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教育基本条例下の辻谷処分を撤回させるネットワーク

憲法に反する「君が代」条例ならびに公教育の理念に反する大阪の新自由主義的教育諸条例の廃止を求めます。

戒告処分撤回 人事委員会本人尋問傍聴のお願い

2016-08-21 09:34:23 | 人事委員会審理
戒告処分不服申立審理は、いよいよ本人尋問が開かれます。「君が代」が強制される学校で、人権教育を行う教員として、到底「君が代」起立斉唱職務命令には従うことはできませんでした。そのことをぜひ証言しようと考えています。ご都合がよろしければ、ぜひとも傍聴支援にお越しくださいませ。(辻谷博子)



戒告処分撤回人事委員会本人尋問への傍聴支援のお願い

◆8月24日(水曜日)午後4時より(約2時間の予定)
◆大阪府咲州庁舎29階 建築振興課分室にて


(当初23日(火曜日)と連絡していましたが、この日予定していた校長尋問は中止になりました)

※事委員会招致状には、証言を求めようとする事項として下記4点あげられていました。
・経歴等
・証人が「君が代」の起立斉唱ができないと考えるに至った理由
・教員として本件入学式の入学生徒らに対する教科指導および人権教育の担当が内定していたこと
・証人が教員としてこれまでに携わってきた人権教育の内容

※なお、既に提出済みの最終本人陳述書は下記ブログに掲載していますので、
お読みいただければ幸いです。
教育基本条例下の辻谷処分を撤回させるネットワーク 戒告審理:本人最終陳述書
http://blog.goo.ne.jp/tnet0924/e/7278cb509901fcf6a752e04e3e518c9e


戒告審理:本人最終陳述書

2016-08-16 06:01:59 | 人事委員会審理
8月24日に行われる本人尋問に向けて人事委員会に最終陳述書を提出しました。長文ですが、お読みいただければ嬉しいです。

なお、人事委員会からは、「証言を求めようとする事項」として次の4点が求められています。
・経歴等
・証人が「君が代」の起立斉唱ができないと考えるに至った理由
・教員として本件入学式の入学生徒らに対する教科指導および人権教育の担当が内定していたこと
・証人が教員としてこれまでに携わってきた人権教育の内容



大阪府人事委員会戒告処分不服申立 

本人最終陳述書

2016.8.16    辻谷博子
                     
(1)経歴等
私は1975年、大阪府立南寝屋川高校に国語科新任教員として赴任し、その後、東寝屋川高校、四條畷高校、枚方なぎさ高校で勤め2013年定年退職しました。2012年枚方なぎさ高校第9期生入学式で「君が代」斉唱時不起立を理由に戒告処分、翌2013年枚方なぎさ高校第7期生卒業式で同じく「君が代」斉唱時不起立を理由に減給1月処分を受けました。また、戒告処分を理由に定年退職後の再任用は拒否されました。

はじめに、人事委員の方々へお願いしたいことは、本件処分の前提となった職務命令、そして、その根拠となった『大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例』いわゆる「君が代」強制条例(以下、「君が代」条例)の違憲性・違法性についてご審理・ご裁決いただきたいことです。冒頭陳述でも申し上げました通り、職務命令に違反すれば戒告処分は妥当という形式的な裁決ではなく、全国で唯一、教職員に「君が代」起立斉唱を強制することにより、子どもへの「愛国心」高揚を目的とした「君が代」条例は憲法で保障されている様々な権利を侵害しているのではないか、どうかそのことについてご審理・ご裁決いただきますよう、重ねてお願い申し上げます。

ここでは、少々長くなりますが、私が、なぜ卒業式や入学式における「君が代」斉唱時に起立斉唱できないのか、そしてそれと大きく関係しますが、私が教員として携わってきた人権教育について述べたいと思います。

(2)なぜ、入学式に出てはいけないのでしょうか
教員であれば、新入生を迎え入れる入学式、卒業生を送り出す卒業式にはできるだけ参列したいと思うのはあたりまえのことです。そのあたりまえのことをすることが、なぜ、こんなにも困難になったのでしょうか。入学式に出るためには、「『君が代』を歌います」と宣言しなければいけないなど、どう考えても納得できません。

教員なら国歌を歌うのはあたりまえ、まして公務員なら上司から命令が出たならそれに従うのは当然ではないかという人がいます。そのことについても考えました。
私は大阪の出身ですが、私が子どもの時には今でいう人権教育はありませんでした。小学校時代は越境入学があたりまえ、中学校も、大阪市や大阪府に統一テストがあり、いわゆる輪切りによって進学する高校も決められるような状況でした。高校時代に聞いた言葉「こんなのは教育じゃない。私たちは教育を受けていない」と言った先輩の言葉は強烈に頭に残っています。私が教員生活38年間のなかで求め考え続けたことは、いったい教育とは何かということだったように思います。

(3)差別とは
私が最初に赴任した南寝屋川高校は同和教育推進校でした。差別などしないと思っていた私ですが、同和教育を通して、差別とは、するとかしないとかの心情の問題ではなく、社会に厳然としてある差別や人権侵害に対し自分はどういう立場に立つかだということを学んだように思います。それとともに、差別などしないと思っていた自分の中にも、実は偏見が巣食っていることも自覚するようになりました。つまり、人権教育の担い手である教員は、絶えず意識して差別や人権侵害を許さない立場に立たなければならないと感じました。教師となって同和教育・人権教育に触れ、そしてそれを通して私自身も多くのことを学んできました。

(4)教師の仕事
教師は何をするか以上に何をしてはいけないか、そのことに自覚的でなければならないことも人権教育を通して学んだことです。

教師が絶対にしてはいけないこと――いじめに加担してはならない。生徒に嘘をついてはならない。そして、様々な生徒がいる学校でたったひとつの価値を押し付けることはあってはならない。それらは、長年教師をするなかで痛感して来たことです。そしてもう一つ、私が常々生徒たちに言ってきたことは、自分自身を大切にすることでした。自分自身を大切にしない人間に他人を大切にできるわけはない、なんらかの形で自分の権利が侵されたときは怒って当然であり、周囲の人々はそれを受け止めなければならないと。

(5)母の話
私は、「君が代」を学校で執り行うことには一貫して反対して来ましたが、その発端には、もっぱら戦時を軍国少女として生きた母の影響があります。戦時、日本の租借地であった旧大連で育った母は、日の丸、君が代、御真影等々を通して、天皇陛下のために死ぬことが自分の務めと信じ切っていたそうです。そして、そうなったのは教育のせいだと私は随分聞かされました。母だけではありません。歴史を見れば、あの時代、「お国のため」の一言で、そんなふうにマインドコントロールされたのは確かに学校の教育のせいだったと言えます。それを担ったのは教師だったのです。

母は、よく、あの時代はみんなそうだったのだから仕方がなかったんだよと言いますが、教師になった私は、母とは違い、「仕方がなかった」ということは許されないと思いました。教師にとって、何かをすることより、やってはいけないことの方がずっと大きいからです。時代の空気のなかで知らず知らずのうちに生徒に戦争を肯定するような方向性に誘うことは決して許されません。母の話や大阪の人権教育のなかで同僚や生徒や保護者やいろんな人と接するうちに、いつのまにか人を差別したり、いつのまにか偏見の虜となりそこから抜け出せなくなったり、いつのまにか時代に騙され生徒を一つの方向に導いていたり、そんなふうになっては絶対いけないと考えるようになりました。

(6)シンボルとしての「君が代」
それに、自分自身の経験からウタの持つある種の魔力のようなものにも用心しなければならないと考えていました。1952年生まれの私の世代は、軍歌が生活の背景にありました。例えば、遊びのなかで歌ったり聞いたりした記憶があります。そして、そのメロディに共鳴した感覚は身体の奥深いところで今なお残っています。軍歌の持つ問題性をいくら論理で否定しても歌うという行為は論理を越え、直接身体に刻まれる感性的なものであるだけに、独特の力を持つもののような気がします。私は歌が大好きです。それだけに、歌の力というか、影響力を気にせずにはいられません。

(7)解放教育から学ぶ
南寝屋川高校では多くのことを学びました。特に解放研究会や朝鮮文化研究会に所属する生徒たちの発言には、私がそれまで知ることのなかった差別とそこからの解放を目指す真摯な思いがあふれており、教師として、差別や偏見が根強く残る日本社会にどう向き合えばいいか考える契機となったように思います。

一例をあげますと、解放研究会のある生徒の言葉、「先生たちは差別があかんとか言う前に、ここ(被差別)でおっちゃんやおばちゃんが取り組んで来た解放運動のことを(同和教育で)とりあげてほしい」。朝鮮文化研究会の生徒の保護者からは、「(日本と朝鮮半島の)歴史をきちんと教えてほしい」等々。それらは、まさしく、私自身が差別とどう向き合い何をするかが問題であることを教えてくれました。

(8)就職差別   
その中でも特に忘れられないのは、初めて3年生を担任した時、そのクラスにいた在日コリアンの生徒でした。彼女は就職選考応募を機に本名で働きたいと希望しました。ところが就職差別にあい、本名を名乗ることさえ諦めざるを得ませんでした。私自身初めて差別の実態を目の当たりに見た思いがしました。そしてそんな風に彼女を諦めさせてしまった会社や社会に対してどうすることもできない無力感もありました。正直なところ、それからしばらくは在日の生徒に向かい合うことが怖い時期もありました。

(9)「日の丸」「君が代」強制
さて、1985年、当時の文部省は公立学校の入学式と卒業式における「君が代」斉唱の実施率を調査しました。結果、卒業式では、小学校で72.8%、中学校で68.0%、高校で53.3%しか「君が代」は斉唱されていませんでした。長野県、京都府、沖縄県、そして大阪府では、ほとんど実施されていませんでした。この結果に文部省(当時)は、初等中等教育局長の名前で「入学式及び卒業式において、国旗の掲揚や国歌の斉唱を行わない学校があるので、その適切な取り扱いについて徹底すること」という通知を出しました。いわゆる「徹底通知」と呼ばれるものです。しかし、同和教育の観点から大阪府教育委員会は学校現場にはさほど強制は行わなかったように思います。職員会議で、朝鮮文化研究会の顧問であった同僚が、同会に所属する生徒が「日の丸」があがらなくてよかったと言っていたと報告したことは印象的でした。その頃も、「日の丸」にそれほどのこだわりを持っていない生徒の方が多かったかもしれません。しかし、日本と中国・朝鮮半島等の歴史を考えると、少数であったかもしれませんが、「日の丸」「君が代」に忌避感を持つ生徒はいましたし、私自身、通名で生活することを余儀なくされている日本社会の在りように、戦争は終わっていないとも感じていましたので、学校で「日の丸」「君が代」を執り行うことは絶対に反対でした。

(10)昭和天皇の死を通して
1989年1月7日、昭和天皇が亡くなり、1月9日の始業式には、校門に「日の丸」が半旗として翻りました。教師になって以来初めて私は校門に翻る「日の丸」を見ました。その光景は今でも忘れることはできません。なぜなら、それまでの職員会議では、何度も議論をし、学校で「日の丸」「君が代」は執り行わないことが確認されていたからです。昭和天皇の戦争責任をあいまいにしたままで、その死に対し学校として哀悼の意を表することに多くの教員が異議を唱えました。それを無視して文部省、教育委員会の指示に従い「日の丸」半旗を掲げた校長への抗議の気持ちを込めて、何人もの教員が始業式に出ませんでした。私は当時1年の担任でしたが、そのクラスには中学で「本名宣言」をし、本名で学校生活を送る生徒がいました。先に触れた、「ちゃんと歴史を子どもたちに教えてほしい」と言った保護者というのは、その生徒の母親でした。私も始業式には出ませんでした。それでもその頃は、校長からも教育委員会からも何の「指導」もありませんでした。学校には、「日の丸」「君が代」に忌避感を持つ生徒、保護者、教員がいることが、大阪の学校ではあたりまえのように理解されていたと言えます。

