも、この西原意見書についてのご判断を示していただきたい」と要望したとき、裁判長は、はっきりと「わかりました」と返答したのです。私はそのことばを信用していただけに、またしても裏切られた思いがしました。高裁は判断を示さなかったというより示せなかったのかもしれません。つまり「逃げた」のです。
 
2 間接的制約ではなく直接的制約であることを主張したのだが、、、、
 
もう少し詳しく言いますと、これまでの最高裁判例では、「君が代」起立斉唱は慣例上の儀礼的所作であるとの解釈に基づき思想・良心の間接的制約になることは認めていますが、「君が代」起立斉唱職務命令は、その目的及び内容並びにその制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量し、制約を許容し得る程度の必要性及び合理性は認められるとし、違憲判断は出さずに来ました。これは、どうしても「君が代」職務命令を違憲だとしたくない最高裁が作り上げた詭弁だと思っていますが、私たちの裁判では、どうしても、この「間接的制約」説を打破する必要があったのです。
ところが、西原意見書を読み“目からウロコ”という感じでした。間接的制約説、すなわち最高裁的“屁理屈”は、それが屁理屈であるだけに反論は難しいかったのです。それが、逆転の発想とでも言いますか、間接的制約説を否定するためには直接的制約であることを立証すればよいことに気づかされたわけです。なるほど、大阪で起こっていることは、まさに条例を通しての直接的制約なのですから。
控訴審で、私たちが主張したのはまさにそのことなのです。条例に基づき命令される「君が代」起立斉唱は、当然ながら、もはや「慣例上の儀礼的所作」の範疇を超えています。すなわち、最高裁がこれまでの判決の中で間接的制約を許容する前提において戒めてきたところの「歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結びつくもの」であることは明白です。私たちは、西原意見書に基づきそのことを縷々主張しましたが、控訴審判決は、それを無視したわけです。なぜ「無視」したのか、私は、これが「君が代」裁判だったからと思えてなりません。
 
3 「君が代」条例と職員基本条例は一体 
 
控訴審では、大阪府職員基本条例の成立過程、さらには、当時大阪府知事であった橋下徹氏の発言等から、「君が代」条例による教職員への起立斉唱の強制と大阪府職員基本条例27条2項における免職条項は一体として構想されたものであり、後者が前者の手段として成立したものであることを西原意見書・準備書面により明らかにしたつもりです。端的に言えば、大阪府職員基本条例は、国歌斉唱が自らの信条に照らして不可能であるとする教員に対する適用を予定している限りにおいて憲法19条で保障された思想・良心の直接的侵害であると主張したわけです。
ところが、判決は、控訴人が指摘した「直接的侵害」には一言一句触れていません。ただ、大阪府職員基本条例はただちに憲法19条に違反するということはできないと結論付けるだけでした。根拠も示されないままの、理由なき判断では到底納得ません。
 
④  教育の自由について
 
地裁判決は、旭川学テ最高裁判決のごく一部を引用し、それを根拠として教育長通達に
よる教育への介入は認められないと結論付けていました。それで、控訴審では、地裁判決は旭川学テ最高裁判決の主旨を見誤っていることを指摘し、旭川学テ最高裁判決の意義と理解、さらには教員の責務として教育の自由があること、憲法26条により教員の教育の自由が保障されていることを訴えました。にもかかわらず、控訴審判決は、地裁判決すなわち旭川学テ最高裁判決の誤った一面的理解をただ繰り返すばかりで、なんら控訴人の主張には応答していません。いったい控訴審における審議とは何であったのか。控訴人の新たな主張について裁判所は何らかの形での応答責任があるのではないでしょうか。審議のプロセスは一切示されず、地裁判決をそのまま引用されたのでは、そもそも審議されたのかさえ疑わしいと不信感を抱かざるを得ません。控訴人の主張を認定されないのであれば、少なくとも、その理由が示されていなければならないはずです。
 
―憲法が忘れられているー
 
私が裁判において一貫して求めてきたことは、「君が代」条例ならびに職員基本条例についての憲法判断です。これは法廷において繰り返し陳述してきたことです。

条例に基づき通達が出され、職務命令が出され、私が職務命令に違反したことは紛れもない事実です。しかし、ルールは絶対ではないはずです。

日本には憲法裁判所がありません。不利益を被った者にして、初めてそのルールの不当性を問うことができるわけです。私が、減給処分取消請求の訴訟を行ったのは、処分の根拠の大元となった「君が代」強制条例の違憲性、ならび教職員の国歌斉唱義務を実効化するための制度として導入された大阪府職員基本条例の違憲性を司法に問いたかったからです。

