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意思による楽観のための読書日記

天皇・コロナ・ポピュリズム 筒井清忠 ****

歴史上の出来事は形を変えて再び起きるが同じ結果に成るとは限らない。本書ではコロナ禍をきっかけにした緊急事態に日本政府と日本人がどのように振る舞い、対応したのかを考察して、メディアの役割と一般的日本人の同調圧力について述べている。章立ては以下の通り。

第1章 岐路に立つ象徴天皇制
第2章 天皇周辺の「大衆性」―近衛文麿と宮中グループ
第3章 戦前型ポピュリズムの教訓
第4章 コロナ「緊急事態」で伸張したポピュリズム
第5章 ポピュリズムと危機の議会制民主主義―菅内閣論
第6章 大正期政治における大衆化の進展
第7章 関東大震災と「ポピュリズム型政治家」後藤新平
第8章 「大正デモクラシー」から「昭和軍国主義」へ
第9章 太平洋戦争への道程とポピュリズム
終章 ポピュリズム型同調社会と政治的リーダーの形成

感染症流行で緊急事態に陥ったとき、政府や行政からの要請だけではなく、メディア報道や会社組織などでの「社会的雰囲気」の醸成が同調圧力を生み出して、決して上からの指令や抑圧だけではない、下からの「右にならえ」「決められたことには従いべき」という社会的風潮を生み出すのが日本社会の特徴だと指摘。本書での視点は天皇、コロナ、ポピュリズム、そして太平洋戦争への道である。

日本はなぜ対英米開戦に突き進んだのか。軍国主義の時代に影響力を徐々に強めた軍部が国民全体を戦争に引きずり込んだだけなのか。本書では1920年代から振り返る必要があるとする。第一次大戦後、戦後世界の世論は反戦、平和主義が主流となっていた。1922年のワシントン軍縮条約から1930年のロンドン軍縮条約にかけての期間は日本でも軍縮が行われ、陸軍では96000人の人員削減が実施された。軍人の国内での地位は低くなっていく。1929年に起きた世界恐慌により大量の失業者が発生、世界中の資本主義国家が危機的状況に陥った。ドイツでは共産党とともにナチ党という左右両翼の急新政党が台頭、ヒットラーによる政権制覇を招いた。日本でも左右両翼勢力が力を伸ばすが、社会変革を掲げた平等主義は515事件や226事件を引き起こすきっかけとなり、日本においても超国家主義に引き継がれていく。

中国大陸では満州における権益をめぐりソ連、そして中国との対立が続いていた。満州における日本の権益は日露戦争で勝ち取ったという認識から、ソ連によるその後の勢力拡大に対しては「実力で守る」のが関東軍の大方針となる。米では「日本人移民禁止」が法制化され、対米不信が日本国内に根付く。1930年代のアジアに目を向けると、ほとんどの地域が英米蘭仏の植民地。国内的には平等主義による弱者救済、国際的には植民地支配からのアジア諸国解放が正義の御旗となる。日本国内では腐敗した親英米的元老や重臣を倒し、特権階級による政治権力を打倒することが正義の道となる。こうした中で大衆に押される形で正義の象徴となったのが、軍縮会議で問題になった統帥権干犯問題で担ぎ上げられてきた天皇であり、既存官僚や政治家から距離を置く清新で中立的なイメージを持つ近衛ブームだった。515事件で事件を引き起こした青年将校たちが裁判のプロセスで日本国中から喝采を浴びたのもこのような背景があった。

満州事変後、リットン調査団報告書を受けて、日本世論は「国際連盟許さじ、脱退しろ」と激昂、松岡洋右全権代表は国際連盟を脱退し帰国時には大歓迎を受ける。世論が戦争も已む無しへと向かう中、メディアも国際連盟批判を展開、その後押しをする。そうした世論を受けて政治の舞台に登場したのが公家出身で清廉なイメージを持つ近衛文麿。日中戦争に停戦を仲介するドイツの中国大使提案には、南京陥落で湧き上がった世論が大反対、大衆人気に支えられた近衛内閣は和平交渉に背を向けた。1940年にヒトラーによる電撃攻勢成功を見た日本では「バスに乗り遅れるな」の世論一色となり、重光葵駐英大使による対英戦争慎重論は一顧もされなかった。この世論に押されたのが一時は退陣していた近衛で、腐敗していると批判を受けた政党は自らがすべて解党し「大政翼賛会」が形成された。三国同盟によりソ連も味方につけたいと目論んでいたのが松岡洋右だったが、現実は独ソ戦となり、対米戦争が現実味を帯びてしまう。

軍人の地位低下とその反動、普通選挙による二大政党政治、メディアによるイメージ政治、官僚の政党化、政党腐敗、そして天皇利用の恒常化などが国内的戦争への道だったと言える。国際的には対中ソ関係悪化、軍縮条約後の対英米関係悪化、国際情勢分析の誤りがあった。マスメディアとポピュリズムの結合が大きな問題点であり、実現に時間がかかる民主主義的政治よりも、人気者が先行即決するという権威主義政治に人気が集まってしまった。平等主義的全体主義に幻惑されてはならない、というのがこの時代の過ちに学ぶべきポイントである。

コロナ禍で浮かび上がったのが日本社会の同調圧力の強さ。裏返すと、良いリーダー育成が日本社会の課題であろう。単純な二項対立ではない、世界情勢の分析と、全員一致による結論を金科玉条とはしない多様性の受容が必要。群れが向かう方向についていく大衆、大勢順応主義に陥らない精神性も必要とされる。また社会世論形成に重要な役割を果たすメディアにおいても、社会均質化とは異なる視点の提供も重要。ナチスの電撃戦の成功に熱狂したような一方的報道姿勢を見直すことが求められる。こういうときに力を持つ強硬論をメディアが煽るようなときには注意が必要。文明論的視野を備えたリーダー、政治家が望まれる。本書内容は以上。

過去の教訓を知ることは常に重要だが、現代とその未来が過去の出来事をなぞるように進むとは限らないのも実際のこと。日本社会、そして国際社会の向うこれからの方向は、各国の大衆や政治家、リーダーが自分の頭でものを考え行動する力に依存するはず。目下の政治の問題も大きな課題だが、この先5年10年の世界の行く末にも目を向けていきたい。
 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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