(11)学習指導要領改訂   
文部省(当時)は、1989年3月に「学習指導要領」を改訂し、「日の丸」「君が代」の強制をさらに強めました。従前の表記を「国歌を斉唱するよう指導するものとする」と改め、斉唱の場面も「入学式や卒業式などにおいて」と、より明確に定め、ついに、これまでの「望ましい」という態度を放棄してしまったのです。以降、大阪の学校現場では、管理職を通してこれまでになく「日の丸」「君が代」は強制されることになりました。しかし、多くの教職員は地道に管理職と話し合いを続け、教育現場で「日の丸」「君が代」を執り行うわけにはいかないと理解を求めました。

(12)東寝屋川高校で
1989年4月、私は東寝屋川高校に転勤しました。そこ出会った本名で通う在日朝鮮人Kによって、再び私は在日の生徒に向かい合うことができたような気がします。彼女は文化祭の有志企画として、『サムルノリ』を行い、後日冊子も発行しました。私はその顧問として、彼女をはじめとする在日の生徒、そして日本人生徒と接しながら、在日の生徒に絶えずいろんな形で同化を迫る日本社会のありようを改めて痛感しました。それは私自身も含めて、ともすれば、多数の日本人のなかにいる少数の在日の生徒を見失いがちだということです。

「日の丸」と「君が代」の強制は学習指導要領の改訂後、東寝屋川高校でも管理職は教育委員会の指導通り、これまでになく強硬に卒業式や入学式での実施を迫るようになりました。しかし、職員会議では多くの教職員が反対意見を出しました。1995年、私が東寝屋川高校で初めて担任した第18期生の卒業式、校長は、障がいのある生徒が卒業するのに「君が代」斉唱はふさわしくないと実施を見送りました。まだまだ一人ひとりの生徒が大事にされていた時代です。
大阪の学校では、そのように卒業式や入学式で「君が代」を実施することについては真摯な議論があったのです。

(13)新入生が退場した入学式
1999年4月、私は第22期生の担任となりました。新たに赴任したK校長は入学式式次第において「君が代」斉唱を行うと宣言しました。この年の卒業式まで、同校では、式場で開式前に「君が代」のテープを流す方法が取られていました。なぜ、このような形態が取られたかというと、先に記したように、教育委員会の指示を受けた管理職の、とにかく「君が代」を流す形を作りたいという意向と、最低限生徒にだけは聞かせたくないとする教職員の意向の妥協点がその形だったのです。とても不自然な形態でしたが、大阪の学校ではこのような形が多々取られていました。

さて、第22期生の入学式を前に、校長と何度も話し合いを持ちましたが、それでもK校長は実施する意向を翻すことはありませんでした。私たち1年学年団は、教員にできる最低限のこととして入学式直前に新入生にプリントを配布し、その事実を伝えるとともに、入学式の主役として、新入生の一人ひとりに日本国憲法19条では思想・良心の自由が保障されていること、21条では表現の自由が保障されていることを担任から伝えました。結果、入学式では多くの新入生が「君が代」斉唱時に式場から退出し、また私を含む多くの教員も退出しました。上意下達により、「君が代」を式次第に入れ有無を言わさず起立し歌わそうとするやり方は人権教育の観点のみならず公教育の条理に照らし合わせても納得できないものだったわけです。私は、担任クラスでプリントを配り、新入生にことの経緯を話し、『憲法』や『子どもの権利条約』の話をしましました。そして、このような事態になったからには、一人ひとり、自分の問題として判断してほしいと話しましました。その時、真ん中あたりに座っていた一人の生徒が隣の席の生徒に『そんなん、どうするか学校で決めておいてほしいやんなぁ』とそういうことを話す声が聞こえて来ましました。私は、それが入学生にとっては正直な思いだろうと聞きながら、これはだれかに決めてもらってそれに従うという問題ではないので、自分でどうすればいいか迷う気持ちも当然あると思うが、でも、一人ひとり自分で決めて欲しいし、決めなければならないことだというようなことを話しました。

入学式が終わって、生徒や保護者のなかには、今後の高校生活に不安を抱かれる方もいるのではないかと思い、人権教育の係り、学年通信の係りとして、校長や学年団の教員らと相談の上、校長からのメッセージとともに、次のような記事を掲載しました。長くなりますが、全文を引用します。

「 東寝屋川高校では、開校以来、今春の入学式まで新入生を前に「君が代」が流れたことはありませんでした。今春の入学式を前に、学校長から入学式において開式に先立ち『君が代』を入学生に聞かせたいとの要請があり学校長ともども教職員一同この件について限られた時間の中で論議を続けて来ました。これまでの本校の教育活動の経過を振り返り、そして、また、「日の丸・君が代」について入学生・保護者の方々がそれぞれのご意見をお持ちであろう事を考えあわせ、本校の教育活動のスタートの場である入学式において、主役である新入生一人一人のアイデンティティを尊重するにはどのような形で入学式を執り行うのがよいのか、どうすればよいのか、入学式直前まで議論を続けました。何よりも、入学式が混乱するようなことは何としても避けたいというのが、学校長を初め、私たち一年学年団、そして全教職員の一致した意見でした。

入学式当日、「君が代」を流すに先立って、メロディだけでも新入生に聞かせたい、しかし、どうしても聞くことができないという人については配慮したいとの学校長の意向を受け、一年学年団として、式場入場の前に今起こっている事態を新入生に説明をし、そして、式場において校長より前述の説明がなされた折り、新入生が意見表明(退席するか、その場に残るかの判断)をしやすいように、学年団の教師から生徒に対し「このような形で『君が代』を聞きたくないとう思う人は、退席できます」と声をかけるようにした次第です。

思いがけない突然の事態にとまどった生徒も多かったと思います。保護者の方からも、いくつかの忌憚なきご意見をいただいております。私たち一年学年団は、この「入学式」が巻き起こした波紋を忘れることなく、今後の日々の教育活動を通して「生きる力」―さまざまな意見に耳を傾け、論議をし、考える中で、自らの意見を表明することのできる力の育成を目指していきたいと考えております。どうかこれからも子どもたちの教育を巡っての連携についてご尽力のほどよろしくお願いします。」

校長の強引とも言える「君が代」実施の後、「日の丸」「君が代」問題はあからさまになり、皮肉にも、保護者や生徒を含めて真剣な議論を交わすことになったのです。

そして、4月の人権教育において、生徒たちに入学式についての意見・感想を書いてもらいました。入学式における「日の丸」「君が代」について、多くの生徒たちが意見を書いてくれました。それは今も残していますが、この時、確認できたことは、生徒たちの間に実さまざまな意見がある以上、それぞれ異なる意見を尊重する必要性でした。これは、私自身の、これまでの「日の丸」「君が代」問題に取り組む教員としての責任の内実が変わったということでした。つまり、生徒の目に触れさせない教員としての責任から、生徒らの間にある多様な意見を尊重する、とりわけ少数者の意見を尊重する責任を大きく意識することになったのです。校長とはその後話し合い、入学式の件について、学年通信にも寄稿してもらいました。このように、教育委員会から指導・指示を受け、現場ではなによりも話し合いを大切にしてきました。行政、管理職、現場の教員、生徒、保護者、市民、それぞれが立場が異なることを考えますと、話し合いは非常に大事でした。

(14)うちらの卒業式には「日の丸」も「君が代」もいらない
2000年3月東寝屋川高校20期卒業式もとりわけ忘れられません。私は生徒たちから教えられました。東寝屋川高校では、毎年、卒業生が卒業式委員会を結成し、自分たちの卒業式に取り組むことが伝統でありました。20期生は「日の丸」「君が代」問題に取り組みました。まず、卒業式委員は、その実施の是非についてみんなの意見を集約し校長と話し合いまで持ちました。そして、学習指導要領を根拠にあくまで実施するという校長に対し、「うちらのめでたい卒業式に血で汚れた「日の丸」も「君が代」もいらない」と、全校生から署名を集め、1、2年生のクラスにおいてもアピールを行いました。私は、このとき中心となった女子生徒から次のような話を聞いました。「私は小学校時代に教わった平和教育や同和教育を通して、学校に「日の丸」や「君が代」はいらないと思っていた。ところが、東寝屋川高校に入学したとき、だれもいないところにしても『君が代』が流され、誰も見ていないにしても屋上に『日の丸』が掲げられていることを知った。このことに私は、ずっとおかしいと思っていた。」と。私はこの言葉を聞き、さらに公教育の場で「日の丸」「君が代」を執り行ってはいけないとの思いを強くしました。そして、そのことを、生徒と共に考えていかなければならないとも思いました。私が担任した22期生も、先輩らが卒業式を自ら作り出す過程を見て、自分たちの卒業式は自分たちの手で作っていきたいと話していました。しかし、私は22期生1年担任を終えた後、四條畷高校に転任することになりました。

(15)卒業式とは
東寝屋川高校についてもうひとつ述べておきたいことがあります。このことは後述しますが、同校は2009年度の卒業式において、大阪で初めて卒業式における「君が代」斉唱時不起立を理由に4名の教員が戒告処分を下された学校です。私はそのことを知ったときに、東寝屋川高校が卒業生を中心に手作りの卒業式が作られて来た伝統、そして「君が代」の実施についても教員だけではなく生徒自身が声をあげて来た伝統を潰し、まさに「日の丸」「君が代」のもとに、卒業証書を与える厳粛な儀式にするためではないかと感じました。「君が代」強制とともに、東寝屋川高校のように卒業生を主体とした対面式の卒業式はもう今ではほとんど残っていないように思います。「日の丸」「君が代」を執り行うに連れ、卒業式そのものも変えられてしまいました。

(16) 四條畷高校100周年記念行事
私は、2000年4月に四條畷高校に転勤しました。そこでは、「日の丸」「君が代」の強制はさらに一段と進んでいました。2003年、おそらく府立高校で初めて百周年記念行事でも「君が代」斉唱が行われることになりました。当時私は、2年の担任であり人権教育の担当でもありました。私にできることはと考えて、2年生全員に以下の内容のプリントを配布しました。

「100周年記念式典における「国歌」「国旗」の問題
みなさんも既に知っていることと思いますが、教育の場において「国歌」・「国旗」をシンボリックに取り上げることについては賛否両論の考え方があります。ここ数年特にこの問題は社会的にも大きく取り上げられています。みなさんの中には、小・中学校の入学式、卒業式、また本校の入学式の折りに、その問題について話し合ったり、深く考えた人もいるかと思います。

さて、本校の100周年記念式典において、国旗が掲揚され、国歌が斉唱されることになりましたこの問題は思想・信条、良心に関わる側面があります。言うまでもなく、みなさんは日本国憲法によって思想・信条の自由が、良心の自由が保障されています。また、国際条約「子どもの権利条約」によって意見表明の権利も保障されています。
 
学校が教育の場である限り、みなさんにひとつの思想を押しつけたり、一人ひとりの意見表明を拒むことはあってはならないことです。みなさんは自由に意見表明することができます。また、式典に臨み、みなさん方が自分の良心を守るためにいかなる行動を取ったとしても、そのことによって一切不利益を被ることはありません。そのことだけは伝えておきたいと思います。

なお、この問題についてクラスや学年、学校全体で話し合う時間を保障できなかったことを人権教育の係として申し訳なく思っています。私たちの学校で行われる様々なことが持つ意味、それが私たちにどのような影響があるのか、私たちの人権が侵害されることがないか、他者の人権を侵すことがないか、今後もみなさんと一緒に考えていきたいと思います。」

(17)四條畷高校卒業式 C評価 人権救済の申立
翌2004年、第57期生の卒業式予行の折、Mさん(証人)が校長に対して、「君が代」斉唱時に歌う・歌わない自由はあるのか、座ってもいいのかという質問をしました。質問に答えようとしない校長に対し私は、「卒業生は明日の卒業式を気持ちよく迎えたいと思っている。担任としてお願いしたい。卒業式で国歌を歌うことの是非については、社会でも大きな問題になっている。憲法19条は思想・良心の自由を保障している。卒業生一人ひとりが自分の良心にしたがって、歌う・歌わない、立つ・立たないを決めざるを得ない状況において、誰が歌った、誰が座ったなどで思想や良心が識別されることがないことを確認してほしい」という趣旨の発言をし、彼女の質問をサポートしました。また、卒業式に関しての保護者からの要望書を教職員に伝えました。

これらのことで、校長は私に「教職員の評価・育成システム」により、四條畷高校で唯一人、Cという低い評価をくだしました。2005年10月、私はこのことを大阪弁護士会に人権救済の申立を行いました。教師として生徒・保護者の意見表明の権利を擁護することは極めて当然のことです。にもかかわらず、教員評価でマイナスの評価をされることは、私に対する人権侵害だと考えました。                