ところが、控訴審判決は、ほぼ地裁判決を踏襲し、起立斉唱職務命令ならびに役割分担職務命に違反したことをもって減給処分の妥当性を認定するという、いわば形式的論理による判断に終始し、まともに憲法判断の領域に踏み込もうとした片鱗さえ見られませんでした。

卒業式の意義、政治による教育行政の介入、「君が代」起立斉唱の意味、教員の責務等々、それらから考えれば「君が代」条例は憲法に違反するーそれこそが私たちが司法に求めた判断だったのですが。
 
1 高裁判決の矛盾 
 
控訴審判決は、こちらが主張した、生徒らによる「君が代」斉唱反対の意思表明があったこと、「君が代」に対しては疑義や起立斉唱斉唱行為に対する忌避感等が存在することを認定しながら、なお、本件は「生徒らが国歌斉唱時の不起立により不利益を被ったという事案ではな」く、「教員である控訴人に対する本件職務命令の適法性が問題とされた事案であ」るとし、生徒らがいかに「君が代」に反対や疑義の意思をもっていようが、「学校の儀礼的行事である卒業式等の式典における国歌斉唱時の際の起立斉唱行為は、一般的、客観的に見て、これらの式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであり、かつ、そのような所作として外部からも認識されるものであると認められるとの認定を左右するものではない」としています。
第一の問題点は、生徒らが卒業式における「君が代」に対して疑義を唱えた数々の事例を認定しながら、起立斉唱行為は「慣例上の儀礼的所作」としての性質を有するものと結論付けている点です。これは誰が考えても明らかに矛盾しています。「慣例上の儀礼的所作」とは、いわばどこからも誰からも疑義が表明されないところにこそ生まれる動作です。反対もしくは疑義を表明している事例を認定したのなら、「慣例上の儀礼的所作」とは言えないはずです。
 
第二の問題点は、教育における生徒と教員の関係性を理解していない点です。まず、判決で例として記載されいる、「生徒らが国歌斉唱時の不起立により」、直接的な「不利益を被る」ことですが、これのみが憲法19条の侵害にあたるわけでないことは自明といってもよいことです。旭川学テ最高裁判決を引くまでもなく、教員と生徒との関係は直接的人格的な接触によってなされていることは言うまでもありません。「君が代」起立斉唱職務命令を受けた教員がどのような行動を取るか、それが生徒に対する直接的な人格的接触といえるのであり、教員の行動はすべて何らかの形で生徒らに教育的影響があり、判決が解釈するように生徒と教員の関係を断絶したもの扱うことはできないはずです。
 
2 主観的な事実認定 
 
判決は、職務命令で命じられた式場外役割分担としての職務を私が放棄したと認定していますが、これは同僚による証言をまったく無視しています。地裁における証言により、具体的に明らかにされた卒業式・入学式における式場外役割分担の性格、特に正門警備の役割がどのようなものであったのか等、事実に即して考えれば、職務を放棄したとの認定は地裁における主観的な「事実」認定をそのまま踏襲する過ちを再び犯しています。裁判ではなにより事実認定が重要と、再三弁護士から聞かされていましたが、判決を下す裁判所が、主観的な事実認定をしたのでは、裁判の意味がありません。
また、それ以上に問題であることは、「君が代」起立斉唱職務命令と同時に出された式場内と式場外とにわざわざ分けた役割分担の職務命令です。前代未聞といってよい、このような役割分担の職務命令が何を目的として発出されたのか、その問題性について控訴審でまったく審議された形跡がないことです。その狙いや実態などについてなんら検証することなく、「本件は、式場内での勤務を命じられた者が、国歌斉唱時に起立斉唱することを求められた場合における懲戒処分が争われた事件とは、明らかに事案を異にするものである」との司法判断は、行政が二つの条例によって企図するところの「『君が代』に疑義を持つ教員」の排除に、結果的に加担することになるのではないでしょうか。まるで司法は行政と手を組んでいるかのようです。司法の役割は誤った行政を糾すところにあるというのに。
 
 
 