2008年11月、大阪弁護士会は四條畷高校校長と教育委員会に対し「C評価は思想・信条を理由としてなされたものであり、思想・良心の自由を侵害する不公正な評価であるから撤回し、適正な手続きを取るように」という内容の勧告を出しました。その後、四條畷高校人権研修の場において、事例報告「自らの人権が侵害されたときのために」と題して詳細を報告しましたので、それを添付いたします。

卒業式予行の折、校長に質問をしたMさんの保護者にも一連の出来事をお伝えしました。その後、Mさんに会った時、彼女が私のC評価に対して責任を感じていることを知りました。もしも、彼女のなかで「君が代」に対し疑義を表明することが問題を引き起こしたのだと考えているなら、それは違うと彼女に伝えましたが、このような生徒の問題意識を封じ込めるようなやり方に、改めて、「君が代」について自らの意見も含め生徒の意見表明を尊重していかなければならないと考えました。

教育委員会や校長に「勧告」の実施を求めていましたが、その実現がかなわぬまま突然私は転勤を命じられました。このことについても怒りを禁じ得ません。「君が代」にもの言う教員に対する弾圧と言ってもいいかもしれませんが、生徒たちに、権力のもつ恐ろしさに、ものを言うことをためらわせることになったとすれば、忸怩たる思いがあります。

(18) 枚方なぎさ高校で
2009年4月、私は枚方なぎさ高校に赴任しました。O校長は最初に、私が「君が代」強制に反対してきたこと、弁護士会に人権救済申立をし「勧告」が出たこと、そしてその実現を教育委員会に迫っていることは了解していると話しました。以後、校長とは立場の違いはあれ、何度か話し合いの場を持つこととなりました。


枚方なぎさ高校では、2010年卒業式を前にして、O校長が3年担任を一人ずつ呼び出し「君が代」斉唱の際、起立するかどうかの意思確認をしていることを3年担任より聞きました。これはこれまでにはなかったことでした。このことは、思想チェックに当たる旨をO校長に告げました。翌年、国語科の意向もあり私は担任を希望しましたが、O校長は頑として私の担任希望を認めませんでした。校長からは人権教育推進委員会の長をやってほしいと懇願され、私は残された3年間の教員生活を人権教育にあてようと考えました。

(19) 橋下府政下 強まる強制
2008年2月橋下徹氏が大阪府知事として就任し、以後大阪府教育委員会は彼に翻弄させられることになりました。それはツイッターやマスコミ記事を見ればよくわかりますが、ここでは府下全般で何が起こったか述べるにとどめます。

大阪府教育委員会は、2009年度「府立学校指示事項」における卒・入学式における「日の丸」「君が代」の実施について、これまでとは異なる姿勢を示しました。それは次のような文言の変化に表れていました。
「入学式や卒業式においては、学習指導要領に基づき、国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう指導するとともに、『望ましい形』となるよう、その指導の徹底に努めること」(前年度までは「徹底」ではなく「充実」)。
「教員は教育公務員としての責務を自覚し、国歌斉唱に当たっては起立し斉唱するとともに節度ある行動をとること。(前年度までは「起立」のみで「斉唱」はない)。
そして、2009年春、I高校では不起立者の調査が行われ、入学式前には1年担任団全員に校長から個別に「起立するよう指導」がありました。しかし全員が不起立でした。また、I支援学校でも同じようなことがありました。結果、両校の不起立者全員に顛末書提出が求められ、提出に応じた全員27名が「厳重注意」処分とされました。

2009年3月18日、教育委員会は、この時期としては異例の通知を府立学校長あてに出し、改めて、「教員には教育公務員としての責務を自覚させ、国歌斉唱に当たっては、起立し斉唱させる」ことを求めました。政治の力によるものとしか考えられないことでした。

その後、私がかつて勤めた東寝屋川高校の卒業式で、担任団全員が不起立を理由に、当該の担任らが全員「顛末書」提出を求められました。また同じように近隣のN高校入学式においても担任団全員が不起立を理由に「顛末書」提出を求められました。そして、6月2日、大阪府教育委員会は退職者1名を除く両校の当該の教員15名に「厳重注意」処分がくだされました。「日の丸」「君が代」の強制はさらに進んでいったのです。

さらに、2010年1月15日、大阪府教育委員会は、「平成21年度府立学校に対する指示事項」を「参考」に掲げ、教育振興室長名で府立学校長・准校長に「卒業式及び入学式の実施について」を通知しました。東寝屋川高校N校長は府立高校・府立学校校長のなかでただ一人、3年担任全員に「君が代」起立斉唱の職務命令を発出しました。これは大阪府立高校の歴史のなかでは初めてのことでした。
卒業式では、学年主任を初めとする3年担任団全員の4名の教員がそれには従わず、大阪府立高校において初めて「君が代」不起立により懲戒処分すなわち戒告処分がくだされました。「君が代」に対する不服従の歴史は、東寝屋川の伝統のなかで生きていたと言えます。私は11年間そこで教員をした経験から、そして私の長女が3年間そこで学んだ経験からよくわかります。

(20)枚方なぎさ高校の歴史
最後に枚方なぎさ高校での4年間について述べます。理不尽な形で転勤させられましたが、枚方なぎさ高校で教師として私が体験したこともひじょうに大きなものでした。
 枚方なぎさ高校は、磯島高校と枚方西高校の統廃合によって2004年開校しました。前身の磯島高校の最後の卒業式では、卒業生のほとんどが「君が代」斉唱時に着席したと、枚方西高校はたった一人の卒業生が「君が代」を斉唱したとしてマスコミでも取り上げられていましたが、それだけ「君が代」の問題は大きく受け止められていました。

(21)自立支援コース
また、枚方なぎさ高校は、大阪が全国で唯一共生教育を目指して知的障がいのある生徒を受け入れている高校のひとつでした。それだけに人権教育や共生教育には熱心な学校でした。それゆえ現実的にいろいろな課題に直目しました。私自身も「国語」担当者として、自立支援コースの生徒(別枠入試で入学の知的障がいのある生徒)との共生授業は始めての経験でした。

他に印象に残っていることと言えば、当時の人権教育推進委員長から相談され、教職員人権研修で、野宿者問題を取り上げ、野宿者ネットワーク代表の生田武志さんをお迎えしたことです。貧困の問題は人権にかかわる問題として社会でも大きくクローズアップされていました。前任校の四條畷高校では62期生全員に学年人権行事として講演いただいたことがありましたが、いろいろ考えさせられることが多々ありました。講演でも、野宿者襲撃などの実例をお話しいただき、加害者の子どもらにはそのまま大人社会の意識が反映していると聞き、改めて人権教育の必要性を痛感しました。

(22)人権教育推進委員長として
転勤2年目は当然担任をするつもりでした。教科でもその予定で第7期生受け入れの準備もしていました。ところが、校長からは頑として認めてもらえませんでした。何度も最後の3年間を第7期生の担任としてかかわりたいと話しましたが、それでもだめでした。校長からは、人権教育推進委員長をやってほしいと言われ、最終的にはそれを受けることにしました。

2010年4月1日、職員会議において、私はO校長に対して、3点を要望しました。1点目は、「東寝屋川高校卒業式において「起立・斉唱」の職務命令が発出され、「不起立」を理由に4名の教員が懲戒処分を受けた。このことについて、同じ府立高校校長として、府教委に抗議をしてほしい。」と。O校長の回答は「してもどうにもならない」とのことでした。2点目は「枚方なぎさ高校でも3年全担任を個別に一人ずつ呼び出し、『君が代』斉唱時に起立するかどうかの確認をされたと聞くが、これは思想のチェックになる。入学式に向けて1年担任団にはそのようなことはしないでほしい」と。校長はこれに対し「しない」と言明しました。3点目に、「職務命令は出すべきではない。出さないでほしい」と要望しました。校長は、「職務命令は出すつもりはない」とはっきりと答えました。府教委の指導の下、管理職の苦しい立場を理解しつつも、府立高校における「君が代」強制がこれ以上進むようなことがあってはならないと考えていました。

(23)第7期生入学式
2010年4月8日、入学式で第7期生を迎えました。「君が代」斉唱時は今までと同じく立つことはありませんでした。翌日の新入生オリエンテーションでは、人権教育委員長として憲法の話をしました。人権教育推進委員長としての仕事はおもに4つあります。全校人権教育行事の企画、教職員人権研修の企画、寝屋川支援学校との交流、それ学年の人権教育のサポートです。全校人権行事は、コミュニケーションをテーマとして映画に、また、教職員人権研修は障がいのある人との交流を中心に考えました。第7期生には、教科からは担任がいなかったため担任代わりとしてかかわりました。また、それ以外に生徒間ではいろんな問題事象がおこりましたが、第7期生で起こったいじめの問題については、生活指導部であったこともあり、何度も家庭訪問に行きました。また、この年度では、かつての教え子から頼まれて3年の国語表現のクラスで出前労働法授業を実践しました。社会ではブラック企業という言葉が出てくるなど、労働現場で声を上げることの必要性が言われ始めた時でもありました。

(24) 人権教育
 2011年、人権教育推進委員長として2年目でしたが、在籍する聴覚障がい者への集会時のケアを徹底しました。あらかじめ、集会発言者の原稿を該当生徒に渡すだけのことでしたが、ともすれば、少数者で忘れられがちであった生徒へのケアができたことはよかったと思います。他には、韓国籍の生徒に朝鮮奨学金の紹介ができたことも挙げられます。全校人権行事は「一歩踏み出せば風はかわる~在日二世のゴスペルシンガー新井深絵」ライブを行い、事後学習として民族差別の問題に取り組みました。職員人権研修は、「高校生への労働者権利教育~労働現場の実態は?労働法教育とは~」をテーマにNPO法人POSSEから講師をお迎えしました。これは働く現場で起こる人権侵害について声をあげることの必要性を私自身が痛感していたこともあります。その折にうかがった、労働現場の「無限の「指揮命令」、つまり使用者が労働者に対してどんな要求でもできる職場の労使関係の実態を聞き、人権教育を通して声をあげられる労働者を育成するにはどうすればよいかとも考えました。また、職場におけるパワーハラスメントの防止及び対応に関して」という題で伊田弘行さんからお話をうかがい職員間で一定パワハラ問題についての認識を深めることができました。

(25) 「君が代」条例
ところが、この年の6月大阪維新の会は数の力にものを言わせいわゆる「君が代」条例を成立施行しました。およそ、人権教育の観点から見れば、政治が行っていることは問題だらけでした。

2012年1月17日、教育長通達が出て、卒業式を前に、「君が代」起立斉唱の職務命令が出ました。すべてがこれまで現場でやってきた人権教育とは真逆のことでした。3月の卒業式では、大阪府下で「君が代」不起立のため多くの処分者が出ましたが、私自身は、第6期生は授業をまったく担当していなかったこともあり、母の頼みを受け入れ熊本の叔母の法事に同行し卒業式は休みました。

そして、2012年4月の入学式を前にして、私は「君が代」起立斉唱職務命令とはじめて対峙しなければならなくなりました。

(26) 「君が代」は歌えない新入生の存在
第9期生は副担任でもあり、そして最後に迎え入れる新入生でした。そして、人権教育推進委員長として入試選抜の調査書等資料を再度読み直し、また、中学訪問の資料から人権教育上配慮を要する生徒の確認が重大な仕事でした。これは顛末書追加資料にも記載しましたが、新入生のなかにクリスチャンで「君が代」斉唱はできないという生徒がいることがわかりました。中学訪問で知った情報はいわゆるセンシティブ情報で直接新入生や保護者に確認することはできません。私は入学までのわずかな時間を利用して中学を訪れましたが、ただ、1年からも申し送り事項として記載してあったというだけで詳細は分かりませんでした。これまでにも、卒業式の事例ですが、第5期生の中国人卒業生は予行の後、自分は「君が代」は歌わないと言い、卒業式を欠席したことがありました。また、後にその9期生の保護者からは、「私共は、キリスト教信仰の由に『君』とは天皇を指すものであり、偶像崇拝にあたるとの観点から『君が代』を歌うことを、子どもたちにも禁じております。」と書かれた手紙を頂戴し、また生徒自身とも話をし、「自分は『君が代』は歌わない」と聞きましたが、その折には生徒にも保護者にも直接確認することは不可能でした。

卒業式や入学式で、「君が代」をどう執り行うか、また執り行わないかは、教育行政、教員、生徒、保護者にとって切実な問題であり、多くの真摯な議論の末、決定して来たところです。特に繰り返しになりますが、人権教育においては少数者が排除されぬよう配慮することは最も必要なことでした。

(27)慣例上の儀礼的な所作とは
これまでの最高裁判例では、卒業式や入学式において、「君が代」斉唱は、慣例上の儀礼的所作として広く行われていたことは周知の事実だと言われていますが、少なくとも、大阪府立高校で一般的・客観的にみてもそのようなことはありませんでした。確かに多数派価値観としては、「君が代」に歌うことに抵抗はなかったでしょうが、そのなかで少数者はともすれば、多数者価値観のなかでなかなか声を上げることも困難な状況にありました。今回証人として立ってくれたMさんの証言にもあるように、卒業式で「君が代」を歌うことに疑問を持っている生徒は多数ではありませんが、います。   

最高裁は、これまで「君が代」起立斉唱職務命令について、憲法19条に保障された思想・良心の自由に対する間接的制約には当たるが、それなりの必要性・合理性が認められるゆえ違憲ではないと判断していました。その理由としてあげられているのが、起立斉唱は「慣例上の儀礼的所作」であることでした。しかし、それこそが人権教育上では最も問題にして来たことです。みんながやっているから、みんなそうだからは差別を肯定する理由にならないと、私は最高裁に言いたいです。

さて入学式を前にして、私は校長のところを何度も訪れました。それは、顛末書にあるように、私の教員としての責務を理解してもらうためでした。私は、校長にだけではなく誰に対しても一貫して「君が代」は起立できない・歌えないと言って来ましたが、校長はただの一度も私を呼び起立斉唱をするように指導したこともなければ、まして個別の職務命令を出すこともありませんでした。ただ、私の意思が固いことを知っているだけに、府教委が指示した役割分担では式場内にはしないことはわかっていました。第7期生の副担任であろうが人権教育推進委員長であろうが、処分者を出さないよう私を式場外の役割にすることは目に見えていました。そもそも、教育委員会が「君が代」起立斉唱の職務命令だけではなく、マニュアルを作ってまですべての教職員に式場内と式場外の役割分担まで校長に決定させ、そのうえ、職務命令まで出したのは何のためでしょうか。条例施行後、一般的また客観的に考えれば「君が代」起立斉唱の職務命令だけですむはずです。教育委員会の作成したマニュアルを見れば、その意図はよくわかります。「君が代」起立斉唱を徹底するためです。だからこそ、式場内には誰がいるか把握する必要があったのでしょう。枚方なぎさ高校で「君が代」斉唱時には立てないと言明していた教職員は私だけでした。しかし、私は校長に話さなければならないと考えました。人権教育でなによりも大切なことは異なる立場のものが対話することです。これまで人権教育に携わってきた私はまずは校長に説得に努めるべきだと考えました。何度も校長のところへ行き、立場こそ違え私の教員としてのあり方を理解してもらおうとしました。 

(28)役割分担職務命令
校長はある程度まで私の立場を理解してくれたように思います。4月6日の職員会議で配布された役割分担は、私は式場外でした。しかし、その折、こういう状況のもと役割分担の変更も認めてほしいと私が発言すると、希望があるなら教頭に言って調整してもらえばよいと本当にあっさりと認めてくれたのです。その日は他に会議や出張もあり教頭に希望の申し出はできませんでしたが、9日(月)に2名が式場内から式場外へ、そして1名が式場外から内への変更の申し出があったと、教頭から聞きましたので、それなら1名式場内が少なくなるから私が式場外から式場内に希望すると言ったところ、教頭は言下に否定しました。教頭にしてみれば、「君が代」では立てないと言っている私を式場内に入れることなどもっての他だと思っていたようです。教頭は、私の希望を受け入れなかった理由を人数的な問題として役割分担を組み直さなければならないが、その時間がすでになかったと答えていますが、4月6日職員会議で出された役割分担表、すなわち職務命令発出時にということですが、そこには参列者は16名とありますが、最終のつまり変更後の役割分担表では13名と3名も減っています。また正門警備は逆に3名から4名に増えています。つまり、仮に教頭が言うように役割分担の人数的なことが問題であれば、私を式場外から式場内にする方がよく、また入学式で教頭が絶えず気にしていた列席教員の少なさという点からもよかったわけです。それなのに教頭が変更しなかったのは「君が代」斉唱時に立たない教員を式場内に入れるわけにはいかないという判断からです。

私は、人権教育推進委員長としても、「君が代」を歌えない新入生がいることを聞き、よけいに参列する必要があると感じていました。参列したからといって何ができるわけでもありません。しかし、処分されるのを恐れて参列を止める気持ちにはなれませんでした。校長は、職員会議以前から、私に、条例ができた以上は職務命令を出すことになる、命令違反だと処分されることになると、何とか入学式参列を諦めるようにと言いました。それは必ずしも校長自身の保身ばかりでなく、ある意味で校長なりの配慮であったと思います。しかし、それを聞くたびに私はかえって参列する責務を強く感じました。これまで人権教育で、差別に対し見て見ぬふりをしたり、見過ごすことは結局差別を肯定する側に立つことになると話して来たわけですから、校長が処分されることになると言えば言うほど、処分を避けるために自分自身が感じている責務を放棄してもいいのかということになるわけです。

(29)入学式参列を決意
橋下知事は当時「君が代」起立斉唱が嫌なら逃げ道は与えている、おとなの判断をすればよいと、式に出なければいいと言い始めました。なんというおかしな理屈でしょうか。彼の頭の中には、とにかく形の上だけつまり儀礼的に全参列者が「君が代」斉唱している構図さえ作れれば満足だったのでしょうか。そしてその図ができれば、次は教員が生徒を「指導」することになります。「君が代」に疑義をもつ生徒はますます孤立化していくことは目に見えています。

私はやはり参列しようと心に決めました。だれよりも早く校門に行き、警備の仕事というよりは、新入生と保護者に挨拶をしました。そのうち他の教員も集まって来てみんなで声掛けをしました。その場をどうやって離れようかと考えました。誰かに断るわけにはいきません。どんな形でその教員に迷惑がかかるかしれません。すると、一人の保護者が、リボンを忘れたので届けてほしいと頼まれました。私はそのことを断り教室に届けた後、体育館に急ぎました。

入学式が始まる寸前でしたが、空席はたくさんありました。教頭の証言にもありますが、あとで確認するといくつか空席がありました。元同僚の証言にもある通り、式場内・式場外役割分担職務命令は出ていましたが、現場の教員にしてみれば、それは「君が代」不起立の教員を処分しやすくするためであることはだれもが知っていました。よって、役割分担職務命令そのものを守らなければと考える教員はまずいなかったということです。でなければ、「参列者」で席にいなかった教員は当然処分されることになるでしょうが、そんなことは一切なかったからです。

(30)人権教育の観点から
卒業式や入学式で、「君が代」をどう執り行うか、また執り行わないかは、教育行政、教員、生徒、保護者にとって切実な問題であり、多くの真摯な議論の末、決定して来たところです。繰り返しになりますが、人権教育においては少数者が排除されぬよう配慮することは最も必要なことでした。

最高裁は、これまで「君が代」起立斉唱職務命令について、憲法19条に保障された思想・良心の自由に対する間接的制約には当たるが、それなりの必要性・合理性が認められるゆえ違憲ではないと判断していました。その理由としてあげられているのが、起立斉唱は「慣例上の儀礼的所作」であることでした。しかし、それこそが人権教育上では最も問題にして来たことです。みんながやっているから、みんなそうだからは差別を肯定する理由にならないと。私は最高裁に言いたいです。

その「慣例上の儀礼的所作」の論理が、日本にはびこっている差別や人権侵害に対して誰も責任を感じない無責任さを生み出しているのだと。

(31)国旗国歌法と「君が代」条例
1999年国旗国歌法の制定過程において、衆議院内閣委員会文教委員会連合審査会で当時の有馬文部大臣は、国歌斉唱に際して起立したくないと言う子どもとの関係において、「その人の良心の自由で、ほかの人に迷惑をかけない格好で、自分の気持ちで歌わないことはあり得る」と明示しました。子どもを例に不起立という具体的な行為を問題として、立法過程における政府の憲法解釈として、国歌斉唱時の不起立が憲法19条の保護領域に入り得ることが認められていたわけです。

ところが、大阪の「君が代」条例は、教育基本法では規定されていない「意識の高揚に資する」という文言を用いて府民への「愛国心」の高揚という特定の内面的価値の勧奨を目的としています。そのために大阪の全教員に一律に「君が代」起立斉唱を強制しました。さらに、職員基本条例により、不起立の懲戒処分をこれまでに比して容易に機械的に行うことをも可能にし、三度の不起立で分限免職とするとまで規定しています。懲戒免職ではないとはいえ、事実上職を失う有体に言えばクビであることには違いありません。大阪の教員がこの条例でどれだけ委縮することか、それが生徒に影響しないわけはありません。学校は子どもたちに「長いものには巻かれろ」と強いもの、大きなもの、多数者価値観に従えと教えるところではないはずです。むしろ、人権教育においては、その逆のこと、つまり、自分自身、自分のアイデンティティを大切にすることを学ぶところであるはずです。

(32)学校教育法
学校教育法第42条三項にはこうあります、
「高等学校における教育については,前条の目的を実現するために,左の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。 ‥
三 社会について,広く深い理解と健全な批判力を養い,個性の確立に努めること。
  高等学校の教育課程は,この目的の実現と目標の達成とを目ざし,中学校教育の基礎の上に,この段階における完成教育を施すという立場を基本とするものである。」

まさに、「健全な批判力」の育成を考えれば、国旗国歌法から大阪の条例制定までの流れをこそ学ぶ必要があるのではないでしょうか。

(33) 「君が代」不起立―最高裁は
2015年5月28日東京高裁須藤裁判長は、「自己の歴史観や世界観を含む思想等により忠実であろうとする教員にとっては、自らの思想や心情を捨てるか、それとも教職員としての身分を捨てるかの二者択一の選択を迫られることとなり、…日本国憲法が保障している個人としての思想及び良心の自由に対する実質的な侵害につながる」と判じました。憲法19条の実質的侵害に踏み込んだ判決です。そして、本年5月末最高裁は全員一致で東京都教育委員会の上告を棄却しました。

(34)自他の人権擁護の立場から
現在では、確かに「君が代」を抵抗なく歌う人の方が多いかもしれません。しかし、だからこそ、学校では、歌わない・歌えない生徒の人権を護る必要があります。教員がこれまで培って来た教育理念(それは世界観・歴史観に通じるものでしょうが、私には自分が自分であるための背骨のようなものすなわちアイデンティティといった方がぴったりしています。)を裏切り、命令に従うことは、あってはならないと思います。

それは、私の「思想」や「良心」は、それらを通して形成されて来たものだからです。「思想」はたんにイデオロギー的なものを指すのではなく、体験を通して個々人の核として存在するものだと考えます。条例で定められようが、命令されようが、「君が代」斉唱時には起立斉唱はできません。それは私がこれまでかかわって来たもの、そして私のなかに蓄積されたものすべてを否定することになるからです。特に教員として「君が代」強制の一翼を担うことは、憲法が保障するところの「思想」及び「良心」を自ら捨てさせられることに等しく到底受け入れられないことなのです。学校における「君が代」強制を抵抗することなくそのまま受け入れることは、教員としてのアイデンティティである「思想」及び「良心」に反する行為を自らが行うことによりそれらを無に帰する行為と言っても過言ではありません。そのような状況から心身を守るためにこそ憲法19条は存在すると考えます。
 
(35)条例の問題性
大阪の条例では、まさにここが問われているのではないでしょうか。

教員に採用されるとき、私は憲法を遵守することを誓いました。大阪の条例は教員を縛ることにっよって、子どもの教育への権利をも侵害します。これは大阪の教育にかかわる問題です。今後の大阪の教育や日本の教育にも影響があることを念頭に、憲法に則った裁決を期待しております。