3 「意図的かつ積極的」 が唯一の理由
 
高裁が控訴を棄却した、すなわち減給処分は妥当と判断した理由(根拠)はただひとつといってもいいかもしれません。判決は、「控訴人による本件不起立行為は意図的かつ積極的に行われたものと認められる」としています。「意図的かつ積極的な」不起立であるから減給処分を妥当としているわけです。それしか理由をあげていません。ただ、それを5回も繰り返すことによって、まるで悪質な行為であるかのような印象操作をおこなっているよう に思えます。
控訴審も地裁判決通り、「控訴人が、学校行事における国歌斉唱時に起立斉唱をしない理由として主張するところは、教員として人権教育に深く関わり、日の丸、君が代が戦前の日本によるアジア侵略のシンボルとなり、それらを利用した国家主義的教育が少数者を排除し差別を深刻化させることを感じ、また、君が代の斉唱を多数派の共有する特定の価値観に基づく社会統合をするためにシンボルとして強制することは、その価値観に疑問を抱く少数派が排除されることであるとの教員としての学び、実践を積み重ねてきたことに由来するものであって、府国旗国歌条例並びにそれに基づく本件通達及び本件職務命令は、控訴人の思想・良心の自由を侵害するものであり、控訴人のこの主張は、自己の歴史観ないし世界観から生じる教育上の信念等に基づくものであると捉えることができる」と、控訴人の信念を認定しています。それなら、ある意味、意図的かつ積極的な不起立は当然なわけですが、判決は、あえて「意図的かつ積極的に不起立行為を行った」と繰り返し述べ、最後には「意図的かつ積極的に命令違反を繰り返した」と、“不起立行為”を“命令違反”と断定することにより「規律及び秩序維持の必要が高いと評価するのが相当である」と結論付けるわけです。しかし、卒業式の規律も秩序も何ら乱れていないことは、次のように裁判所も認定しています。「控訴人の不起立によって卒業式の進行が具体的に阻害されたとの事実は、本件全証拠によっても認められない」と。
これも矛盾しています。「信念に基づく」ところの不起立行為を「意図的かつ積極的」であるという理由で減給処分品を基礎付ける事情とすることは最高裁判示に背くものではないでしょうか。
 
4 やっぱり累積加重処分でしょ! 
 
最高裁では、「君が代」不起立処分について累積加重処分を深く戒めています。しかし、私に下された処分は同じ「不起立」であるにもかかわらず一度目は戒告、二度目は減給、すなわちどう考えても累積加重処分です。控訴審判決は地裁判決と同じように、過去に「君が代」不起立で戒告処分を受けたことを理由に、さらに「意図的かつ積極的に職務命令違反を繰り返したと認められる控訴人については、規律及び秩序維持の必要性が高いと評価するのが相当である」とし、減給処分の相当性を基礎付ける事情としていますが、これってまさに累積加重処分以外のなにものでもないじゃないですか。
 
5 教員の職務 
 
教員の職務とは何でしょうか。処分説明書にはこうありました、「学校教育に携わる公立学校教職員として全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であり、その職の信用を著しく失墜するものである。よって地方公務員法第29条第1項第1号及び3第号に該当する者として、…」と。そこには、憲法についてはまったく書かれていません。しかし、教員の職務としてまず第一にあげられることは憲法を遵守することではないでしょうか。他府県のことは知りませんが、大阪府の教職員はすべて、任用の際、憲法を尊重し擁護する義務を負うと誓約をしています
さらに、大阪の人権教育は、憲法に基づいた権利保護を絶えず生徒たちに説いてきました。教員の服務の根幹にあるのは憲法を遵守することであり、少数者の権利保護です。決して多数者価値観におもねることではないはずです。
私は、2003年「君が代」にまつわることで不当な人事評価を受け、大阪弁護士会に人権救済の申し出を行いました。結果、弁護士会は憲法19条に違反する不当な評価を撤回するよう教育委員会ならびに校長に勧告を行いました。
憲法違反の疑いのある条例に基づいて発出された職務命令に従うことは「全体の奉仕者たるにふさわしい」ことでしょうか。繰り返しになりますが、私が裁判を起こしたのは、懲戒処分の根拠となっている大阪府の条例が憲法に違反していることを司法に判断してほしいからです。そして多くの人に、その現実を知ってほしいからです。
にもかかわらず、判決は、「控訴人は、府立高等学校の教員であり、住民の奉仕者として法令等及び職務上の命令に従わなければならない立場にあり、地公法に基づき、学習指導要領を踏まえて、M校長から学校行事である卒業式である本件卒業式に関して本件職務命令を受けた…そして地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえると、上記のとおり、意図的かつ積極的に職務命令を繰り返したと認められる控訴人については、規律及び秩序維持の必要性が高いと評価するのが相当である」ことにより、減給処分は妥当であるとだけ判断し、控訴人が提起するところの憲法上の諸問題には何ら触れていません。条例が憲法に違反している場合、いったいどこでだれが違憲性を判断するのでしょうか。憲法を忘れた裁判所に果たして存在意義はあるのでしょうか。
 
6 まるで地裁判決の"添削" 
 
これは、さほど重要なことではないので書こうかどうか迷いました。しかし、これも司法の問題点のひとつだと思いやはり書くことにします。
控訴審判決の中には、実に3頁にわたって地裁判決の誤字脱字等の字句の訂正や補正がありました。誰だって間違いはあるでしょうから、それを責めたくはありませんが、控訴人としては緊張しながら読む判決に50数箇所に及ぶ地裁判決の訂正があるのは、正直なところ、いいかげんにしてほしいという気持ちでした。
 
7 肝心の「西原意見書」はどうなったのか!
 