※長々とした拙文をお読みくださりどうもありがとうございました。38年間の教員生活を文章で表現することは、私にとって手に余ることでした。わかりにくいところが多々あると思いますが、どうか真意をお汲み取りください。

人事委員会本人尋問日程変更のお知らせ

2016-08-09 20:12:47 | 人事委員会審理
先にお知らせしていました人事委員会本人尋問の日程が間違っていましたので、訂正すると共にお詫びいたします。正しい日程は下記です。傍聴支援をよろしくお願いいたします。


戒告処分不服申立審査 本人尋問

◆ 8月24日(水)午後4時から

◆ 大阪府咲洲庁舎 29階 建築振興課分室

私が「君が代」不起立だったわけーー顛末書より

2016-08-09 06:25:56 | 人事委員会審理
人事委員会本人最終陳述を作成中です。2012年入学式で「君が代」不起立現認の後、校長に提出した「顛末書」を改めて読み直し、ここに自分の不起立の理由がすべて書かれていると思いました。お読みいただければうれしいです。




顛 末 書(私が「君が代」不起立だったわけ)

2012年4月13日

辻 谷 博 子

 私は、2012年4月6日の職員会議において校長から出された役割分担表によって、「入学式において、正門警備を行うよう」職務命令を受けましたが、4月9日に行われた入学式に参列し教職員席に座り国歌斉唱時に起立をしませんでした。

 起立しなかった理由は、教育公務員としての倫理上の責務の自覚にあります。教育という仕事を国家のために為すべきことと考えれば、当然、入学式国歌斉唱時に起立しました。しかし、教育という仕事は多様な子ども一人ひとりの教育への権利を尊重することにあると考えます。厳粛な式典における国旗掲揚、国歌斉唱の強制は、無意識のうちに子どもを一つに束ね国家への帰属意識を強調することになります。小学校、中学校、高校、その入学式・卒業式において繰り返しその一元的な価値を子どもに強制することは、子どもたちが存する、この社会における不寛容性、排他性を伸張させることにもつながりかねません。私は教育公務労働者として、そのことを危惧します。本校では多様な生徒が学んでいます。日本以外の民族的ルーツを持つ生徒、障がいを持つ生徒、社会的あるいは家庭的に経済的に被差別の状況にある生徒。個々人の生徒の教育への権利の実現に尽力すべき教育公務労働者として、常にそのことに自覚的でありたいと考えています。

 そもそも、近代史における学校の役割を振り返ってみたとき、学校は常に国家の要請するところの国民を排出してきました。学校は、西欧の軍隊をモデルとして日本が近代国家として体を為すことを目的として誕生しました。近代の戦争は、学校なくしては起こりえなかったといっても過言ではないでしょう。そして学校における皇民化教育によって誕生したのは天皇の軍隊でもありました。近代天皇制と軍国主義教育は過分に結びつき、日本国家の戦争遂行を実現させ、そのことによって本来一人ひとりが持つ人間の生存の権利を奪い尽くして来たと言えます。そう言った過去の歴史を学ぶとき、国家が要請するところの愛国心教育に警戒し、それに抗うことは、現代における教育公務労働者の最大の職務であると考えます。

 また、昨今、格差社会における労働現場の苛酷さが問題となっています。子どもたちが学び、それを糧として働く社会において必要なことは労働者としての権利主張であると考えています。

 入学式や卒業式で必要なのは、天皇を讃える「君が代」ではなく一人ひとりの人間存在を讃える「我が代」的な歌こそがふさわしいと考えます。たとえ、子どもたちがそれに無自覚でいようと、学校における厳粛な儀式で繰り返し執り行われる「君が代」は身体化されることによって子どもに影響力を持ちます。意味もよく理解しないまま、その歌詞とメロディーを通じ「国民」化する装置として機能します。このことは特に問題だと考えます。意味すらわからない国歌を受容することをよしとする教育によって権利主体としての市民は生まれ得ないと考えます。

 憲法は一人ひとりの人間の権利を謳っています。学習権しかり、教育権しかり、生存権しかり。主権は国家ではなく民にあります。憲法によって規定された権利を尊重してこそ公教育労働者の責務は果たすことができると考えています。憲法によって保障された自由と権利を損なうことは許されることではないと考えました。よって、ぞの虞が濃厚な儀式における「国歌斉唱」に不起立という形で抵抗をした次第です。私自身の自由と権利を侵害し、そして、子どもの教育への権利を侵害することにつながる国歌斉唱を入学式で執り行うことにはあくまで反対です

顛末書 追加資料

2012年4月23日

辻 谷 博 子

                                                   

(1)2012年4月9日入学式に至るまで

 本年度も、一昨年度、昨年度に引き続き、校長より人権教育推進委員長に任命され、その職務を引き受けました。人権教育を推進していく上で、4月1日に施行された教育行政基本条例・大阪府立学校条例・職員基本条例下、子どもの教育への権利が侵害されることのないように考慮していくことの必要性を痛感していました。

 さて、例年通り、新入生について中学訪問ならびに電話による問い合わせが行われましたが、ある中学からの情報で、「クリスチャンゆえ、『君が代』斉唱はしない新入生」がいることがわかりました。そのような立場を抱えている新入生がいることに、改めて入学式や卒業式で、「君が代」を斉唱することが人権侵害につながる虞があることについて怒りを感じると共に憂慮を感じました。その件につきましては、学年主任と相談し、詳細を聞くため改めて中学訪問をし、当該生徒の立場の把握に努めました。入学式においては、新入生と高校との信頼関係もまだできていないゆえ、思想・信条・良心・信仰の自由を保障することは極めて困難な状況にあります。

本年度入学の第9期生は私にとって定年まで最後に教える生徒となります。1年副担任として、また人権教育推進委員長としても、強く入学式への参列を希望し管理職に訴えました。ところが、以前より、入学式・卒業式における「君が代」斉唱には反対だと意見表明していることから、どうしても参列は許されませんでした。これは、極めて異常なことです。入学式への教員の参列が思想調査によって不許可となるわけですから。現に他校でも1年担任でありながら、式場外勤務を命じられた教員もおります。

4月6日職員会議で、役割分担が示されました。私は正門警備となっていましたが、その場で異議申し立てをするわけにはいきませんでした。学校現場では新年度入学式・始業式を控えて時間はいくらあっても足りない状況でしたので、意見表明しても平行線に終わる論議の時間を取るわけにはいかなかったのです。職員会議では、参列者をはじめ式場配置の教職員のうち、様々な理由で式場外勤務を望む方がいれば配慮してほしい旨を発言し、また、この異常な状況のなかで、今後、公教育の在り方を模索していきたいと述べるに留めました。

入学式当日、公教育の担い手として自分の取るべき道について考えました。自分はどうすればいいのだろうか。「君が代」という国歌の持っている問題性もさることながら、教育行政から校長を通じて教職員全員に職務命令という有無を言わさぬ形で国歌斉唱を義務づけられるような異常な事態において、自らの教師という仕事を続けていくために自分がなすべきことはなんだろうと考えました。

 大阪維新の会橋下徹代表は、3月20日テレビ出演をし、「国歌斉唱の折に立てないと考えている教員には逃げ道を与えている」「立ちたくなければ欠席という選択をするのは大人の知恵」「逃げ場を全部閉ざした上で、何でも締め上げることはしない。大人の対処法がある」と言われたことを報道によって知りました。教員を式場外の係に配置することについても「式場内での不起立を許さないよう現場でしっかりやってもらえればいい」と話したそうです。 結局、橋下氏が考えていることは、条例の下で、「成果」をあげることなのだと思いました。つまり、条例ができ、表向き入学式における「君が代」斉唱不起立者がゼロになればいいといいうことなのです。学校における君が代斉唱不起立は、そもそも重篤な憲法問題であり、一人一人それぞれの根幹をなすところの歴史観・世界観に委ねられる問題です。2010年度卒業式で4名、2011年度入学式で2名の不起立者に、橋下知事(当時)は激怒し、「君が代」斉唱時に立たない教員は辞めてもらうとまで発言したことは周知の事実です。そこで君が代斉唱をルール化し「大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例」を制定し、それを教員を支配するためのルールの問題としていきました。そして挙句の果てには、そのルールについてダブルスタンダードの対応を迫ったのです。これをそのままにしておいたのでは、学校でも同じようなことが起こりかねません。生徒が納得しようがしまいが、規則を作る権限を持っている教員がルールを策定し、子どもらに迫る、そして、そのルール策定の成果をあげるために二枚舌の対応を子どもに迫る。これは人事査定制度で教員一人ひとりが不合理かつ理不尽な勤務評定を受け賃金に反映されている現状からみると、あながち飛躍した予想ではないかもしれません。

(2)2012年4月9日入学式

 通勤途中、ある親子連れに出会いました。2010年度本校の教職員人権研修で共生共育についてお話しいただいた方でした。そして息子さんは、府立高校に入学し、今春2年生に進級がかなったそうです。障がいのある生徒との共生共育教育は大阪は進んでいると聞きます。しかし、その一方まだまだ課題は多く残されています。新しい3条例のもと、共生共育が今以上に進んでいくのかを考えると、競争原理の強化と成果を求める教育改革では、後退していくのではないかと憂慮します。

 さて、午前中の仕事を終え、13時に正門に行きました。正門警備は私を含め3名が担当していまいしたが、他の2名の姿はなく、自転車の整理係りの教員が数多くいました。間もなくあと2名の教員もやって来て、多数で、警備というよりは新入生と保護者に声にお祝いの声をかけるというようなものでした。13時45分頃のことです。私は、一人の保護者から子どもが入学式で身に着けるはずのリボンを忘れたので届けてほしいと依頼を受けました。その旨を他の教員に断って教室に届けに行きました。

 その後のことです。正門には多数の教員が待機しており、万が一何かが起こっても対処する体制はあると判断できました。つまり、私が14時から始まる入学式に参列しても支障はないと判断したわけです。私は、そのまま、体育館の入学式式場に向かいました。開式の5分前のことです。私は迷わず参列者の席に座りました。保護者はその時点で大半が着席されていました。私が座ってまもなく、教頭から「自分の持ち場にもどってください」と声をかけられました。参列を決めていた私は、保護者を前にしてその場で言い争いになることは何としても避けたいと思っていました。おそらく教頭も同じ気持ちであったろうと思います。着席したまま、「騒ぎになりますよ」と答え、そしてそのまま式は始まりました。開式の辞の後、国歌斉唱の号令時、黙ってそのまま座りました。座ったのは私一人であったように思います。あのとき何を考えていたのかよく覚えていません。ただ、国歌斉唱の後、吹奏楽部による校歌演奏を聴きながら、私は自分が思い描くような教育をして来ただろうか、後1年しかない。そう思うとふいに目頭が熱くなりました。私はこの1年を精一杯に生徒たちと付き合っていこう思ったことを覚えています。校長の祝辞、PTA会長の祝辞、それを聞きながら入学生の背中を見ていると、緊張感とそこから来る疲労感のようなものが私にまで伝わってきました。心引き締まる思いがしたのを覚えています。入学生たちが退場するときは万感の思いを込めて拍手で見送りました。そして、この定年までの最後の入学式に参列できたことを心からよかったと思えることができました。

 仕事一段落した頃、校長・教頭に不起立であった事実を認め、そして改めて職務命令で従わせるようなやり方はおかしいと主張しました。

 学校にはいろんな生徒がいます。そしていろんな教員がいます。そこで一番大事なことは、ありきたりですが、やはり対話――話をすることだと思います。今回、君が代起立を強制するような条例を制定し、職務命令を発出し、違反すれば処分、しかも3度不起立であれば分限免職を定めるようなやり方はどう考えても納得できません。

人事委員会申立人最終反論書②

2016-08-02 22:06:58 | 人事委員会審理
人事委員会申立人最終反論書②


第2 申立人を本件入学式から排除することが不当であること

 1 本件入学式への参列が申立人の教員としての責務であったこと

1975年より大阪府の高等学校教員をしてきた申立人にとって,本件入学式は定年退職となる最終年度の入学式であり,教員という職業にある申立人にとっては,入学式は,それまでの多くの教え子との関係性すべてが反映すると言っても過言ではない新たな出会いの場であった。ゆえに,本件入学式への参列は,憲法21条1項が保障する職業選択の自由の実現として,権利ともいうべきものであった。
また,申立人は,自身が授業を担当する生徒らが入学する本件入学式に参列する意思を強く持っていたが,それは生徒らの教育をつかさどる教員の職責(学校教育法70条1項,37条11項)に由来するものであった。

さらに,本件入学式は教育と教職員に関する4条例施行後の初めて入学式であり,校長は申立人が処分されることを予測し参列を見合わせるよう助言したが,申立人にとっては,入学式参列がそのような理由で阻害されること自体到底受け入れることのできないことであった。むしろ,そのような状況であればこそ入学式に参列することは申立人の責務であるとの自覚を持っていた。

特に,申立人は,2012年3月23日,2012年度大阪枚方なぎさ高校入学予定者向けの「合格者説明会」において,「枚方なぎさ高校で始まる高校生活においてなによりも大事にして欲しいことは自他の人権を守ることである」と人権教育推進委員会委員長として入学にあたっての講話を行った。
その後,新入生の出身中学校からの聞き取り調査があったが,申立人は,新1年学年主任から,クリスチャンであるゆえ「君が代」は歌えない新入生がいるとの情報を得,中学訪問をし,中学・高校の連携関係に基づく話し合いをもった。

思想・良心,信教の自由は人権上の重要な問題である。またこれまでの申立人の教員経験のなかから,十分な信頼関係が築けていない入学式においては,入学生や保護者がたとえ「君が代」強制に反対であったとしても「君が代」起立斉唱を拒否することは非常に困難であることも申立人は十分承知していた。
枚方なぎさ高校の人権教育推進委員長として,申立人にとって本件入学式に参列することは,教育をつかさどる者として当然の責務であった。
 
 2 M校長が申立人の思想を理由に入学式から排除したこと

(1)役割分担において「君が代」起立斉唱が重視されたこと

M校長は,本件入学式において,申立人が「君が代」に起立斉唱しないことを理由として,敢えて校門警備の役割分担をし,申立人を本件入学式から排除した。これについては,処分者も森校長が役割分担にあたり「不起立することがわかっていて,式場内に入れるわけにはいかない」と述べ,専ら申立人が「君が代」を起立斉唱しないことが,役割分担の考慮事由であったことを認めている(2013年9月27日付け答弁書の第4の2の(1))

これは処分者が,参列する教職員全体をいかに「君が代」で起立斉唱させるかを最大の関心事に入学式に臨んでいたかを示すものである。

ゆえに,「君が代」起立斉唱について,自らの思想・良心の問題との観点ならびに教育上の問題として「立つことはできない」と繰り返し申し述べていた申立人は,新入生担当の教員として本件入学式に参列するという職責があるにも関わらず,強硬に式場外勤務におかれたのである。

M校長は申立人に式場外の役割分担を与え,本件入学式に参列させないことにより,祝意をもって新入生を迎え入れもって新入生の教育に務めるべきという申立人の職責を果たさせないようにしたのである。
その理由が国旗国歌強制条例ならびに教育と職員基本条例が制定されたためということであるが,申立人にとっては到底納得できるものではなかった。

(2)無関係にE氏が「君が代」起立斉唱を理由に参加できたこと

申立人を校門警備とする役割分担が,形骸に過ぎず,役割分担の本来の目的が「君が代」に起立斉唱しない申立人の排除にあったことは,外国人指導助手のE氏に対する処分者の対応の異同と照らして明らかである。

処分者はエミリー氏について「非常勤の外国語指導助手であるE氏に対しては,入学式での役割もなく,本人から事前に式に参列したいとの申し出もなかったことから,職務命令は発していない」と主張し(2013年6月6日付再答弁書の第1の4の(1)),まず役割分担が絶対的なものでないことを認めている。

その上で,「E氏については,前記のとおり,入学式での役割もなく,過去の入学式や卒業式における国歌斉唱時にはいずれも起立して斉唱しており,式への参列については何の問題もなかったことから,エミリー氏に対しては退出指導を行う必要はなかった」と主張し(2013年6月6日付再答弁書の第1の4の(2)),勝手に入学式に参加したE氏であっても,「君が代」で起立斉唱する者であったという理由から,退出指導をしなかったというのである。

つまり,処分者は,本件入学式式場から排除するかしないかを,「君が代」の起立斉唱をするかしないかを判断基準として決めていることを認めているのである。
 
(3)「君が代」を理由に申立人に退出指導がされたこと

申立人の入学式に参列しなければならないという職責に基づく希望を敢えて押さえつけ,ことさら校門警備の役割を与え,さらに校門警備の役割を終えた申立人に対してまでも,入学式への参列をことさら排除した処分者の意図は,申立人がとりもなおさず「君が代」の起立斉唱をしない者であるが故なのである。
申立人は「君が代」を起立斉唱しないことを理由に,職責に基づいて本件入学式に参加したにも関わらず退出指導をされたのである。
 
 3 申立人の入学式参加が何らの秩序も乱していないこと

(1)処分者らの主張の矛盾

それでも処分者は,「参列を予定していなかった申立人が,無断で式場内に入って教員席に着席したために教員席の座席が不足し,教頭が入学式の開始直前に椅子を追加するという作業を強いられたことは事実である」と主張し(2013年6月6日付再答弁書の第1の3ウ),もって申立人の本件入学式の参列が,役割分担に反し,本件入学式の秩序を乱す非行であるかのようにいう。
しかし,この座席の不足についての処分者の主張は変遷を繰り返す杜撰なものであるところ,処分者の主張はまったく信用できない。けっきょく申立人が本件入学式に出席し参列したことによる具体的な支障はなんらなかったということである。

まず,処分者らは「教頭は,申立人が式場内に座り,指導しても持ち場にもどらなかったため,座席が不足すると考え,急遽予備の三連の椅子を追加した。したがって職員席にはもともとあった16席に3席が追加され,計19席が追加された。」と主張し(2013年1月23日付答弁書の第2の2(2)ア),処分者の提出した会場配置図にも「志水教諭は,職員席の№16か17に座っていた」と記載されていた(乙7号証)。

ところが処分者は,申立人からの求釈明に対しては,「しかし,再度学校に確認したところ,当時その椅子を運んだのは,教頭と首席の2名であり,両名とも3人掛けの椅子を運んだと記憶しているため,「3連の椅子を追加した。」と報告したが,追加したのは1人掛け椅子1脚,つまり乙第7号証のNo.17の椅子であったこともあり得る」と主張の内容を変遷させた(2013年6月6日付答弁書第1の3(イ))。

けっきょく追加されたのが3人掛けの椅子であれば,乙7号証の「志水教諭は,職員席のNo.16かNo.17に座っていた」との記載は誤りとなるし,追加されたのが1人掛け椅子であれば,処分者が,「なお,非常勤の外国語指導助手のE氏も当初参列を予定していなかったが,教頭が急きょ3連の椅子を用意したために,3席のうちの一つに着席することができたものである」という主張(2013年1月23日付答弁書の第2の2(2)ウ)も誤りということになる。

処分者は,これらあいまいかつ杜撰な事実認識しかないにも関わらず,申立人について「式場内に参列するために用意された椅子に勝手に座った」とか「無断で式場内に入室し,式場内に参列する教員のために用意された椅子に勝手に着席し,その結果本来着席すべき教員の椅子が占拠された」などと申立人を批難し(2012年9月27日付答弁書の第4の5(3)イ),さらには,「教頭はとっさの判断と行動によって3連の椅子を追加したが,椅子を追加しなければ,教員席が不足したことは確実であり,また,教員の中には座席がないことために仕方なく式場入口付近で立つことになる者が生じた可能性もある。申立人の主張が身勝手で失当であることは明らかである」などといい(2013年1月23日付答弁書の第2の2(2)エ),申立人の行動がことさらの「非行」であるかの如くいう。

しかし,先にも述べたとおり,本件入学式の座席についての処分者の主張はすでに矛盾し破綻を来している。
 
(2)処分者が「君が代」を理由にことさら申立人を非行と誹ること

処分者は,ことさら申立人が本件入学式の秩序を乱した非行ある人物であるかのようにいうが,それを基礎づける処分者の主張は前記(1)のとおり杜撰であり大きな矛盾を含む一切信用できないものである。
けっきょく処分者は,「君が代」で起立斉唱しないという思想で排除した申立人が,それでもなお職責に基づいて敢えて本件入学式に参加したことについて,それをことさら問題行動であると言わねばならず,破綻した主張をもってそれを非行と強弁するのである。
しかし,処分者が主張するような本件入学式の秩序の乱れはまったくなく,申立人が実際に本件入学式に出席し参列することについては,具体的な支障はなんら生じなかった。処分者は,申立人が「君が代」を起立斉唱しなかったことを取りたてて批難すべく,不合理な主張によりこれを非行というのである。
 
第3 本件教育長通達及び本件職務命令の適法性について

 1 本件教育長通達の適法性について

(1)はじめに
本件処分として,本件教育長通達違反があげられているが,本件教育長通達は,権限ある有効な職務命令ではないから,それに従う義務は申立人にはないのであって,本件教育長通達違反を理由になした本件処分は違法である。

(2)適法な職務命令の要件
職務命令が有効であるためには,①権限ある職務上の上司から出されたものであること,②職員の職務に関するものであること,③法律上事実上不能を命ずるものでないことが必要である。
しかしながら,以下に述べるとおり,教育長は,本件教育長通達の内容に関しては,権限ある職務上の上司とは言えないから,本件教育長通達は有効な職務命令とは言えない。

(3)教育長は「権限ある職務上」の上司にあたらず,本件教育長通達が有効な職  務命令ではないこと
 ア 教育長に教育内容及び教育方法に関する権限がないこと
教育委員会の権限については,地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という)23条に定めがある。同条では,教育委員会が有する権限は,「学校その他の教育機関の設置,管理,廃止」(同条1号)や「職員の任免その他の人事」(同条3号)などについての「教育に関する事務」(同条柱書)の管理執行権限である旨が規定されている。
ここで権限があるとされているものは,あくまで,「教育に関する事務であって,「教育」そのものについての権限ではない。「教育」については,学校教育法37条11項,同28条,同49条,同62条,同70条,第82条において,教諭がつかさどると規定されている。
つまり,教育委員会は,「教育」そのもの,すなわち,児童・生徒に対する具体的な教育内容及び教育方法について,決定・介入する権限はない。それらについては,学校教育法により教育をつかさどるとされた教諭が,子どもの個性,能力,適性に応じて決定し,実践すべきなのである。そして,教育委員会に権限がない以上,教育委員会の指揮監督下に教育委員会の権限に属する事務をつかさどる(地教行法17条1項)にすぎない教育長もまた,当然,教育内容及び教育方法に関し,決定・介入する権限を有しない。
また,このことは,学校育基本法第16条の趣旨からも明らかである。同条は,教育行政の役割を規定したものであるが,1項でまず,「教育は,不当な支配に服することな」く行われるべきことを規定している。つまり,教育行政が教育への不当な介入を引き起こす恐れがあることを前提とし,そうならないようにすべきことを定めているのである。同条の趣旨からは,教育行政のトップとも言える教育長が,直に教職員に職務命令を発出することは,教育への不当な介入の危険が非常に高く,許されるべきではない。
以上のことから,教育長は,教育内容及び教育方法に関する事項については,教員に対して職務命令を出す権限を有する上司には該当しない。

 イ 「人事に関すること」の意義
処分者は,地教行法23条3号が,教育委員会の権限として「教育委員会及び学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関する」事務を管理し,執行する権限を有するところ,「人事に関すること」には職員の服務に関することも含まれると主張する。
仮に「人事に関すること」に服務に関することが含まれるとしても,服務とは,勤務時間や勤務態度などのような,職務規律に関するものを指すのであって,児童・生徒に対して,いかなる教育内容をいかなる教育方法で行うかに関する事項についてまで,服務に関する事項に含まれるはずがない。そのように服務を拡大して解釈すれば,教員のなすありとあらゆることが,服務として,「人事に関すること」に含まれることになって,極めて不合理である。条文上も地教行法23条3号は「職員の任免その他の人事」と規定しているのであって,任免とその性質を著しく異にするものまで,「人事」に含む趣旨でないのは明白である。