最後に、結審の際に控訴人代理人が要請したところの西原意見書についての判断についてですが、判決文の末尾にこうあるだけです。
「西原意見書のうち、上記(1)及び(2)で当裁判所が認定、判断したものに反する部分はにわかに採用できない」と。
 高裁が「にわかに採用できない」と逃げたのなら、これは何としても最高裁でこそきっちり審議していただきたいと思います。それが司法の役割であるはずです。
 
以上、長文をお読みいただきありがとうございました。あまりの不当判決に即日上告しました。だれが考えてもわかる「君が代」条例の違憲性をなぜ司法は判断しないのか、そのことをさらに追及しながら、あくまで「君が代」条例の違憲性を訴え続けていきたいとおもいます。
 

高作正博さん講演会で配布しました!

2017-10-11 11:30:07 | Tネット通信
先日の「日の丸・君が代」強制反対大阪ネット主催の高作正博さん講演会にて、Tネット通信号外を配布し、辻谷「君が代」不起立処分に関する裁判と人事委員会の状況をお話しました。

以下に、Tネット通信文面を貼り付けます。

≪高作正博さん講演会にご来場のみなさまへ≫

本日はご来場まことにありがとうございます。さて、大阪は、ご存じのように橋下・松井維新勢力による政治主導の教育のため、子どもたちは「人材」として選別され、教職員は疲弊し、学校ではますます「もの言えぬ」空気が充満しています。まさに安倍自民党勢力が目指すナショナリズムを中心とした教育の先駆けとなりつつあり、森友学園問題はその典型であり、「君が代」条例とは同根の問題ではないでしょうか。

全国で唯一大阪だけにある「君が代」強制条例は違憲!と訴えて4年余りになります。頑迷固陋な司法判断には怒りを抑えることはできませんが、それでも理は私たちにあります。「君が代」条例をそのままにしておくことはできません。今後も、これまで以上にその違憲性をより多くの方々に訴えていきたいと思います。

さて、本日はさる8月31日の「君が代」不起立減給訴訟控訴審判決の不当性についてお話しさせていただきますが、それも含めて下記には、現在係争中の3件の進行状況を簡単ながらお伝えします。

――辻谷「君が代」処分の司法・人事委員会の記録――

◆減給取消訴訟◆
8/31田中敦高裁判決は棄却という不当なものでした。即日上告状を提出し、最高裁に大阪「君が代」条例の憲法違反を訴えます。10/28までに上告理由書ならびに上告受理申立書を提出すべく、目下作成中です。最高裁では弁論が再開されない限り法廷開廷はありませんが、ブログ等を通して多くの方々に「君が代」条例の違憲性を訴えていくつもりです。
詳細は、ブログ「教育条例下の辻谷処分を撤回させるネットワーク」をご覧ください。
http://blog.goo.ne.jp/tnet0924

◆戒告取消共同訴訟◆
9/13、9/20の両日、原告7名ならびに被告側証人2名の証人尋問が終わりました。ただいま、結審に向けて最終準備書面作成中です。これまでに高作正博さん意見書をはじめ4名の学者意見書を提出してきました。最後に提出しました龍谷大学奥野恒久さん意見書をブログに掲載しましたので、ぜひご覧ください。
ブログ「グループZAZA」
http://blog.goo.ne.jp/zaza0924/e/31f354ba8e0e2724cba9240c96cdf727

◆再任用拒否人事委員会審理◆
中国大連海洋大学在任中、中断していました人事委員会審理を再開しました。現在、被申立人である府教委の答弁書に対する反論書作成中です。東京再雇用2次訴訟地裁・高裁勝訴判決に学び、「君が代」不起立ただ一点で再任用を拒否することの不当性を訴えていくつもりです。


Tネット通信第17号

2017-08-18 18:10:15 | Tネット通信
本日、Tネット通信第17号を会員ならびに支援者の方々にお送りいたしました。

◯大連日本語教師の生活を終え帰国しました
◯いよいよ減給処分取消控訴審判決の日を迎えます
◯教育勅語教育と闘う小学校道徳教科書採択の攻防
ー「慣例としての儀礼的所作」を
すりこむ国旗・国歌の教材ー
◯中国日本語教師体験記①愛国心って何だろう?!
◯後記