よって,教育委員会が「人事に関する」権限を有するからと言って,教育内容・教育方法に関する権限を有することにはならない。

なお,念のために申し添えれば,「人事に関する」事項についても,以下の通り,教育長に権限はない。すなわち,2007(平成19)年改正により新設された地教行法26条第2項は,教育委員会が教育長に委任することができない事務の一つとして「教育委員会及び教育委員会の所管に属する学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関すること」(同条4号)を規定している。教育長が,専決で個々の教職員の「人事」に関する権限を有していないのは明白である。

 ウ 本件教育長通達は,教育に関するものであること
   本件教育長通達の内容は,教員に対し,入学式及び卒業式において国歌斉唱に際して起立斉唱を命じるものである。

入学式における国歌斉唱に関しては,高等学校学習指導要領が次のような位置づけをしている。まず,特別活動の学校行事の内容として,「儀式的行事」があげられ,「学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で斬新な気分を味わい,新しい生活への展開への動機付けとなるような活動を行うこと」が規定されている。また,入学式における国歌斉唱の取り扱いについては,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するように指導するものとする」との規定もある。

本件教育長通達は,これら学習指導要領に定められた「儀式的行事」や「国歌斉唱」の内容を実践させるために発出されたものである。つまり,本件教育長通達は,「教員が起立斉唱するという方法で,学習指導要領の学校行事の項に定められた内容を実現させるように」という中身なのである。これは,まさに教育内容に関する事項であり,また教育方法に関する事項である。

 エ 本件教育長通達が有効な職務命令ではないこと
 以上のように,教育長は,教育内容及び教育方法について,何らの権限を有さないところ,本件教育長通達は,教育内容及び教育方法に関することをその内容とするものであるから,本件教育長通達に関しては,教育長は申立人の権限ある職務上の上司とは言えず,本件教育長通達は有効な職務命令ではない。

 オ 教育長通達が有効な職務命令でないことを教育長も認識していたこと
 なお,このように本件教育長通達が職務命令として有効でないことは,当初から,教育長自身が認識していた。そのことは本件教育長通達が発出された経緯をみれば,明白である。

2011(平成23)年6月にいわゆる国旗国歌強制条例が制定されたが,大阪府知事(当時)は,同条例は義務付け条例にすぎず処分規定はないが,「君が代」不起立を行う教員には辞めてもらうと宣言していた。つまり橋下大阪府知事が,処分条例の制定を企図していたことは明白であった。

そのことに対し,大阪府教育委員会は,教育行政として,その主体性を保持する為,中西教育長(当時)自らが「私が起立斉唱の職務命令を出す」と報道陣に宣言せざる得ない事態に陥ったのである。これを受けて,2012(平成24)年1月に本件教育長通達が発出される。

しかし,本件教育長通達は単体で発出されることはなかった。教育長から個々の教員に対して本件教育長通達を出すと同時に,教育長は校長に対して「校長から教職員に職務命令を出すこと」を通達し,校長から個々の教員への職務命令が出される(これが本件職務命令である)という,二重の構えがとられたのである。

仮に本件教育長通達が有効な職務命令であるとすれば,なぜに本件教育長通達と本件職務命令という,全く内容を同じくする二重の職務命令を発出する必要があるのか。

一連の経過を見れば,処分者や教育長自身が,本件教育長通達が職務命令として有効ではないことを認識しつつ,報道陣への宣言を実行するため,本件教育長通達を発出したと言う他ない。
 
2 本件職務命令の適法性について

(1)本件職務命令の出された経緯
本件職務命令は,先にも述べたが,2012(平成24)年1月17日に,大阪府教育委員会教育長から各学校長宛に発出された「入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱について(通達)」という内容の職務命令(以下「校長宛通達」という)に基づき,2012(平成24)年4月6日に,校長が申立人に対して口頭で行ったものである。

(2)本件職務命令が有効ではないこと
ア 校長は「権限ある職務上」の上司にあたらず,本件職務命令が有効な職務命令ではないこと
 1(3)アで述べた通り,教育をつかさどるのは教諭である。校長は,単に校務をつかさどり,所属職員を監督する(学校教育法37条4項)に過ぎない。教育長のみならず,校長もまた,教諭が実践する教育内容や教育方法について,介入する権限はないのである。
 本件職務命令は1(3)ウで述べた通り,教育内容や教育方法に関するものである。よって,本件職務命令に関して,校長は教員の権限ある職務上の上司とは言えず,職務命令は有効ではない。

イ 本件職務命令は,有効でない校長宛通達に依拠しており,有効な職務命令でないこと
 仮に校長が職務命令を発出する権限を有していたとしても,本件職務命令は有効なものとは言えない。
 本件職務命令は,教育長による校長宛通達を受けて,校長から機械的に出されたものである。ところが,校長宛通達は,校長に対する職務命令として,有効とは言えない。1で述べたとおり,教育長は教育内容について職務命令を出しうる立場にはなく,校長との関係においても,「権限ある上司」には該当しないからである。
 本件職務命令が,校長宛通達という有効ではない職務命令に基づいて,機械的に出されたものである以上,本件職務命令もまた有効と言えない。

ウ 本件職務命令は,実質的には本件教育長通達と同一であるから,有効な職務ではないこと
 本件職務命令に関しては,校長からの職務命令を行う際には,教育長が全職員に対してなした本件通達を必ず共に配布するようにとの指示がなされている。
 これらのことからすれば,本件職務命令は,形式上その主体が校長であるかのように見えるが,実質的には教育長による個々の教員に対する職務命令に他ならない。
 1で述べた通り,教育長には教育内容についての職務命令を出す権限はないのであるから,形式的に校長からの職務命令という形を介在させたからといって,それが有効なものになることはないのであって,この点からも本件職務命令は有効な職務命令ではない。
 
第4 「君が代」の起立・斉唱を強制する職務命令が憲法に違反すること

1 本件職務命令の前提となる国旗国歌強制条例が憲法違反であること

(1)本件職務命令が国旗国歌強制条例を踏まえて出されたこと
 申立人に対する本件職務命令が,国旗国歌強制条例ならびに教育と教職員に関する4条例,特に職員基本条例を前提にして出されたことは処分者も,また職務命令を出した森校長も認める事実である(本件処分説明書第1段落)。

 また,本件入学式に先立つ2011年度の公立学校卒業式まで,本件職務命令の如き「君が代」の起立斉唱の職務命令が一律に発せられたことがないことに照らせば,本件職務命令は,処分説明書記載の教育と教職員に関する4条例,特に職員基本条例のみならず,2011年6月13日に制定された国旗国歌強制条例をも踏まえたものといえる。
 
(2)国旗国歌強制条例の憲法上の問題点
 しかし「君が代」を起立斉唱することが,個々人の思想・良心の問題であることは最高裁判所の判例(2011年5月30日最高裁判所第二小法廷判決など)にも示されていることである。
 ところが国旗国歌強制条例は,大阪府の公務員であるという職業的属性であれば,その個々人の思想・良心に関わらずに,「君が代」の起立斉唱を強制する内容となっている。
 そうすると国旗国歌強制条例は,思想・良心の自由を絶対不可侵とする憲法19条に一義的に反する内容であり,最高法規たる憲法に違反する国旗国歌強制条例はその効力を認めることができず(憲法98条),ゆえに国旗国歌条例を踏まえた本件職務命令も,当然に効力を有しない。
 
2 本件職務命令が憲法19条に違反する内容であること

(1)はじめに
本件職務命令は端的に申立人に「君が代」の起立斉唱を強制する内容である。そして申立人は自身が個人として保持する歴史観・世界観及び教員としての責務に基づき,「君が代」が歴史的に果たした象徴的な役割を考えた場合,また,これまでの教育実践を振り返ったところ「君が代」を起立斉唱することができないのである。

特に申立人は,生きる過程において,また長年にわたる人権教育活動を通して培った,憲法に基づき個人の尊重を尊ぶ立場から「君が代」の強制を受け入れることはできず,また生徒らにそれを強制することもできないと考えるものである。

いわば憲法99条に従って,教育公務員として憲法を擁護し尊重する義務の果てとして,申立人は「君が代」に起立斉唱しないのである。

そこであらためて「君が代」の持つ意味を述べた上で,申立人に「君が代」の起立斉唱を強制する本件職務命令が,憲法19条の保障する思想・良心を侵害することを述べる。
 
(2)「君が代」の起立斉唱が特定の歴史観・世界観の表明となること
「君が代」は大日本帝国憲法下においても国歌として定められた者ではなかったが,1999年に国旗国歌法の制定により,はじめて「国歌」として定められた楽曲である。

この楽曲自体は,旧日本陸軍および海軍において,天皇奉迎曲として作曲され,その歌詞内容も,「天皇の治世を永遠に願う」ものであるところ,天皇を中心とした統治体制を礼賛するという客観的意味がある。

そして,このような客観的意味を持つ,天皇奉迎曲である「君が代」は,第2次世界大戦において,日本という国家に忠誠を誓う象徴として,天皇のための軍隊に殉じる象徴として用いられてきた。

そのため「君が代」は,天皇を中心とする軍国主義の国家体制を礼賛する象徴としての,また,国民が個人である前に天皇の臣民であることや諸外国への侵略すら肯定することの象徴としての実質的意味を持つようになった。

ゆえに,公教育の入学式または卒業式という特別な場面に置いて,「君が代」を起立斉唱するを教員に義務づけることは,そのような「君が代」の実質的意味合いへの賛同の意思表明を強制することであり,すなわち天皇による国家体制による軍国主義に基づく侵略戦争を肯定する歴史観,国歌の前に個人の人権を退かさせる世界観の保持の表明を義務づけるものである。

なお,最高裁判例(2011年5月30日判決など)は,学校行事における「君が代」の起立斉唱が単なる儀式的所作にすぎないなどというが,「君が代」が学校行事に取り入れられたのは,1989年からであり,それも当初は起立斉唱は積極的にされておらず,「君が代」の実質的意味を失うほどの儀礼化がされていたという歴史的根拠はない。
 
(3)憲法19条の意義
憲法19条が上記思想・良心の自由という精神的自由権を保障する意義は次のところにある。すなわち,人間の精神活動が文明の発達をもたらすものであり,精神的自由は,知的存在としての人間の尊厳を支える基本的な条件である。そして,人間の精神活動は,自分の心の中でものを考え,一定の確信を形成し,それを他の人に伝達し,他者とのコミュニケーションを通じて別の意見や情報を仕入れ,さらにまた自分で考え・・・・という連鎖的活動である。この連鎖の環のどこが切られても,人間の精神活動は成り立たない。

したがって,精神的自由権は,内心における精神活動が権力による抑圧や干渉を受けないこと,内心の精神活動の所産を外へ発表するについても権力による抑圧や干渉を受けないこと,そして,他の意見や情報を知ることについてやはり,権力による抑圧干渉を受けないこと,を内容とする。

そこで,精神的自由権には思想・良心の自由の他,信教の自由,集会・結社・表現の自由,学問の自由,国民の知る権利等が含まれ,精神的自由権は民主制の基礎をなしている。

その中で,個人の内心,つまり世界観や歴史観と行った思想・良心は,精神活動の根源であるところ,憲法19条の思想・良心の自由の保障は絶対無制限であること,強い保護が与えられることが通説的解釈となっているのである。

(4)思想・良心の自由の保障の具体的内容
憲法19条が保障する思想・良心の自由には,①国家権力による特定の「思想」の強制の禁止(勧奨も含む),②「思想」を理由とする不利益取り扱いの禁止,③「思想」についての沈黙の自由(告白・推知の禁止)が含まれる。

三菱樹脂最高裁大法廷判決(1973年12月12日)は以下の通り述べている。「学生運動への参加のごとき行動は,・・多くの場合,何らかの思想,信条とのつながりを持っていることが否定できない」として,思想・信条に関連する外部的行動に関する事実の開示を求めることが,思想信条の自由違反の問題になりうることを認めた。

そして,教育現場において「君が代」を強制することについての多くの裁判においても,「君が代」の起立斉唱の義務づけが,思想および良心の問題となり得ることが認められてきた。
 
(5)「君が代」を巡る裁判所の判断
 ア ピアノ伴奏についての最高裁判決(2007年2月27日最高裁判所第三小法廷)
卒業式における音楽科教員への「君が代」斉唱時のピアノ伴奏の強制が教員の思想・良心の自由を侵害するか争われた事件において,最高裁は「君が代」が過去のアジア侵略と結びついており,これを公然と歌ったり,伴奏することは出来ないという教員の考えを歴史観ないし世界観と結びついた信念であること,つまり思想・良心の自由に含まれることを認めた。

ただし,この判決では,ピアノ伴奏という外形的行為は外部からはその信条の吐露を強制しているとはみなされないという理由で合憲の判断を下した。

この最高裁判決は,藤田宙靖裁判官の反対意見が付されているが,以下の理由から強い批判が値する。
そもそも問題とされるべき思想及び良心の内容は,「君が代」の実質的意味のみならず,それを入学式等の学校行事に持ち込むことについての評価も含むのである。「君が代」を起立・斉唱すること,ピアノ伴奏をすることといった一連の行動を強制するということの意味,つまり「君が代」を受け入れていると外部に表明するかのような行動が強制されているという重大性をこの最高裁判決は見誤っているといえる。

 イ 起立斉唱についての最高裁判決(2011年5月30日第二小法廷判決などなど)
次に,一般の教員に,卒業式での「君が代」の起立斉唱を義務づける職務命令が思想・良心の自由を侵害するか争われた事件において最高裁は,「君が代」を卒業式に組み入れて強制することは,教員としての良心が許さないという考えが,教員の歴史観ないし世界観から生ずる社会生活上ないし教育上の信念等であるとして,それが教員個人の思想・良心に含まれることを認めた。
にも拘らず「君が代」の起立斉唱行為が,一般的客観的に見て,これらの式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであり,かつ,そのような所作として外部からも認識されるものであるなどとして,「君が代」の起立斉唱を義務づける職務命令は,教員個人の思想および良心を間接的に制約するにすぎないとした。

この最高裁判決は,宮川光治裁判官の反対意見が述べるように,そもそも職務命令によって,一定の歴史観や世界観を持つ教員をあぶり出し,それに対して不利益処分を課そうというものである。そもそも思想・良心の侵害を認める以上,その侵害について,態様が間接的か直接的かを云々するまでもなく許されないというべきが,通説的見解に則った憲法19条についての理解と言える。

 ウ 小括
いずれにせよ最高裁判所は,「君が代」の起立斉唱の強制が,教員の思想・良心の自由を侵害する問題を含むことを認めている。
 
(6)本件処分および本件職務命令が申立人の思想・良心を侵害すること
 ア 申立人の思想および良心の内容
申立人は,1975年に大阪府立高校の教員となってから,府立南寝屋川高校教諭,府立東寝屋川高校教諭及び府立四条畷高校教諭を経て,平成21年4月から府立枚方なぎさ高校でそれぞれ教鞭を執ってきた。

この間,申立人は同和教育及び在日朝鮮人教育に深く関わり,日の丸君が代が戦前の日本のアジア侵略のシンボルとなっていたこと,国家主義的教育が少数者を排除し差別を深刻化させることを深く身にしみて感じてきた。

その一方で,人権教育の一環として行って来た労働現場の実態と労働法教育から,権利を主張することの重要性や少数者が排除されがちな社会において少数者自らが表現することの意義についても教えると同時に申立人自身も学んで来た。

申立人は,人権教育においては一人ひとりの違いを大切にと,個人を重んじることの重要性を生徒たちに説きながら,その一方で,現実社会においては,必ずしも個々人の人権が重んじられず,むしろ多数者社会の秩序に則って行動することが求められるという,およそ人権擁護とは矛盾した在りようを深く憂慮していた。それゆえ,生徒たちには,常に,多数者価値観に無条件に従うことこそが少数者を孤立させ差別助長につながると説き続け,自らもそれを戒めとしていた。

いわゆる「愛国心」教育は、国民の国防意識を高揚させる目的を有している。しかし,それだけではなく,社会統合を図ることもその目的として有している。日本型企業社会統合が破たんしつつあるグローバル社会において,共同体的な秩序と伝統を再評価することで改めて社会統合を図ろうという目的が見て取れる。その統制メカニズムは,市民の不安感に乗じて,集団同調圧力のもとで多数派思考にもたれかかることが自らの安全安心につながるという錯覚を利用する。そしてそれを強固なものにするためにこそ「愛国心」教育が行われるのである。市民自身が安全擁護の主体となり市民間の相互監視環境が築かれだすと,違法行為レベルよりも前段階の「ヘンな奴」であること自体が社会的非難を呼び,それが異質なものを排除することで安心を得ようとする意識と連動して,人々は絶えず安心できる共通の価値基準を求めるようになる。

このような人々の意識の中に,「君が代」というシンボルとして「公認」されているツールを用いた,「君が代」の実質的意味と密接に関連する「愛国心」の強制が行われれば,強制を容認する多数派が形成される中では,強制自体に疑問を抱く少数派が排除されることになり,それは申立人がこれまでに行って来た人権教育とは真っ向から対立するものである。つまり,それは申立人自身の存在自体を否定することにもなるのである。

そうであるから,申立人にとっては,長年実践してきた人権教育の概念を自ら否定することは自らの思想・良心を捨てさせられることに等しく到底受け入れられないことなのである。学校における「君が代」強制は,単なるイデオロギーの問題ではなく,一教員のアイデンティティとも言える思想・良心に反することを自らが行うことにより教員としての良心を無に帰す行為と言ってよく,そのような行為を許させないためにこそ憲法19条は存在するといえる。

イ 大阪府国旗国歌条例が憲法違反であること
ところで本件職務命令および本件処分の背景にある大阪府国旗国歌強制条例は,憲法に違反する。
まず,「君が代」を国歌とし,「日の丸」を国旗とする国旗国歌法は,国旗国歌を強制することをあらゆる場面において想定していない。国旗国歌法は,国民に対して何らの強制もしない趣旨で制定されている。にも拘らず,大阪府が条例によって,公教育の現場で国旗国歌を強制することは,憲法94条の条例制定権の範囲外である。

さらに現大阪市長の橋下徹氏は,大阪府知事として「「君が代」をめぐっ1億2千万人の意見が一致することはありえません。でもね,世の中やっぱり大きく変わったと思うんです。終戦直後だったら,君が代で起立斉唱させることのデメリットは大きかったでしょう。しかし,今の時代,日の丸や君が代を軍国主義の象徴ととらえるような歴史観を持った方々はごく少数になって,起立しないことを認めるデメリットの方が大きい」と語るなど,国旗国歌強制条例制定などの推進の意図が,抗う少数派を排除するところに積極的意図があることを示した。

つまり国旗国歌強制条例は,教育を通じて,少数派を「ルールを守らない」者としてラベリングし排除放逐することを,構造的に社会に浸透させるべくして制定されたともいえるのである。
このような少数者を排除する意図で制定された国旗国歌強制条例が,個人の人格的自立をもっとも尊重する憲法の許容するものでないことは明らかである。

 ウ 本件職務命令および本件処分が申立人の思想・良心を侵害すること
申立人は前記アのとおり教育現場に「君が代」を持ち込むことそれ自体に反対する信念を持っており,それに自ら加担することはできないというのが申立人の思想・良心の内容であった。
ところが処分者は,前記イのとおり違憲な内容の国旗国歌強制条例を背景に,「君が代」を学校教育現場に持ち込み,そして申立人など教員に強制し,もって申立人の「君が代」に抗う者を排除しようとしたばかりでなく,申立人の思想良心の自由を直接的に侵害し,教員としての責務と矜持を奪おうとした。
申立人は,自身の思想・良心を捨てることは出来ないという信念とともに,進行する教育への国家統制を放置しては子ども達の自由な成長が阻害されるという信念により本件職務命令に従うことは出来なかったのである。

申立人が「君が代」に起立斉唱しないのは,憲法に基づいて行動しているのは自分であり,処分者こそ憲法に違反しているという確信を有している。申立人は,その教員生活によって培った歴史観・世界観に基づいて,前記別稿の意味を有する「君が代」で起立斉唱できないのである。

また申立人にとって「君が代」を起立斉唱することは,単なる儀式的所作などではない。申立人の思想・良心に基づけば,むしろ儀礼的所作として行われるところにこそ,その問題性は内包していると言える。「一定の目的のもとに多数人が参集し,一定のプログラム(式次第)のもとに進行する儀式」は,人格形成の途上にある可塑性ある子らの参加する学校儀式の場合、特に抑圧性・強調性が際立つゆえ回避しなければならないというのが申立人の思想・良心の帰結である。

さらに,申立人の思想・良心は,教科教育における理性的な知識伝達というかたちで行われるのではなく,学校儀式に国歌斉唱など身体行動のプログラムを盛り込み,いわば形から入ることで国家シンボルとしての「君が代」への帰依の心情・態度を養おうとする方法への問題性について異議を唱えるものである。

それは「愛国心」教育と一線を画した「心ここにあらず」の「「君が代」斉唱のススメ」だとしても,儀式において特定の行動を取るよう,子どもたちに「刷り込む」ことになるのは間違いないと申立人が考えているからである。人格形成過程にある可塑性に富む子どもたちに,このような「刷り込み」教育を行ってはならないはずであるという信念を申立人が抱いているからである。

なぜなら民主主義にとって多様な立場,特に少数派への立場の理解に努めることはその要諦であるはずであるのに,この「刷り込み」教育は,「君が代」ならびに「君が代」強制に異議申立を行う者の立場を多数派に想像させる契機を摘み取ることになるからである。むしろ少数者を「異端者」とみなすことを引き出す可能性すらある。

このような反民主主義的な教育は,申立人が長年行って来た人権教育とは真っ向から対立するものであり,申立人が長い教員生活において醸成してきた世界観・歴史観・教育観ととうてい相容れず,ゆえに申立人は「君が代」に起立斉唱するというような「刷り込み」教育に加担することはできないのであった。
「君が代」の起立斉唱は,申立人の世界観・歴史観・教育観という内心,つまり申立人の思想及び良心にかくも大きく反するところ,「君が代」の起立斉唱を申立人に強制する本件職務命令および本件処分は,申立人の思想および良心の自由を侵害する。

第5 おわりに

処分者は,本件職務命令そして本件処分により,申立人に「君が代」の起立斉唱という,申立人の思想・良心に照らして不可能なこと,さらには教員としてこれまで行って来た人権教育を初めとする教育実践すべてを根元的に申立人自らの手で覆すことを強制しようとするものである。
このような職務命令は,申立人の思想・良心を直接侵害するものであり,憲法19条に明らかに違反する。また,教育の自由を損ない,すべての子どもに保障された教育への権利を侵害するという点で憲法23条および26条に違反するものである。

申立人にとって「君が代」で起立斉唱することは,「君が代」の学校教育現場への持ち込みに同調することであり,「君が代」の強制に抗うという思想・良心を自分自身で裏切ることであり,それは全くできないことであった。

国旗国歌法の制定,改正教育基本法や「君が代」条例の実施を通して,「愛国心」を子どもに強制する教育の問題は,格差社会とそれを生きる現代人の不安に所以があると申立人は考えている。

なにゆえ,今,「愛国心」教育が必要とされているのか。終身雇用,年功序列賃金制度等による企業社会統合の破綻を招いた新自由主義改革後に,改めて共同体的な秩序と伝統を再評価することで社会統合を図ろうということも,もう一つの「愛国心」教育の目的であると申立人は危惧している。

「愛国心」に基づく統制メカニズムは部分的とはいえ,国民の側を巻き込む形で構築されている。縦軸の公権力による「愛国心」教育は,横軸の多数派市民によるナショナリズム高揚と巧みにリンクしながら広まりつつある。そこでは,市民自身が集団同調的圧力のもとで,多数派思考にもたれかかることが安全安心を有することにつながるとの錯覚が生じやすい。

申立人はそのような少数者を排除し,個人の自由や多様性をないがしろにする社会に警鐘を鳴らし,自分らしく生きることを教育として実践する教員の職責として,入学式に参列し,そして「君が代」に起立斉唱しないことしかなかったのである。

このような申立人の思想・良心の自由を侵害しならびに申立人の教育実践を否定することによって教育の自由を侵害する本件処分は,すみやかに取り消されなければならない。

以上